109.聖室
おじいちゃんは、聖女様が眠っていると思われる白い石棺の上に乗っかって、棺と棺の蓋の隙間に木の棒を挿し、石を振り上げた体勢で固まっていた。
見た目とやってることがかなり危ない。魔物かな?
「おじいちゃーん。何やってんのー? そこ、おじいちゃん家じゃないよー」
僕が大きな声で話しかけると、おじいちゃんは、意識を取り戻したように数回瞬きをしてから、
「き、貴さ、貴様らっ! な、何、ングッ! ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ、ウェッ」
急に喋ってタンが喉にからんだのか、激しく咳き込み出した。
言葉を操った。
魔物じゃないのかも。
妖怪墓荒らしとか?
「あ、明星のランプ」
「え?」
リィザの声を聞き、おじいちゃんをもう一度よく見てみると、その足元に、
「あ」
ロウソクの灯りを反射する、半透明のメロンのようなものが置いてあった。
確かに明星のランプだ。
中には懐中電灯らしきものも入っているように見える。
てことは、このおじいちゃんは、魔物でも妖怪でもなく、光の塔への侵入者ってわけだ。
そうなると、ここにいるのはクロアだという僕の予想は外れていて、リィザの言ってたことが当たりということに……
「なぁなぁ」
お隣さんが、ツンツンと僕の肩をつついてきた。
あまり見たくないが、仕方なくそちらへ顔を向けると、
「ほらな?」
ドヤ顔リィザと目が合った。
「……」
僕が無言でいると、
「ほら」
とおじいちゃんを見て指を差し、
「な?」
こっち向いてドヤ顔。さらにもう一回、
「ほら、な?」
素早く一連の動作をして見せ、おまけのドヤ顔を向けてきた。
部下の失敗を指摘して、自分がフォローしたことをしつこくアピールしてくる上司のようだ。とてつもなくイラッとする。
「これでハッキリわかっただろう? ここへ侵入したのはクロアじゃないって」
「……そう、ですね」
石棺の上でまだむせているおじいちゃんは、どう見てもクロアには見えない。
「なのにお前は……フゥ~。人を信じられない心貧しき男よのう……」
「ぐっ……ぐくっ」
なんて腹立たしい金髪だろうか。
「……だが気にすることはないぞ」
「え?」
リィザの手が僕の肩に優しく触れた。
「お前は時折勘が鋭い。今回も自信があったんだろう?」
「はい……」
「しかし、たまにはこういうことだってある。今回は、そういうことだ」
「はい……」
「だから、気にするな」
「姐さん……」
あれだけ頑なにクロアだと言い続けていた僕に対し、なんて心の広いお人だろうか。
「まぁ、私は当てたけど。プクク」
コンビニの年齢確認ボタンを意地でも押さないおっさんくらい心が広いよ。
「おいっ、盗人!」
リィザがビシッと音がしそうなほど腕を真っすぐに伸ばし、ロウソクおじいちゃんに人差し指を向けた。
「そこで何をしているか! お前の足の下にあるのは、明らかに聖女様がお眠りになられている棺だろうが! 今すぐ降りろ!」
髪を逆立てそうな勢いで怒鳴るリィザ。
「ゲホッ、ゲホッ、ン゛、ン゛ン゛……フゥ。驚かせおって」
やっとこさ落ち着いてきたロウソクおじいちゃんが、しわがれた声でブツブツ言いながら、木の棒と石を置いて、石棺の上から降り、その石棺を載せている白い石の台からものっそりと降りた。
「おい! その明星のランプを持っていた男に何をした!? よもや怪我を負わせてはいまいな!?」
「……まったく……どういうことだ……」
リィザの問いかけを無視して、ロウソクおじいちゃんは、曲がった腰をトントン叩きながら、ヨボヨボ歩き出した。
「おい! 答えんか!」
「……何なんだ……くそ……」
やっぱり無視。でも、無視っていうより、
「聞こえてないんじゃないっスかね? 耳が遠くて」
お年寄りだし。
「ふむ。もっと近くへ行くか」
「オス」
返事してから顔を前へ向けると、ロウソクおじいちゃんは、白いハチマキに挿していたロウソクを一本手に取り、それを使って側にある槍のような形をした燭台のロウソクに火を点けるところだった。
すぐに火は移り、それをきっかけにしたように、火が入った燭台に近いところから順に、室内の壁沿いに等間隔で設置されていた何十本もの燭台にも、点灯のリレーをするように火が灯ってゆき、またたく間に地下全体が明るくなった。
「おお……すげぇ……」
ロウソクおじいちゃんのライトアップ手段もすごかったが、地下の部屋にも驚かされた。
聖女様の眠る聖室は、サッカーコートほどもある超広々空間だった。
床には白い大理石がタイルのように敷き詰められているが、周りは黒い岩壁に囲まれていて、三階建てのビルを建てられそうなほど高い位置にある天井には、鍾乳石が見られた。
もともとあった洞窟を整備して、聖女様の聖室にしたのかもしれない。
僕達の前には、幅三メートルほどの赤い絨毯が敷かれていて、それが室内最奥にある祭壇のような場所まで伸びており、祭壇前に聖女様が眠っていると思われる白い石棺、それを載せた白い石の台が置かれていた。
赤い絨毯の両サイドには、数メートルの間をおいて、台座に乗った人の石像が、向かい合う形で祭壇近くまで並べられていた。
「これは……なんと見事な……」
リィザも聖室の光景に見惚れている。
「……いや、いかんいかん。それよりも今は盗人だ」
しかし、すぐに気を引き締め直し、赤い絨毯の上をロウソクおじいちゃん目指して歩き出し、僕も隣に並んだ。
「おじいちゃんがさっきやった技すごかったですね。火が一気にバーって点いたやつ」
「今のは、やつの力ではない。一本のロウソクに火を点けると、他のロウソクにも火がつく仕組みになっている連動魔法が、もともと燭台にかけられていたんだ」
ほほう。
「便利な世の中になりましたね」
「昔からある。これはもういいな」
リィザが手に持っていたランタンを石像の側に置いた。
「絨毯の左右に並んでる石像って誰です?」
「誰というか、神々の像だ」
「神様ですか」
「光の神、水の神、大地の神などなどだな」
「ふむふむ」
像は石だが、中には本物の剣、盾を持っている神様が見られた。
台座には字が彫られているが、もちろん読めない。
多分、神様の名前が刻まれているのだろう。
「あの盗人、聖女様の棺に寄りかかって……!」
リィザのイラ立った声にロウソクおじいちゃんを見てみると、ハチマキとロウソクをとったおじいちゃんは、立っているのも辛そうに、白い石棺を肘掛けがわりにして一息ついていた。
……本当にこのおじいちゃんが塔の上から侵入したんだろうか。
御年百歳って言われても頷けるほどの見た目で、今にもお迎えが来そうなのに。
事実ここにいるわけだから侵入したんだろうけど。
だったら、あの不快な気配の持ち主はおじいちゃんが操っていたことになる。
気配の持ち主を操るには、明星のランプ、懐中電灯、リィザの聖印が必要というのが僕の予想。
では、おじいちゃんは、それらをクロアから盗んだとして、どうして気配の主を操れるとわかったのだろう?
操ってどうするつもりだったのだろう?
それともクロアとつるんでるのか?
それで、クロアが封印を持ってきてくれと頼んだとか。
しかし、それならクロアはみんなの元からいなくなったりせずに、おじいちゃんが戻るのを待ってればいい。
いや、街から騎士団やパティーヌさんをおびきだした、あの雷が落ちたような光と音。
あれはクロアがやったことなのかもしれない。
その連携のためにハーラスの廃村から去った、と。
けれどもとてもシンプルに、僕の想像がすべて気のせいで、リィザが言ったようにクロアは盗人を追って村を出て、あの気配も強い魔物が近くを通っただけなのかも……でも、とても気のせいとは……う~ん……
「おい!」
「は、はい!」
リィザの大声にビクッと肩を揺らして立ち止まった。
「……どうしてお前が返事をするんだ?」
「え?」
横を向くと、僕と同じく立ち止まり、怪訝そうに首を傾げているリィザの碧い瞳と視線が合った。
「クックックッ」
前を向くと、笑っているおじいちゃんの水色の瞳と視線が合った。
おじいちゃんとの距離は、およそ五メートル。
気づかぬ間に、ずい分と近くへ来ていた。
今のは、僕でなくおじいちゃんに言ったようだ。
「こんな時にボーっとするな。盗人に笑われてるぞ」
「……サーセン」
お恥ずかしい限りで。
「ゴホン。おい!」
仕切り直して、リィザがおじいちゃんに大声を放った。
「……」
おじいちゃんは笑顔を引っ込め、石棺に肘を掛けたまま、リィザを正面から見つめ返していた。




