125.笑顔
「痛いか? この痛みから解放されたいか?」
「ぐぁっ、がっ、がぁぁぁっ」
「『生者の時を終えるまでその血肉を捧げ我に服従することを誓わせる神の名はカーン』」
クロアの口が言葉を紡ぐと、僕の頭を掴む手とは逆の、親指の腹を自身の剣で切った左手の平に、赤い魔法陣が描き出された。
「ぐっ、ぐぐ、ぎぎっ」
「……バハムート、これが最後だ」
クロアが魔法陣が浮かぶ左手の、黒い血が流れる親指の腹を、僕の口へと近づけた。
「私の部下になるならば、『血の主に忠誠を誓う』と言ってこの血を飲め。断るなら、頭蓋を砕き脳を握り潰す」
「ぐがっ、がぁっ、がああぁぁぁぁぁっ」
頭を掴む指に、さらに力が込められた。
本気だと言いたいのだろう。
「さぁ、誓え」
「ぐ、ぐぐ……ち、血の、あ、主に」
「それでいい」
「ち、忠誠、を」
「フフ」
「ち、ち、誓い、ち、誓い……」
「さっさと言え!」
「ベッ」
ビチャッと、血の混ざった唾と一緒に吐き出した歯の欠片が、クロアの顔に当たった。
「へ、へへ……ち、誓い、ません。バーカ」
「……」
「な、仲間を、ぐぁっ、へ、平気で、き、傷つけるやつの、くぅっ、うぅぅっ、ぶ、部下になんか、うがっ、な、なってたまるか」
「……良いのだな?」
「お、お前は、ぐっ、ぎぃっ、バ、バカだから、あがっ、も、もう一度言ってやる」
「き、貴様!」
「お前の部下になんかなってたまるか! 僕はリィザさんのそばにいるんだよ!」
「死んで後悔しろっ!」
「ぎぇっ」
頭を掴む手をそのままに、クロアが左手で僕の首を締めてきた。
「がっ……かっ……」
息が止まるよりも先に、喉の肉が引き千切られそうな尋常でない握力に、全く抗うことができない。
舌が少しづつ口の外へ出てきた。
目玉が熱く飛び出しそうだ。
掴まれた頭から骨の軋む音がする。
抵抗を試みて足をバタつかせクロアを蹴るが、小揺るぎもしない。
「それほどリィザと一緒にいたいなら、後から送ってやる。安心して死ね」
「やっ……かっ……」
やめろと言いたいが声が出るはずもなく、クロアを止めることも叶わない。
だんだんと、手足が意思に関係なく突っ張り、目の前が霞んできた。
「あ……う……」
クロアは手の力を緩めることなく、黒い目玉を僕へ向け、悪魔の笑みを浮かべていた。
最後に見る光景がこいつのニヤケた顔なんて……でもどうすることも……ダメだ……これは…………もう…………本当に…………ダ
「お……お前、なら……げほっ……だ……大、丈夫……だ」
僕の心の声に応えるように、遠くなる意識の中、微かにリィザの声が耳に届いた。
足下の床が青白く光り出す。
これは……魔法陣?
「む? 何だ……?」
クロアも魔法陣に気づき、辺りに首を巡らせ、
「な!? 貴様!」
後方にいたリィザの様子に気づいた。
リィザは、うつ伏せの体勢から左肘を床につき、顔を上げ、骨折しているはずの右腕を伸ばし、その手の平を僕へ向けていた。
「バ、バハムートを……げほっ、ごほっ……や、殺らせる……もんか」
リィザの口から血が零れる。
目も虚ろだ。
しかし、動かすことさえ辛いはずの右腕は、まったくブレることなくこちらへ伸ばされていた。
「リィザぁっ!」
クロアが頭と首から手を放し、僕を解放した。
「ぐふっ、えほっ、えほっ、ひゅーーー、えほっ、げほっ、げほっ、はぁーーー、げほっ、すぅーーー、えほっ、けほっ、はぁーーー、リ、リィ、げほっ、げほっ」
床へ落とされ、貪るように呼吸をする僕に構うことなく、クロアは黒い剣を抜き、リィザへ斬りかかる。
が、それより早く、リィザは僕へ向け呪文を唱えた。
「……『バハムート……解……放』」
僕の真下にある魔法陣がより一層強く輝き、僕の体が光の粒子となって徐々に消え始めた。
「おのれっ!」
クロアの憎々しげに吐いた言葉が響く中、僕の足が、腕が、胴体が消え、
「リィ」
口も言葉と一緒に光の粒となり、目が消える直前、僕が最後に見た光景は、涙を流すリィザの、幸せそうな笑顔だった。
お読みいただきありがとうございます。
何の予告もなく、いきなりで申し訳ございませんが、しばらく書き溜め期間を取らせていただきたく思います。
再会予定日は、十月一日です。
これからもよろしくお願いいたします。




