105.塔へ
「リィザさん!」
セイヴズ前にいるリィザの下へ駆け寄った。
「ん? 何をあわててるんだ?」
「どうしたんじゃ?」
リィザは服屋のおじいさんと話し中だった。
リィザを呼んだパティーヌさんやセイヴズ職員の姿はない。
クロアがあの気配の持ち主を出したり、操れるんだとしたら、強い人と一緒に行ったほうがいいよな。
パティーヌさんは元有名セイヴィアだから、いてくれると頼もしい。
事情を説明すれば手を貸してくれるだろう。
「姐さん、パティーヌさんはセイヴズの中ですか?」
「いや、始まりの森へ行った」
「なぜ!?」
「何でそんなにビックリ? さっきの気配のやつが森に雷を落としたんじゃないかってことで、有名どころのセイヴィアを引き連れて見に行った」
「……さいですか」
「うん」
声をかけるのが遅かったようだ。
「坊主、顔色が良うないのう」
こちらを見て心配そうに言ってくるおじいさん。
「何か困り事でも……ハッ!? ま、まさかっ、もう服から奴らが出よったか!?」
「……出るって何ス?」
「あ、違うの? じゃったらええわい」
全然ええくない。
「もしや、先ほどの気配を恐れておるのか?」
「ええ、まぁ……」
正確には、あの気配の主を操ってるかもしれないクロアを恐れてるんだけど。
「ならば、心配無用じゃ」
「どうしてです?」
「ここは、光の聖女ラララ・トレアドール様が眠っておられる街じゃ。聖女様が今だ発しておられる魔力を恐れて、この盆地には魔物が近寄らんからのう」
リィザもそんなこと言ってたな。
「もし、それでも近づく魔物がいたら、それって一体どんな存在なんですか?」
「それは聖女様以上の力を持っとるっちゅうことになるの」
「……」
悪魔の封印を解くには、聖女様以上の力を持っている必要がある。
この気配は、街に入ってる可能性があって、聖女様以上の力を持ってるかもしれない。
もう嫌な予感しかしない。
「とは言え、そのようなモノはこの世に存在せんじゃろうがの。それにこの街には、屈強な衛兵、元有名セイヴィアのパティーヌさんに、聖杖騎士団もおるから安全じゃ」
「! それだ!」
騎士団の人にクロアのことを話せばいいんだ。
必ず手を貸してくれるだろう。
「ナイスですおじいさん!」
「ホッホッホッ」
「お礼に呪いの服を受け取って下さい!」
「いらん」
「リィザさん! 今から光の塔へ行きましょう!」
塔へ行って様子を見て、それから教会かどこかにいる聖杖騎士団に助けを求めよう。
「光の塔に? さっきは教会って」
「すんません! 先に行きます!」
「あ! またお前は!」
急がないと。
手遅れになる前にクロアを止めなければ。
「待てー! バカバカムートー!」
リィザの呼び止める声を後ろに聞きながら、クロアが降りたと思われる光の塔を見据え、一心不乱に石畳の道を駆けた。
◇◆
「ぜはぁっ、ぜはぁっ、ぜはぁっ、おえっ、げほっ、げほっ、はぁっ、はぁっ、や、やっと、ぜはぁっ、つ、着いた」
「お前、だんだん走るの遅くなるな」
でも、やっぱりリィザが先に着いた。
「そ、そんなこと、ぜはぁっ、ぜはぁっ、い、言われても、はぁっ、はぁっ、い、いや、それより、げほっ、げほっ、おえぇぇぇっ」
「……きちゃないなぁ。疲れ過ぎだろ」
運動会で一緒に走っただけなのに、異常なほど疲れているお父さんのことがまったく理解できない小学一年生の娘さんのような目で僕を見るリィザ。
あなたとは体力が違うんですよ。
「はぁっ、はぁっ、な、中に、はぁっ、はぁっ、か、勝手に入って、はぁっ、はぁっ、い、いいんスかね?」
今いる道をさらに進んだ先に光の塔があり、その右手側には、三角屋根に白い壁の学校の体育館くらいありそうな教会、左手側には土の広場、パルティア教関係者が寝泊まりしているらしい赤いレンガ造りの建物、厩なども見える。
それらを、僕の背丈の二倍ほどもある鉄の柵が囲っていて、目の前には、同じく鉄柵で作られた両開きの門扉があった。
ちなみに僕は、門の前で四つん這いになって倒れていた。
「前に来た時は、門の脇に騎士団員が一人ずつ立ってたんだけどな……。おい、そろそろ立て。誰かに見られたら恥ずかしいだろ」
「はぁ、はぁ、い、言われるまでも、はぁ、はぁ、ないっスよ」
腹に力を入れてなんとか立ち上がったが、足が疲労からプルプル震えてしまう。
「……プフッ」
そんな僕を見て、リィザが口を手で隠しながら吹き出した。
「……何でしょう?」
「プフッ……足震えすぎ……プフフッ」
「……」
僕も三日前、同じようにクロアを笑った。
こんな気持ちになるんだな。
「……とりあえず、中に入りましょう」
「うむ。……プフフッ」
足を揉みほぐしながらこっちをチラ見して笑うリィザを促し、施錠も何もされていない門の片側を押し開けた。
「お邪魔しますね〜」
小声で挨拶してから敷地内に足を踏み入れた。
キレイに刈られた芝生や木々に挟まれている、光の塔へ真っすぐ伸びる石畳の道を、周囲に目を配りながら、リィザと並んで歩いて行く。
「……誰もいないっスね」
「だな……」
人っ子一人いない
見張りの人も巡回してる人も散歩してる人も。
「騎士団員がどこかにいると思うんだけどな」
「騎士団の人もそうですけど、僧侶の人達もいないっスよ」
「聖職者の方々は、あの気配や音に驚いてケガをした人がいないか、街を見回ってた。ここへ来る途中に見ただろう?」
白ローブ姿の人が、やけに多く見られた。
その人達のことを言ってるのかな。
「それにしても、いやに静かだな……」
本当に。
嵐の前の静けさって言葉を思い出してしまうくらいに。
人もいなければ虫の声も聞こえないし、厩からも物音ひとつ……しなくて……
「……姐さん」
「ん?」
「あそこにある建物って厩ですよね?」
「ん~……」
リィザが目を細めて、僕の指差す先を見つめ、
「うん」
コクリと頷いた。
「馬いなくないっスか?」
「あ、確かに」
聖杖騎士団の人達は、みんな白馬に乗っていた。
ならば、暗い中でもいれば見えるはず。
しかし、一頭も見当たらない。
ということは、
「きっと騎士団が今乗ってるんだろうな」
そういうことだろう。
「つまり、聖杖騎士団の人達は……」
「いないんじゃないか?」
「……」
「聖杖騎士団も始まりの森へ様子を見に行ったんだろう」
なんてこった。
パティーヌさん達と同じか。
「全員で行ったんですかね?」
「かもな。門番もいなかったし。あの不気味な気配が関係してるんだとしたら、数は多いほうがいいからな」
パティーヌさんもいない、聖杖騎士団もいない。
もうあの気配の主を止められそうな人っていないんじゃないか?
まるで、クロアが今からやろうとしていることの邪魔をされないために、みんなを外へ誘い出したような……
「……」
事実、そういうことなのでは?
クロアと森から響いてきた音は関係があり、連係を取ったのかもしれない。
不快な気配を出現させ、光を見せ音を聞かせ、街中の視線を南側へ向けさせたところで、光の塔の上へ降り立った。
そして実力者を外へ行かせて、自分は塔に侵入して悪魔の封印を解く、と。
辻褄は合う。
クロアがあらかじめ始まりの森に何かをしかけておいたのか、共犯者がいるのか……どちらにしろ、ここまではクロアの思惑通りに進んでるってわけだ。
もしも本当に、クロアがこんな計画を立ててたんだとしたら大したやつだ。
などと、感心している場合ではなく、これからどうしようか……。




