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N.B.L. ―彼女と私のレゾン・デートル―  作者: 耀叙伴在
Chapter Ⅰ Starting Point
5/7

造られた言葉

 それからしばらくの間、私と猫は目前の壁面スクリーンに投影されたニュース番組をぼんやりと眺めていたが、おもむろに猫が口を開いた。


『それで?』

「それで、とは?」


 反芻するように問い返すと、猫が苛立たし気に――なんとなく、そういう雰囲気を伴った感じで――こちらを睨んでくる。


『そうじゃないだろう!』

「……?」


 はて、と私は首を傾げる。

 どうやらこの猫、私にご立腹のようであるーそう見えるだけだがーが、対する私にはこいつの気に触れるようなことをした覚えはない。

 だとすれば、逆に"していない"ことが怒りの種になっている、と解釈するのが妥当だろうが……


「……あぁ、そういうことか」


 ふと思い立った私は、飲んでいた合成飲料をテーブルに置くと、ソファの肘掛けに手を伸ばす。

 外面にあるカバーを外し、組み込まれた操作卓(コンソール)に指を走らせると、直後、私のすぐ傍の壁の一部が一体化の結合から解放され、本来の形であった開き戸が形作られる。

 同じく形成された取っ手を摘まんで開けると、そこにあるのは私の愛しの機器(ガジェット)の数々だ。

 古来より使われてきた原始的な工具から、プログラム駆動によって精密な動作を代理で行う多機能工具(マルチツール)に至るまで、私の()()のために入用なモノは一通り揃っており、中には自分好みに改造したモノまである。


「ほら、もっとこっち着て」


 片手でガサガサと棚を探り、目当てである自動倍率調整(オートフォーカス)機能付の片眼鏡、そして細身の棒状の工具――多封解具(マルチ・ドライバー)を取り出しながら言うと、渋々とでもいうように猫がこちらに寄って来る。


『いや、別にオレが言いたいのはそういうことじゃないんだが……』

「はいはいはい、まあどっちにせよやらなくちゃいけないんだからさ、とりあえずは大人しくしてて」


 話はあとで聞くから、と付け足すと、猫は何か言いたげではあったが、大人しく黙り、頭を近づけた。


「おー、よしよし。なるべく早く済ませるようにはするから」


 言いながら、私は猫に上を向かせた後、露になる首を左手で掴み、右手のマルチ・ドライバーの柄の部分にあるキーを操作した後、それの先端を近づける。

 しかし、目的としているのは猫の首ではなく、そこに巻かれている"首輪"の方だ。

 マルチ・ドライバーが近づくと、予め設定された解除コードを"首輪"が受信し、付随されたランプがチカチカと淡い青色の光が数度瞬く。

 次いで起こるのは、微かな駆動音と共に結合が解除されることによる、内部機構が解放だ。


 "首輪"はそこまで大きくはないが、接続部(アタッチメント)が解除コードによって一部が外され、内部が確認できるよう開かれていくと妙に大きく見える。

 中は、小型の精密部品で溢れかえっており、それらは雑多ではあるがある規則性で収納されていた。

 いくつもの電子回路が幾重にも交差し、極小のデータ・キューブが複数連結され、それらが一種の機能的な集合(クラスタ)を為す。

 互いに絡み合い、結ばれ、最適化された形を為す。


 そして、それは――()()()()()()()()()()()()()()()()


 首輪に巻かれた部分だけが、毛が刈り取られ、皮膚を突き破り幾本ものコードがその内部、肉へと侵入している。

 それは他者から見れば猟奇的ではあるが、既に私には見慣れたモノだ。

 既に定型所作(ルーチン・ワーク)と化したその作業のためにピックアップされた工具箱(ツール・ケース)を棚から取り出し、私はてきぱきと進めていく。


 そこから先は、ほとんど会話どころか声もなかった。

 あるのは、工具を手に取り、戻すカタカタという物音と、片眼鏡の倍率が遷移する時に生じる羽音にも似た微かな駆動音だけ。


 そして、数分の間の後、その作業自体の存在意義と同じく日常のように行為と沈黙は終わりを告げ、


「――まぁ、大丈夫かな」


 一言。

 息の詰まりが解されるような、無意識の安堵の後、逆再生した映像データが如く寸分の狂いも無く分解した首輪をもとに組み直し、ドライバから送信した封鎖コードで固定化させてから、


「調子はどう? 異状はない? 感覚は? 挙動速度の遅れはない?」


 話しかける。

 その対象である猫はパクパクと口を開けたり閉じたりした後、


『……あぁ、問題ない』


そう、先ほどと同じ、低い声で答えた。


「なら、よかった。こうして話してる感じ、猫語翻訳機(ネコリンガル)の性能自体もよさそうだ」


 頷きながら、首輪の形をした猫語翻訳機ー正式開発名・”翻訳用補助脳付属式人工声帯”をもう一度確認し、


「それで、」


 繋ぐ言葉を挟み、


「何の用だっけ、ネモ?」


 後に放り投げていた質問を返すと、しかし猫は呆れた顔ーそう見える以下略ーで俯いて、


「いや、もう、いい」

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