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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第七章 最初の関門
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第79話 歓迎会

 町に戻った【ガルパレリアの海風】の一行は、まっすぐに【風の歌姫亭】へ向かい、そこから間髪を入れず新人歓迎会という名目の宴会が始まった。

 男どもに歓迎する気が無いという意味ではないのだが、一定量以上の酒が入ってしまうともうどうにもならない。

 歓迎会(えんかい)の開始から小一時間が経過する頃には、酒を全く飲まないケンとベイジルとファティマ、舐める程度にしか飲まないアードルフとカシムの5人が、騒がしい男どもから少し離れたテーブルの1つに集まる形となった。


 料理を味わいつつ、アードルフとベイジルがこれまでどう生きてきたのかについて話を聞いていると、いつしか話題は迷宮関係に移っていった。

「……実は俺、小さい頃から探索者になりたいと思っていたんです。だから、前々から迷宮のことについて調べていました」

「僕も、アードルフ(ドルフ)から、聞いたり、自分で調べたり……したことが」

 自分の肉体以外に何も頼むモノのない一般人にとって、一獲千金を狙うため、または地位や名声を得るために探索者を目指すというのはごくありふれた話だ。

 そして、生まれつき金や地位に恵まれていた少年が英雄願望を満たすために探索者になるのも、珍しくはあるが全くありえない話ではなかった。

 戦乱があればそちらで名を上げるという選択もあるだろうが、ここ数十年は世界的に大規模な戦乱は起きておらず、起きそうな気配もない。



「俺の家が魔術師の家系だってことは、さっき言いましたよね? 家の方針で、生まれた時から魔術師ギルドに入ることが決められていました。魔術師としての才能が全く無いとか、よほど強く拒否した場合とかは別ですけれど」

 魔術師が子を儲けた場合、その子供も大抵は魔術師になる。

 親からの「研究や技術を引き継いでほしい」という意向が強く働く上、一般人に比べて魔術師になるための障壁(ハードル)がかなり低いからという理由もある。

 通常の場合、魔術師ギルド員となるためには金銭・紹介状・保証人など様々なものが要求されるが、魔術師ギルド員の子女であればほとんど無条件で加入が認められるのだ。


「俺は人並み程度には魔術の才能がありましたし、魔術を扱えると探索者になった時にかなり有利ですからね。魔術師ギルドに入れと言われても嫌だとは思いませんでした」

「『迷宮に潜りたい』なんて言う魔術師は貴重だからな」

「はい。それで、両親にお願いして故郷(スオムル)のギルドではなく、こっち(レムリナス)のギルドに留学させてもらったんです。こっちのギルドなら目と鼻の先に迷宮がありますから」

「よく親御さんが許してくれたもんだな。良いとこの家なんだから反対しそうなもんだけど」

 アードルフの実家であるカーラッカ家は、爵位を持っていないため正式な貴族ではない。しかし、話を聞く限りでは「準貴族」と言っても差し支えないくらいの家格があるように感じられた。

「まさか! 正直に『探索者になりたいから』なんて言ったりしませんよ。俺が魔法剣士を目指すことを反対した両親ですから、探索者になりたいと言ったら大反対されるに決まっています」

「それじゃ、どうやって説き伏せたんだ?」

「レムリナスはこの辺では一番の大国なだけはあって、魔術師ギルドの規模も大きくて研究は先進的です。だから、進んだ技術を学ぶことで家と国に貢献したいとか、ギルド長の"大賢者"様に憧れているとか、色々な事を会うたびに言い続けました」



 アードルフ少年は半年かけて両親を陥落させ、留学の許可を勝ち取ることができた。

 幸いな事に、"大賢者(ジョーセフ)"が他国との人材交流を積極的に行う方針を打ち出していたため、正式な手続きさえ踏めば受け入れてもらうのは難しくない。

 親をだまくらかしてまんまと自分の夢に近付いたアードルフ少年は、魔術の修行に、剣の修行にと邁進する。

 熱心さのおかげで勉学は比較的順調に進んでいったが、対人関係は全く順調とは言えなかった。積極的に排斥はされなかったが、誰が見てもはっきりと分かってしまうくらいには孤立を深めていた。

 教師たちもアードルフ少年の状況を憂慮していたが、明確な嫌がらせを受けているわけではないので対処するにも限界がある。

 子供同士の人間関係にいちいち大人が介入するのはいかがなものか、という意見もあったからだ。

「半年遅れでベイジルがギルドに入ってきて、俺と寮の同室になりました。人恋しさから一方的に色々と話してしまった時に、ちゃんと聞いてくれたのは嬉しかったなあ……」

「……ドルフのこと、最初は怖かった……けど、すぐに優しい人だって、分かったから」

 内気すぎて自発的に他人と関わるのが難しかったベイジルと、人間関係に飢えていたアーノルドのうざったいぐらいの積極さが奇跡的に噛み合った結果、2人はすぐに親友と言える程の仲になった。


 それ以降、見習い期間の約5年を共に過ごし、同時に見習いを脱して正式な魔術師となった彼らは、同じ導師の一門に入った。

「うちの師匠は魔石の研究が専門ということになっているのですが……趣味が多いというか、とても飽きっぽい方で。いつも外を飛び回っていて、たまに戻ってきてはあれをしろ、これをやれと指図をして一段落ついたらまたどこかに行ってしまうという、嵐のような人です」

 門下生と言えば研究の手伝いだけではなく、師匠が生活するために必要な雑用をこなすのも仕事のうちだが、彼らの師匠はいつもどこかに行っている関係で雑事に煩わされなくて済む。

 自由時間がたっぷりとあるので、その分だけ長く魔術の修行を行えるのだ。

 同門の先輩たちはなぜか実戦的かつ実践的な魔術を身に付けていて、その知識と経験を後輩たちに惜しみなく分け与えてくれた。おかげで、アードルフは着実に探索者になるという夢に近付いていった。



「ですが、今回は師匠の放任主義と放浪癖が仇になったと言いますか……ベイジルじゃなくて俺を指名してくれれば良かったのに」

 魔術師ギルドの場合、"遺跡"調査計画についての情報が伝えられたのは導師級のみだった。

 一度出かけると短くても数日、長ければ数ヶ月は戻ってこないという彼らの師匠はその時もどこかをほっつき歩いていており、"遺跡"調査についての情報を得られなかった。

 それでも普通ならどこからか噂が漏れ聞こえてくるものだが、アードルフとベイジルは残念ながら友人が少なく、一門の先輩たちも外部の人間との交流にあまり熱心ではなかった。

「3日前、突然戻ってきたうちの師匠は、ベイジルに『事務室に行って手続きをしろ』とだけ命令して、またすぐにどこかに行ってしまいました……」

 ベイジルが訳も分からないまま事務室へ行って事情を話すと、事務長のケイトが大きなため息を吐いた後で、懇切丁寧に状況を説明してくれたらしい。

 ケイト女史の大いなる苦労が察せられる。


 魔術師ギルド内部で迷宮探索のサポートを行う魔術師を募集する際、建前としては完全志願制が敷かれていた。

 だが、現実にどうなったかを見れば分かるように建前は建前でしかなく、実際には導師が門下の人間を誰か指名し、指名された魔術師が半強制的に参加させられるという状況に陥っていた。

 そうでもしなければ必要なだけの人数が集まりそうになかったから、仕方がないといえば仕方がない。

 そして、生贄として差し出されるのは決まって一門の中で最も権力がない人間、つまり最も年下の人間である。

 彼らの師匠も"迷宮"探索についての事情を聞かされた後、深く考えず他の例に倣ったのではないかと思われた。

 ケイトの説明を聞いてやっとの事で状況を理解したベイジルは驚き、混乱し、真っ先にアードルフに相談した(泣き付いた)

 アードルフはすぐに事務室に駆け込み、ベイジルではなく自分が役目を引き受けると掛け合ったが、師匠からの命令をただの下級魔術師が覆せるはずもない。

 建前だけとは言え志願制だったことを逆手に取り、アードルフも迷宮探索のサポート役に立候補することで、何とかベイジルが上手くやっていける手助けをすることにしたのだった。

 彼らが揃って【ガルパレリアの海風】に来たのは、ケイトが上手く取り計らった結果だったようだ。


 どうやって試験官役の魔術師をギルドに取り込もうかと頭を悩ませていたら、元から探索者になりたがりの魔術師が転がり込んできた。

 上手くやればアードルフだけではなく、ベイジルもセットでギルドの一員にしてしまえるかもしれない。

 ケイト様々である。今度、彼女が好きそうな物を持ってお礼に伺わなくてはなるまい。



「本当は、もう少し魔術の修行を積んでから探索者になろうと思っていたんですけどね……でも、今回はいい機会だったと思っています。普通のやり方で探索者になっていたら、こんなに良いギルドには巡り会えなかったでしょうから」

「そうだな。ここのギルドはかなり当たりの部類だから喜ぶといい。立派な魔法剣士になって、それから迷宮下層に辿り着いて、親や馬鹿にした奴らを見返してやれ」

「はい! 頑張ります!」




 翌日からの数日間は、アードルフとベイジルに対する新人教育に費やされた。


 2人が迷宮について勉強したことがあると言っても、それは実感を伴わないただの知識でしかない。やはり、現役探索者の経験に優る教科書はないだろう。

 昔の偉人が"愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ"という格言を残したらしいが、歴史とはそもそも過去の経験がなければ生まれようがないものだ。

 自らの経験のみ(・・)から学ぶのが愚かなのであって、他人の経験から()学び取ることができるのであれば、十分に賢いとは言えないだろうか。

 だから、今回の教育課程(カリキュラム)は全くの素人を教育する時のものから、あまり変更はされなかった。

 分かっているだろうからと省略してしまい、重要な事を知らないままにする危険を犯すくらいなら、面倒でもくどいと思われても何回でも復習させた方が良い。

 その程度のこともできないのであれば、迷宮に潜ったとしても長続きするとは思えない。

 わざわざ交流会を企画したのも、【ガルパレリアの海風】に入ってきた新人を教育する手間を省きたかったのではなく、"遺跡"調査計画に参加する探索者や魔術師たちに「教育」の必要性を認識させるためだった。


 それに、教育に時間をかけるのは、知識を身に付けさせることだけが目的ではない。

 ギルドマスターのカストが最も重要だと考える、パーティ内の信頼関係を醸成する手段の1つでもあるのだ。

 人間というのは基本的に接触する回数が多く、共に過ごす時間が長い対象ほど好感を抱きやすい。

 古参が指導し、新参が指導される中で互いの人となりを知り、信用に足る人間であるかどうかを見極めるためにも時間をかける必要がある。

 人間、いざというときには本性が現れるが、よほど上手く隠してでもいない限り普段の行動からある程度の本性は読み取れるものだ。

 普段の行動に信用が置けなければ、律するものがない迷宮の中では恐ろしくてパーティなど組んでいられない。



 共に過ごしていれば、だんだんと相手の隠れていた面が見えてくることもある。


 アードルフは最初の印象通りに前向きな性格で根性と熱血の男ではあるが、何か新しいことを始めようとした時にふと弱気を見せたり、尻込みしたりするところがあった。

 彼は地味で単調な作業も苦にせず、それが必要だと納得できるのであればいくらでも努力できる性質なので、大成功はしないかもしれないが堅実に成功を重ねていけるだろう。


 ベイジルは対人恐怖症気味ではあっても人嫌いではないようで、他人をよく観察し、ちょっとした部分で気を利かせて感謝されている場面をよく見かける。

 人と接する事以外では無謀に感じられるくらいの度胸を見せることもあり、知識に貪欲で、洞察力も高い。内気なところさえなければリーダーに向いていたかもしれない。


 彼らはカシムとは歳が近いこともあってかなり打ち解けたらしく、休憩の時などにカシム、アードルフ、ベイジルとおまけにファティマが集まって談笑している光景も目撃したことがある。

 会話するのは主にカシムとアードルフで、ベイジルとファティマは黙って佇んでいるだけだったが。



 そして教育と装備の調達は順調に終わり、魔術師2人が迷宮に潜る日が訪れた。

「いよいよか」

「いよいよ、だね……」

 感慨深げに迷宮の入り口を見つめるアードルフとベイジルの2人は、準備万端整えてこの場に居る。

 ベイジルの方はねずみ色のローブを着けて杖を持ち、彼の小さな体格と役割に合わせて小型の背嚢を背負ったいかにも迷宮探索に赴く魔術師然とした姿だった。

 しかし、アードルフの方はかなり雰囲気を異にしている。

「改めて見ると、ドルフは普通の探索者みたい、だよね?」

「ああ、そうだな。これで杖を持ってなければ、俺が魔術師だって言っても誰も信じてくれないだろうな!」

 現在のアードルフは、全身に硬革鎧ハード・レザー・アーマーを着けて左腰に長剣(ロング・ソード)を佩き、背中にある大きな背嚢にはギッシリと荷物が詰め込まれている。

 盾ではなく短杖(ワンド)を持っているという部分を除けば、前衛の戦士そのままの姿だった。

 事情を知らないままこの狼人族(アードルフ)を見て、その正体が実は魔術師だと見抜ける者はほとんどいないだろう。


 ただし今のところ、アードルフを前衛にするつもりはない。狼人族だけあって身体能力はかなりのものがあるが、剣の腕前はまだまだ素人同然だからだ。

 彼があんな格好をしているのは、本人の「魔法剣士になりたい」という希望と狼人族で体力があるという適正、それから将来的な事を考えてのことだ。

 日帰り探索にしては過剰なくらいの荷物を持たせているのも、これから先の事を考えた訓練の一環だ。



「おう、オメエら、そろそろ満足したか? これから最後の打ち合わせすっからこっちに来い」

「あっ、はい!」

「……すみません」

 先輩たちは何やら感慨深げにしている新人2人を微笑ましげに見守っていたが、しばらくしてカストが呼びつけた。

 彼らは慌ててカストを囲むように立つ男たちの列に加わり、訓示を聞く姿勢をとる。

「前から言ってたように、今日からコイツら2人を入れて迷宮に潜る。しばらくは連携の確認やら何やらで奥までは行かねえが、全員が気を抜かずにしっかりやれよ」


 【ガルパレリアの海風】に所属するメンバー数は、アードルフとベイジルを加えたことで25人にまで増加している。

 たった3ヶ月で7人、以前から探索者をやっていたケンを別にしても6人も新人が増えているため、少々バランスを欠き始めていた。

 全体の底上げも視野に入れてどういったパーティ構成が良いのかを検討した結果、パヴリーナが上層突破した時のようにギルドを3つのパーティに分けることになった。

 普段通りに攻略パーティと育成パーティに分け、魔術師2人を育成パーティに入れて何度か日帰りで探索させるという案もあったが、最終的には攻略パーティの面子と組むことになるのだ。

 最初から主力と組ませて、できる限り魔術を利用した探索に慣れたほうが良いと判断されていた。



 今回の探索ではリーダーのカスト、魔術師のアードルフとベイジル、治癒術師(ヒーラー)のパヴリーナ、偵察者(スカウト)のケンと、そこに前衛の戦士4人を加えた合計9人パーティとなった。

 初回なのでアードルフとベイジルは同じパーティに入れ、ギルドマスターのカストが彼らを見極める。

 万が一を考えて治癒ができるパヴリーナを加え、スカウトとしてはギルド内で最も実力があるケンが選ばれた。魔術についてそれなりに詳しいケンには、魔術の運用方法を考えるという役割が期待されている。

 ケンとしては迷宮の中で色々と実験を目論んでいたため、前衛は頭が回って器用な人間を選んでもらった。もちろん、器用なだけではなく実力も十分にある。

 残りの16人は8人ずつに分かれ、それぞれをポールとウーゴが率いる。状況を見つつ、パーティメンバーは入れ替えていく予定だ。


「なんだアードルフ。不満そうだな?」

「いえっ! 不満ってわけじゃないんです。ただ、ちょっと不安なだけで……」

「何が不満だ? 怒りゃしねえから言ってみろ」

「カストさんが俺たちを育ててくれるのはとても有り難いのですけれど、1ヶ月しかないのにそんなことしていても大丈夫なのかな、って……」

大丈夫(だぁいじょうぶ)だって、その辺はちゃんとポールが考えてっから。合格は早い者勝ちじゃねえんだし、焦ってもロクな事にはなんねえ。オメエらは余計な事は考えてねえで、探索を上手くやることだけ考えてろ」

「……はい、分かりました」


 忘れがちだが、アードルフとベイジルの2人は探索者になりに来たわけではなく、【ガルパレリアの海風】が"遺跡"調査に参加するに足る人材であるかを試験するためにここに来たのだ。

 試験と言うからには当然、合格条件と期限が設定されている。

 "遺跡"調査計画の運営局から提示された条件は「1ヶ月以内に、試験官が第一<転移>門の通行証を獲得していること」だった。

 もっともこれは最低条件(足切りライン)でしかなく、この条件を満たした上で「試験官やその他の人間が探索中の状況を総合的に判断して」合否を決定すると通知されていた。

 つまり、迷宮探索の素人をパーティに加えた状態で上層を突破できなければ、どんなに実力があり人格的に優れていようとも、絶対に不合格となってしまうのである。

 だからと言って、試験官の魔術師を荷物のように運んで上層を突破しても、それはそれで不適格だと判断されてしまう。

 計画の将来を考えてできるだけ魔術師を育てつつ、しかし計画の現在を考えて速やかに迷宮の奥まで潜らなければならないという、難しい匙加減が要求されている。




 ―――"遺跡"調査に応募した探索者たちのうち、どのくらいの割合が無事に仕事を終えることができるのだろうか。

 ケンは少しの間だけ物思いに耽る。


 【ガルパレリアの海風】や、ギルド連盟に加入している者たちはいい。何を望まれているかを十分に理解していて、関門を突破するだけの実力も備えている。

 だが、全ての探索者パーティが何の問題もなく合格条件を満たせるとは思えない。

 上層を突破しさえすれば良いのだと考え、試験官をお客さん扱いして何も教えずに終わってしまうだけならそれほど問題にはならない。目的の1つは果たせているのだし、生き残っていれば次の機会もある。

 しかし、実力不足のせいで魔術師(試験官)を死なせてしまったり、期限直前になって焦りから準備不足のまま奥を目指し、それで壊滅の憂き目に合うパーティが無いとも限らない。

 生き死にの問題までは行かなくとも、魔術師たちが子供だと侮られてひどい扱いを受け、探索者や迷宮そのものに対して恐怖や嫌悪を抱いてしまうこともあるだろう。

 なるべくそういったことを起こさせないために、ケンは【黒犬】に情報を集めさせて碌でもない連中をどうにかしようと動いているが、完全な排除は不可能だ。


 ―――そもそも、"遺跡"調査計画の現場はある程度の損害を前提に動いている。

 他の探索者ギルドに送り込まれた「試験官」が、アードルフやベイジルのように見習いを脱して何年も経っていない、若い魔術師ばかりなのがその証左である。

 彼らは探索者の能力を見極めるための捨て石にされたのだ。

 地雷原を突破するための戦術として「捕虜を横一列に並べてまっすぐ歩かせる」というものがあるが、若い魔術師たちはその捕虜と同じように、その身を持って地雷を探し当てる役割を知らないうちにに押し付けられた。

 彼らが切り開いた道を、年をとった魔術師や研究者たちが悠々と歩くために。


 それだけではない。

 この計画の目的は中層に行くことではなく、上層よりも格段に危険度が高い中層にある"遺跡"を何度も行き来し、何年もかけて研究を進めることだ。

 調査が完了するまでに、何人死ぬかは予想すらできない。



 自らが発端となったとんでもない事態に身震いしそうになるが、いまさら止められないし、止まらない。

 止める気もない。

 もう計画は簡単には止まらないくらいに動いてしまった。ケンがもう嫌だ、止めたいと駄々を捏ねて逃げたとしても、他の誰かが計画を進めようとするだろう。


「おい、何してんだ! もう行くぞ!」

「ん、ああ、すまん。すぐに行く」

「……具合でも悪くなってきたか?」

「いや、そういうわけじゃない。別に体調は悪くない」


 ならばせめて、引き金を引いた者の責任として一つの結果が出るまでは関わり続ける覚悟を決めよう。

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