115.名前
「あのですね、もう何回も言ってますけど、クロさんが例の巨大で不快な気配の発生源なんですよ」
「何!?」
あれ?
信じた?
「まだそんなバカなことを言ってるのか……」
ほら。
「やっぱ信じないと思った」
「そんなわけないからな」
「あるんだって。それで、その力を使って聖女様が守ってる悪魔の封印を解こうとしてるんですよ」
先程は、僕がクロアの目的に気づいているとバレたら、何をされるかわからないと考えていたが、今は何もしてこないとわかっているので、リィザに知ってもらうためハッキリと告げた。
「何言ってんだお前?」
信じてもらえないと確信していても。
リィザはフラットな表情で、ただ僕を見てる。
僕の言ったことがバカバカし過ぎて、脳細胞動かす気も起きないんだと思う。
「フフフ、ククククク」
笑っているのはクロア。
やはり気づいていたか、という笑いだろう。
ええ、気づいてましたよ。
そして、
「当たってるんだよね、クロさん?」
否定しないんだから。
「フフフフフ」
「笑ってないで、クロさんの口からはっきりと言ってあげてくんない?」
「フフフ……ふむ」
「あの不快な気配の持ち主を操って、封印を」
「む? 待て」
「え? 何?」
「それは違うぞ」
「は?」
何で今さらそんなウソを?
「やっぱりな」
リィザはクロアの言ったことをあっさり信じてるし。
「今さら誤魔化そうとするなっての。ずっと明星のランプで僕を脅してたくせに」
「操る、か……。フ~……」
こっちを無視して、クロアがガッカリ感漂うため息を吐いた。
「何? 何でため息?」
「……つまり貴様は、私が召喚獣のような何かを操っていると言いたいのか?」
「そうだけど……何?」
「そうか……まぁ、そう考えるのも仕方のないことか……」
力ない目で僕を見てくるクロア。
何だってんだ。
「あの気配の力を借りて塔の上から侵入して、さらに今封印を解こうとしてるんだろ? ハッキリ言えっての」
「あれは、私の力だ」
「……へ? クロさんの?」
「ああ」
「クロアが浮遊魔法を?」
首を傾げるリィザ。
初耳なのだろう。
「……じゃあ、おじいちゃんになってたのも魔法? 正体を隠すために姿を変えてたってこと?」
「年老いていたわけではない。あの力を使う場合は限界以上の魔力を消費するため、この貧弱な体の百年分ほどの生命力を削って魔力にあてる必要があった。その結果、一時的に干からびた体になっていただけだ」
あの力、というのは魔法のことか?
生命力を魔力にあてたというのは…………ああ、レアに教えてもらったやつだ。
生命力を、魔力に変えることができるって。
ただし寿命が減るらしい。
それをクロアは百年分の寿命を削って、魔力に…………百年分?
二十三歳らしいクロアが百年分なんて確実に命に係わる量だ。
なのに老人のような姿になるだけで、また元に戻ったと?
そんなバカな。ありえない。
生きていられるわけないし、元に戻るのもおかしい。
適当に言ってるだけだろう。
だってそんなのまるで、不老不死の人げ……
「……」
「どうした? じっと見て」
ふと、ひとりの人物が頭に浮かんだ。
こいつは今、悪魔の力を自分のものにしようとしている。
今から三百年前にも悪魔を身の内に取り込み魔人になったやつがいた。
悪魔を身に宿したことのある者は、不老不死ではないが不老長寿の体になるらしい。
そいつは今も生きている。
特徴は確か、頭脳明晰で容姿端麗。
同じ特徴を持つクロア。
他にも気になることがいくつかあったはず。
「……そうだ」
「ん?」
クロアは以前、何百年かかろうと探すと言っていた。
パティーヌさんからは、十年以上前から顔が変わっていないと聞いた。
服屋のおじいさんからは、古い知り合いに会いに行くと言っていたと教えてもらった。
そしてクロアは今、ここにいる。聖女様の元に。
ということは、知り合いというのは聖女様ということで…………こいつ、まさか……まさかこいつって……
「……お、お前……」
「だからどうした?」
「……グリネオ……か?」
「ッ!?」
目玉が零れ落ちそうなほど大きくまぶたを開いたクロアが、視界の中心に僕を捕らえたまま、この世ならざるモノでも見てしまったように固まった。
この反応……こいつ、本当に……?
「……バハムート、お前大丈夫か?」
クロアの様子に気づかず、リィザが正気を疑う目を向けてくる。
それに言葉を返すより先に、
「フ、フフ……」
クロアから小さな笑い声がこぼれ、
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
すぐに、大笑へと変わった。
「え? な、何?」
声へ振り向いたリィザが困惑の表情でクロアを見つめる。しかしクロアは、
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
顔を上向け、整った顔を崩し、声を上げて笑い、
「バハムート!」
唐突に笑い声を収め、バネ仕掛けの人形のように勢いよく顔を正面へ戻した。
「な、何?」
「なぜそんな答えが出てきた!? いや何も言うな! 私はただ褒めたいんだ!」
少しおかしな調子のクロア。
笑顔だが、それが道化師みたく裏のある笑顔のようで薄気味悪い。
「じ、じゃあ、僕の言ったことって」
「今一度言おう。操っているのではない。あれは私の内より出た力だ」
「内より?」
「貴様も気づいている通り、明星のランプ、カイチュウデントウ、リィザの聖印。この三つを重ねて使うことで、一時的に封印を解いているんだ」
「一時的? それってどういう」
「完全に解くには、光の聖女と呼ばれたラララ・トレアドールの心臓を我が剣にて貫く必要がある」
「ち、ちょっと待った。話がまったく」
「ラララが私の力を封印して三百年……長かった……」
「さ、三百年ってことは、やっぱりお前」
「私の本当の名は、ディノ・クライハーツ。かつて星の大賢人と呼ばれた、四英傑の一人だ」
「…………………………え?」
ディノ・クライハーツ?
「ク、クロア?」
僕もリィザもわけがわからず、戸惑った顔をクロアへ向けた。
ディノ・クライハーツ。
三百年前、グリネオを倒した勇者様のお仲間の名前だ。
クロアが……ディノ・クライハーツ様?
「フフフ……」
しかしクロアは、戸惑う僕達にかまうことなく右脇に抱えた明星のランプに左手を突っ込み、懐中電灯のスイッチに指をかけた。
「な!? 待った待った待った!」
「フハハハハハハハハハハッ。貴様のことは十分理解した! 頃合いだ! 今度は私が何者かをその目で確かめろ!」
クロアが僕の声に耳を貸すことなく、躊躇なくスイッチをオンにした。
すぐに懐中電灯はオレンジ色の光を放ち、明星のランプがその光を増幅させ、周囲を広く明るく照らし、当然持ち手であるクロアの頭上にも光が浴びせられた。
するとそこに、握り拳大の白く光る球体が現れ、
「ぐっ!?」
「うっ!?」
巨大で不快な気配が僕とリィザの周りに、そして恐らくはこの街を覆うように出現した。




