119.お前はいらない
話を聞いたリィザは、魂が抜けたような血の気のない顔でクロアを見ていた。
自分の聖印が魔人をこの世に生み出す一因になったんだもんな。そんな顔色になるのもわかる。
そして、僕の懐中電灯もだ。
責任を取る意味でも、クロアを何とかしたいとは思うが……
「バハムート」
「(ビクッ)」
名前を呼ばれただけなのに、恐怖で体が震えてしまった。
この世界の人には申し訳ないが、こんなやつ僕がどうこうできる相手じゃない。
「ククク、そう怯えるな」
「う……」
その通りなので、何も言い返せない。
しかし、怖くても確認しておかなければならないことがあった。
その内容によっては、僕は、この世界の人に恨まれることはないかもしれない。
「あ、あのさ、一つ聞いていい?」
勇気をかき集めて、クロアの作り物のような黒い眼球を真っすぐに見た。
「許す。言ってみろ」
随分上からものを言われたが、そのことについて文句を言うほどの勇気はない。
「その……魔人になった理由って、何? 良いことをするため……とか?」
「三百年前にも、アシュリー達に同じようなことを聞かれたよ。……その直後、戦闘になったわけだが」
……良いことのためではないってことね。
だよな。こんな危ない気配放ってんだもんな。
「じ、じゃあ、理由って?」
「うむ。私の目的は、この世界を一千年前に戻すことだ」
「い、一千年前っスか?」
「ああ、悪魔が当たり前のように地上を歩いていた世界にな」
「……」
「貴様は知らんかもしれんが、一千年前、パルティアとその弟子達が悪魔を地上から一掃し今の世界がある。私は、この力を使って悪魔を再びこの世界へ喚び戻し、今この身に宿る悪魔よりもさらに格上の悪魔を見つけ出し、より強大な力を手に入れたいんだ」
「……」
ダメだ。
もう色々ダメだ。
話について行けないし、クロアをどうすることもできない。
頭がパンクしそうだ。
なぜそんなに強さを求めるんだろうか、こいつは。
「どうだ、バハムート? 理解できたか?」
できない。けど、
「……まぁ、はい。大きな、目標っスね……」
怖いからそう言うしかない。
「そこだけではない。私が気配を操っていたのではないということ、私がグリネオではなく、ディノ・クライハーツだということがだ」
「ああ、うん……だいたい」
「うむ」
嬉しそうに、そしてどこが満足そうに頷き、真っ黒な目玉で僕を見るクロア。口には出さないが、ずっと気持ち悪い。
「だが、それ以外は見事だ。よく私の行動を読み、思考を巡らせ、点を線にしてここまでたどり着いたな」
「……ど、どーも」
褒められてるっぽい。
クロアにしてみれば、行き先を誰にも言わなかったわけだから、知られたくなかったはず。
見つかってしまった、という感覚だと思うのだけれど。
よくわからない。
そして、よくわからないことがもう一つ。
「あ、あの~、一つって言ったんだけど、もう一つ聞いていいっスか?」
「一つと言わず、いくらでも聞け」
懐の深い返答。
三日前を思い出す。
「そ、そのですね、どうして目的を達成したのに、立ち去らないで自分の事情を説明してくれてるのかなぁ? と」
魔人の力を取り戻したわけだから、さっさとここから逃げればいいのに、なぜ自分のことをペラペラと喋っているのだろうか。
よくわからない。
「そのことか」
クロアがたくましくなった二本の腕を組む。
「私のことを話したのは、私のことを何も知らぬままでは、返事もできんだろうと思ってのことだ」
「返事?」
「フフフ……」
クロアは、妙に熱っぽい視線を僕へ向け、微笑み、
「バハムート、私の部下になれ」
「…………は?」
突拍子もないことを言ってきた。
「……え~っと…………部下?」
念のため聞いた。
「部下だ」
聞き間違えたわけではないようだ。
……部下?
「な、何で?」
「貴様の洞察力は武器になる。部下にしておいて損はない」
洞察力……。
「……もしかして、これまで色々聞いてきてた理由って」
「貴様がどこまで私の行動を読んでいたのかを知るためだ」
「じゃあ、つい今し方、僕を褒めたのは」
「貴様の能力を褒めたんだ」
……そうだったのか。
そういう理由があったのか。
だから、干からびてる時や元に戻った後に、アレコレと質問してきて、気配の持ち主を操ってるって言ったらガッカリされてたのか。
「……でも僕、気配のことと、グリネオって予想外したけど?」
「気配については残念だが、まぁ貴様はこの世界の人間ではないからな。気配の主を操っているという答えでも及第点だ」
……もしも及第点取れてなかったら、どうなってたんだろう。
「グリネオについては、元魔人という私に似た者の名前を出した。それで十分だ。私を元魔人のグリネオと疑った人間は、この三百年の間で貴様が初めてだからな」
「初めて……」
う~ん……微妙に嬉しく思ってしまう自分が情けない。
「私の評価を得られたこと、誇りに思っていいぞ」
「……ハハハ」
誇りには思わないけど。
「さあ、バハムート、返事は?」
部下の件ね。
そんなもんなりたくないに決まってる。けど……
「……もし、お断りしたらどうなるの?」
「……私の気遣いを無駄にするつもりか?」
クロアの目がすがめられた。
凶悪な気配が増したように感じる。
返事とか言っておきながら、イエスの一択じゃないの?
「バハムート。貴様のことだから、きっと難しく考えすぎているのだろう。私の部下になれば、ひどい目に合うなどと」
それは考えている。というか、考えるまでもなくひどい目に合うと思ってる。正確には、クロアにひどい目に合わされると。
「だが、いらぬ心配だ」
本当かな?
「これまで私に働いた無礼は、きっちり清算してもらうがな」
ほらやっぱり。
でも、魔人で危ないことを企んでるやつの部下になんてなりたくないけれど、無事日本に還るにはクロアの仲間になるしかないか……。
「ク、クロア……い、一体どうしたっていうんだ?」
今まで呆然と立ちつくしていたリィザが、力なく口を開いた。
「ま、魔人? 封印を解いた? 悪魔を地上に? ハ、ハハ、じ、冗談が過ぎるぞ?」
事ここに至っても、現実を受け入れず、クロアが悪人でないことを信じようとするリィザ。だが、引きつった笑顔が痛々しい。
「……はぁ〜」
そんなリィザを見て、クロアが両腕を広げ、肩をすくめ、首を左右に振ってため息を吐いた。
「そ、それに、バハムートを部下にと言うが、わ、私達はそもそも仲間じゃないか」
「ああ、リィザ。お前はいらない」
「……………………………………………………え?」
リィザが無理矢理笑ませた表情のまま固まった。




