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11.しらこい顔

 喉が裂けそうなほどの大きな悲鳴を上げてしまった。


 五、六メートルほど先の闇の中に、無数の霧状の人間の首があった。


 丸く開いた目と口が空洞になった首で、霧の尾を引きながら、田んぼの隅っこに群れるオタマジャクシのように懐中電灯が照らすオレンジ色の光の中を泳ぎまわっていた。


 霧の首は、懐中電灯の光に気づくと動きを止め、一斉に僕へ顔の正面を向けてきた。


 あまりの恐怖にもう一度悲鳴を上げそうになった。しかし、


「ギョオオオォォォォォオオォォォォォォォォッ」


 僕より先に光を浴びた霧の首達が、耳の奥にへばりついて残りそうな不気味な叫び声を上げ、ライトの中を飛びまわると、空気中へ霧散するように声を枯らして消えていった。


「「「「「おぉ~」」」」」


 その様子を見ていたらしい後ろの五人から、驚いたような、感心したような声が上がった。


「なんだ、できるんじゃないか」


「一気に十体くらい消したんじゃね?」


「いいわ! その調子よ!」


「お腹空いたんでお早くお願いしますー」


「イッケーーーッ! バハムートーーーッ!」


 五人が何か言ってる声は聞こえてくるが、それどころじゃなかった。


 怖すぎて色々漏らしそうだった。


 何なんだろう、この幽霊みたいな霧は。

 さっきはどうして消えたんだ?

 まさかとは思うが懐中電灯の光のせいか?

 

 だとしたら怒らせる前に謝らないと。

 悪気はなかったんですって。


 ……手遅れかな。

 すでに怒ってるかも。


 現状、消えなかった残りの霧の首は、五人を含めた僕達の周りへ散るように飛んでいったのだが、そのすべての首が今、一体残らず僕を見ているように感じる。


 眼球もないのに見ているというのも変だが、ほぼ間違いなく僕に意識を向けている。

 それがわかるほどに、粘つく重みをもった闇がそろりと肌を撫でているようだった。


 お腹の辺りなんて、本当に何かが触れてるんじゃないかって……


「ヒィィィィィィィィィィィィィィィィッ」


 実際触れてた。

 霧の首の上半分くらいが僕のお腹に入っていた。


「わー! わー! わー!」


 あわててお腹にライトを当てる。すると、


「ギュオオォォォアアアァァァァァァァァァッ」


 霧の首は恐ろしげな声を上げ、消えていった。

 やはり懐中電灯の光に弱いようだ。


「ハァ、ハァ、ビ、ビックリしたぁ~。な、何しようとしてたのかわかんないけど、今のってかなり危なかったんじゃないの? ……っていうか、首が僕のほうに向かって来てない? うわっ! 来てる来てるっ! めっちゃ来てるっ! すんごいたくさんこっち来たーーーっ!」


 闇の中から、何体もの霧の首が僕めがけて飛んできた。


 何もない目と口は開きっぱなしで、飛んでる時も、消える時も表情に変化はなく、ただひたすらに気味が悪い。


 とにかく、追ってくるやつ、周りにいるやつ、あっちこっちにライトを当てながら、走って逃げまわった。


 飛ぶ速度はあまり早くない。走っていれば後ろからくるやつには追いつかれず、前からくるやつに集中できる。


 霧の首は、三秒くらい光を当て続けると消滅した。ということで、走りながら霧の首にライトを三秒当てては消し、たまに逃げられ、また消しを繰り返しているんだけれど、


「……これ、どんくらいいんの?」


 暗いということもあるが、魚が泳ぐように飛び回っているので数がわからない。残り二十体くらいかな?


「おーい」


 水色イケメンがこっちに声をかけてきた。

 なぜか女の子四人に囲まれている。


「なーにー?」


「気づいているだろうが、まだ残り百体以上いるからもっと倒すペースを上げろー」


「気づいてねぇよ!」


 百以上?

 百以上っつったか?

 そんなにいんの?


「おーい」


 今度は金髪ガーターベルトさん。


「なーにー?」


「知ってるだろうが、ゴーストミストに取り憑かれるとお前も死んでゴーストミストになるから気をつけろー」


「知らねぇよ!」


 死ぬ?

 死ぬっつったか?

 ウソだよね?


 しかもゴースト?

 霧みたいな幽霊ってこと?


 ……僕、そんなんに追っかけられてるのか。

 でもこいつら懐中電灯の光で消えてんだけど。

 懐中電灯すげぇ。


 五人組は懐中電灯持ってないんだろうか。

 持ってるなら一緒に光を当てれば早く事が片付くのに。


 まぁ、持ってたとしても多分ゴーストミストとやらを倒すのは手伝ってくれないだろう。手伝う気あるならもっと早くから行動してるだろうし、今朝も見てるだけだったし。


 あと、このことも今朝に引き続きだけど、何でこいつらは襲われないんだろう?


「おーい、イケメーン」


「なんだー?」


「イケメンって呼ばれて普通に返事すんな!」


「……何なんだ」


 まったく。油断も隙もありゃしない。


「一つ質もーん。どうしてお前達は襲われないのー?」


「みんな魔除けの護符を持っているからなー」


「言えよっ!」


 魔除けの護符って、その名前のまんまのもんだろ。

 そりゃ、そっちを襲わないはずだよ。


 そういや、白銀羽織娘が護符だっていつまでももたないとかなんとか言ってたな。魔除けの護符のことだったのか。


「ちょっと! それ僕にもちょーだい!」


「おまえの分などあるわけないだろー」


「……」


 ないなら一言「ない」でいいのに、何その言い方?

 軽い殺意さえ覚えるんだけど。


「だったらお前の寄越せよ!」


「……ふぅ」


 ため息の後、両腕広げて、肩をすくめ、ハの字眉毛に上向き目ん玉つきのニヤケ面で首を左右に振って、ヤレヤレのポーズ。

 言葉にするなら「何言ってんだこいつ?」。


「ぐぎぎぎっ……あ、あの水クソ色……」


 もうホントこいつだけは……。

 僕の神経逆撫でするためにわざとやってんじゃないの。


「こうなったら……」


 イケメンから護符を分捕ってやる。

 そう思い、五人組のほうへ走り出した。しかし、


「わっ、わっ、あっちからも」


 五人の向こう側から二、三体のゴーストミストが、イケメン達をきれいに避けてこっちへ飛んできた。


「あー! もう!」


 仕方なく走る方向を変えた。

 護符があればそれを持って、あとはゆっくり倒せるってのに。


「ハァ、ハァ、ま、まずい、ハァ、ハァ、つ、疲れてきた」


 ほぼ全力で逃げているので息が上がってきた。イケメンにイラっとさせられたことも疲労に拍車をかけてると思う。


 このままだと全部倒す前に走れなくなり、足が止まったところを狙われて取り憑かれてしまう。


「ど、どうしよ、ハァ、ハァ、も、もし死ぬなら、ハァ、ハァ、イ、イケメンを、み、道連れに……ん?」


 何だ今の?


 ゴーストミストの中に気になるやつを見つけた。

 逸らしたライトをもう一度を当ててみる。が、すでに見当たらない。


 気になるな……。


 どこへ行ったか探したいが、こっちへ来るやつにも光を当てて対処しなきゃで、ライトを向けてじっくり確認している余裕がない。


 光がないと真っ暗で、ゴーストミストの細かい様子まではわからないし……


「フゥ、ハァ、おーい、ハァ、ハァ、何か灯りになるもの、ヒィ、ハァ、持ってないー?」


「あるぞー」


 赤髪褐色ビキニが答え、下にある袋から、腕くらいの木の棒の先に何かを巻いたものを五本取り出した。


「松明でいいかー?」


「それでいいー。ハァ、ハァ、ハァ、火ぃつけてー」


「あいよー」


 灯りがないか尋ねて、出てくるものが松明とは。


 今朝の巨大な蚊、ゴーストミスト、こいつらのファンタジーな格好、喋るポメラニアン……これで魔法でも使うやつがいようものなら、ここはもう間違いなく……


「んじゃ、これ頼むわ」


 赤髪ビキニが松明を一本持ち、その先を真っ黒ドレスへ向けた。


「お任せあれ」


 何かを了承した真っ黒ドレスは、手に持っていた紫色のひょうたん型の傘を頭上に掲げ、大きく息を吸い込み、傘の先端を松明へ向かって下ろしていき……


「おおっ! ま、まさかっ!?」


 ……そのまま下ろしていって地面に傘を置いてポケットから取り出した二つの石を打ち合わせて火を点けた。


「まぎらわしいっ!」


 何だったんだ今の動きは。

 てっきり魔法を使うもんだと思ってワクワクしてしまった。


「何を叫んでんだあいつは。ほらー、これでいいかー?」


 赤髪ビキニが手に持った松明を振って聞いてきた。

 ここがどこなのかは、まだ保留だな。


「ハァッ、ハァッ、残りの四本にも、火を点けて、ハァッ、ハァッ、ヒィッ、周りが見えるように、ハァッ、ハァッ、適当に放り投げてー」


「あいよー」


 火の点いた松明を真っ黒ドレスに持たる赤髪ビキニ。

 その火を利用して残りの四本にも点火し、松明をポイポイと辺りへ投げていった。


 火の散らばり具合を確認する。

 ……よし、いい感じ。

 ほぼ、周囲の様子が見える。


 ただ、霧みたいな首が、薄っすらとした松明の灯りに照らし出されて、すごく気持ち悪い。


 けど、これなら、


「ハァッ、ハァッ、ど、どこだ、フゥッ、ハァッ、ハァッ、ど、どこにいる、ハァッ、ハァッ、ハァッ……あっ」


 見つけた。


 僕を襲うでなく、少し離れた場所で、飛ぶというよりは浮くようなかんじでこっちを向いていた。


「……」


 改めて見てみるとやっぱり変だ。

 こいつだけ少し違う。


 こいつが何なのかはわからない。しかし、真っ先に倒してみる価値はある。


 ひょっとしたらゴーストミスト達になんらかの変化が起こるかもしれない。


 今も、周りのやつがしないような動きをした。

 その直後、こいつのそばにいたゴーストミストが飛び出してきた。


 まるでこいつが命令を出してるような……。

 

「何にせよ、ハァッ、ハァッ、倒してみれば、ハァッ、ハァッ、ハァッ、わかる!」


 あっちへこっちへとでたらめに走り回る動きはそのままに、少しずつそいつとの距離を縮めていく。


 最初にそいつを見つけた時は、遠目から一秒ほどライトを当てた後、他のゴーストミストが見せないような動きをし、直後に正面から僕へ突っ込んできたやつがいたので、すぐさま光を前へ移した。


 で、ライトを戻してみると、もうそこに気になったやつはいなかった。


 僕がやつを狙っているとバレたら、またいなくなる可能性がある。

 なので、そいつのことは見ないようにしてしらこい顔して走った。


 近寄ってくるゴーストミストを倒しながら、残り少ない体力を振り絞り、走って走って走りまくって、そいつの近くまで来た。


 そのまましらこい顔して、そいつの前を通り過ぎる


「と思わせて!」


 急停止。


 至近距離から懐中電灯のライトをそいつへ浴びせてやった。


「なっ!? き、貴様!?」


 喋った。


 これまでのやつは、光を当てられても表情に変化はなく、絶叫するだけだった。


 だが、こいつは驚きに顔を変え、言葉まで発した。

 やはり普通のゴーストミストではなかった。


「ぐぉぉぉっ、こ、小僧、ぐっ、き、気づいておったな、ぐぅっ、わ、私が、ネ、ネクロマンサーだと!」


 ネクロマンサー?

 日本語にすると死霊使いだっけ?


 確か、幽霊などを操る人だったはず。

 そんなのもいるんだな。


 別に気づいてたわけではないが、ネクロマンサーだと言うならこいつが他のゴーストミストに命令を出していたという予想は当たったようだ。


 こいつだけ口が動いてたもんな。


 ゴーストミストは表情が変わらず口も動かない。しかしこいつだけが他のやつと違い口がパクパク動いていたのだった。


 そして、パクパク口が動いた後、こいつの近くにいたゴーストミストが僕に向かって飛んできた。


 この口パクゴーストミストがほかのやつに命令を下していたってことだろう。


「ぐぁぁぁっ、お、おのれぇ、おのれぇぇぇぇぇっ」


 口パクゴーストミストのネクロマンサーは、苦しさからか悔しさからか顔を歪めながら、光に照らされ消滅していった。


 これでゴーストミストに何か変化が起こるかな? と見てみると、全てのゴーストミストが急にこちらへの興味を無くしたようにどこかへ飛んでいってしまった。


 口パクゴーストミストを倒せば何かしら影響が出るだろうとは思ったが、まさか一体残らずいなくなるとは。


 口パクがいなくなってやる気が萎えたんだろうか?

 何にせよ、


「はぁ~、助かったぁ……」


 安堵から、両膝に手をつき、大きく息を吐き出した。

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