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102.眉毛のおじいさん

「ぜはぁっ、ぜはぁっ、ぜはぁっ、や、やっと着いた」


「お前、走るの遅くなったな」


 でも、先に着いたのはリィザだった。


「そ、そんなこと、はぁっ、はぁっ、い、言われても」


 今日は、たくさん歩いてたくさん走ったから、リィザと違って体が疲れてて……いや、リィザも朝から歩いてたんだよな。ここにきて、普段から身体を動かしてる人と、そうでない人の差が出てきたってことか。


「と、とにかく、はぁっ、はぁっ、な、中に」


「お店閉まってるぞ」


「なぜ!?」


「夜だからだろ」


 リィザの曇りなきツッコミに、その場に膝をついた。

 そっか。夜か。そら閉まってるよな。


「あ、でも、中の人は起きてるみたいだな」


「ホント!?」


 窓から中の様子を窺うと、カーテン越しにぼんやりとした光が見えた。


 コンコン


「夜分遅くに失礼します。自分、バハムートという召喚獣をやってる者なんですが、少しお店の中を見せてはいただけないでしょうか?」


 …………………………反応なし。


「やっぱりダメか……」


「夜中に丁寧な言葉遣いの召喚獣が来たら、大抵ダメだろうな」


「え? じゃあ、『ブレスでお店を焼かれたくなくば、白い服を売れい』のほうがいいっスか?」


「お前ちょっと黙ってろ。夜分遅くに申し訳ない。私は、セイヴィアをやっているリィザという者なのだが、お店を開けてはもらえないだろうか?」


 …………店内の光が、扉のほうへ近づいてきた。

 ガチリッと扉から音が聞こえた後、内側へゆっくりと開き、中からランタンを持った、やたらと眉毛の長いおじいさんが顔を覗かせ……


「「あ」」


 僕とリィザが同時に声を漏らした。


「ん?」


 よくわかってない様子のおじいさん。


「僕僕。僕ですよおじいさん」


「……あ! お主、あの時の!」


「思い出してくれました?」


「って言うたら思い出したと思うじゃろ?」


「ええ思いますね。今まさにそう言いましたし。僕は、ついさっきリヴィエラ様の名前だけ教えてもらった男子っス」


「……む? おお、あの世にも珍しい坊主か」


「それっス」


 思い出してくれたようだ。この方、リヴィエラ様の名前だけ言って去った眉毛のおじいさんだった。このお店の人だったのか。


「こんな夜中にどうしたんじゃ?」


「突然申し訳ない」


 リィザが謝り、僕は隣で頭を下げた。


「あなたは、このお店の店主だろうか?」


「いかにも」


「実は、教会へ行くための服とズボンを売ってほしいのだが、中へ入っても構わないだろうか?」


「教会へ行くための?」


「うむ。明日の朝の祈りに参加するために、こいつの白い服とズボンを買いたいんだ」


 『こいつ』でチラリと僕を見るリィザ。


「ほうほう、そうじゃったか。最初、召喚獣だとかバハムートだとか言う声が聞こえたんで、どこの変人かと警戒しておったんじゃが」


「重ね重ね申し訳ない。こいつが言ったただの冗談だ」


「サブいのう。そういうことなら構わんよ。中へ入りんさい」


「感謝する」


「ありがとうございます」


 二人してお礼を言って中へ入った。

 おじいさんとすれ違う際、首にパルティア教の聖印がついたネックレスが下げられていることに気づいた。

 自身もパルティア教徒で、それならばってことで快く中へ入れてくれたのかもしれない。


 店内の広さは十畳ほど。

 シンプルな服からお高そうな服まで、壁際の棚にキレイにたたんで置いてあるのだが、無地の白い服がほとんどで、夕方に見た人が着ていた白いローブも見られた。

 商品の数は少なく、お店の中央にあるテーブル上の、作りかけの服を見るに、注文を受けてから仕立てるオーダーメイドのシステムがメインなのかもしれない。


「清潔感のあるキレイなお店ですね」


「ホッホッホッ、ありがとうよ。しかし、明日の朝か……。仕立てるとなると、今晩は徹夜になりそうじゃな」


「あぁ、大丈夫です。棚にあるのって売り物ですよね? そこからサイズが合いそうな服を探しますから」


「そうか? では、見てみるとするか。お主の体格なら……」


 おじいさんが移動するのに合わせてついて行く。


「バハムート」


「はい?」


「私は、こっちにある女物の服を見てるから」


「わかりました」


 僕達とは反対側へ歩いていくリィザ。

 ちょうどいい。

 もしクロアがこの街にいるかもしれないという僕の予想が当たってて、リィザがそれを聞いたら、騒ぎだして面倒臭いことになりそうだし。

 今のうちにおじいさんに、話を聞いておこう。


「おじいさん、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」


 棚にある服を見繕っているおじいさんに近づき、声のボリュームを落として話しかけた。


「ん? 何じゃ?」


「今日の夕方頃、水色の髪の男前が、お店に来ませんでしたか?」


「水色の髪の? ふむ……」


 服を探す手を止めずに考えるおじいさん。


「む~………………そういうお客さんは来てないのう」


 そっか……。

 あの時の白ローブの人は、クロアじゃなかったのかな。


「じゃあ、同じく夕方頃に、白いローブの人がこのお店から出てくるところを見たんですけど、その人の顔ってどんな感じでした?」


「そういわれても、白いローブのお客さんは数人おったから……いや、明るいうちに見たにもかかわらず顔を聞いてくるということは、その人はフードを被っとったんじゃないか?」


「そうです、被ってました」


「なら、あのお客さんじゃな」


「どんな顔でした?」


「わからん」


「え?」


「店に入ってきた時も、ローブを買って着替えてからも、店を出る時も、ずっとフードを目深に被っておったから、一度も顔が見えなんだ。着替えは店の奥にある小部屋を使うで、もちろん見えんしのう」


 随分と徹底して顔を隠しているように思える。


「その人の喋り方って、偉そうな感じじゃなかったですか?」


「どうかのう。ほとんど喋らなんだしのう」


「お店に入ってきた時は、どんな格好でした? 首からパルティア教の金色の聖印を下げてました?」


「旅の外套を着とったな。聖印は見とらんのう」


「そうですか……」


 何にもわからない。

 しいて言うなら、ずっと顔が見えないようにしてるのは、クロアが荷物を盗んで逃亡中だからか、これからこの街で良からぬことをやらかそうと考えてるから、なんて想像できるけれど、クロアという証拠にはならない。


「む~……」


「どうしたんじゃ? 知り合いでも探しとるのか?」


「ええ、まぁ」


「そうか。この街は広いで、見つけるのは大変じゃろう」


 そもそも、この街にいるかどうかもはっきりしないわけだけど。


「よっと。……ふむ、これなら良いじゃろう」


 おじいさんが、棚の一番上、隅っこの、人目につかない場所に置いてあった服を取り、広げ、僕の体に合わせてきた。


「ちょっと大きくないですか?」


「そんなことないぞ。よう似合っとる。お主はまだまだ育ち盛りじゃろ?」


「盛りってこともないですけど」


「それを考えれば、二、三年後にはあら不思議、あの時の服が今はピッタリ。ってなもんじゃわい」


「もんじゃわいですか」


「それに、これはもともとさる貴族様のために作ったもので、出来上がった服を着た直後、急に死……げふんっげふんっ……急にキャンセルすると言われてな、店の棚に置いておったんじゃよ。良い生地を使っておるから着心地もバツグンじゃし、マジでヤバイくらいの服じゃ」


「……」


 この服、人目のつかないところに置いてあったな。

 その『マジでヤバイ』は、危ないって意味なんじゃないだろうか。

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