ことのはじまり
「ふう、それにしても、汚ねぇなぁ。いったいどんな生活をしたら、こんなに散らかるんだ?」
俺は床に無造作に散らかった本やCDを集めながら、明奈に向かって言った。
「別に。普通に暮らしてたらこうなったの。あ、悦司、その本、そっちの本棚に入れといて」
明奈はベランダに干した布団を叩きながら、悪びれた風も無く言う。まったく、何で俺がこんなことを。
日曜の昼過ぎ、突然明奈に呼び出された俺。何の用かと思い一人暮らしの彼女の部屋を訪ねると、そこはゴミ屋敷だった。部屋の真ん中にいつから敷いているのか判らないような布団があり、その周りを、雑誌、CD、DVD、衣類、その他イロイロ、とにかく、足の踏み場が無いほどいろんな物で埋め尽くされていた。で、明奈は一言。部屋片付けるから手伝って。そのまま帰ればよかったんだが、あまりに突然の展開に脳がうまく働かず、気がついたら手伝わされていた。確かに今日は特に予定はなったが、何が悲しくて人の部屋を片付けなきゃならないんだ。まったく。
「CDはどこ? この下でいいか?」本を片付けた俺は、今度はCDを手に取る。
「うん。適当に片付けといて」
適当に片付けろ、って……なんかこう、片付ける強い意思ってのが無いのか、お前には。なんていまさら愚痴ってもしょうがないので、俺は本当に適当に本棚に並べていく。アーティスト名の並びも関係なし。続いてDVD。これも同じように、適当に並べる。
うん。布団を干し、本とCDとDVDを本棚に並べると、かなり片付いたように見える。後は明奈のぬぎ散らかした衣服を洗濯機に放り込み、ゴミを集め、掃除機をかければ何とかなるだろう。時計を見ると四時を少し回ったところだ。最初に部屋を見たときはどうなることかと思ったが、いざ片付けを始めると意外と早く終わりそうだ。おっと、本がもう一冊あった。床に一冊だけ残っていた文芸書を取る。かなり古いものらしく、ボロボロになっていた。俺は本棚に入れようとしたが、手が滑ってしまい、本は床に落ちた。するとその衝撃でバラバラになり、床一面にページが散らばってしまった。
「あ、すまん、明奈。本、バラバラになった」
「ん? 何の本?」
「えーと……」俺はバラバラになった本の表紙を見つけ、タイトルを読む。「『バハムートスレイヤー』だと」
「ああ。いいよ。もうかなり古い本だし」
まあ、確かに。落ちたくらいでバラバラになるなんて、よほど古い本に違いない。
「悪いな、明奈。で、どうする、コレ。捨てる?」
俺はバラバラになったページを集めながら聞いた。
「んーどうしようかなぁ。結構おもしろかったんだよね、それ。そうだ、悦司、読んでみたら?」
明奈、いきなり無理難題を言う。
「読んでみろって……バラバラになったのをどう読めって言うの……」
「いいからいいから! ええっと……」
何がいいのか全く判らないが、明奈はうれしそうに、バラバラになったページを集め、しばらくして、一束俺に渡す。「ハイ、これ」
俺は渡されたページを見る。「第三章・王との接見」というタイトルで始まっている。
「……って、いきなり三章から読んでも判らないだろ」
「そんなこと無いよ。おもしろいんだから。ちょうどいいから、ちょっと休憩にしよう。あたし、お茶入れてくる」
そう言って明奈はキッチンへ向かい、ヤカンに水を入れてコンロにかけた。俺はとりあえず、渡されたページに目を通す。なになに?
第三章・王との接見。あたしはそびえ立つ門を見上げ、そのあまりの大きさに立ち尽くした。あたしの身長の五倍くらいはある。この立派な門の向こうには、やっぱり立派なお城があり、立派な部屋があって、立派な王様がいるのだろう。ああ、ダメだ。あたし、急に心細くなる。だってあたし、そりゃ、記憶が無いけどさ。多分、王様に会えるような身分の人間じゃ、ないと思うのよね。そんなあたしが、こんなに簡単に王様に会って、いいものだろうか? 不安げにアレスタを見た。「行くぞ、ミカ」 アレスタは静かにそう言っただけで、さっさと門をくぐってしまった。
「……明奈。やっぱりわからん」
「あ、そう?」明奈はおそろいの白のティーカップをふたつお盆に乗せ、部屋に戻って来た。「えーっとね、主人公は、ミカ・バルキリアルっていう女の人。歳は二〇歳くらい。魔物の心を封じる不思議な力を持っているの」
「心を封じる?」
「うん。なんて言うのかな……その子が手をかざして念じると、魔物は魂を抜かれ、抜け殻みたいになってしまうの。それが、心を封じるってこと。でも彼女、記憶喪失でね、自分が何者なのか、どうしてこんな力を持っているのかは判らないの。で、もう一人が、アレスタ・カミュ。昔、たった一人でアルディアっていう軍事国家を滅ぼした英雄なの。でね、世界は今、バハムートっていう邪悪な竜によって、滅ぼされようとしているの。そのバハムート退治を、クローリナスという国の王様がアレスタに依頼するところなんだよ」
「ふーん」俺、出された紅茶を飲みながらうなる。ま、大筋は大体判った。でも、それは多分、第一章と第二章に書かれているんだろうな。やっぱり初めから読んだ方がいいような気もするが、とりあえず、休憩を取るのには賛成だ。なので、俺は明奈に言われたとおり、バハムート・スレイヤーの第三章を読むことにした。