終章
「ありがとうございまーす!」
お昼の最後のお客さんが帰った。ふう、やっと一息つける。とりあえず、すっかり遅くなったけど、お昼ご飯を食べよう。でも、そんなにゆっくりもしていられない。お昼の片づけをして、それからすぐ、夜の準備もしなきゃいけない。今日も大忙しだね。
あれから一年が経った。あたしは今、壊滅した王都クローリナスから遠く離れた小さな街の、小さなお店で働いている。昼は食堂、夜は酒場のお店。昼も夜も大忙しで、休んでる時間がほとんど無い。
でも、忙しいのはいい。なんだか、生きてる、って、実感できるから。
カランカラーン。
入口のドアが開く音。あらら。お客さんだ。せっかく休憩取れると思ったのに。なーんて事はもちろん思わずに、あたし、笑顔で。
「いらっしゃいませー!」
振り返った。そこには、赤髪の間からのぞくとがった耳が特徴の、懐かしい女の人が立っていた。
「ミカ、久しぶりね」
「エルサ!」
あたし、思わず飛んでって、抱きついちゃった。
「とっ、すごい歓迎ね。どう? お店は順調?」
「うん! あたしの特製シチューが大好評でさ! もう、大忙しだよ! 食べてく?」
「ええ、もちろん。まだお昼食べてなくて、もうお腹ぺこぺこよ」
「はーい! 一名様ごあんなーい!」
あたしはエルサをカウンターの席に座らせると、厨房に戻って料理を準備。あったかいパンと、お肉と野菜がたっぷり入った特製シチュー。ついでに、あたしも食べちゃおーっと。あたしは二人分のパンとシチューを用意すると、カウンターに持っていった。
「おまたせー」
「わお! おいしそうね。いただきまーす」
エルサはスプーンでシチューをすくい、口へ運んだ。
「んー! おいしい!」
「でっしょー? えへへ」
あたし、得意気。料理を食べて、おいしいと言ってもらうこの瞬間が、一番幸せ。さて、あたしもお腹ぺこぺこ。いっただっきまーす。うん! やっぱりあたしのシチューは最高! こりゃ、前言撤回だね。あたし、食べてる時が一番幸せかも。
「……力の方はどう?」
半分くらいシチューを食べたところで、エルサが言った。
「うん。あれから全然使えなくなった。ガーランドさんに、お礼言っておいて」
一年前、あたしはガーランドさんに、心を封じる力を封印してもらった。もうバハムートはいないし、普通に暮らす分には、こんな力、必要ないもんね。
「そう。良かった。でも、気をつけてね。いつ何の拍子に力がまた使えるようになるか、判らないって、ガーランド様は言ってたから。なんたって、あの《災厄》からもらった能力なんだからね」
「ん、判ってる。ところで、ガーランドさん、元気?」
「うん。まあね。相変わらず、突然ふらっといなくなっちゃうけど。今もそう。もう一週間も戻ってないよ」
「そうなんだ」
「またいつ《災厄》が地上に現れるか判らないからね。いろいろ調べてるみたい」
「そっか。大変だね」
《災厄》の正体は、結局何も判らなかった。いつかまた、現れるだろう。今度はどんな災いをおこすのか。考えると、不安になる。
「大丈夫だよ。ガーランド様がきっと何とかしてくれるから」
エルサが優しく微笑んだ。
「そうだね――」
そしてあたし達は、おしゃべりを楽しみながら、遅い昼食を食べた。
「ごちそうさま、ミカ。本当に、おいしかったよ」
「そう? 良かった」
「じゃ、あたし、そろそろ行くね」
「うん、また、いつでもよってね」
「そうする。今度は、あのシチューの作り方、教えてね」
「何? ガーランドさんに作ってあげるの?」
「そ……っ! そんなんじゃ、ないわよ!」
エルサ、耳まで真っ赤になって否定する。あはは。ほんとにエルサってかわいい。普段は美人なのに、ガーランドさんのこと言われると、ダメになっちゃう。
あーあ、あたしも会いたいなぁ。あの人に……。
…………。
……何言ってんの。
あの人にはもう会えない。もう二度と、会えない。
「どうしたの? ミカ?」
「え? ああ、ううん。なんでもない、なんでも」
あたし、慌ててごまかす。
「そう? じゃ、ミカ。元気でね」
「ん。エルサもね」
カランカラン。ドアを開ける音と共に、エルサは行ってしまった。
…………。
さて! お仕事お仕事!
カウンターの上を片付け、今度は洗い場にたまったお昼の食器を洗う。それが終わった後は、フロアの掃除に夜のお酒と料理の支度。やることはいっぱい。がんばらなくちゃ! 早くしないと、夜のお客さんが来ちゃうもんね。
カランカラーン。あらら、もうお客さん、来ちゃった。
「いらっしゃいませー!」
あたしは笑顔で、そのお客さんを迎えた――。
☆
「…………」
「どう? 悦司。おもしろかったでしょ?」
「うーん、まあ」
「何よ? なんか歯切れが悪いわね」
俺の返事に不満そうな明奈。
まあ、確かにおもしろかった。バラバラに読むなんて最初はどうなるかと思ったが、読み終わってみると、まあ、悪くはなかったと思う。でも、どうも腑に落ちない点があって。
「なあ、明奈。アレスタは、どうなったんだ?」
「アレスタ? どうなったって、書いてあるとおりだよ」
「……なんにも書いてなかったんだが」
「うそ? そんなはずないよ」
明奈は俺の持つバハムートスレイヤーの最後の章を取り、ペラペラとめくっていく。
「あ……ほんとだ。書いてない。って言うか、書いてあるページが無い」
「な……何いいぃぃ! それ、大事なとこだろ? 探せ! 絶対に、見つけろ!」
「そんな事言っても、あたし、全部のページ拾ったよ。無いんだから、無いんでしょ」
「無いわけないだろ! よく探せよ!」
「うっさいなあ、もう。……って、あああああぁぁぁぁ!」
明奈、突然大声を上げる。
「なんだ? いきなり」
「……掃除、すっかり忘れてた」
…………。
……あ、そうだった。
窓の外はすっかり暗くなってる。時計を見ると、九時を回っていた。部屋の中は、あんまり片付いていない。今から再開すると、一体何時になることやら。
「……じゃあ、俺、そろそろ帰るわ」
「待った! このまま帰らせると思う?」
「だって俺、明日の朝、バイトで早いし」
「そんなの知らない! 大体、悦司が本を読み始めたからいけないんでしょ?」
「お前が読めと言ったんじゃないか!」
「うるさーい! いいから手伝え!」
……ダメだ。こうなると、手が付けられん。
仕方なく、俺はバラバラになったバハムートスレイヤーを本棚に収め、いつ終わるともしれない部屋の掃除を再開した。