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第一章・記憶を失った少女

 頭の中に、深い深い、霧がかかっている。

 目が覚めた時、あたしはそういう気分だった。すっきりしない、もやもやした、すごく、いやな気分。

 うーん、ここはどこだろう。

 小さな部屋の小さなベッドの上。ベッドの他には同じく小さな机と椅子しかない。窓からは明るい太陽の光が差し込み、小鳥のさえずりが聞こえてくる。どことなくなつかしさを感じる部屋だが、見覚えはない。えーと、何でこんなことになってるんだっけ? あたし、ベッドの上に上半身を起こし、眠る前のことを思い出そうとする。その時。

 ズッキイイイイン!

 この世の物とは思えない頭痛。生理の時の鈍く継続的な痛みを一瞬に凝縮したような、そんな痛み。頭が割れるような、ってよく言うけど、そんなもんじゃない。頭がこっぱみじんに吹き飛んでったみたいな痛みだった。

 キィ。部屋のドアが開いた。入ってきたのは、三〇歳前後の女の人。やっぱり見覚えがない。

「あ、目、覚めた? 良かった。起きて大丈夫?」

 女の人、あたしに駆け寄り、心配そうにあたしの顔を覗き込む。

「……あ、大丈夫、です。少し頭が痛いですけど」

 さっきのとんでもない痛みは引いたけど、その余波がまだ残ってる。

「そう。ちょっと待ってね」

 女の人は部屋を出て、しばらくして、薬湯の入ったコップを持って戻ってきた。

「これを飲んで。痛みが和らぐわ」

 受取り、それを飲んだ。すごく苦いけど、頭の痛みが引き、心が落ち着いていく感じがした。

「頭に外傷はないから、しばらく休めば大丈夫だと思うわ。あ、私はノエル。こう見えても医者なの。もし何かあれば、遠慮なく言ってね」

 そう言って微笑んだ。

「あの……あたし、どうしたんですか……?」

 ここがどこなのか、何でここにいるのか、思い出せない。思い出そうとすると、またあの人生最悪の頭痛が襲ってきそうで恐い。

「えっ……と、覚えてない? 昨日の夜、村の近くの森の中で倒れてたのよ?」

「……倒れてた?」

 ……思い出せない。考えようとして、また少し頭が痛んだ。「痛っ!」

「大丈夫? 落ち着いて。そうね……あなた、名前は?」

 名前……ええと……。

 …………。

 ……え?

 名前……何だっけ……?

 …………。

 ええっ!

 判らない、名前。

 ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って。久しぶりに会った人の名前が判らないとかじゃないのよ。自分の名前。それが判らないなんてことないでしょ。落ち着いて考えよう。えーと。

 …………。

 ……頭痛い。

 でも、さすがに我慢して、もう少し考えてみよう。自分の名前が判らなかったら、コレ、大変なことだもん。

 …………。

 …………。

 …………。

 ……ダメだ。やっぱり判らない。

 ……ってことはつまり?

「どうしたの? 名前、まさか、思い出せないの?」

「……みたいです」

 つまりあたし、記憶喪失ってヤツ?


 一時的なものかもしれないから、とりあえずゆっくりと休んで、と言うノエルさんの言葉に従い、その日、あたしはずっとベッドで休んでいた。いろいろ考えてみるけど、やっぱり何も思い出せない。目が覚めた時、頭に深い霧がかかってるような気がしたのは、このためだったのか。

 お昼と夜の二回、ノエルさんが部屋に食事を運んできた。夕食は、野菜がたっぷり入ったシチューと焼きたてのパン。あたしはスプーンでシチューをすくい、一口飲んでみた。

「――おいしい!」

 思わず叫んでしまうほどおいしい。野菜と肉の甘みが、口の中でとろけるの!

「ホント? ありがとう。エイミス村特産の野菜と、森で獲れた野ウサギの肉で作った、特製シチューよ。よかった、気に入ってもらえて」

 ノエルさんは嬉しそうに、あたしに村のことを説明してくれた。

 ここはエイミス村。王都クローリナスから歩いて三日ほど離れた場所にある、小さな村なのだそうだ。村のすぐ側に森が、少し離れたところには川があり、野ウサギやイノシシの肉、いろんな野菜に、魚なんかよく取れるんだって。

 王都クローリナス……エイミス村……。ダメだ。何も思い出せない。

「まあ、慌てないで。そのうち、何かの拍子に思い出すかもしれないわ。だから、ご飯を食べたら、今日はもうお休みなさい。部屋は空いてるから、しばらく泊まっていっても大丈夫だから。ね?」

「はい……ありがとうございます」

 ノエルさん。いい人だな。あたしはノエルさんの言葉に甘え、ご飯を食べ終えると、その日はそのまま眠りについた。

 それにしても、ノエルさんのシチュー、とってもおいしかったな。明日、作り方を教えてもらおうかな……。そして……作ってあげたいな……みんなに……父さんに……。


 ――おーい、※カ! 戻ったぞ!

 ――あー腹減った! 飯は何だ?

 ――あ、お帰りなさい。今日はみんなの大好物、特製シチューよ。みんなお腹をすかせてると思ったから、いっぱい作ったの。いくらでもおかわりできるからね。もうすぐできるから、待ってて。

 ――お? 助かるぜ。ところでミ※、屋上に洗濯物が干しっぱなしになってるんだが……。

 ――大変! すっかり忘れてた! どうしよう? 今、手、放せないよ。

 ――ああ、いい。オレ達がやっておくよ。シチュー、焦げたりしたら大変だからな。おいみんな! 食事の前に洗濯物を取り込むぞ!

 ――あれ? 父さんは?

 ――ああ、少し遅れると思う。

 ――そっか。じゃ、父さんの分、残しとかないとね。


 朝だった。

 昨日と同じく、窓からは暖かい陽の光が差し込み、小鳥のさえずりが聞こえる。

 今のは……夢?

 あたし、大きなお鍋で、シチューを作ってた。で、大勢の男の人に声をかけられる。男の人……顔も名前も思い出せない。夢の中でも、その部分だけには、あの深い霧がかかっていた。

 あ……でも……。

 その男の人、あたしの名前、呼んだよね……。確か……ミ……カ……。

 …………。

 ミカ……。

 そうだ。思い出した。

 あたし、ミカ・バルキリアル……そう呼ばれてたと思う。

 それにあたし、父さんのこと、言ってた。父さん……。

 …………。

 ……ダメだ。それ以上は思い出せない。頭が痛い。

 トントン、ノックの音。ノエルさんだろう。あたしは返事をする。

「おはよう。よく眠れた?」

 ノエルさんが朝食を持って部屋に入ってきた。

「あ、はい。ノエルさん。あたし、名前、思い出しました。ミカ・バルキリアルです」

「ホント? 良かったわ! 他に何か思い出したこと、ある?」

「……いえ……。大きなお鍋でシチューを作ってたのを思い出したんですけど……他には特に……。あ、それも、記憶じゃなくて、ただの夢だったのかもしれませんが……」

「そう……まあ、あせることはないわ。これから少しずつ、思い出していくわよ。はい、コレ。朝食。昨日と同じ献立で申し訳ないんだけどね」

 そう言ってノエルさんは机の上にパンとシチューを置いた。

「いえ、とんでもないですよ。ノエルさんのシチュー、とってもおいしいです。ありがとうございます」

 あたしは席につき、温かいパンとシチューを食べた。

「あの、ノエルさん。今日、あたしが倒れてた場所に、連れて行ってもらってもいいですか?」

「ん? そうね。何か思い出すきっかけになるかもしれないわね。もちろんいいわよ。じゃあ、食事が済んだら、支度してね」

 ノエルさんは、部屋から出て行った。

 食事を済ませたあたしは、さっそく身支度を整える。身支度と言っても、倒れていた時に着ていたという服に着替えただけ。厚手の布で織られた丈夫な服。動きやすく、旅人が好んで着る服だそうだ。あとあたしが身につけていたものは、ほんの少しの食料と水とお金が入った小さな革袋と、細身の短剣。服装と持ち物から考えて、おそらく旅の途中なのだろう、と、ノエルさんは言っていた。そして森の中で何かあり、倒れて記憶を失った。

 短剣を手に取る。柄の部分に豪華な飾りが施されている。他の持ち物と違い、高級品のオーラって言うの? そういった雰囲気をかもし出している。何であたし、こんな立派な物持ってるんだろう? 鞘から抜いてみた。曇りひとつ無い刃に、あたしの顔が映る。


 ――復讐。


 …………。

 ……へ?

 なんか今、あたし、変なこと思わなかった。

 復讐?

 イヤな言葉だな。なんで、こんな言葉が浮かんだんだろ。

 この短剣のせい?

 …………。

 ま、いいや。あたしは短剣を鞘に戻し、腰に吊るした。食料は……いいかな。そんなに遠い場所じゃないって、ノエルさん言ってたし。

 身支度を整え、部屋を出る。ノエルさんも準備できていた。二人で家を出た。

 まぶしい太陽の光に、思わず目を覆った。慣れるのに少し時間がかかった。空は雲ひとつ無いいい天気。涼しい風が吹き渡り、髪がなびいた。うん、絶好のお出かけ日和だね。

 ……って、ハイキングに行くんじゃないんだから。記憶が無いってのに、あたし、結構のんきだな。ま、うじうじするよりはいいかもね。

 村を出てすぐに森があり、歩いて半時もしないところに、あたしは倒れていたらしい。まだ森の浅いところで、森と呼ぶほど樹は茂ってはいない。ただ、奥のほうへ進めば、そこはまさに樹の海で、狂暴な魔物も多く生息している、危険な森だと、ノエルさんは説明した。

 あたしはしばらくその辺りを歩いてみる。うーん、何であたし、こんな所に倒れてたんだろう? 考えてみても、何も思い出せない。何か落ちてないかと地面を見て回ったが、何も無かった。

 と、その時!

 嵐が吹き荒れるかのような、鋭い獣の咆哮が響き渡った。思わず耳をふさぐ。何?

「大変! バハムートだわ! 早く隠れて!」

 ノエルさんが叫ぶ。へ? バハムート?

「早く!」

 ノエルさんはあたしの手を引っ張り、近くの木の下にしゃがんだ。

 バハムート? 一体なんだろう?

「来たわ!」

 ノエルさんが叫んだ瞬間、さっきまで晴れ渡っていた空が、急に曇った。ん? 夕立? 空を見上げた。

 それは、雲なんかじゃなかった。空を覆いつくすほど、巨大な――ドラゴン。

 ――何! あれ?

 そのドラゴンは、割と高い所を飛んでいるように見える。でも、辺り一体が影になるほど、とんでもなく大きい。全身黒に近い灰色の鱗で覆われ、鋭い牙と鋭い爪が、遠目からでも確認できた。その恐ろしい姿と、耳をつんざく咆哮に、身体がすくみ上がる。

 バハムートはそのまま東の空へ飛んでいき、やがて、山の陰に消えた。

「ふう、行ったわね……よかった……」

 ノエルさんは安心し、腰が抜けたかのようにその場にへたり込んだ。

「あ……あれ、何ですか……」

「……そっか。記憶が無いから、当然知らないわよね。あれはバハムート。今、世界はあの魔物に滅ぼされようとしているの」

「――――」

 ノエルさんの話によると。

 バハムート――三年前にこの地上に突如現れた邪悪なドラゴン。口から吐く炎は巨大な都市を一晩で焼き尽くし、羽のはばたきで小さな村を跡形も無く吹き飛ばし、その鱗はあらゆる武器や魔法をはね返すと言われている。すでに五つの国がバハムートの力で滅び、残る国々は討伐隊を編成し派遣するも、その強大な力の前に次々と敗れ去り、世界は、確実に滅びの道を歩んでいるのだそうだ。

「――バハムートのやっかいなところは、強大な力を持っているにもかかわらず、知能は獣並みということなの。世界を支配しようなんて考えは無く、ただ、邪悪な本能に従って、破壊を繰り返しているだけなのよ」

「そんなヤツがいるんですか……」

 世界がそんな脅威にさらされてたなんて。うーん。あたし記憶を失ってる場合じゃないぞ、これ。あたしの家族とか友達とか、いるかいないかわかんないけど恋人とか、大丈夫か?

「……今日はもう帰りましょ。何も無いと思うけど、村が心配だわ」

「そうですね」

 二人が立ち上がったその時。

 ギャアアアァァァズ!

 森の中にまた獣の叫び声が響き渡った。さっきのバハムートの咆哮と比べるとネズミの鳴き声みたいなものだけど、普通に考えると、狂暴な獣が近くにいる!

 あたし達はどうしていいか判らず、とにかく辺りを見回す。ドンドン……微かに地面が揺れているのが判る。森の奥から何か来る……。突進して来たのは……あ、ホントにネズミだった。なんて安心してる場合じゃない。だってそのネズミ、ウシみたいにおっきいんだもん!

 シャアアァァ! ウシネズミは口から汚らしいよだれをたらしながら、あたし達に飛び掛ってきた。間一髪、あたし達は身をひるがえし、ウシネズミの鋭い爪をかわす。着地したウシネズミは体を反転させ、あたし達に向き直り、全身の毛を逆立て、威嚇してくる。

 ヤバイ、どうしよう。何だか知らないけどこのウシネズミ、あたし達を襲う気満々。ネズミって人間を食べるのか? ……まあ、ネズミだから何でも食べるわよね。この大きさなら、人間だって……。うーん、やだな。ネズミのお昼ご飯で人生を終えるのは。しかも一日半しか思い出が無いのよ、あたし! こんな所で死にたくないよ! 何か身を守る物……そうだ、短剣! あたしは腰に提げていた短剣を引き抜き、それを両手で持って構えた。でも相手はネズミ。短剣見てビックリして逃げ出したりしてくれない。ま、例え相手が人間だったとしても、あたしのこのへっぴり腰具合を見れば、逃げたりなんかしないでしょうね。しょうがないでしょ! 戦い方なんかわかんないもん!

 シャア! ウシネズミ、また飛んだ。あたし、恐くなって目を閉じ、短剣を前に突き出した。それがたまたまウシネズミの眉間に突き刺さる――なんて世の中甘くは無い。

 カッキーン。ウシネズミの爪に軽く振り払われた短剣は綺麗な放物線を描いて宙を舞い、見事に地面に突き刺さった。反動で弾き飛ばされたあたしは尻餅をつく。ウシネズミは着地すると、今度は間をおかずあたしに襲い掛かってきた。来ないで! あたしは両手を前に突き出した。

 その時、とても不思議なことが起こった!

 あたしの両手から白い光が発せられたの。ちょうど、魔法を使ったみたいに。もちろんあたし、魔法の知識なんて無い。記憶を無くす前はわかんないけど、少なくとも今は無い。その光、ウシネズミを包み込む。すると――。

 バタン。

 ――へ?

 何があったのかウシネズミ、その場に倒れこんでしまった。

 まさか、急に強烈な睡魔に襲われて、たまらず寝ちゃったんじゃないでしょうね?

「ミ……ミカさん……何をしたの?」

 ノエルさんが聞くけど、そんなの、あたしが聞きたい。

 しばらく様子をうかがったけど、ウシネズミは全く動く気配は無い。胸もお腹もノドも動いてないので、眠ってるわけでもなさそうだ。ノエルさん、恐る恐る近づき、いろいろ調べて。

「間違いないわ、死んでる」

「そ……そうなんですか?」

「ミカさん、さっきのは一体……?」

 あたし、両手を見つめる。さっきウシネズミに向かって手を突き出した時、白い光が出た。それがウシネズミを包み込み、ウシネズミは死んだ。これってどう考えても、あたしがやったんだよね。まさかタイミングよく心臓麻痺を起こしたってのも考えにくいし。

「――とにかく、村に戻りましょう。他の魔物がいるかもしれないし」

「そうですね……」

 あたしは短剣を拾い、鞘に収めてまた腰に吊るした。役に立たなかったけど、あたしの数少ない所持品だ。置いてくわけにはいかないよね。

 こうして、不思議な現象で一命を取りとめたあたし達は、無事村へと帰ることができた。


 村に戻ったノエルさんは、村長の屋敷を訪ね、森に魔物が出たことを報告した。森には昔から魔物が住んでいると言われてはいるが、村近くの浅い場所まで現れるのは、近年無かったことらしい。すぐに村中の人が集められ、これからのことが話し合われた。

「――大ネズミが出たこと自体は、さっき飛んでいったバハムートに驚いての行動と受取れなくも無いが、念のため見回りは強化した方が良いじゃろうな」

「はい、夜も警戒を怠らないようにします」

 村長の言葉に村の男の人がうなずく。魔物に関しての話し合いはすぐにまとまった。で、問題はやっぱり、さっきのウシネズミ突然死について。

「……しかしノエル。本当なのかね?」村長さんは疑わしそうな目であたしを見る。

「はい。ミカさんの両手から白い光が発せられ、それに包まれた魔物は、その場で死んでしまいました」

 うーん、やっぱりそう見えたよね。ホントに何だったんだろ?

「とても信じられない話じゃが……」

 村長さんは腕を組み、うなる。ま、信じられないのが当然。あたしだって信じられないもん。

「そうじゃノエル。確か、バリーのところの馬が――」

「あ、はい」

 ん、馬? 何?

 

 あたし達は村長さんの家を出た。少し歩いたところに、バリーさんという人の家があった。その家の馬小屋に入る。そこには、ワラの上に横になり、首だけ上げて、悲しそうな声で鳴く一匹の馬がいた。

「五日前、事故で足を折ってしまったの。四本の足、すべて。すごく複雑に折れていて、もう元には戻らない。壊死が進んでるから、もう長くはないわ。だからと言って、足を切断すると馬は生きられない。かわいそうだけど、安死させるのが一番だと思うの」

 ノエルさんは馬の鼻を撫でながら、悲しげな口調でそう言った。「でも、この村には苦しまずに死ねるような薬は無いの。どうしようか迷っていたんだけど――」

 ノエルさんがあたしを見た。そうか。さっきのウシネズミの突然死が本当にあたしの力なら、この馬を安死させるにはいいかもしれない。実験台にするみたいでちょっと気が引けるけど、確かにこのままだとかわいそうだ。さっきのウシネズミ、断言はできないけど、多分苦しまずに死んでると思う。なら、やってみようかな……。

「判りました。やってみます」

 あたしは馬の側にしゃがみ、顔を撫でた。

「ゴメンネ。助けてあげたいんだけど、あたしにはできないから……」

 あたしは馬の顔に手のひらをかざす。そして……どうすればいいんだろ? さっきはあまりにも切羽詰ってたから、どうやったかなんてわかんない。うーん。ま、いいや。えい。とりあえず手のひらに力を送り込むようなイメージを描く。すると。わ。出た。さっきと同じ、白い光。それが馬を包み込む。と、同時に。

 ぱたり。馬は首をうなだれるように、その場に倒れた。ノエルさんが調べ。

「――死んでいます」

 おお、と、その場にいる村人達がざわめいた。やっぱりあのウシネズミ、あたしの力で死んだんだ。でも、何なの? この力……。

「すごいじゃないか! この力があれば、どんな魔物が現れても、恐くないぞ!」

「確かに! ミカさん、ぜひこの村に住んでくだされ!」

 村のみんなは、まるであたしを英雄かのように持ち上げる。そんなふうに言ってもらえると嬉しいけど、今は喜ぶような気分じゃない。何であたし、こんな能力があるんだろう……。あたしは、何者?

 それに……。

「でも……その力、人間にも効果があるんじゃないか……?」

 誰かが言った。ざわめきが、一瞬でおさまった。

 そう。あたしも、それが気になってたんだ――。


 その日、村人達があたしを見る目は冷たかった。みんな、あたしを避けていた。まあ、当然だと思う。一瞬にして人を殺せる力を持ってるんだもん。剣や槍とかの武器をむき出しで持ち歩いてるよりたちが悪い。

 あたしはノエルさんの家にこもり、あたしのこと、これからのこと、ずっと考えていた。

 トントン。ノックがして、ノエルさんが入ってくる。

「夕食、できたわよ」

 もうそんな時間か。今夜のメニューは、焼きたてのパンと、あ、今日はお魚だ。香草で焼いたもの。付け合せに特産の野菜。

「エイミス村は川にも近いから、川魚もおいしいのよ。どんどん食べてね」

「はい! いただきます!」

 あたしは席につき、次々と胃の中へ入れていく。うーん。やっぱりノエルさんの料理はおいしい。

「……村の人達のこと、悪く思わないでね。決して、あなたのことを村から追い出したりとかはしないから……」

「いえ、いいんです。恐がるのが当然ですよ。あたしだって、恐いし……」

 そう。あのウシネズミにこの能力使った時、どうやったのか判らなかった。つまりそれ、いつ、何の拍子でこの能力が発動するか判らないってことで、そんなの危なすぎる。

「明日の朝、村を出ようと思います」あたしは言った。

「――そんな! ずっとここにいてもいいのよ?」

 ノエルさん、いい人だ。その言葉に甘えたくなるけど、でも、そうはいかないよね、やっぱり。

「ありがとう、ノエルさん。でも、いいんです。みんなに迷惑かけられないし。それに、ここにいても、記憶は戻らないと思うんです。あたし、旅をしていたみたいだし。何か、大きな目標があったような、そんな気がするんです」

「ミカ……」

「だからあたし、行きます。とりあえず、王都クローリナスへ」

「……そうね。クローリナスなら、あたしよりも優秀な医者や、偉い学者や魔術師もたくさんいる。何か判るかもしれないわね」

「あ、でも、ノエルさんよりおいしい料理を作る人は、いないかもしれないですね」

「もう、何言ってんのよ」

 そうして、二人で笑いあった。


 夜が明けた。

 最後のノエルさんの料理を味わった後、あたしは身支度を整える。ま、昨日とほとんど同じ。腰に短剣と、水と食料とお金の入った革袋を提げただけ。

「じゃあ、行きます」

「うん。ミカ、これ、食料。持って行って」

 そう言って手渡してくれたのは、パンと、肉や魚の燻製。わお。さっきの朝食、最後のノエルさんの料理にならなかった。ラッキー。

「森を迂回すれば三日ほどで王都に着くわ。川沿いの道だから、水は少なくても大丈夫」

「はい」

「あとミカ、これだけは覚えておいて」

 ノエルさんの顔、急に真剣になる。「あなたはその能力を、他人を殺す力、と思っているかもしれない。でも、あたしはそうじゃないと思うの」

「――――」

「昨日のバリーさんの馬、本当に安らかに死んだわ。眠っているかのようだった。苦しまずに死ねたのは、あなたのおかげよ。だからあたしは、あなたのその能力は、殺すとか、そんな恐ろしいものじゃなく……そうね、心を封じる能力、って呼びたいの」

「心を封じる?」

「そう。心を封じる。だから、あなたのその能力は、誰かを殺すためのものじゃなく、誰かを救うためのもの、って信じてみて」

「ノエルさん……」

「あ、もちろん、魔物とかにはバンバン使っちゃってよね」

「……はい!」

 ノエルさん、ありがとう。あたし、そう思うようにする。この能力は、誰かを救うためのもの。そうだ。そう信じよう。

「じゃあ、ミカ、気をつけてね。あ、でも、寂しくなったら、いつでも戻ってきていいからね」

「はい。ノエルさん。本当に、お世話になりました」

 あたしは深々と頭を下げ、そして旅立った――。


      ☆


「明奈――」

「ん?」

「意外と重要なシーンがあったような気がする」

「んー。そうかもね」

「ミカの過去、何となく、見えてきたな」

「そう? じゃ、はい、これ」

 そう言って明奈から渡されたのは、待望の第五章。タイトルは「記憶」。

「待ってました。さて、いよいよ最も重要な部分だな。どれどれ」

 俺は第五章を読み始めた。

 ……って、コイツ、実は最初から第五章持ってたんじゃないのか? やけにあっさり出てきた気がするんだが。

「ん? 何?」

「いや……」

 まあ、いいや。

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