第六章・決意と別れ
記憶が、戻った。
ずっと望んでいたはずだった。記憶が戻ること。全てを思い出すこと。望んでいたはずなのに、何故、こんなにも悲しいのだろう。
あたしの記憶。それは、決して開けてはいけない、閉ざされた扉だったの?
扉を開けたのは、間違いだったの?
あたしの記憶は、戻らない方が良かったの?
…………。
ううん。
これでいいんだ。あたしの記憶は、あたしの宝物。無くしたままではいられない。
何故、あたしとアレスタは出会ってしまったのだろう?
あの日、あの森で出会わなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。
せめて、あたしが記憶をなくしてなければ、あたしはアレスタに心を寄せることは無かっただろう。
……よそう。
過ぎた事をあれこれ考えてもしょうがない。こうなったのは、運命だったんだ。そう思い、あきらめるしかない。あたしの決意は変わらない。例え記憶の無い間、どんなにアレスタに助けられ、あたしが心を寄せていたとしても。
野営の焚き火は、すでにくすぶりつつある。そのすぐ向こうにアレスタ。横になり、休息を取っている。
…………。
意を決した。もう、あたしはためらわない。
アレスタに、そっと近づいた。
彼ほどの戦士だ。例え眠っていたとしても、あたしなんかが近づく気配に気づかないはずは無い。目を開け、あたしを見た。でもその目は、警戒なんてしていない。
「どうした?」
そう言ったアレスタの顔の前に、あたしは右手をかざした。そして、力を発する。
そう。あたしのこの力、心を封じる力は、この為のものなんだ。バハムートを倒す為なんかじゃない。そんなこと、あたしにはどうでもいい。世界が滅びたって関係ない。あたしは、この男に……アレスタ・カミュに復讐する為に、今日まで生きてきたんだ!
右手から発する白い光。今迄で一番輝き、一番悲しい光。アレスタを包み込む。不意を突かれたアレスタは、何もできなかった。完全に、あたしに心を許していたんだ。そう思うと、心が折れそうになる。
ううん。あたしはためらわない。
これまで何匹もの魔物の心を封じてきたあたしのこの力。それは、光の戦士に対しても例外なく効果を表した。アレスタの強い意志を持った瞳はその輝きを失い、そして、おそらく世界で最も偉大な戦士は今、心を封じられ、ただの男の死体と同じになった。
これまでのことが、あたしの頭をよぎる。
森であたしを助けてくれたアレスタ。お城で、王様にあたしを紹介してくれたアレスタ。記憶の無いあたしを、ここまで導いてくれたアレスタ。旅の途中、何度もあたしを助けてくれたアレスタ。あたしに優しく微笑んでくれたアレスタ……。
涙が……止まらない。
今まで、本当にありがとう、アレスタ。でもあたし、あなたを殺すね。
腰に提げた短剣を抜いた。
それを振り上げる。
あたしはずっとこの日を待っていた。あなたに復讐する日。あなたを殺す日。あなたの胸を、この短剣で、貫く日を!
――さよなら、アレスタ。
振り上げた短剣を、一気に、アレスタの左胸に振り下ろす。
零れ落ちる涙とともに、あたしの短剣は、アレスタの胸を貫いた――。
☆
「あぁぁぁきぃぃぃなぁぁぁぁぁl!」
俺は半ば恨みを込めた声で明奈を呼ぶ。
「何よ? 変な声上げて、気持ち悪い」
「だから、ストレス溜まるっつーの! 何でミカがアレスタ殺すことになってんの? 二章であれだけ恋する乙女やってたのに!」
「そりゃ、ミカの記憶がアレスタと関係してたからでしょ。知りたい?」
明奈、知りたいならあたしが説明するよ? っていう顔。
「いや! いい! お前の説明はいい! それより、記憶が戻ったところをくれ!」
「んー、まだ見つかんない」
……コイツ、わざとやってるのか?
「その代わり、はい、これ」
そう言って明奈が渡してくれたのは「第四章・告げられた真実」。
「第四章って事は……ミカとアレスタが王都クローリナスを旅立った後か?」
「そ。二人は王都クローリナスの北に住むという、四大魔術師の一人に会いに行くの。七章で登場する、アレスタの師匠のガーランドなんだけどね。この人が、何故ミカの記憶が無いのか、これからどうすればいいのか、告げるの」
「ふむ、なるほど」
ミカの記憶が何なのかは気になるところだが、このシーンも重要そうだ。よし、読んでみるか。