124.なんとかあそこまで
「……貴様、今何と言った?」
「短足をどけろって言ったんだよ! 短足クロア!」
「……」
僕の命令に従ったわけではないだろうが、クロアがリィザの頭から足を降ろした。
「……なぜ、そうとわかる?」
クロアの頬がピクピクとひくついている。
「お前が燃やしたズボンを訳あって穿く機会があって、その時にわかったの。あ、こいつ短足だって」
「……穿いただけではわからんだろう」
「お前って物に頓着がないからあのズボンも長い間穿いてたんだろ? ズボンってずっと穿いてると穿きグセがつくんだよね。膝の当たるところが曲がったり、膨らんだり、布が薄くなって破れたり。お前のズボンにもついてたよ。右足の、本来なら太もも真ん中くらいの高さのとこが膨らんで曲がってた。んで、左足の同じ高さの同じ位置は、アップリケで補修されてたでしょ? あれって太ももの中途半端な場所が破けてたんじゃなくて、膝が当たる部分の布が薄くなって破けてたってことだったんだよね。それでクロアって太ももが異常に短いってわかったんだけど、あいつって足長いはずだから、膝下がものすごく長い種族なのかなと思ってリィザさんに聞いたら、そんな族いないって言われてわかったの。あ、こいつ短足だって」
「……いちいち足のことを言うな。私は服屋で顔を完璧に隠していた。まさか、特徴を聞いてわかったと言っていたのは」
「うん、短足のこと。おじいさんに、僕達の捜してる人って短足って特徴があるんですよって言ったら、それならお主が言うとった夕方に来たあの人も同じ特徴を持っとったぞって、あの人が履いとった靴は短足隠しの魔道具だぞって教えてくれてわかったの。あ、こいつ短足だって」
「いちいちその言葉を付け加えるな!」
怒鳴ったクロアの肌の色が濃紺色になっている。
怒って赤くなるのと同じ状態なんだろう。
やはりクロアは短足だってのは合ってたんだ。
そういや、こいつが足組んでるとこ見たことないな。
「今って普通に足が長く見えてるんだけど、何で? 魔道具の靴が幻覚を見せてんの?」
「私の秘密を知ってしまったか……」
「無視か……」
「知られた以上は、血の誓約を交わして、その記憶を消せと命令せねばな」
「だから、交わさないっての」
「ならばここで殺す」
「た、短足封じのためだけに?」
「その言葉を口にするなっ!」
クロアが黒い目玉を怒りに燃やし、こちらへ駆け
「うおっ」
ドテッ
ては来ず、顔面からずっこけた。
どうやら、頭に血が上ってリィザが足を掴んでいることを忘れていたようだ。
「い、行かせるかっ!」
「リィィィィィザァァァァァッ!」
右足を抱え込むようにしてくっついているリィザを、クロアが逆の足で蹴ろうとした。
「やめろって言ってるだろ! たんそクロア!」
左手に持っていたレイピアをクロアへ投げた。
ゴンッ
「へぐっ」
レイピアの柄がクロアの頭に当たった。
「ぐぅぅぅっ」
けっこう痛かったようで、長い白髪をガシガシ掻き回した。
「こ、こここのっ、バカムートがぁぁぁぁぁっ!」
青筋ならぬ黒い筋を額に浮かべたクロアが、倒れたままリアル悪魔の形相をこちらへ向けてきた。
そのクロアの前に、レイピアを拾い上げたリィザが立ちはだかった。
「バ、バハムート! げほっ、げほっ、い、行くんだ!」
痛みを堪えてリィザが両手でレイピアを握り、クロアへ剣先を向けて牽制し、僕の逃げる時間を稼いでくれる。
リィザには申し訳ないが、
「お願いします!」
この場を任せて全速力で走り出した。
聖女様の眠る石棺へと。
「バ、バハムート!?」
「貴様っ、どこへ!?」
驚く二人を振り返ることなく、まったく感覚のない右手を左手で持って駆けた。
リィザは逃げろと言ったが、御主人様を置いて逃げるなんて考えは毛頭ない。
それに、今のクロアから逃げきれる確率は、ほぼゼロパーセントだろう。
だが、先程石像の台座を見た時に思い出したことがあった。
クロアのあの言葉が本当なら、僕もリィザも助かる……かもしれない。
僕の勘が当たっていれば、クロアを倒せる……と思う。
可能性があるだけで絶対ではないが、他に何も思いつかない以上賭けるしかない。
目的の物は、今も聖女様の石棺の横で光を放っている。
何としてでも手に入れないと。
「がはぁぁぁっ」
後ろから響いてきたリィザの苦痛の声に、ブレーキをかけて止まり、振り向くと、
「リィザうわぁっと!」
リィザがこちらへ飛んでくる姿が目に入り、慌てて受け止めた。
しかし、リィザを支えることができず、二人一緒に絨毯の上に倒れた。
「げふっ、ごほっ、ごほっ」
リィザが胸を押さえて激しく咳き込む。
今度は、胸を殴るが蹴るかされたのだろう。
「ハァッ!」
三度クロアが拳に黒い炎を纏い、腕をバックブローのように振り、火の玉をこちらへ放った。
倒れたまま苦しんでいるリィザは避けられそうにない。
引きずって移動させても間に合わない。
「クソッ!」
ならばと、リィザをかばう形で火の玉の進路上に立った。
着ているシャツをぶつければ止められるか?
もし止まらなかったら次はどこを犠牲にする?
左手か?
動かない右手をもう一度使えるか?
何か対処法はないか?
何か何か何か……と考えている間に、黒い火の玉は、
「……あ、あれ?」
こちらへ届くことなく小さくなって消えてしまった。
消えた理由はわからない。
わからないが、
「助かった……」
「そう思うか?」
「ッ!?」
クロアが真横に立っていた。
「ふんっ!」
クロアが拳を繰り出す。
「ぶぎゃっ」
僕は、避けることも身構えることもできず、強烈なパンチを左の頬にまともに食らい、ぶっ飛ばされ、
「がっ」
近くにあった神様の石像に背中を打ちつけ、その体をなぞるように滑り落ち、絨毯の上に倒れた。
「……う……あ……」
横になった視界の中にある、聖女様が眠る石棺を見つめながら、今の自分の状況を確認する。
ボンヤリとしているものの意識はある。
クロアに殴られたという記憶もある。
景色が滲んでいるのは涙のせいだろう。
しかし、鼻と左頬の感覚が麻痺していた。
石棺の横で光る明星のランプまでは、あと十メートルほど。
なんとかあそこまで……。
「ぐっ……うっ!?」
震える手足に力を込め、起き上がるため頭を動かすと首を激痛が襲い、歯を食いしばると、口の中に異物を感じた。
舌を使い異物を口の外へかき出す。
砕けた歯がいくつも床へと零れ落ちた。
「頑丈なもんだ」
クロアが感心したように言いながらこちらへ歩いてくる。
「意識もあるとは。貴様なら今の一発で死ぬかとも思ったんだがな」
僕の側で立ち止まったクロアが、足を使って僕の顔を上向かせた。
「フッ、ひどい面だ」
「……お、お前、が……げほっ、げほっ、げほっ、ヒュー……や、やった、んだろ……」
上を向くと、気管に液体が流れ込みむせてしまった。
おそらく血だろう。
今までは、感覚のない頬を伝い流れていた鼻血が、喉奥へと入ってきたんだ。
なんとなく予想はついていたが、鼻の骨が折れている。
同じく頬骨も。
そりゃひどい顔にもなる。
「こんな目にあっても、先程のように心は折れんか。結構結構」
ふざけんな。
結構なことなんて何もない。
「それで、バハムート。貴様、どこへ行こうとしていた? 何か考えがあっての行動だろう?」
「……」
「……ふむ、答えるわけはないか。しかし、貴様の進む先にある物は、ラララが眠る棺と……明星のランプくらいだ」
「……」
「明星のランプの中にあるカイチュウデントウは、私にとっては未知の道具。私に対抗できる使い方を思い出し、それを試そうとした。そんなところか? ん?」
「……」
「……フッ、まぁいい。だが」
クロアが右手で僕の頭をボールのように鷲掴み、軽々と持ち上げた。
床から離れた足がプラプラと揺れる。
「そもそも明星のランプに辿り着けなければ試しようがない」
「がっ、い、ぎ、ぎぎぎ、が、が、が」
頭蓋骨に穴が開くか割れるんじゃないかと思えるほどの握力で、僕の頭に指を食い込ませるクロア。
左手でクロアの腕を掴み爪を立てるがビクともしない。




