Preludio
前奏曲。それは本編が動きだす前夜の物語。
アストリア帝国の繁華街。夜ともなれば酒場は賑やかだ。そんな呑み屋街の一角に寂れた宿屋があった。その二階に怪しげな集団が集っていた。
「頭が亡くなった今、ここに居る理由は無くなったんでね。抜けさせてもらうぜ。」
中の一人が立ち上がると次々と立ち上がった。
「待っておくれよ?! こんなに抜けられたら、これからの裏仕事をどうすりゃいいんだいっ? お父っつぁんに受けた恩を忘れたのかい? 」
少女は男を睨み付けた。
「そりゃ頭に受けた恩で、お嬢には、何の恩も義理もねぇよ。お前はどうする? お前が来てくれると心強いんだがな? 」
最初に立ち上がった男が部屋の隅に座っていた剣士に声をかけた。
「拙者は残る。」
剣士の返事に男は不満そうに横へとしゃがみこんだ。
「ゲイル、もう頭は居ねぇんだ。娘だからって、小娘に義理立てする事ぁないって。俺たちと来た方が稼げるぜ? 」
だが、ゲイルに意を翻す気が無いのを見て取ると、すぐに立ち上がった。
「後で後悔するぜ?」
それだけ言い残して男たちは出て行った。
「ゲイル… ありがと。でも良かったの? 」
「なぁに、頭が居なけりゃ烏合の衆。何も出来やしませんよ。それより、明日の仕事はどうなさるんで? 」
「やるよっ! 」
少女は力強く言い切った。
「国が分裂して、困窮している人たちは増えてるんだ。このレイン・クラウド、たとえ二人になっても義賊の看板下ろす気はないようっ! 」
「ちょっと待った。」
野太い声がしたかと思うと、筋骨隆々の大男が入って来た。
「ブル、あんたも残ってくれるのかい? 」
「もちろんでさぁ。おいらは、お嬢についていきやす。」
「ありがと。でも、その図体目立つからなぁ。シャイナードの城には二人で忍び込むから、逃げ道の確保、よろしくね。」
このブル・パワーという男、名前通りの力自慢だが、盗賊としてはレインの言うとおり目立ち過ぎる。一方のゲイル・サンドロスという男、風刃、雷刃という二刀を携えた剣士は思慮深くレインも頼りにしていた。
「兄貴ぃ、ゲイル抜きで次の仕事、大丈夫ですかい? 」
宿屋を出た男たちは酒盛りをしていた。
「なぁに、星教騎士団と云えど、見つからなけりゃ恐るるに足らず、てやつだ。それに、俺たちが盗むのは金銀財宝じゃねぇ。教煌グラナートの一人娘だ。俺の調べじゃ、娘が嫌がるからって、護衛は少なめらしい。そいつを拐って身代金たんまり稼いだら、内乱収まるまで高跳びだ。この国は警備の厳重な所にしか金が無いからな。国民共の懐が暖まるまで、隣の公国でも行って荒稼ぎするぞっ! 」
他人に無関心な酒場では、こんな話しをしていても気にもとめられない。もし、誰か聞いていたとしても、実行するとは誰も思わないだろう。
こうして後の歴史を変えるかもしれない二つの計画が一夜に企てられた。
次回より、ようやく主人公の物語。