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108.アブね~

「こ、この、バラみたく甘い匂いって、一体な……」


 ……バラ?

 バラのように甘い匂いがして、その中で倒れている三人。


「……」


 よ〜く目を凝らして床を見てみると、


「リィザさん、床が微妙に赤いですね」


 白い床には、微かに濃い赤色の粉が落ちているように見えた。


「ん?」


 聞かれたリィザが指で床をなぞると、微量の赤い粉が指の腹にくっついてきた。


「……ホントだ。あ、この匂いでこの粉って」


 リィザも気づいた。


「多分そうですよ。タケノコダールが持ってた眠り何とかの鱗粉」


「眠り紅毒蛾の鱗粉な」


「そう、それ」


 この、バラのような甘い匂いが特徴の濃い赤色の粉は、ダールが小瓶に入れて持っていた、少しでも吸い込むと眠ってしまうらしい効果抜群の眠り薬と同じもののようだった。


「ははぁ、盗人が塔の上から眠り薬を撒いて、三人はそれを吸い込んでしまったというわけか」


「でしょうね」


 大量に吸うと死んだように眠り続けるとダールは言っていた。

 三人がどの程度の量を吸い込んでしまったのかわからないが、アホなことをするイケメンだ。


「そうとわかれば怖くない。行くぞ」


「うス」


「走ると粉が舞い上がるから、歩いてな」


「もち、心得てます」


 扉をそ〜っと大きく開いてリィザが中へ入り、僕が後に続いた。

 忍び足気味で、まずは女騎士様の一人に近づいた。

 リィザが騎士様の口の前に手をかざし、呼吸を確認した。


「……うん、大丈夫だ」


「どうですか? 人工呼吸が必要なら自分が」


「大丈夫だって言ったろ。おい。おい」


 リィザが肩を揺らすが反応はない。

 眠りは深いようだ。


「どのくらい吸い込んだんですかね?」


「わからない。が、床に残る粉を見る限り大量ということはないだろう」


「じゃあ、死んだように眠り続けるってことは」


「ない。長くても二日ってところだな」


 とりあえず一安心。

 次にもう一人の女騎士様とオリビアさんも同様に容態を見て、無事なことを確認し、


「……この先が聖室だな」


 地下へと続く階段の前に立った。

 奥は真っ暗で、どれほどの長さがあるのかわからない。


「盗人の姿が見当たらないということは、地下にいるんだろう。バハムート、管理人さんの部屋にランタンがあったろ? 持ってきてくれ」


「オス」


 風を起こさないよう注意して歩いて行き、机の上に置いてあるランタンを手に取りリィザのもとへ戻った。


「どうぞ」


「ご苦労」


 リィザは僕からランタンを受け取り、暗闇の奥を見据え、


「遅れるなよ」


「了解っス」


 地下階段へと足を踏み入れ、僕もリィザの背中を追った。


 通路の幅は、大人二人が並んで歩けるほどで、傾斜はかなり急だ。四十五度くらいあるんじゃないだろうか。


 階段は、不揃いの石を丁寧に組んで作られているが、壁や天井は木の梁組があるだけで石や岩がむき出しになっており、ひんやりとした湿り気を感じる。

 梁にはところどころ、燭台が取り付けてあった。


「姐さん、燭台のロウソクに火を点けないんスか?」


「点けたら人が降りてきたってバレるだろ」


「そりゃまぁそうなんスけど……」


 奥へ進むにつれ、入り口の光が遠くなっていくのがすごく不安というか。


「よく考えたら、クロさんまだいますかね?」


「クロアはいない」


「盗人はまだいますかね?」


「知らん、アホムート」


「クロさんっつったから怒った?」


「いつまでもクロアと言うから呆れただけだ」


「もし今、大声出してもいい状況だったら、僕ってどうなってた?」


「『ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ』ってなってた」


「怒ってんじゃん」


「もういい、黙ってろ。それより……」


 リィザが一旦立ち止まり、耳に手を当てた。

 僕も足を止め、リィザを真似る。すると、地下階段の奥から、


 カーン……カーン……


 何か硬いものでも打っているような音が聞こえてきた。


「リィザさん……」


「ああ、まだいるようだな……」


 僕の声に振り返ったリィザが、ニヤ〜っと目と口を三日月にして笑った。

 真っ暗な地下で、ランタンに照らされるその顔は、悪魔みたいだった。


「行くぞ……」


「オ、オス」


「……ククク」


「……」


 この人アブね~。

 クロアでなく本当に盗人だったら、悪・即・斬だったかもな。

 階段を降りるにつれ、何かを打つ音は大きくなってきた。

 リィザの「ククク」も大きくなってきた。


「……姉御」


「ククククク……何だ?」


「『ククク』は、もうそろそろやめたほうがよろしいかと」


「そんな気持ちの悪い声出してない」


 無自覚とは。


「……とりあえず、口閉じて静かに行きましょう?」


「言われるまでもない」


 あるんだって。


「む。どうやら階段は終わりのようだな」


 確かに、あと六段下りれば石の階段は途切れ、その向こう側は、白く平らな地面になっていた。

 地下の入り口からここまでは、五、六十メートルくらいだったと思う。

 入り口からの光は届かず、階段を下りた先にある地下室も真っ暗だった。


「暗い中で何かやってるみたいっスね」


「うむ。気味の悪いやつだ」


「さっきのリィザさんみたいっスね」


「いつものお前のようだ」


「こっからどうします?」


「う~む……」


「さりげなく近づきましょうか」


「泥棒にさりげなく近づくという意味が分からない」


「散歩してる途中に見かけたみたく、『あっれ~、クロさんじゃん。おっひさ~。ん? 今日は何? 墓荒らし?』って」


「アホ、バカ、マヌケ、くるくるぱー。全然さりげなくないし、クロアじゃないって何度も言わせるな変態召喚獣」


「そろそろ現実を受け入れたほうがいいっスよ? じゃないと、クロさん見っけて腰抜かしちゃいますよ?」


「お前こそ現実を見ろ。心の準備をしておかないと、髪の毛抜け落ちるぞ」


「……あなたの人生において、胸の成長期が抜け落ちてるみたいに?」


「……」


「……」


「……クロアはいない」


「……クロさんはいる」


「……いない」


「……いる」


「いない」


「いる」


「いな……いっ!」


「あっ!」


 リィザが階段の残りを一気に駆け下りた。僕も後を追う。一足先に地下へ下り立ったリィザが叫んだ。


「盗人め! 神妙にしろ!」


 少し遅れて階段を下りきり、僕も叫んだ。


「クロさんおひさ! 何やってんの!? 墓荒らし!?」


 リィザと僕の声が、屋内ホールで大声を出したように、地下室に響き渡った。

 室内は、ほぼ真っ暗で何も見えないが、音の跳ね返り具合からして、かなりの広い空間と思われる。

 その中で、ちょうど正面、ずっと先のほうに二つだけ灯りがあり、そこに一人の人物を見ることができた。


 白いローブを着て、左手に木の棒右手に石を持ち、頭にハチマキを巻いて、その左右の側頭部に火の点いたロウソクを挿し、血走った危ない目をクワッと見開き驚いている、男にしては長い白髪の、顔に深いしわが刻まれたおじいちゃんで…………………………あれ?


「……誰?」

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