表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

一瞬の宴が終わる時に流れていくもの…

作者: MARO

 夏の夜のことだった。遠い遠い彼方から微かに聞こえてくる音。カサコソ、カサコソ。でもそれは、俺が聞いている音ではない。俺の耳はそんなによくない。心に感じるのだ。胸に染み渡るのだ。相棒からのメッセージが。

 俺たちは兄弟でもなければ、恋人でもない。それでも俺が相棒を感じることができるのは、俺たちが強く引かれあっているからだ。俺には相棒の興奮がわかる。

 カサコソ、カサコソ。

 相棒が感じる音。空気の振動となって伝わって来る微かな響き。

 それは、長さ三センチほどの黒いタンパク質が奏でる足音だ。長いひげと細い足。体の周りはカルシウムで覆われている。

 カサコソ、カサコソ。

 そいつは相棒に近づいて来た。相棒の体に触れた。長いひげと一緒にぐっと頭を押し込んで、相棒の下に潜り込もうとしている。

 そこじゃない。苦し気な相棒の声がした。そいつは、丸い相棒の体の周りをぐるぐると回り始めた…

 俺たちは丸い。体は丸くなっている。真横から見ると四角形のように見えるが、真上から見ると明らかに丸い。しかも胴体の真ん中が丸く大きく窪んでいる。その窪みは普段は空洞だが、たまにそこに物が入って来ることがある。すると、俺たちは何ともいえない充たされた気分になる。ぽっかりと開いた空洞が満足感で充たされるのだ。俺たちは何時もその時を待っている。しかし、そんなことは滅多に起こらない。限られた時に起こる、一瞬の出来事だ。

 そうだ、そこだ。やっと、そいつは相棒の空洞に向かって、相棒の体を登り始めた。頂上まで来ると、ひげを上下左右に動かして、その先に何があるかを探っている。空洞に降りて行くか、今来た道を引き返すか、迷っている。その時、そいつは空洞に残っている僅かな匂いに気付いた。それは、どうしようもない誘惑だった。匂いのする方へ、そいつは空洞の底へ降りて行った。

 やった。相棒の興奮が伝わって来る。久し振りの出来事に胸を躍らせている。

 逆さになりながら、そいつは空洞へ降りて行った。底に着くと、そいつはぐるぐると回って、匂いの正体を突きとめようとした。せわしなくひげを動かしている。だが、匂いの元になる物はない。何もないことがわかると、そいつは来た道を引き返し始めた。

 やめてくれ。相棒の悲痛な叫びがした。

 相棒の中から、三センチのタンパク質が消えていった。たった、三センチでも、少しでも、相棒は充たされたかったのに。後に残ったのは、そいつの僅かなアブラの匂いだけ。

 でも、相棒だって、そんなに期待していた訳ではない。大体、この時期に充たされることがおかしいのである。楽しみは、まだまだ先だ。俺たちは、その時を待って、深い眠りに落ちていった…


 秋の夜のことだった。虫の声が聞こえる。すすきが風にそよいでいる。実りの時がやってくる。

 自分で言うのもおかしなことだが、僕はロマンチストだ。辺りが闇に包まれる夜が大好きだ。夜は静かで何だか空気が澄んだように思える。空を見上げれば、小さな点が一杯輝いている。きれいだな… その中に少し大きな丸いものが輝いている。僕と同じように丸い。でもそれは、何時も丸いわけではない。不思議なことに、半分になったり、細くなったりする。どうしてなのかわからない。

 今日は丸いかなあ…

 そう思いながら、夜空を見上げると、何かがおかしい。丸いものは光っている。でもその光の中にしみがある。

 あれは、何だろう? そう思いながら、じっと見ていると、しみが少しずつ大きくなっていった。

 しみが繁殖してる⁉ 白い光の中に、大きくなっていく黒いしみ。やがて、しみは何かの影のようになった。生き物のようだ。頭には二つの細長い突起。背中を丸めて、お尻には小さな膨らみ。手足は異様に短い。手には棒のようなものを持っている。僕がよく見る二本足の生き物とは全然違う。それに、その生き物の前には四角いものが置いてある。

 あっ、生き物が動いた! じっと見ていたら、突然、生き物が動き出した。手に持っている棒を四角いものに打ちつけ始めた。

 カンカンと鳴り響く硬い音、と身構えたら、やたらと拍子抜けの音がした。

 ペッタン、ペッタン…

 えっ、何の音? 四角いものの中に何かが入っていて、棒がそれに当たっているらしい。

 ペッタン、ペッタン。その音が聞こえてきたら、今まで黒い影だった生き物に色がつき始めた。体全体は真っ白になって、細長い突起は少し赤みがかかってきた。顔のあたりには赤い目が二つできて、口元には黒くて細いひげが何本か生えてきた。

相変わらず手に持った棒を一生懸命に打ちつけている。ペッタン、ペッタン。

 四角いものにも色がついてきた。すると、いろいろなことがわかった。四角だと思っていたのは実は真横から見た時で、少し角度を変えて上から見ると、それは丸い形だった。しかも真ん中が大きく窪んでいる。僕と同じみたいだ。でも、色は僕と違って茶色で、背が高い。その窪みの中に白くて柔らかそうなものが一杯入っていて、生き物が棒で打ちつけている。

 いいなあ、あんなに充たされていて。僕は空っぽなのに…

 ペッタン、ペッタン。それは幸せの歌のように聞こえてきた。なんか、自分も充たされていく感じた。なんて、ロマンチックな夜なんだろう…


 今、俺は幸福で充たされている。待ちに待ったその時が、ようやくやってきた。三十八万キロ離れた相棒にも俺の喜びが届いているはずだ。俺の幸せの歌が。相棒よ、次はお前の番だ!


 冬の夜のことだった。闇にうっすらと光が射し込む。何かに抱え込まれ、僕は久し振りに外に出た。寒いかもと思ったけれど、それほどでもなかった。

 今日が何の日かわからない。でも、何かの日であるような気がした。思い出そうとしても思い出せない。これから何が起こるのかさえわからない。

 まず、冷たい液体が注がれた。無色透明な液体だ。ひんやりしている。そこに茶色のぺらぺらした繊維が入って来る。

 そうしたら、下の方が熱くなってきた。どんどん熱くなる。液体は少し泡立ち、繊維は緑に染まっていく。熱いのが少し和らいだ。繊維から茶色の液体が出ている。液体全体が少しずつ熱くなっていく。

 それから先は凄い勢いだった。白くて四角いタンパク質が入ってきた。緑や赤や白い繊維が入ってきた。丸くて茶色の繊維もあった。ゼリー状の糸もあった。赤いタンパク質があった。殻を被ったタンパク質もあった。みんな一緒になった。みんな一緒に液体の中で熱くなった。

 僕の中で、みんなが踊り狂う。上にいったり、下にいったり、大はしゃぎだ。みんな混ざって柔らかくなって、僕の中で溶けていくようだ。

 その時、僕は充たされている。みんなの踊りが鳴っている。ぐつぐつ、ぐつぐつ…


 おお、相棒よ。お前も遂に充たされたのか。ぐつぐつ鳴っているお前の興奮がわかる!


 僕は何時も思い出そうとしている。前に何があったのかを。充たされたことがあったのかを。そんなことがあったかのような気もする。でも、思い出せない。誰かの歌を聞いたような気もする。楽しそうな歌を…


 水はすべてを洗い流す。上から下に。洗われるものは、そうしてすべてを失っていく。皿だろうが鍋だろうが。洗われた後は何も残らない。充たされた跡は、決して残らない…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ