117.仲間
「お、おい」
「クロア!」
どうしていいかわからずただ佇むだけの僕の隣で、リィザがクロアへ駆け寄ろうとするが、
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
黒い炎に焼かれながらも歓喜の声を上げるクロアに気づき、すぐに足を止めた。
「クハハハハハハハハハハハハハハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
炎の中の様子は窺えない。
クロアの高笑いだけが、聖室内に木霊している。
が、その笑い声も黒い炎に飲み込まれるように、次第に小さくなり聞こえなくなった。
「……」
目の前の光景に、ゴクリと喉を鳴らした。
……異常だ。
何もかも異常すぎる。
はっきり言って、こんなのもう僕の手には負えない。
これから何が始まるのかわからないが、最早僕にはどうすることもできないということはわかる。
後は、聖杖騎士団やパティーヌさん達腕利きのセイヴィアに任せるしかないだろう。となれば、
「リィザさん!」
黒い炎に包まれたクロアへ心配そうな眼差しを送っているリィザの手を掴んだ。
「わ!?」
いきなりだったので、リィザが驚いた声を上げてこちらを向いた。
「ビ、ビックリするだろ! 何だ!?」
「何だじゃないっスよ! 逃げましょう!」
「……は?」
怪訝そうな顔で僕を見てくるリィザ。
「逃げるって……何から?」
「クロさんからに決まってんでしょ!」
「……はぁ?」
ますます僕のことを訝りリィザが首を捻った。
「何で?」
「……」
この人、本気で言ってんのか?
「クロア大丈夫かな……」
またまたリィザが不安げに黒い炎へ目を向けた。
「あんだけ笑ってたんだから超大丈夫でしょうね。さ、行きましょう」
リィザの手を引っ張って歩き出した。
「わわっ!? 引っ張るな! 離せ!」
ブンッと、リィザに手を振り払われてしまった。
「どこに行くっていうんだ? クロアにおとなしく見てろって言われたろ?」
「……ハァ〜」
もうげんなりしてきた。
いつまでクロアクロア言ってんだ。
「あのね、リィザさん。現実を見ましょう?」
「言われなくても見てる」
「だったらわかるでしょ? もうクロさん普通じゃないって」
「うむ」
「だったら」
「心配ではあるが、クロアを見守ろう」
「…………ハァ〜」
バカなのか、この人は。
「……リィザさん、この状況明らかに異常だってわかるでしょ?」
「今は異常に思えるが、後でクロアの説明を聞けば、全て納得できる」
「納得できないですって。納得できても笑えない内容でしょうし。僕なんてさっき、『近づけば殺す』って言われたんですよ?」
「本気なわけないだろ」
「目が本気でしたよ。だいたい、クロさんが、今も感じるこの気持ち悪い気配を発生させるところ見たでしょ?」
「それは……」
「リィザさんは、この気配を悪だって言ってたでしょ? それをクロさんが発生させたんですよ? しかもクロさん、この力は私から出たんだ、なんてことも言ってたし」
「……」
「聖女様の胸に剣を刺したのだって見たでしょ? あれって状況を見るに悪魔の封印を解いたんでしょ? それを目の当たりにしたでしょ?」
「……」
「他にもおかしいところだらけで、クロさんはまともじゃないって十分すぎるくらいわかるでしょ?」
「……だから、クロアに話を聞けば、納得……できる……」
「……」
何をどう説明されれば、納得できるってんだ。何言ってんだ、このバカは。本当の本当に……
「……何言ってんだ、このバカは」
「な!? バ、バ、バカ!?」
もう心の声を隠す気にもならない。
いつまでバカなこと言ってんだ、バカリィザ。
「とにかく、ここは危ないから外へ行きましょう」
「行くわけないだろクソバカハゲムート!」
「ハ……ハァァァッ!?」
こ、このバカリィザ。
「どうせお前はアレだろ!? クロアとウマが合わないから仲間外れにしようとか考えてるんだろ!」
「そんなガキみたいなこと考えるか! こっちはあんたに現状をわからせようと必死こいてんだ!」
「現状なら十分わかってる!」
「だったら早く逃げなきゃダメでしょ!」
リィザの手を強く掴んで引っ張った。
「離せ! 行くならひとりで行け!」
「ここにいたら危ないから行こうって言ってんの!」
「危なくなんてない! どうしてお前は仲間を信じてやれないんだ!」
「仲間の荷物盗んで殺すなんてセリフ吐くやつの何を信じろってんだ!」
「クロアは盗んでない!」
「盗人だ! ランプも聖印も懐中電灯も持ってるだろ!」
「あれは貸したんだ!」
「借りたまま行き先も告げずにいなくなったらそれは盗みなの!」
「うるさいうるさいうるさい!」
「盗人なんて放っといて逃げましょ!」
「盗人じゃない盗人じゃない盗人じゃない!」
「クロアのそばにいたら危ないから早く!」
「危なくなんてない危なくなんてない危なくなんてない!」
も~、この人は~。
「仲間を信じろってんなら僕の言うことも少しは信じろ!」
「お前なんて仲間じゃない!」
「ッ!?」
「お前なんて…………あっ」
「……」
「あ、あの、い、今のは」
「ああ、そうですか。わかりましたよ」
握っていたリィザの手を離した。
「あ……」
リィザが寂しげな声を漏らしたが、既にそちらから視線を外しているため、正確には感情を読み取れない。
「き、聞いてくれ。あ、あのな」
話しかけてくるリィザに背を向けた。
「……」
リィザの言葉が途切れ、ただでさえ不穏な空気が漂う中、重苦しい空気までプラスされた。
人が一生懸命説明してんのに、まったく聞き入れないでクロアクロアって。
しかも、お前なんて仲間じゃ…………………………アホらし。
もう、どうでもいいや。
そもそもの話、よく考えてみれば、リィザは一緒に逃げる必要はないわけだし。
クロアは、僕に対していい感情を持ってないから僕は危ないけれど、リィザはクロアといたいと言ってるわけで、クロアもリィザに怪我を負わせるようなことはないだろうし。
きっと大丈夫だろう。
ひとりで逃げればいいや。
……うん、一人で逃げればいい。
「……ん? 気配が……」
これまで辺り一帯を覆うように存在していた巨大で不快な気配が、一点に集中していくのを感じた。
そのポイントは、石棺の中、聖女様の上にある黒い炎の辺りで……
「ヒッ!?」
リィザが短い悲鳴を上げた。
慌てて振り返ると、リィザは驚愕に凍りついた顔を黒い炎へ向けていた。
リィザの視線を追って、僕もそちらへ目をやると、
「うわっ!?」
黒い炎から二本の腕が飛び出していた。
ただし、その肌の色は、海の底のように深い青色だった。
その腕が、握りしめていた拳を広げ、空気を払うように振られると、炎はたちどころに消え、中から一人の男が現れた。
藍色の肌の男が、自身の体の具合を確認するように手足を動かす。
藍色の肌は腕だけではなく、顔も首も見えている皮膚は全て同じ色だ。
体は筋肉質で、髪は長い白髪。唇は紫。
目は、大粒の黒真珠でもはめ込んだように闇一色。
以前リィザに聞いた、三百年前その身に悪魔を宿した男と同じ特徴を持つ、
「三百年ぶりか……」
魔人となったクロアがそこに立っていた。




