101.メリケンサック
「それがですね」
「あ、その前にネックレス返してくれ」
「あ、はいはい、そうでした」
右手に握りっぱだった聖印付きネックレスをリィザへ返却。
「で、何考えてるんだ?」
「それがですね、色々と思い出して気づいたんですけど、クロさんって……」
「クロアがどうした?」
「……えーと……」
そうだった。
もひとつおまけに思い出した。
三日前、僕がクロアの様子がおかしいと言い出したことで、最終的にリィザとの大ゲンカへと発展したんだった。
となると、今回も同じ道をたどりそうだ。
「何だ? 早く言え」
……一応言ってみるか。
「……三日前の巨大な気配のこと憶えてますよね?」
「ああ」
「クロさんの今回の行動とあの気配って、何か関係があるんじゃ」
「あ゛?」
あ、ダメだ。
もうキレそう。
「な、な~んて、ウソウソ。小粋な召喚獣ジョークですよ~」
「クソつまらん」
「サーセン……」
クロア成分が底をつきつつあるのか、さらにキレやすくなってるように見える。
「あの気持ちの悪い気配は、明らかに悪だ。冗談でも二度と言うな」
「へい」
「で、何を考えてたんだ? 『思い出した』とか『つまりこういうことか』とか『薄気味悪い』って何のことだ?」
聞いてたのか。
「思い出したって何を……まさか、クロアについて何かわかったのか!?」
ずずいと詰め寄られた。
「そ、それはですね……あの……そ、その聖印を謎の体液でべちょべちょにして、リィザさんが何も知らずに毎日身につけてるのを想像して興奮してたんですけど、よくよく思い出してみると、それってクロさんのだったってことに気づいて薄気味悪いぶごはぁっ」
「お前、バチが当たるぞ」
「せ、聖印をメリケンサックみたく指にはめて殴るほうがバチ当たりそうっスけど?」
「これは神罰だ」
殴ったのあんただろ。
「まったく、このバカムートは」
リィザが、クロアの聖印ネックレスを首にかけ直した。
「それにしても、お前がクロアの聖印を見たことがあったとはな。いつも服の中に隠していて、外に出さないのに」
「そうなんスか。僕とクロさんが、お肌を見せ合うような関係だと思ってます?」
「くたばれ」
「クロさんが前かがみになった時、首からぶら下がってるのが見えたんスよ。姐さんみたく、ひとつの輪っかに鎖を通すんでなく、全部の輪っかに通してたんで、聖印が横になってましたけど」
「あいつ、やめろって言ったのに……」
不快げに眉をひそめるリィザ。
「何か問題があるんスか?」
「ある。聖印の正しい形は」
リィザが首にかけたネックレスをつまんで、聖印を僕に見せた。
「輪が縦並びになるのが正しいんだ」
「ふむふむ。じゃあ、横は間違い?」
「間違いだし、世界を歪んだ目で見て、パルティア様や神々を侮蔑しているという意味になるんだ」
「パルティア様とは?」
「神の教えを世界中に広められたお方だ」
パルティア教の開祖様ってことかな。
「横にしているのを見たのがバハムートだったから良かったものの、パルティア教の信者が見たらどうなっていたことか」
クロアを尊敬するリィザでさえしかめっ面だったもんな。
「お前も、聖印を横になるように付けるなよ」
「はい。……あの、横に付けるなも何も、僕って聖印持ってないんスけど?」
「知ってる」
「これから付ける予定もないし」
「わかってる」
「……明日って、教会に行くだけなんスよね?」
「……うん」
「……何で視線逸らすの?」
「……右見たかっただけ」
「……無理矢理宗教に入れるのは良くないっスよ?」
「……無理矢理はしないし」
「……」
「……」
無理矢理は、か。
僕を連れて教会へ足繁く通って、洗脳でもするつもりだったのだろうか。
「……とにかくだ、よく覚えておけ。聖印は横にするな。いいな?」
「うス」
縦並びが正しくて、横だと侮蔑ね。
そういえば以前クロアに、「その付け方何か意味あんの?」と聞いたら、「これは、ぶ……」で言葉を止めて続きを教えてくれなかったけど、あれは、侮蔑って言おうとしてたんだな。根暗なことをするやつだ。
パルティア様や神々を侮蔑か……。
「さ、服屋へ行こう」
「オス」
リィザの後について歩き出しながら考える。
もし、クロアの不可解な行動とあの巨大な気配の間に何か関係性があるなら、それはどんなものだろうか?
……クロアは、何かを探していると言ってたな。関係性はわからないが、あの気配の持ち主こそ、クロアが探していたもの、とか?
だから、気配が消えた後、大口開けて笑い出し、スッキリした顔をしていたのかもしれない。
そして、探していたものが見つかったので、姿を消した。
「みんなに頼んで一緒に探してもらえば?」と僕が言うと、「それは難しいだろうな」と返ってきた。
それはつまり、探しているものが良からぬものかもしれなくて、何も言わずにいなくなったのは、良からぬことを企んでいるからかもしれなくて、それはどんなことかというと……どんなことだろう?
ここトレアドールの街は、パルティア教徒にとって聖地のような場所だとリィザは言った。
カラムの街からトレアドールまでは、馬車で二日と少しだとククに聞いた。
クロアがここを目指したなら、始まりの森を北へ抜けたにしろ、南へ抜けたにしろもう着いてると思う。
パルティア様や神々を侮蔑するほどだから、この街でテロ行為……
「……う〜ん」
だとしても、それならパルティア教の総本山へ行くと思う。どこかは知らんけど。
それに、いくら何でもクロアがテロ行為なんて、話がぶっ飛びすぎか。
仮に、あの気配の持ち主を、召喚獣のように操れるのだとしても。
「おーい、バハムートー」
随分先から、リィザが僕を呼んだ。
気づかぬ間に、歩くスピードが落ちていたようだ。走ってリィザに追いついた。
「すんませんです」
「ボンヤリするな。早く服買わないと、ゆっくり寝る間もなく朝になっちゃうぞ」
明日は、夜明け前に起床だもんな。
……服か。
セイヴズの隣にも服屋があって、そこから白いローブに、フードを目深に被った顔の見えない人が出てきて、こっちを見てたんだよな。
パルティア教の敷地内へ行く時は、ほぼみんな白い服を着ていく。
あの人も教会か光の塔へ向かったのだと思う。
敷地内で白い服を着ていない者は目立つ。
悪いことを企んでるなら目立ちたくない。
パルティア様や神々を侮蔑するクロア。
あの気配の持ち主とつながりがあるかもしれないクロア。
白ローブの人って、身長が高かったように見えたけど……
「バハムートー。また遅れてきてるぞー」
「……リィザさん」
「ん?」
「服なんですけど、セイヴズのお隣に服屋さんあったじゃないですか?」
「ああ、あったな」
「あそこで買いましょう」
「へ?」
リィザが足を止めたので、僕も一旦停止。
「何で?」
「ダメっスか?」
「ダメではないけど」
「じゃあ行きましょう」
踵を返し歩き出した。
「え? え? 本当に行くのか?」
リィザが慌てて僕を追ってくる。
かなり強引で申し訳ないが、不安を払拭するために確認しておきたい。
あの時見た白ローブの人が、クロアかどうかを。
もしクロアなのだとしたら、良からぬことをしでかす可能性が……
「すみません姐さん、ちょっと急ぎますね」
「あ、おい、バハムート。バハムートってば」
リィザが声をかけてくるのも構わず、僕はセイヴズ隣の服屋目指して、大通りを南へと駆けた。




