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N.B.L. ―彼女と私のレゾン・デートル―  作者: 耀叙伴在
Chapter Ⅰ Starting Point
4/7

楽園とおっさん

 目を開くと、そこは真っ暗闇だった。


「んー……?」


 感覚的には何か薄っぺらいモノが覆いかぶさっていることは分かるが、"それが何で、どうすればいいか"までは考えが追いつかなかった。


 目覚めたての意識はひどく曖昧で、思考には靄がかかっている。

 水の入った袋を巻きつけられたみたいに全身が重くて、指一本動かすことすら億劫だ。

 だるい。眠い。

 倦怠感が体の芯に居座り、動くな、そのままでいろと主張してくる。



 ……なんて、詩的な主張はともかくとして。

 結論として言えば、いつもの目覚めであった。



 いつものように眠りと覚醒の間のふわふわとしたまどろみを少しばかり楽しんだ後、同じくいつものように私は行動に出る。


 とりあえず、と視界を阻む何か――読みかけの雑誌を脇へとどけ


『ぶぎゃ』


 ……どけて、やや黄ばんだ白色の天井を眺めつつ、横になったまま腕を振り上げ


『ぅぎゃ』


 ……振り上げて横になったままぐぐーっと伸びをし、凝り固まった体を軽く解す。

 そして、惜しむ気持ちを振り払い、体にかかった薄いタオルを放り投げ


『むごごごご』


 ……放り投げ、ギシギシと安物のパイプベッドを軋ませながら起き上がり、


「それで、」


 振り返り、


「――お前は、そこで何をしてるんだ?」


 後方――私が寝ていた位置の傍ら、タオルを被ってモゴモゴともがく"小さな塊"へと話しかけた。


『むごごご、むごごごごごご』

「ん? 何だって?」

『むごっ、むごーふごーっ』

「分からん。せめてまともに話せ」

『むぐぐぐぐーっ、むごぁーっっ』

「あー、はいはい。自分じゃ出られないのなー」


 からかいつつタオルを取り去ってやると、そこにいたのは、もこもことした毛玉だった。

 いや、毛玉、と呼ぶには聊か表現が不適切だったか、具体的には四肢があり首があり頭があり、申し訳程度に目鼻口やらひげやら耳やらを生やし、首にはややゴツめのフレームの首輪をつけた毛玉だった。


 私のいる社会ではこれを"猫"、もしくは"飼い猫"と呼ぶ。


()()()()()()()()!?』


 非難の第一声を上げたのは、猫だった。

 放ったのは、紛れも無く、目の前にいる猫である。

 ブルブルと何かを振り払うように体を揺すっている、猫である。

 こちらへと向けた"声"、端的には中年のおっさんのようなそれを、猫が放ったのである。

 低く、情緒深いような、しかし電子音の無機質に近い響きの源は、紛れもなく猫のモノだ。


 大事なことなので表現を変えて5回言ってみた、まる。


 とはいえ、これが世の日常風景、というワケではなく。

 私が猫の発生をヒトの言語に聞き違える猫バカ、というワケでもなく。

 ウチの猫が()()()()()()()()()()()()()、たったそれだけの話だ。


「別に、何も。ただ、いつものように目覚めて、起きただけだよ」

『そういうンじゃない!』


 苛立ったような声。

 チカチカ、と首輪の小さな表示灯ランプが断続的に蒼く明滅する。


「わかってるわかってる、すまなかった」


 言いながら、私は服――といっても、寝る前に身に着けていたのは下着だけだったが――を脱ぎ捨て、洗濯用のカゴに投げ込む。

 それから室内用のサンダルをつっかけ、シャワールームへと入り、栓を思いっきり捻る。

 ノズルから勢いよく放たれるのは室内に張り巡らされた感知器センサーで解析された身体状態に調整された適温の湯だが、手動の調節器で温度を上げる。


『―――、――――』


 浴室の外から何やら呼びかける声がするが、濡れるのを嫌ってか、入ってくる気配は無い。

 浴びる温度が浸透するように体の芯に熱が灯ってきたあたりで湯を止め、撥ねて跳んだ水気で若干湿ってしまったタオルで体を拭きながら浴室を出る。


「……それで、何だって?」

『とりあえず服を着ろ』

「はいはい」


 人心地ついて早々、浴室の扉脇で待機していた猫のたしなめられ、私は肩をすくめる。

 話を聞こうと思ったら、早々に些細な説教、か。


 しょうがない、と歩を進め、体を吹く片手間にクローゼットからいくらかの衣類を引っ張り出し、ソファに放り投げる。

 それから壁に手を伸ばし、そこにあったいくつかのスイッチのうちの一つを切り替える。


≪――のように、今夜は雨、後に北方より"粒子"が吹く予定です≫


 聞こえたのは、やや高めのトーンの男声だ。


≪風に乗る"粒子"の効果は依然調査中ですが、くれぐれも直に浴びないよう、配布する"マスク"で守りましょう――以上、政府からの連絡でした≫


 よく通る声であり、固有名を断定することは無いがよく聞くアナウンスを適当に聞き流しつつ、組み込んでいた"連動機能(マクロ)"によって作動したティー・サーバーから注がれた真っ黒の液体の入ったカップを手に取り、湯気の立つ内容物を一口啜る。


 ――あぁ、不味い。


 合成物としては幾分かマシな方、その中でも私好みではあるが、不味いモノは不味い。

 胃に入った熱い液体に吐き気を覚えながらソファに座り、引っかかっていたショーツに足を通していると、隣に猫が飛び乗ってくる。


『おい』


 ぶっきらぼうな声。


『いつもよりは、はっきりとしたお目覚めだな』

「あぁ、"誰かさん"に起こされたおかげでな」

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