僕のホームシック
「ホームシックだ」
僕は小さな声で呟いた。理由の分からない不安が僕に襲いかかる。だが帰ることは許されない。
――修学旅行だからだ。
僕は今札幌に来ている。家から数100キロ離れた都会だ。
僕たちの修学旅行は2泊3日。札幌周辺を満喫し、帰路につく。
――数ヶ月前、修学旅行の話が出た。僕の胸は踊っていた。頭の中で想像する。都会を観光し、美味しい物を食べ、温泉に友達との夜更かし。普段の生活とは違う旅行に楽しみで仕方なかった。
修学旅行の前の日、僕は鼻歌を唄いながら荷造りをしていた。頭の中は明日の旅行の想像でいっぱいだ。
その時母が僕に夕食を知らせた。僕は無我夢中で明日の旅行の事を話す。母は笑いながら「そっかぁ。高校最後の修学旅行だもんね。楽しみねぇ。」僕は元気よく「うん!」と返事をすると、いつもより早く夕食を食べ部屋に戻り、また荷造りを始めた。
そして当日。ワクワクしてなかなか眠れなかった僕を母が優しく起こす。
――あぁ、今日は修学旅行だ。
朝食を食べ母に「いってきます」と言う。今日はいつもの日常とは違うのだ。旅行カバンを持ち僕は家を出る。母が見送ってくれる。すると突然母が僕を呼び止めた。僕は慌てて返事をする。
「楽しんできてね。」
母の優しい言葉を受け取り僕は学校へ向かう。特に気にも留めていない母の言葉。母も特に何も考えずに僕に言ったんだろう。そう思ってた。
学校に着きみんなでバスに乗る。みんなも楽しそうだ。主にお菓子の交換の事でだが。
数時間後、ようやく目的地へ着いた。僕が住んでいる街より遥かに大きい。そして洒落た格好をした人々がたくさん行き交う。田舎に住んでる僕には全てが新鮮で驚きが多かった。
あっという間に時間は過ぎる。ホテルにチェックインし、それぞれ部屋に戻る。僕は四人部屋だ。みんなでこれから来る夜のことを話す。
「女子部屋行こうぜ!上野の部屋!」
おい、田中。お前違う彼女いるだろ。
「わかってねーなー。修学旅行と言えば女子風呂の覗きだろー。」
おい、宮下。覗きで高校生活を棒に振る気か。
さっき女子が「宮下ってお風呂覗きそうだから気をつけようね」って話してたぞ。
「俺は彼女と夜景を。」
おい、川嶋。ずるいぞ。
あぁ。みんな。旅行に来て考えているのは女の事か。
彼女のいない僕の事も考えて欲しいんだが。
「なぁ。お前はどうする?」
僕か。そうだな。
「川嶋。僕も一緒に夜景を見る。ほら、君の彼女にとってもすごくいいだろ?両手に華。」
すかさず川嶋が「両端に男いたら気持ち悪いだろうが。俺の彼女はチャラくないぜ。」
あっさり断られた。
「じゃあ僕は部屋で1人で満喫してるよ」
それしか選択肢がなかった。僕は女子が少し苦手だ。
「おー、じゃあ留守番頼むぞー」
3人が部屋から出ていく。さて、僕は何をしようか。
布団に転がってみる。今日の事が思い出される。
「想像してたのと違うなぁ、、、」
本当は、都会は息苦しかった。すれ違う通行人が生き急いでる気がして、僕が1人だけ取り残されている気がした。ホテルの料理だって想像してたよりは美味しくなかった。お母さんの料理の方が好きだ。友達だってみんな僕を置いていく。
あんなに楽しい想像をしてたのに現実は違うんだ。
母がくれたお茶を1口飲む。あぁ、いつもの味。僕の好きなお茶だ。母は僕の好きなお茶をいつも持たせてくれる。
お母さん か。
ふと、母の事が頭に浮かんだ。僕がいない家で今何してるんだろうか。1人を満喫してるのか、寂しがっているのか。もし、前者なら、今の僕と同じじゃないか。
僕には父親がいない。18年前、母は父に暴力を振るわれていた。いわゆるDVだ。そんな時僕を授かった。正確には母が父から逃げ出さないように、その為に父は僕を作った。
妊娠中も絶えない暴力。母はストレスから流産の兆候、つまり僕は死にかけていた。
父親のエゴで作られた僕は死んでも何も思われないはずだった。
でも母だけは違った。父親の家を飛び出し、1人で僕を守ってくれた。そして産んでくれた。
こんな、望まれてはいなかった僕を。
なんだか急に母に会いたくなった。
当たり前だった日常が恋しく思える。
母は朝「楽しんできてね。」と言ってたけれど、本当はそこまで楽しくなかった。昨日あんなに必死に話していたのが恥ずかしい。そしてなんて言おうか。素直に楽しくなかったと言うと悲しむだろうか。
今まで母の事などあまり気に留めなかった。一緒にいるのが当たり前だったからだ。それならばこの寂しくて何かを愛おしくこの気持ちは、、、
「ホームシックだ。」
僕はそう呟くと、母へお土産をなににしようか考え、いつの間にか眠りについていたのだった。