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第三章・王との接見

 あたしはそびえ立つ城門を見上げ、そのあまりの大きさに立ち尽くした。あたしの身長の五倍くらいはある。この立派な門の向こうには、やっぱり立派なお城があり、立派な部屋があって、立派な王様がいるのだろう。ああ、ダメだ。あたし、急に心細くなる。だってあたし、そりゃ、記憶が無いけどさ。多分、王様に会えるような身分の人間じゃ、ないと思うのよね。そんなあたしが、こんなに簡単に王様に会って、いいものだろうか? 不安げにアレスタを見た。

「行くぞ、ミカ」

 アレスタは静かにそう言っただけで、さっさと門をくぐってしまった。あわてて、あたしも続く。門の脇には門番の兵士が立っていたけど、アレスタのことを知っているのか、敬礼をして、黙って通してくれた。

 門をくぐると広い庭園だった。大きな噴水がいくつもあり、その周りは花畑のように、いろんな色の花が咲いていた。あたしは思わず見とれてしまう。しばらく歩くと、また大きな門に突き当たった。今度の門は、城内へ入るためのもの。両脇には同じように門番がいて、やっぱりアレスタに向かって敬礼をする。

「アレスタ・カミュ殿。王がお待ちです」

 門番の一人がそう言って、重々しい門を、ゆっくりと開けた。中は広くて、石畳の廊下が奥まで続いており、両脇には等間隔で鎧の置物や動物の剥製が並んでいる。

「こちらへどうぞ」門番はあたしたちを中に招き入れ、廊下の奥へと進んでいった。あたしたちはそれに続く。またしばらく歩くと、いっそう豪華な扉が見えてきた。間違いない。コレが、王様がいる部屋なんだわ。どうしよう? あたし、王様に会う時の作法なんて知らない。何か失礼なことをすると、牢に入れられたりしないかな? ちょっと待って、心の準備が必要。なんて思っても、門番の人は待ってくれなかった。扉が開けられ、部屋の中が見えた。豪華なシャンデリアが天井から吊るされた、大きな部屋。真ん中には真っ赤な絨毯が敷かれてあり、その両脇には、剣を携えた兵士が並んでいる。みんな一点を見て、ピクリとも動かない。部屋の奥は一段高くなっており、その中央にある立派な椅子に座っている、豊かな白いひげを蓄えた、風格のある人。あれがこの国、クローリナスの王様だ。あたし、完全に怖気づいていたけど、アレスタが部屋の中に入っていくので、慌てて後に続く。ええい、こうなったら、アレスタだけが頼り。とりあえず、アレスタが挨拶をするだろうから、それを真似れば、多分、大丈夫。多分ね。……この人無愛想だから、ホントに大丈夫かな? 不安。

 アレスタは部屋の真ん中まで来ると、そこで片膝をつき、右の手を握って左胸にあて、深々と頭を下げた。「アレスタ・カミュ、参りました」

 おお、なんかそれっぽい。あたし、思わず感心してしまう。で、ぎこちないけど同じようにして、あたしも頭を下げた。「ミ……ミカ・バルキリアルです」

「うむ。よく来た、アレスタ・カミュよ。そなたが来るのを待っていたぞ」

 王様、あたしの名前は呼んでくれない。ま、確かにこの城に呼ばれたのはアレスタだけなんだけどさ。なんか悔しい。

「今回そなたを呼んだのは、あの邪竜・バハムートのことじゃ。すでに五つの国が滅び、世界は破滅へと向かいつつあるのは、おぬしも知っておろう。わが国はもちろん、近隣の三国もバハムート討伐に挙兵したが、ことごとく敗れ去った。この世界の望みは、もはやおぬし一人じゃ。そなたの力……かの軍事大国アルディアをたった一人で滅ぼした、そなたの力で、この世界を救ってくれ!」

 ――――。

 何だろう……胸が……痛い。何か、鋭いナイフのような物が、胸に……ううん、心に刺さったような、痛み。

 何かが、あたしの心に刺さった。何かが……。

 何? さっきの、王様の言葉。

 ……そうだ。

 ――かの軍事大国アルディアを滅ぼした、そなたの力が……。

 その言葉が、あたしの胸に突き刺さる。

 何、アルディアって? 判らない。判らないけど、胸が……痛い……。

 軍事大国アルディアを滅ぼした……アルディア……アレスタ……滅ぼす……バハムート……世界の終わり……。

 いろんな言葉があたしの頭の中を駆けめぐり、そして、胸に突き刺さる。

 あたしは、意識を失っていた。


 目を覚ますと、大きな天蓋のついた豪華なベッドに寝かされていた。軽く四人は眠れるほどの広いベッドだ。大きな掛け布団だけど、まるで重さを感じないほど、フカフカ。あたしはベッドの上に上半身を起こし、しばらくキョトンとしている。

「気がつかれましたか?」

 ベッドの横にいた女性が声をかけてくる。あたしより少し年上の、きれいな女性。黒をベースにしたフリルのついた服を着ている。

「どうぞ。これ、飲んでください。気持ちが落ち着きますよ」

 そう言って、温かい飲み物が入ったカップを手渡してくれた。あたしはそれを受取り、一口飲んだ。胸に、スーッと染み渡る感じ。リラックス効果のある薬草が煎じられてあるのだろう。

「そうか……あたし、気を失ったんだ」

 薬湯の入ったカップを見つめながら、あたし、さっきのことを思い出す。王様の話を聞いていて、突然胸が痛くなり、気を失ったんだ。

「アレスタ様はまだ陛下とお話をされています。もうすぐ終わると思うのですが……あ、申し遅れました。私、クレアと言います。ご用があれば、何でもお申し付け下さいね」

 彼女はそう言って、にっこりと微笑んだ。

「今日は朝から城中、大騒ぎだったんですよ? あの、アレスタ・カミュ様が城にやってくる、バハムートを倒して世界を救ってくれる、って」

 クレアはまるで夢見る少女のように、祈るようなポーズで、そう言った。

 うーん、兵士の人もそう言ってたよね。アレスタって、一体何者なんだろう? 出会った時の一件で、すごく強い戦士、っていうのは判ったんだけど、どうもそれだけじゃないみたい。

「あの……アレスタって、どういう人なんですか?」

 あたし、思い切って聞いてみた。

「え? ミカさん、知らないんですか?」すごく意外そうな顔をする。

「ええ、実はあたし、記憶が無いんです」

 あたしは、今までのいきさつを話した。自分の記憶がないこと、魔物の心を封じる不思議な力があること、自分が何者か知りたくて旅に出て、アレスタと出会ったこと。

「そうだったんですか……」

「だからあたし、彼のこと、何も知らなくて」

「判りました。私の知っていることでよければ」

 クレアはベッドのそばの椅子に腰をかけ、話し始めた。「五年前、アルディアという国があったんです。世界のどの国よりも強大な軍事力を持ち、その圧倒的な力で、世界を我が物にしようとした国です。そのアルディアに、たった一人で立ち向かったのが、あのアレスタ・カミュ様です。彼はアルディア城へ乗り込み、五百人いたと言われるアルディア騎士団と戦い、勝利し、アルディアの王を倒したのです」

 ――――。

 まただ……胸が痛い。さっきほどじゃないけど、やはり「アルディア」と言う言葉は、胸に突き刺さる。

「……大丈夫ですか?」クレアさんが心配そうにあたしの顔を覗き込んだ。

「あ……平気です。続けてください」

「はい……それで、王を失ったアルディアはその後急速に衰え、滅びてしまいました。アレスタ様は、たった一人で、世界をアルディアの脅威から救ったのです。人々はその栄誉を称え、世界に光を取り戻したという意味を込めて、『光の戦士』と呼んでいます」

 ふーん、そうだったんだ。確かに、並の戦士じゃない雰囲気ではあったけど、そんなにもすごい人だったんだ。そりゃあみんな、バハムート退治に期待しちゃうわけだよね。

 でも、そんなアレスタが、あたしの力を必要としている。魔物の心を封じる、この不思議な力を。あたしって、一体何者?

 その時、部屋の扉が開いた。入ってきたのは、アレスタと……王様?

「陛下!」クレアさんは慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。あたしも思わずベッドの上に正座する。

「よいよい、楽にしておれ」王様は優しく微笑んだ。「……アレスタから話は聞いた。そなたの不思議な力のこと、記憶を失っているということ。何故そなたに、魔物の心を封じる力があるのか、それは、そなたの失われた記憶の中にあるやも知れぬ。そして、これはバハムートを倒す……世界を救うことと関係しているはずじゃ」

「…………」

「この世界を救うには、きっと、そなたの力が必要となるじゃろう。頼む。アレスタとともに、この世界を救ってくれ」王様は、頭を下げた。

「はい、そのつもりです」あたしは力強く頷いた。

 そう。王様の言うとおりだ。あたしには何故記憶が無いのか、何故、魔物の心を封じ込める力があるのか……それは、バハムートと関係しているはず。あたしの失われた記憶には、この世界を救う、何かがあるのかもしれない。でも、それを思い出した時、本当に世界は救われるのだろうか? 記憶が呼び起こされようとする時、あたしの胸はひどく痛む。それはきっと、不安という名の刃が、あたしの心に突き刺さるから。思い出さなければならないと思いつつも、心のどこかで、あたしはそれを拒んでいるのかもしれない。記憶が戻るのを恐れているのだ。でも、あたしは知りたい。自分が何者なのか、何故、このような力があるのかを。だからあたしは、アレスタと一緒に行く。世界を救えると信じて――。


      ☆


 俺は第三章を読み終わり、少しぬるくなった紅茶を一口飲んだ。

「どう? おもしろいでしょ?」と、明奈。

「うーん。おもしろいと言うよりは、おもしろそう、と言うのが正しいかな? やっぱり、途中からじゃなぁ」

「そう? でも、話自体は判るでしょ?」

「うん、まあ。二人の目的が、ミカの記憶を取り戻し、バハムートから世界を救う、っていうのは判った」

「ちなみにその一ヶ月後、クローリナスの国はバハムートに滅ぼされるの」

「ふーん……って、お前、何でそういうことを言う!」

「だって、ホントだもん。ほら」

 そう言って明奈は、新たに集めたページを一束俺に渡す。なになに?


 第七章・破滅への道。あたしはバハムートの炎に焼かれる街を見て、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。一ヶ月前に訪れた時は賑やかだったこの街も、今は見る影も無い。「お前は選択を誤った。その結果が、これだ」ガーランドさんが言う。その言葉は、はっきりと、あたしを責めている。


「明奈」

「ん? 何?」

「第七章って、三章も飛んでるんだけど。誰? このガーランドってやつ」

「えーと、ガーランドはアレスタの師匠みたいのものかな? 見た目は三十代くらいなんだけど、実は何百年も生きている魔術師でね、この世界の四大魔術師の一人にも数えられているほどの魔力を持っている人なの」

「明奈、やっぱり最初から読ませてくれ」

「ダメだよ。だってこの本、悦司がバラバラにしたんでしょ? 最初の章がどこにあるのか、わかんないもん」

 う、それを言われると返す言葉もない。明奈、小悪魔のような笑顔で俺を見る。ここは明奈の言うとおりにしておこう。下手に、やめた、なんて言うと、じゃあこの本弁償して、とか言い出すヤツだ、こいつは。俺は仕方なく、第七章を読み始めた。


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