111.本物
「クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ」
大口を開けて、お年寄りらしからぬ豪快さで笑い続けるおじいちゃん。
「……何でこいつ笑ってるんだ?」
「……さぁ。お年寄りの笑いのツボはわかんないっス」
ただでさえよくわからない人だし。
「おい盗人! 何が聞きたかったのかよくわからんがもう十分だろ! 今度はお前がクロアの居場所を吐け!」
「ハハハハハハハハハハッ、クククククッ、バ、バハムート、お、お前はおもしろいやつだ。フッ、フフフ」
「……あざース」
おもしろい話をしたつもりはないけれど。
「おい! 私の話を聞け! バハムートのおもしろ話を聞いたんだから、約束通りクロアの居場所を言え!」
おもしろい話をしたつもりはないけれど。
二人して僕のことバカにしてない?
「……ふむ。そろそろいいだろう」
おじいちゃんが、今見た大笑いとは違い、微かに笑みを浮かべた。
「どこだ! 早く言え!」
「フフ、今教えてやる。……よく見ていろよ」
「見ていろ?」
「何を?」
リィザと僕が首を傾げる前で、おじいちゃんは、ヒジを掛けていた聖女様の棺から離れ、曲がった腰を痛そうにさすりながらその場に立った。そして、
「うっ!?」
突然うめき声を上げたかと思うと、
「くっ……ぐっ……ぐあぁぁぁぁぁっ」
今度は苦しみ出した。
「な、何だ!? 何なんだこいつ!?」
「わ、わかんないっス! もうわけわかんないっス!」
おじいちゃんの、言うこと聞くことやってることが全部意味不明だった。
「ぐおぉぉぉぉぉっ……うぐっ……ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
さらに苦しそうな表情で、おじいちゃんがローブの胸の辺りをきつく握りしめた。
「な、何だ!? 胸が苦しいのか!?」
「息じゃない!? 息できてないんじゃない!?」
「待ってろ! 今人工呼吸してやる!」
「マジで!?」
「バハムートが!」
「マジで!?」
「イッケーーーッ! バハムートーーーッ!」
「ヤだよ! ファーストキッスがおじいちゃんなんて!」
「そんなこと言ってる場合か!」
「ならリィザさんがやればいいでしょ!」
「ファーストキッスがジジイなんてイヤだ!」
「言ってる場合じゃないんでしょ!」
「お前女騎士には人工呼吸しようとしてたろ!」
「あれ美女! これジジイ!」
「ジジイだろうが何だろうがさっさと…………あ」
「え? 何? どうし…………あれ?」
おじいちゃんを見て固まったリィザに気づき、僕もそちらを見てみると、
「……こいつ、若くなってないか?」
「……そう見えますね」
曲がっていた腰が伸び、深かったシワが浅くなっていた。
「ぐぅぅぅぅぅ……ああぁぁぁぁぁっ」
なおもおじいちゃんは苦しそうな声を上げているが、その体は、死にそうなうめき声とは裏腹に、精気でも注入されているかのように若返っていってる。
「どういう原理だ?」
「そういう種族なんじゃないっスか?」
「突然若返る種族なんて聞いたことない」
「僕もないっス……てゆーか、このおじいちゃん、だんだんと誰かに似てきてません?」
「ん~?」
僕達が話している間も、おじいちゃんの体はどんどん若返っていく。
丸まっていた背筋がピンと伸び、身長も高くなり、手の甲のシワやシミが消えて白くて張りのある若々しい肌になっていく。
同様に、顔にあったシミシワも完全になくなり、優しそうな、でもどこか陰のある目をしたイケメンに変わっていき、
「あ……」
「こ、この顔……」
真っ白だった髪、眉、まつ毛が、空を映す湖面のようなライトブルーに色づいて、人生の早戻し現象が終わった後に立っていたのは、
「はぁ、はぁ、フ~。三日ぶりだな、リィザ、バハムート」
我らがリーダー、クロアだった。
「……」
「……」
口を開け、目を点にして驚くリィザと僕。
おじいちゃんが、クロアになった。
「どうした二人とも? クロアだぞ? 言った通り、居場所を教えてやったぞ。フフフ」
しわがれた声でなく、少し高めの知った声でおどけたことを言い、いたずらっ子のように笑うクロア。
こんなことってあるんだろうか?
老人が若者に……クロアになるなんて。
なるかどうかはわからないが、ククは変身能力があり、レアも顔を変える幻覚魔法を使っていた。
ならばこれもきっと、そういった類のものなんじゃないだろうか。
「フフ、ククの変化やレアの幻覚魔法のようなものを使ったと考えているのか?」
僕の思考を読んだように言ってくるクロアもどき。
ククとレアのことを知ってるのか。
「私は正真正銘クロアだ。証明もできるぞ。お前の名は、リィザ・ライン・ハイエスだ」
クロアもどきがリィザのフルネームを言ってくる。
言われたリィザは、驚いた表情のまま変化はない。
「一年半程前、土砂降りの雨の中、薄汚れた外套をまとい、腹を空かせてフラフラと森の中を歩いているところを拾ったんだ」
「……」
クロアもどきの話を聞いたリィザの表情は驚きのままだが、碧い瞳は相手を観察するような色合いに変わっている。
……拾ったって表現はどうなんだ?
「隣のお前はバハムート。本当の名はハバムトーだ」
当たり。
本物のクロアなんだろうか?
だが、僕の名前もリィザの情報も、クロアと知り合いなんだとしたら聞いていてもおかしくはない。
「そしてお前は……」
僕が召喚獣として喚ばれたことを言うつもりか?
それともリィザのように出会ったときのことを話すのか?
しかし、それならやはり、クロアから情報を得ていれば
「アホだ。ハハハハハ」
「……」
こいつクロアだわ。
間違いない。
たった一言で人の神経逆撫でることのできるやつなんてそうそういないし。
思い出してみれば、おじいちゃんだった時の喋り方も僕をイライラさせてたし。
絶対クロアだ。
イケメンだけが取り柄の貧弱人間クロアだ。
ということは、「クロアがどうしてここにいると思ったんだ?」って質問は、自分のことを聞いてたってことだ。正体を言わずに。趣味悪。
言われても信じなかっただろうけど。
おじいちゃんになってるなんて思わないし、思えないし。
「どうだ? 私が本物だと理解できたか? まだ納得できないのなら何でも聞け」
「はい! 質問!」
ビシッと手を上げた。
「何だ?」
「どうしてクソジジイになったりクソクソクソアさんに戻ったりできるんですか?」
「クソはお前だクソムート」
「いえいえ、お前こそが世界に一人だけのクソぶべらっ」
リィザにノールックでビンタされた。
「……ほ、本当に……ほ、本物……?」
リィザが今だ驚きの表情でクロアを見つめ、声を震わせ尋ねた。
「ああ」
クロアが肩をすくめて答えた。
「……本物の……クロア……?」
「くどい。何度も同じことを聞くな」
顔をしかめ、面倒そうなクロア。
「……あ、会えた……ク、クロアに……ぐすっ」
しかしリィザは、クロアの態度を気にした様子もなく、目に涙を浮かべ、驚きのまま固まっていた顔をほころばせた。
「ク、クロアだ……ぐすっ……クロアだ……アハ、アハハハハ」
泣き笑いの表情で、零れそうになる涙をコートの袖で拭い、リィザがクロアへ近づくためその足を前へ……
「ちょっとちょっと! どこ行くんスか!?」
あわててリィザの腕を掴み止めた。




