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104.あの気配

 もらった服を、背負っているククの荷袋の中へ仕舞い、お店の外へ出た。

 リヴィエラ様が戻り、大勢の人で賑わっていた大通りは、所々に人影が見られる程度になっており、建物内の灯りは概ね消えて、人の声や物音もほとんどせず、人工的な音が常に聞こえてくる日本の静けさとは違う趣の静寂が街を包んでいた。


「ふあ~あ」


 そんなひっそりとした街中で、リィザが大口を開けてあくびをした。


「リィザさん」


「ん~?」


 眠たげに目をこするリィザ。

 お疲れのところ申し訳ないが、もうしばらく付き合ってもらわないと。


「今から教会へ行きましょう」


「……はぁ?」


 僕の言ってることが理解不能って具合に、リィザが顔をしかめる。

 しかし、そんな反応が返ってくるだろうと予測していたので、服屋さんへ行く時同様、


「んじゃ、早速」


 さっさと歩き出した。だが、


「待て」


 今度はがっちりと手を掴まれた。


「何でしょう?」


「何でしょうって……お前、おかしいぞ? おかしいというのは、見た目の話じゃなく行動がだぞ」


 そんな誤解してない。


「急にこのお店に行こうと言い出したかと思えば、次は教会だ。何なんだ? 何かあるのか?」


「えーと……」


「あるなら言え! じゃないと私は動かないからな!」


 そう言ってうずくまり、膝をギュッと抱え込んで丸くなってしまった。

 絶対に動かないという意志を、体で表現するリィザ。微笑ましい。

 ウチの妹も、公園に一緒に遊びに行って、「そろそろ帰ろっか」と言うと、よくこんな状態になる。

 可愛いのでもう少し見ていたいが、早く教会にも行きたい。


 う~ん……クロアがこの街にいるかもって言っちゃうか。

 話を聞いたら騒ぎ出して大変だろうけど、クロアが教会辺りにいるなら、このあと会うわけだしな。

 いなくてぬか喜びになるかもだけど、理由を言わないと動かないって言ってるわけだし。てことで、


「えっと、実はですね」


 駄々っ子リィザに説明しようとした、その時、


「――――――――――ッ!?」


 突如として、空気が圧迫してくるような、巨大で不快な気配に全身が包まれた。

 声は悲鳴にならず、身体に悪寒が走り、得体の知れない恐怖に心臓が早鐘を打つ。


「こ、これって、あ、あの時の!?」


 目をいっぱいに開いたリィザが慌てて立ち上がり、辺りを見回した。


「た、多分そうでしょ!」


 リィザの不明瞭な言葉に肯定を返した。

 明確に言わずとも理解できた。

 これは三日前、突然ハーラスの廃村に現れた、あの巨大で不快な気配と同じものだった。


 バンッ


「何事だぁっ!?」


 セイヴズの扉が勢いよく開き、中から黒のタイトスカートに白いブラウス姿で、長い黒髪をアップでまとめた、やり手の女社長のような美女が飛び出してきた。

 パティーヌ・ガスさんだ。

 他にも、韓流スターのような受付さん。職員の方。服屋からは、おじいさんおばあさん。

 他の建物からも、人が転がるようにして出てきた。

 全員がリィザのように首を巡らせ、驚いた顔、怯えた顔で、必死に状況を探ろうとしていた。

 しかし、三日前もそうだったように、不快な気配はこの辺り一帯を覆っているようで、持ち主らしきやつの存在も場所も特定することができず、みんなの表情に困惑の色が広がり、不気味さだけが増していった。


 そんな中、僕達の不安を助長するかのように、カッと夜空が一瞬だけ眩く光り、コンマ数秒遅れて、


 ドーーーン……


 遠く、南の方角から、なにかが落ちたような音が響いてきた。

 街にいる者全員の視線が、南へ向けられた。


「……何だ?」


「『始まりの森』の辺りか?」


「この気配のやつが何かやったのか?」


 など、みんなの推測が飛び交う。そんな中、


「あ」


 誰がこぼしたのか、気の抜けた声を漏らしてしまうほど、ハーラスの時と同様に、不快な気配はプッツリと消えてしまった。

 後には、気配の残り香のように、粘つくような薄暗闇と静寂だけが街を満たしていた。


「……バハムート」


 誰も喋らない中、リィザが僕の名前を呼んだ。

 すると、それを皮切りに街の住人達も口を開き始め、徐々にざわめきが広がっていき、あっという間に街は、夕暮れ時のように騒々しくなっていった。


「バハムート」


 リィザがもう一度、僕の名前を口に出した。


「……はい」


「やっぱり、あの時の気配だよな……」


「……はい」


「ふむ……。前回同様、近くを巨大な魔物が通ったんだと思うが、正体はわからなかったな」


「……はい」


「しかし、あの光は何だったんだろうな」


「……明星のランプ」


「は? そんなわけないだろう。空全体が光ったんだから。それに、あの音もよくわからん。南の方角から聞こえてきたのは確かだが」


「……そうなんですよね」


「雷が落ちたような音だったが、空には雲なんてないしな。お前はあの音何だと……おい」


「……はい?」


 グキッ


「んぎょっ」


 顔を両手で挟まれ、ほぼ真後ろへ強引にひねられた。


「お前は何で光の塔の方向を見てるんだ? 音が聞こえたのは真逆の南側だ。耳大丈夫か?」


「み、耳より首が痛いっス」


「そうか。お前はあの音何だと思う?」


「な、何だと聞かれても」


「おーい! リィザー!」


 僕の御主人様を呼んだのは、セイヴズの前にいるパティーヌさん。

 その周りには、手に武器を持った人達や、服屋のおじいさんもいた。


「何だろ? 行ってくる」


「了解っス」


 パティーヌさん達のほうへと歩いていくリィザ。

 その後ろ姿を眺めながら、聞かれたばかりの質問を思い出す。

 『あの音何だと思う?』。


 そうは聞かれたが、何もわからなかった。

 音がした時そちらを見ていなかったから。

 音がする前も見ていなかったし、音がした後も見なかった。

 街にいる人みんなが南側へ顔を向ける中、僕一人だけ北側を向いていた。

 なぜなら、クロアとあの不快な気配は、何かしらの関係があると予測を立てていたので、クロアがいると思われる教会があるほうを見ていれば、何かがわかるかもしれないと考えたからだった。


 そして、その何かを見つけた。

 空が光り、音が聞こえ、街中の人間が南へ注目した後のことだ。

 真っすぐに立つピサの斜塔のような光の塔の裏手から、オレンジ色の光が空中に現れ、ゆっくりと塔の上に降りたのだった。

 さらに、その光が消えると、不快な気配も同じく消えた。


 あのオレンジ色の光には見覚えがある。

 僕の懐中電灯が光源として使われている、魔道具『明星のランプ』の光だ。

 それを持っているのは、姿を消したウチのリーダー、水色ヘアーのイケメンクロア。

 やっぱりあいつ、トレアドールに来てたんだ。


 空を飛んでいたようだったが、そういった魔道具があるのか?

 それともあの気配が関係しているのか?


 あの巨大で不快な気配。

 三日前、オンになっている懐中電灯が入った明星のランプの中に、リィザの聖印が落ちたタイミングで気配が現れた。

 気配が消えた後、明星のランプも消えていたのを憶えている。

 クロアが懐中電灯を取り出していたんだ。

 今回は、明星のランプが消えるのと同時に気配も消えた。

 気配の出現には、明星のランプが関係しているのではないだろうか。

 明星のランプだけでなく、リィザの聖印も。僕の懐中電灯も。

 そのことに気づいたクロアは、その三つを借りてハーラスを出て行き、トレアドールを目指したと。


 では、あの巨大で不快な気配を出すことができるとして、それを一体どうするつもりなのかってなると……


「……」


 クロアは何かを探していると言っていた。

 魔人の力に興味があると言っていた。

 悪魔の封印を解くには、大きな力が必要だとリィザは言っていた。

 ならばクロアが、『たとえ何十年、何百年かかろうと見つける』と言っていたモノとはその大きな力で、今まさに、光の塔に侵入してあの気配の持ち主を操って封印を解き、魔人になろうとしてる……?


「……おいおいおい。マジか……」


 この予想が当たってるなら、とんでもないことになる。

 なんとかして止めないと。

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