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118.真実

「フフ、どうした? 二人してマヌケ面を並べて」


 足取り軽く棺の中から赤い絨毯の上へと降り立ち、エイリアンのような作り物っぽい眼球をこちらへ向け、楽しそうに言ってくる魔人となったクロア。


「……ク、クロア……なのか?」


 服装、顔立ち、声はクロア本人だが、あまりに変わってしまった姿を見て、リィザが声を震わせ確認した。


「もちろんだ。私がわからないのか、リィザ?」


「あ……いや……」


 どう返事をしていいのか言葉に詰まるリィザ。

 自分の変化した容姿に気づいてるくせに、相手が困る返しをするところなんてまさしくクロアだ。


 しかし、見た目もそうだがクロアの持つ気配自体も変わってしまった。

 側にいるだけで肌が粟立つ危険な気配。

 先ほどまで広範囲に漏れていた巨大で不快な気配を凝縮したような禍々しい気配が、クロアから放たれていた。

 これはもう、魔人というより悪魔そのものなんじゃないのか。


「ク、クククロ、クロ……」


 クロアと言いたかったが、恐怖で喉の筋肉が収縮し、上手く言葉が出てこなかった。


「クハハハハハハハハハハッ。貴様、何が言いたい? 人間の言葉を忘れたか? ハハハハハハハハハハッ」


「ぐぅ……」


 腹立たしいが、それ以上に怖い。

 静かに一度息を吐き切り、大きく吸い込んで、腹に力をいれて再度、


「ク、クロア」


 なんとか声を絞り出した。


「フフフ、何だ?」


 ただ名前を呼ぶのにも苦労する僕へ、クロアが珍妙な動物でも見るような目を向けてくる。


「そ、その姿って……あ、悪魔を……か、体に宿した……」


「ああ、魔人だな」


 しゃべるのが遅い僕にじれたのか、クロアが続きを引き継いだ。

 やっぱり魔人だよな……。


「……ハ、ハハ、ハハハハ」


 リィザの口から乾いた笑い声がこぼれた。


「そ、そんな、ク、クロアが魔人になんて」


「それとな」


 クロアがリィザの声を遮った。


「私の名は、ディノ・クライハーツだ。クロアではない。バハムートも憶えておけ」


 また大賢人様の名前を口にするクロア。


「……そ、そんなわけ……そんなわけないだろ」


 珍しくクロアの言葉に頷かないリィザ。


「だ、だって、ディノ・クライハーツ様が生きた時代は、今から三百年前だし、ディノ・クライハーツ様は、グリネオとの戦いで亡くなられたんだから」


 戦いで亡くなられたというのは初耳だ。


「ああ、それは嘘だ」


 クロアがきっぱりと言い切った。


「う、嘘じゃない。グリネオとの戦いで負傷したディノ・クライハーツ様は、悪魔を封印後、息を引き取られたって」


「違う違う。真実はこうだ」


 首を横に振ったクロアが語り出す。


「グリネオを倒して悪魔を宝玉の中に閉じ込め、意識を失ったグリネオの周りで、私を除く三人が戦いで負った傷と疲労のため、その場に座り込んだ後のことだ」


 クロアがディノ・クライハーツ様なら、その三人とは、太陽の勇者アシュリー・アストレイ様、光の聖女ラララ・トレアドール様、火の剣聖セト・カトル様ということになるが……本当だろうか。


「死ぬどころか四人の中で一番体力を残していた私は、そのスキをついて、グリネオの胸の上にあった、完全に悪魔を封印しきる前の宝玉を奪い、疲れた体に鞭を打ち、城の中を走って逃げたんだ。部屋を出る時後ろを振り返ったが、三人とも阿呆のように口を開けて、ただ私を見ていたよ。それはそうだろう。私がアシュリー達の仲間になった本当の理由が、魔人の力を手に入れることだと誰も気づいていなかったのだからな。フフフ」


 聖女様の棺を見て、その時のことを思い出したようにクロアが笑った。


「しばらく走って適当な部屋を見つけ、そこへ逃げ込んだ。そして、早々に悪魔を宝玉から解き放ち、我が身に取り込んだ。……感動に震えたよ。ケガと疲労が瞬時に癒え、身体中に力が漲り、全てのものが矮小に見え、世界を我が物にしたような感覚を得、恐怖という感情は最早私の生涯において永遠に縁がないだろうと思えるほどの至上の肉体を手に入れた気分だった」


 恍惚とした顔で語るクロア。


「この力をすぐにでも試したくなった私は、部屋でアシュリー達がやって来るのを待った。やがて三人は私を見つけ出し、戦闘になったのだが……どうなったと思う?」


「ど、どうって……」


「それは……」


 突然の質問に戸惑ったような声を返すリィザに顔を向けると、目が合った。

 しかし、先ほどのことで気まずく、お互いすぐに視線を逸らした。


 もしそのような戦いがあったのだとすれば、四人がかりでやっと魔人グリネオを倒したんだから、ディノ・クライハーツ様が魔人となったなら、ケガをして疲労困憊の勇者様達に勝ち目はなく、


「デ、ディノ・クライハーツ様が、勝った」


 と思う。けれど、


「フフ……決着は一瞬だった。何もできないまま、私は取り押さえられてしまった」


 クロアの答えは予想外のものだった。

 何もできないまま?

 しかも一瞬?


「不思議に思うだろう? だが、そうおかしなことでもない。単純な話だ。扱いきれなかったんだよ、この強大すぎる力を。どれほど優れた武器を持っていようと、使い慣れていなければ宝の持ち腐れ、ということだ。フフ」


 クロアが自嘲の笑みを漏らす。


「取り押さえられた私は、すぐさま悪魔払いの儀式にかけられた。だが、悪魔は私の体がよほど気に入ったようで、何度やっても出ていくことはなかった。そこでラララは、魔人の力を使えないよう私に封印を施したんだ。そしてアシュリー達は、元仲間ということで私に同情したのか、私を牢へ入れずに荒野へ放り出し、真実を隠し、世間にウソの情報を流した。悪魔は宝玉に封印し、ディノ・クライハーツは死んだ、とな」


「……」


 その話が真実なのかどうか、それはわからない。

 だが、ウソを言っているようには見えないし、言う意味もないとは思う。

 リィザは、難しい数式の解き方でも聞いているような顔で、魔人となったクロアを見つめている。


「そこからだ。私の苦難の日々が始まったのは」


 真実とやらを語り終えたクロアだが話を続ける。


「悪魔の強大な力を我が身に取り込むために、自分の体という器を空にする必要があった私は、これまで培ってきた力を全て捨てていた。それゆえ、魔人の力を封印された後、私は子供のような貧弱な存在になってしまった。お前達のよく知るクロアというわけだ」


 もともと弱いわけじゃなかったんだな。

 弱いどころかメチャクチャ強かったんじゃないか。

 ディノ・クライハーツ様なんだとしたら。


「もし、何かの理由で魔人の力が突然戻った時、新たな力を身につけていたなら、この体は容量過多で破裂してしまう。それゆえ、私は弱い体のままで毎日を必死になって生き抜いた。情けなくて思い出したくないことも多々あった。それでも、魔人の力を取り戻すために、封印を解く方法を探して三百年の長きを生きてきた。そんな中、解呪の方法を一つ見つけた。それは、封印施錠の鍵であるラララの心臓を、私の魂を削って作ったこの剣で貫くというものだった」


 クロアが腰の剣を撫でた。

 魔人になる前に聞いたやつだ。


「しかし、ラララの心臓を貫くなど、魔人かアシュリー並みの力を持っていない限り不可能だった。フッ、笑えるだろう? 魔人の力を取り戻すためにはラララの心臓を貫かねばならない。しかし、心臓を貫くには魔人並みの力がいる。強大な力を取り戻すために、強大な力を手に入れねばならんのだからな。まったく無意味な方法だったんだよ。……この光に出会うまでは」


 クロアの目が今も光っている明星のランプへ向けられた。


「ラララは、私を荒野へ放りだす際こんなことを言っていた。『世界がいかに美しいものであるかということをその目で見てくるのです。貴方の心から穢れが消え、魔人の力を正しいことに使うと決心したとき、この世に二つとない聖なる光が貴方の内より出で、世界をあまねく照らし、その力は解放されるでしょう』とな」


「……」


 この世に二つとない?

 それって……


「……気づいたかバハムート?」


 クロアが僕の表情を見て薄く笑った。


「そうだ。『この世に二つとない光』は、貴様が異世界から持ち込んだカイチュウデントウ、『聖なる』は、リィザの古い聖印で代用できたんだ」


 代用……。


「それを見つけ、気づいた私は歓喜に震えた。笑いが止まらなかったよ」


 クロアが言ってるのは、三日前の不快な気配を初めて感じた後のことだろう。


「しかし、見てわかっただろうが、明星のランプ内で二つを混ぜた光を浴びても、私の頭上にある封印は完全には解けなかった。魔人の力だけが解放され、肉体は戻らなかったんだ。ひ弱なクロアの体に魔人の力は負担が大きすぎて長くは使えん。だが、ラララの心臓に剣を刺せるだけの力があれば良かった。それで、封印を解く方法が意味を持つのだからな」


 つまり、聖女様の心臓を剣で貫き、自らに施された魔人の力の封印を解いた、と。封印は聖女様の元にではなく、クロアの元にあったんだ。


 なるほどな。

 クロアの話を信用するなら、これまでの様々なことに説明がつく。

 クロアの頭の上が光ったこと。

 明星のランプ、懐中電灯、聖印を借りて姿を消したこと。

 トレアドールへ来たこと。

 十一年前から顔が変わっていないこと。

 百年分の生命力を魔力に変えても生きていること。

 などなど。


 他にも細かいところだと、魔物に詳しいこと。

 頭が良いこと。

 何百年かかろうと探すと言っていたこと。

 僕が勇者様達に会いたかったと言ったら笑っていたこと。

 魔人のケツが青いと言ったら急に怒り出したこと。


 だってこいつは、ディノ・クライハーツ様で、魔人なのだから。


「クハハハハハハハハハハッ。貴様らには感謝している。おかげでこの通り魔人の力を取り戻せたのだからな」


 人間ではない姿で凶悪な気配を放ちながらも、明るい表情で笑うクロア。

 そのギャップが、余計に人の恐怖心を煽る。

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