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106.フラフラ

「おお、やはり近くで見る光の塔は、迫力が違うな」


 立ち止まったリィザの声に、俯き考え事をしていた頭を上げると、眼前には、真っすぐに立つピサの斜塔のような光の塔が、荘厳な空気をまといそびえ立っていた。


「おお~、こりゃすごいですね~……」


 僕も足を止め、塔を見上げて感動の声を漏らした。

 満月の光を浴びて、夜の闇に白く浮かび上がる姿は、まさしく光の塔だ。

 外から見る限りでは、特に異変は感じられない。しかし中はどうなっていることか。


 僕達が立っている場所は、光の塔の十メートルほど手前で、ここから塔へつながる道に加え、左右にも石畳の道が伸びていた。

 当初は、パルティア教の敷地内を歩き回って、聖杖騎士団を探すつもりだったが……これからどうしよう?


 どうしようも何も、こうなったら光の塔の中へ、僕とリィザだけで入るしかないか。話し合ったら、意外とクロアも考え直してくれるかもしれない。


 ポカッ


「あたっ」


 リィザに頭をはたかれた。


「痛いっス」


「それで?」


「『それで?』? 慰謝料寄越せ?」


 ポカッ


「あたっ」


 もう一丁はたかれた。


「そうでなく、お前が必死こいて走るから、ここまでついてきてやったが、これからどうするつもりだ? ってことだ。まさか光の塔に入るつもりじゃないだろうな」


「入るつもりっス」


「はいお疲れー」


 もう付き合いきれんとばかりに踵を返し、さっさと歩き出す金髪様。


「ちょっと待ってちょっと待って!」


 金髪様の前に回り込んで、行く手を遮った。


「何だ? 私はもう宿へ行くんだ」


「まぁまぁ、そう言わず。少しだけでも。ね?」


「……ふぅ〜〜〜〜〜〜〜〜」


 めっさため息つかれた。


「あのな、バハムート」


「何でしょう?」


「お前はバカムートだから忘れてるのかもしれんが、塔の中へ入れるのは、教会の中でも一部の者と、一年を通してサン金貨十枚分以上の寄付をした者だけなんだ」


「あ」


「やっぱり忘れてた」


 忘れてたわけではないが、騎士団の助けが得られれば、お偉いさんに話を通してもらって即突入って形になると思ってたので、寄付のことは頭の隅に追いやってた。


「じゃあ、僕達二人が入ろうと思えば……」


「最低でも、サン金貨二十枚分は必要だ」


 二十枚か。

 丁度あることはあるな。


「あと私は、前にククが暴れたから入りにくい……」


 そうだった。


「確か、塔の中にある待ち合い室みたいなところで暴れたんでしたっけ?」


「うん。扉を開けてすぐのとこだ」


 道を真っすぐ進んだ先にある、木製の両開き扉を見つめるリィザ。

 その部屋で、塔へ入る資格があるか調べるんだろう。


「そこにいる、塔の管理人さんとモメたんだ」


 で、その場に居合わせたパティーヌさんに追い出されたと。

 元気が有り余ってんだろうな、あの狐娘は。


「その部屋の向こう側で、聖女様が眠ってるんですかね?」


「聖女様おられるのは、塔の地下にある聖室だと聞いた」


 ならば、クロアも地下か。


「ま、そんなわけで光の塔へ入りづらいし、入ることは、今の私達にとっては贅沢なんだ。そんな余裕はない」


「ええ……」


「だから、今回はあきらめろ」


「……仕方ないですね。わかりました」


「うむ」


「金貨二十枚くれてやりましょう」


「くれてやるじゃなく寄…………………………はぁ!?」


「それが決まりってんなら従いましょう」


「いやいやいや! お前正気か!?」


「ご覧の通り」


「正気じゃない! お前おかしい! 何で急にサン金貨二十枚も寄付するんだ!?」


「中に入りたいからです」


「何で入りたいんだ!?」


「用があるからです」


「何の用があるんだ!?」


「クロさんに会うことです」


「何でクロアに会…………………………クロア?」


「あいつ、塔の中にいるから僕も中へ入りたいんですよ。それで、とんでもないことを企んでそうなんで、どうにかしてクロさんを止めて……リィザさん?」


 リィザが目をまん丸にして、こっちを凝視したまま動かなくなってしまった。


「おーい」


「……」


「リィザさんやーい」


「……」


「ガーターベルト様ー」


「……どうしてわかるんだ?」


 あ、喋った。


「どうしてとは?」


「……どうしてここにクロアがいるってわかるんだ?」


「ああ、それですか。色々と理由はあるんですけど、さっき行った服屋のおじいさんに教えてもらいました」


「……おじいさんに」


「はい」


「……人違いじゃなく?」


「特徴を聞いたらクロさんと同じだったんで間違いないかと。なんでも、古い知り合いに会いに行くって言ってたそうです」


「……クロアが、ここに……」


「正確には、北のほうを向いて言っただけで、塔にいるとはっきりわかったのは、そのあと……あれ? ちょっと?」


 話してる途中で、リィザがフラフラと塔へ向かって歩き出した。


「姐さん? 行くの? 入るの?」


「……」


「ちよっと。マスター様」


「……」


「そこ犬のウ◯コありますよ」


「……」


「あ、二千円札だ」


「……」


 ダメだこりゃ。

 僕の声が耳に届いてないよ。

 リィザはそのまま、微妙に焦点の合ってない目を前へ向け、夢遊病者のように、無言で塔の真下まで歩いて行き、止まることなく扉の取っ手に手をかけ、ドアを開け、中へ入ってしまった。

 もちろん僕も、後に続いた。


「失礼しま~す……」


 クロアのことがあるので警戒しつつ、中へ足を踏み入れ扉を閉めた。

 入った先は、リィザの言っていた通り、待合室のような小さな部屋だった。

 七、八畳ほどの、床に焦げ茶色の絨毯が敷かれた空間には、入ってすぐの扉横に、シンプルだが随分使い込まれた様子の木の机と椅子、その机の上にランタンと花瓶に挿された一輪の白い花があるくらいで、実に質素な場所だった。


 今入ってきた扉の対面には、同じような扉があり、おそらくあの向こう側が光の塔の内部になるのだろう。

 リィザが部屋へ入る前と変わらず、フラフラとその扉へ近づいて行く。

 断りなくその先へ行くのはマズい。

 僕は、あわててリィザへ駆け寄り、腕を掴んで引っ張った。


「リィザさん! 勝手に入るのはダメですよ!」


「……え? え? な、何?」


 ゾンビのようだったリィザが、ようやく止まった。


「大丈夫っスか? 正気に戻りました?」


「正気に……あ、あれ? ここどこ?」


 何度も目を瞬いてから、キョロキョロと周りを見ている。


「リィザさんが言ってた、管理人さんのいる部屋ですよ」


 と自分で言ってから気がついた。

 部屋に、管理人さんとやらがいない。


「え!? いつの間に!?」


 カッと目を見開き、リィザが僕を見た。目の焦点が合ってる。元に戻ったようだ。


「憶えてないんスか?」


「……なんとなく扉を開けたような記憶は……あっ」


 何かを思い出したのか、リィザが慌てて机のほうへ顔を向け、


「あ、あのあの、こ、この間は私のツレの者が大変失礼を」


 と言ったところで、


「……あれ?」


 首を捻った。前はそこに、塔の管理人さんがいたんだろう。


「おかしいな? 前に来た時は、オリビアって女の人がいたのに」


 リィザが室内を確認するが、もちろん誰も見つけられない。

 小さな部屋だ。いたらすぐにわかる。

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