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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第七章 最初の関門
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第83話 大食いな蛙

 全ての用事を済ませ、ケンが【風の歌姫亭】を出た時にはもう、夜の帳はすっかり下りきっていた。

 人を訪ねるにはいささか遅い時間だが、これから会いに行く相手は夜行性の人間であるため、特に気を使う必要はない。

 火急の用件であるため、仮に気を使う必要があったとしても頓着するつもりはなかったが。



 昼間のうちに決めておいた待ち合わせ場所で案内役と合流し、誘導に従ってとある屋敷へと向かう。

「それじゃ旦那、あっしはこれにて失礼しやす……」

「ああ、有難う。また頼む」

「へへっ、あっしは自分の仕事をしただけでさぁ。そんな事を言ってくださるのは旦那だけですぜ」

 屋敷の玄関先で、腰が大きく曲がった小男がひょこひょこと歩く姿を見送る。ケンがこれまでに出会ったことのある案内役は数名いるが、この小男との遭遇頻度が最も高かった。

 裏社会の有名人である"鼠"の頭領は、敵対者からの襲撃を避けるためにころころと居場所を変える。

 ケンが訪れたことのある秘密の拠点は今までに3箇所ほど。恐らく、その数倍は似たような物件を所有していることだろう。

 良く言えば用心深い、悪く言えば臆病な"鼠"の頭領の現在位置を把握している案内人という立場は、よほど彼に信用されている人間でなければ務まらないに違いない。


「入れ」

 "鼠"の頭領の用心棒から許可を受け、ケンは屋敷の中に入る。

 いつも必要最低限の単語しか発しないこの用心棒コンビは、常に"鼠"の頭領と行動を共にしている。受ける信用は間違いなく最高だろう。

 侵入者撃退用の仕掛けがいくつも施された狭く曲がりくねった廊下を抜け、突き当りにある分厚い木製の扉を開ける。

 部屋の中では、ぎょろ目出っ歯の中年男が革張りの豪華なソファーの上で寛いでいた。

「よう、来たな黒鎚(コクツイ)の兄弟。十日ぶりくらいか?」

「確かそんなもんだな」

「報告は聞いてっけど、最近はえらく忙しいみたいじゃねえか。アンタが仕切ってるシゴトのおかげで、最近は俺っちの方も忙しくて忙しくてありがたい限りだぜ」

「鼠みたいに方々を動き回るのが好きなそっちとは違って、俺は一つの場所で落ち着いて過ごすのが好きなんだけどな」

「冗談はよせよ兄弟。アンタみたいに貪欲な野郎が『大人しくしてるのが好き』ってんなら、普通のヤツは『死んでるのが好き』ってことになっちまうじゃねえか!」

 笑いを多分に含んだ"鼠"の頭領の言葉に対し、ケンは肩をすくめることで不満の意を示す。

 積極的に地位や権力といったものを求めたことはなく、日々を穏便に過ごすための選択の結果として、邪魔なしがらみがどんどん増えてしまっただけのことだ。

 "遺跡"調査関係については、自らの目的を果たすために積極的に関与していることは否定しないが。



 "鼠"の頭領の対面のソファーに腰を下ろし、半裸の美女から供される果汁入りの水で喉を潤してから、ケンは話を切り出した。

「それで、あんたに頼んだ件だが」

「ああ、連絡は受けてるぜ。【クリーチャーズ・ハウス】って娼館について、分かることは全部教えろって話だったな」

「その通りだ。あんたにとっては簡単な仕事だろ?」

「まあな。分かってる情報だけで良いってんなら、難しくなりようがねえさ」

 そう言いながら、手元に用意してあった封筒をケンに手渡した。封筒の中には数枚の紙が入っており、そこに書かれているのはもちろん【クリーチャーズ・ハウス】についての情報である。

 昼過ぎに調査を依頼して、それからたった数時間のうちに集まった情報としてはかなり詳細なものだった。

 しかし、驚くには値しない。

 目の前にいるのは三大盗賊ギルドのうちの1つ、【黒犬】の情報部門を統括する幹部だ。彼にとっては片手間にこなせる程度の仕事でしかない。

「仕事が速いな」

「あたぼうよ!」

 胸を張る"鼠"の頭領に対して「子供のようだ」などという感想を抱きつつ、手元の報告書に目を落とした。


 【クリーチャーズ・ハウス】はその筋(・・・)ではいくらか名の知れた店だったようだ。

 独自の伝手(ルート)を持っているらしく、国内だけではなく近隣諸国からも猿人族以外の娼婦を仕入れ、店に並べている。

 同系統の競合店にはない珍しい人種が店に入ることもあり、異人種愛好家(マニア)からは熱い注目を受けているようだ。

 だが、この特殊な娼館の名が広まった理由は品揃えの豊富さによるものではなく、許容する行為(プレイ)の過激さ故のものだった。


 普通の娼館では、娼婦の体に長く跡が残るような行為はご法度である。

 娼館にとって娼婦とは金を稼ぐための道具であり、同時に財産でもあるからだ。

 スラムの路上に立って客を引いて物陰でそのまま、あるいはそのへんにある安宿を仕事場にするような安娼婦はともかくとして、きちんとした店で働く娼婦の身柄には高い価値がある。

 だから店側は娼婦の肉体を外敵から守り、娼婦側は店に守られることで安心して仕事に精を出す事ができるという、一種の共生関係が成立している。

 鳥籠は鳥を逃さないための障害物であると同時に、鳥を外敵から守るための防壁でもあるということだ。

 しかし【クリーチャーズ・ハウス】では、相応の金さえ積めば客に許されない行為はない。強姦紛いどころか拷問紛い―――いや、拷問そのものでさえも望みのままとなる。恐らくは、その先のことでさえも。



「随分と下衆な商売をする奴だ」

 ケンの独白を聞いた"鼠"の頭領は、無言のまま肩をすくめる。肯定も否定もしかねるということだろう。

 普段は気の良い小父さんのような顔をしているが、今の地位に上り詰めるまでには相当の悪行を目にし、自らも為してきたはずだ。

 それこそ、あの娼館の中で行われているであろう行為が、とても優しく思えてしまうくらいの。

 ケンとしても別に同意や反論が欲しかったわけではないし、実のところを言えば、商売のやり方が暴虐非道だろうと品行方正だろうとどうでもよかった。

 重要なのは、これから交渉する相手がどういった人格を持っているのか、ということだけだ。


娼館の主(オーナー)の名前はファビアン。推定50歳代の猿人族の男、か」

 十数年前にマッケイブの町に現れ、すぐに娼館の主となった。出身地は不明。

 開業当初は猿人族の娼婦を集めた普通の娼館だった。しかし、時とともに徐々に異人種の比率を増やしていき、約10年前には異人種専門の娼館となっていた。

 店名を【クリーチャーズ・ハウス】に変えたのもこの頃である。

 ファビアンは酒と料理をこよなく愛する美食家であり、また大食漢でもあり、体型もそれに見合うだけ巨大さを誇る。口さがない連中から付けられた渾名は"ヒキガエル"。

 見た目に似合わない小心者だが、欲望に忠実で執着心が強い。地位や名声に対する欲求も強いが、それを自らが得るのではなく、上流階級の人間や権力者によって承認されることで満たされる。

「……なかなか捻くれた気質だな」

「そうか? 貴族の周りには結構いるぜ、そういう奴。取り巻き体質って言えば良いんかな……地位に付いて来る旨味は欲しいけど責任を負いたくねえもんで、偉い人間の周りにいておこぼれ狙ってるヤツ」

「確かに、言われてみればそんな気もするな」

 義務を果さず権利だけを享受しようとする人間に比べれば、身の程を弁えている分だけマシなのかもしれない。案外、権力者を裏から操る「影の大物」を気取っているだけという可能性もあるが。

 何かでっかいものを棚に上げ、ケンはそんな事を考える。



 報告書には他にも、娼館の主(ファビアン)がマッケイブに来てからの経歴が詳しく書かれていた。しかし、肝心の情報が抜け落ちている。

「さすがは"鼠"の頭領、と言いたいところだが」

「おっ、なんだナンダ。まさか俺っちの情報に間違いがあるってか?!」

「そういうことじゃないが、一つ重要な情報が欠けている。こいつとやりあう前に、この店の後ろ盾が知りたかったんだけど書かれてない。まさか【黒犬(あんたの所)】じゃないだろうな?」

「いいや【黒犬(ウチ)】の系列ではねえな」

「そうか……【黒犬】の傘下だったら話は早かったんだけどな。じゃあ、どこの傘下に納まってるんだ。【夜鷹】か、それとも【三眼蛇】か?」

 普通の人間が知る必要もない情報を熱心に尋ねるケンに対し、"鼠"の頭領は探るような視線を向けた。

「教えるのはいいんだけどよう、その前になんでアンタがそんな情報を欲しがってるのか教えちゃくんねえかい? 黒鎚んとこの"おとっつぁん"と"兄貴"が難しい顔して店に入ったって話は聞いてるが、さすがの俺っちでも中で何をやってるかまでは掴めなかったからよう」

「"おやっさん"な。まあ、あんたにも関係ないことじゃないし、説明するさ」



 ◆



 太陽が中天を通り過ぎ、だいぶ傾きを増した頃のこと。


 【ガルパレリアの海風】のギルドマスターであるカストとその副官たるポールの2人は、町の中心から見て北東側、貧民街(スラム)から程近い場所にある【クリーチャーズ・ハウス】という名の娼館を訪れていた。

 目的は女を抱くことではなく、この建物に囚われている仲間(アードルフ)を解放することにある。

 あちらが言うには「犬人族の娼婦に惚れ込んだ狼人族の魔術師(アードルフ)が娼婦を誘拐する意図をもって魔術を使い、建物の外壁を破壊したために拘束した」ということだった。

 カストたちは相手側が主張する「犯行動機」を全く信じていない。

 だが、仲間のロドリーゴから聞いた事件直後の状況と、建物の外から直接見た壁の様子からして、アードルフが破壊したことは認めざるを得ないと考えていた。


 王国の法では、他人の財産に損害を与えることはもちろん犯罪であり、犯人が官憲に突き出されたとしても何も文句は言えない。

 しかし、荒くれの探索者が人口の多くを占めるこの町のこと。暴れて物を壊した程度であれば大抵は罰金刑で済まされてしまうし、最悪でも1週間ほど臭い飯を食わされる(収監される)のが関の山。

 お上が金を取り立ててくれるわけではないので、加害者が弁償するのであればそれで済ませてしまう事がほとんどだった。下手な事をして逆恨みされ、仕返しされるのも面白くない。

 だから、カストたちもそういった穏便な(・・・)対応をしてもらえるように、被害者に頼みに来ていた。



 朝方に行った一度目の交渉は不調に終わり、現在は二度目の交渉に臨んでいる。

 臨んでいるが―――肝心の交渉相手は未だ姿を見せない。

「……やっぱりすぐにゃ来ねえか」

「はい、予想通りです」

「業腹だが、こっちは待ってるしかねえな」

「はい、おやっさんの仰るとおりです」

 前日の夜、ロドリーゴから事情を聞いたカストたちは速やかに行動を開始した。

 彼らが【クリーチャーズ・ハウス】に到着したのは、日付が変わる直前だっただろうか。自らの素性と目的を明かした上で責任者との対面を望むと、すぐに今いるのと同じ部屋に通された。

 だが、娼館を取り仕切る男(ファビアン)が姿を見せたのは、朝の鐘が鳴って(午前六時になって)からさらに時間が経った後のことだった。

 約束もせず夜中に押し掛けたこちらに全く非がないとは言わないが、予定が立たないと分かった時点で訪問者にそれを知らせてこのまま待つかどうかを確認するなり、一度帰れと促すなりすればいい。

 それをせずに長い時間に亘って放置されたのは、恐らくは嫌がらせを兼ねた優位性の誇示(マウンティング)だろう。


 結局は今回もかなり長く放って置かれ、娼館の主(ファビアン)が3人の用心棒を引き連れてカストたちの待つ部屋に現れたのは、夕の鐘(午後6時)を過ぎた後だった。

 その男はぶよぶよと弛んだ全身を揺らしながらゆっくりと歩を進め、カストたちが座るみすぼらしい木製の椅子とは全く違う、豪奢な細工が施された寝椅子の上に体を乗せた。

 客人に対してとんでも無い非礼を働いているというのに、ヒキガエルのような見た目をした男に全く悪びれた様子がない。

 とんでもなく腹は立つが、現在の状況を招いた非は一方的にこちらにある。赦しを求める立場なのだから、焦らず、憤らず、冷静に交渉を進める必要がある。

 そうは言っても、カストは元々気が長い方ではない。年月を経ることでだんだんと性格は丸みを帯びてきているが、若い頃は迷宮の中でも外でも仲間たちの先頭に立って敵の群れに突っ込んでいた男なのだ。



「こんだけ払ってもウチの若えのを返してもらえねえってのはどういうこった?!」

「どういうことと申されましても……足りぬものは足りぬのですから、仕方ありませんでしょう?」

 気色ばむ禿頭の巨漢を全く恐れた様子もなく、ファビアンはニヤニヤとした嫌らしい笑みを口元に浮かべていた。慇懃無礼かつ粘着質な声がさらにカストの神経を逆撫でする。

「テメェぶ―――」

「おやっさん」

 常に冷静沈着を旨とするポールが激高するカストを制し、以降の交渉を引き受けた。

「申し訳ありませんがファビアンさん、こちらとしてもただ『足りない』とだけ言われて納得はできません。前回の話し合いの際にこちらは賠償金の額を尋ね、貴男は答えを口になさった。それを聞いた我々はお詫びの意味を込めて言われた額の倍を用意しています。これでも足りないと仰るならば、理由をお聞かせ願いたい」

 1回目の交渉の際、カストたちは探索者ギルド【ガルパレリアの海風】の名において謝罪を行い、必ず賠償金を支払うと約束した上でアードルフの解放を願った。

 しかし、ファビアンは遠回しに「金の支払いが先」だと言ってそれをはねつけた。

 ならばいくら出せば良いのだというカストの問いかけに対し、目の前の男が口にした金額は常識外れのものだった。それだけあれば、壁に開いた穴を塞ぐどころか壁一枚を丸ごと作りなおしてお釣りが出るだろう。

 随分と足元を見られたものだが、今は大事な時期である。迅速に事態を収拾するために、カストたちは要求を飲むことを決意した。


 それだというのに、欲深なこの男は首を縦に振らなかった。

「前回、私が申し上げたのは『壁の修理に必要な金額』でございますからねえ。私どもが今回の件で受けた被害はそれだけではございませんので、そちらについても補償していただくのが筋ではありませんか?」

「……壁に空いた穴の他に、具体的に(・・・・)どんな被害がお有りでしょうか」

「まず、壁に穴が空いてしまった部屋は修理が終わるまで利用できません。これはつまり、その部屋を利用することで得られたはずの売上が無くなったことを意味します。当然、これも補償していただかねばなりません」

 理屈としては解らなくもない。だが、カストたちが支払おうとしている金額ならば、それを考慮しても十分以上のはずだ。

「また、今回の騒ぎは我が店を贔屓にしてくださるお客様に対し、少なからぬ不安を感じさせるものでした……これからしばらくはどうしても足が遠のいてしまうでしょう。売上が落ちた分の補償、お客様方の不安を払拭するために必要な費用。こういったものもお支払いいただかなくては、私は首を括らなければいけなくなってしまいます」

 ファビアンはそう言って全身の肉をぶよぶよと震わせる。それは笑ったのか、それとも恐怖に身震いしたのか。

 どちらにせよ下手すぎる演技だ。頭よりも首の方が太いのでは巻いた縄など外れてしまうだろうに。そもそもこの巨体では、首吊りをするための台の上に登れるかどうかも怪しい。



「それでは、ファビアンさんとしては、如何ほどの金額が必要になるとお考えで?」

「そうですねえ……お客様にお戻りいただくのにどれくらい時間がかかるかにもよりますが、最低でも(・・・・)そこにある金額の5倍は必要になるのではないでしょうか」

「バカなことを言ってんじゃねえぞテメェ!!」

 カストが思わず怒鳴ったのも無理からぬ事だろう。テーブルの上に置かれた金額の5倍といえば、今いる建物がもう一つ建ってしまう金額だ。

 迷宮中層に足を踏み入れるようになってから十年以上を数える【ガルパレリアの海風】と言えど、それほどの蓄えはない。

 仮にファビアンが要求するだけの金額をすぐに支払えたとしても、この男は理由をつけて更に搾り取ろうとするだろう。だから、ファビアンの要求は絶対に飲めない。

 要求の倍額を出そうと提案したのはポールだったが、彼はファビアンという人間を読み違えていた。

 最初の交渉の席で過当だが応じるのが不可能ではない要求されたからこそ、それを上回るものを差し出すことで早期にケリをつけようとした。

 だが、それは多く出せば出すだけ際限なく欲する底なし沼のような男には逆効果でしかなかった。


 相互の主張はそのまま最後まで平行線を辿り、交渉は物別れに終わる。

 カストたちは、望んでいたアードルフの身柄ではなく大金を収めた革袋を持って、【クリーチャーズ・ハウス】から去ることになった。



 ◆



「すげー面倒くせえことになってんなぁ……」

 話を聞き終えた"鼠"の頭領は頭を抱えた。

 ケン以上の情報を持ち、しかも分析に長ける"鼠"であるから、わざわざ言わずとも何が問題であるかは既に把握できているのだろう。

「『対等な交渉ができない奴』『一歩引けば二歩踏み込んでこようとする相手』ってのが、実際の交渉に当たった2人の感想だったよ」

 カストとポールには、自分の方の伝手を使って解決できないかどうかを探るため、これから2日間は結論を出さずに交渉を継続してほしいと頼んである。

 遅くともそれまでに解決できなければ、魔術師ギルドまで話が伝わってしまいかねない。


「それで、さっきの質問に戻るが……ファビアンの後ろには誰がいる? 答えによっては、取れる対応と取るべき対応が違ってくる」

「どこが後ろ盾か、って言えば……まあ、貴族ってことになるんじゃねえかな。正確に言えば違うけどよ」

「貴族?! 貴族が娼館の経営なんかに手を出してるのか?」

「いや、そういう訳じゃねえんだが……ちょっとだけ、夜の街の縄張り事情について説明すっと―――」

 "鼠"の頭領の説明によれば、()を置く店に限って言うと【黒犬(イヌ)】が5割強、【夜鷹(タカ)】が3割強を支配しており、残りの1割強は"独立系"と呼ばれているらしい。

 三大盗賊ギルドの1つである【三眼蛇(ヘビ)】は政府系の諜報や工作に特化しているため、普通の商売(シノギ)では無視できるほど勢力が弱い。

 独立系とは、三大盗賊ギルドの傘下に収まっていない盗賊ギルドや、商会、探索者ギルドなどが独自に経営する店を指している。

 そして、稀に特定の後ろ盾を持たずに経営している店も存在する。

「そんで、【クリーチャーズ・ハウス】は珍しく後ろ盾を持ってねえ娼館なんだけども、得意客の中に何人か貴族が混じってるのさ」

「それがある意味で後ろ盾ってことか……」

 貴族を敵に回す危険があるとなれば、盗賊ギルドとておいそれと手は出せない。隙間市場(ニッチ)向けなので、危険を冒して手に入れるだけの魅力が乏しいこともある。



「んで、黒鎚さんとしてはどう動くつもりだ?」

「とりあえずは、一度会って相手の出方を見ようかと思ってる。圧力をかけて屈するならそれでよし、こちらの強さを見せて交渉が成り立つならばそれでもいい。交渉ができない場合は―――」

 手荒な手段を取ることも視野に入る。

 ファビアンが消えることで本当に貴族が動けば厄介かもしれないが、証拠を残さなければ逃げ切れる。【黒犬】にも無関係ではないのだし、荒事に手を貸させるだけの貸しは作ってある。

「おお、おっかねえおっかねえ」

「状況によって、交渉の場で【黒犬】の名前を出すこともあると思うが、構わないな? いざって時は人を出してほしい。駄目なら自分でやるから、せめてサポートを頼みたい」

「まあ、兄弟の頼みってんなら協力するのは(やぶさ)かじゃねえが……どうするにせよ、姐ちゃんには話をしとかなきゃなんねえな」

「姐ちゃん? ……ああ、"鳩"の頭領か」

「おうよ。ウチの店は9割方あの姐ちゃんの仕切りだからな。これまた怒らすと怖えんだ」

 【黒犬】の幹部、"鳩"の元締めの地位にある(ヒト)は、夜の街に君臨する女王だった。ケンも以前に2,3度だけ会ったことがある。


「当然、兄弟にも来てもらうぜ? 姐ちゃんには気に入られてるみてえだから、悪いようにはなんねえだろ。少なくとも俺っちだけが行くよりはずっとマシだろうぜ」

「あまり気が進まないが、必要なら会うさ。元より俺が持ち込んだ話だからな」

 "鳩"の元締めに何かをされた訳ではないが、目の前にいると全身を蛇に絡みつかれているような気分になるので、少々苦手だった。

 しかし、今は個人的な好みを言っている場合ではない。

「よし! それじゃ行くか」

「今からか? 早いほうが良いのは確かだけど、突然行ってすぐに会えるもんなのか」

「ヘーキヘーキ。あの姐ちゃんはだいたい暇にしてっから。真っ最中だったとしても、しばらく待ってりゃ終わるしな」



 "鼠"の頭領と2人の護衛と共に、隠し通路を通って屋敷の外に出る。

 夜空では、月がいつもと違って紅く輝いているように見えた。

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