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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第七章 最初の関門
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第78話 得意なこと

 初夏の太陽の下を、探索者ギルド【ガルパレリアの海風】の一行は目的地に向かって歩いていた。

 町を出て街道からも離れ、森の中にある細い道を列なして進んでいく。

 森の小道と言っても獣道ではなく、一応は人間が手を入れて整備した道である。地面は踏み固められているので、雨が降ってぬかるんでいる時でなければ荷車くらいは通せるだろう。


 先頭を往くのはギルドマスターのカストで、次がねずみ色のローブを着たアードルフとベイジルだった。

 一応は周囲の警戒を行っているケンがそれに続き、彼の隣にはうきうきとした足取りのパヴリーナが並んでいる。

 その背後には荷物持った男たちがずらずらと並んでいて、最後尾を歩く副ギルドマスターのポールが、全体に目を光らせていた。

 特に急がなくてはいけない理由もないので、周囲の景色を眺めつつ、とりとめのない雑談に興じながらのんびりと歩く。

 だが、長閑な小旅行(ピクニック)と言うには少し絵面が物騒だ。

 誰も鎧は着けておらず、戦闘が目的ではないので大型の武器も持ってはいないが、右脚の腿に鉈を付けたカストや、腰から鎚矛(メイス)を下げたケンを筆頭に全員が何かしらの武器を携帯していた。

 目指す場所は町からそう離れておらず、町や主要街道の周辺は騎士団が定期的にモンスターや害獣駆除を行っているので、何かに襲われる可能性はかなり低い。

 そんな事は百も承知だが、武器を携帯するのは探索者としての習い性なので、止めろと言われても難しい。



 外からどう見られているかは別にして、彼らの主観としては肩の力が抜けたのんびりとした時間だった。

 二十人以上の人間が列を作って移動すれば、最先頭と最後尾の距離はそれなりの距離が開いてしまう。少なくとも雑談ができるような距離ではないので、自然と数人ごとの小集団(グループ)に分かれていた。

 先頭集団に属する5人のうち、ベイジルは知らない相手と気軽に話せるような性格ではなく、ケンには特に話したい話題がなく、パヴリーナは周囲を観察するのに忙しい。

 従って、主にカストとアードルフの間で会話が交わされ、他の3人は自然と聞き役にまわっていた。


「オメエらって、故郷(クニ)はどこなんだ?」

「俺はずっと北にあるスオムル出身で、こいつ(ベイジル)はこの国の南部出身です」

「スオムルか……『すっげえ寒い国』って話だけは聞いたことがあるな。実際のとこはどうなんだ?」

「かなり寒いですね。実家がスオムルの中でも北の方にあるのですが、そっちでは10月の終わり頃には雪が降り始めて、5月の初めくらいまで降りますから。でも、夏はそれなりに暑くなりますよ」

 スオムル王国は大陸の最北端に存在する国で、国土の全てがいわゆる極圏に含まれている。

 国土は大きいが、厳しい環境であるために人口は少なく、国力的には小国と言っていい。

 国民の大半は狼人族や熊人族、鹿人族、鷲人族など寒さに強く身体能力に優れた人種であり、比較的寒さに弱い猿人族は南部地域にごく少数が存在するのみである。

 スオムルに住む人間たちは総じて大柄で、しかも屈強であり、スオムル出身の傭兵は精強であることで知られている。


「こっちに来て最初の冬が死ぬほど寒いと思ったのに、それよりさらに寒いのかよ。冬のスオムルには絶対に行けねえな」

「カストさんはどちらのご出身ですか?」

「俺か? 俺の故郷(クニ)は南にあるイブーツよ。俺だけじゃなくて【ガルパレリアの海風(ウチ)】のヤツはだいたい同郷だな。すぐ後ろの2人みてえに、ここ最近入った奴らはそうでもねえんだけど」

「そうなのですか……このギルドに入っている方はみなさん猿人族ですけれど、イブーツもやはり猿人族が多い国ですか?」

「陸の上はな。三方向が海に囲まれてて、そっちは人魚(マーフォーク)ばっかりだけどよ」

「へえー! 実家は海の近くでしたけれど、あっちは海が凍ってしまうので魚人系の人と会ったことがないんです。どういった感じの人たちなんですか?」

「一言で言えばぜんぜん違うヤツらだったな。まあ、陸の上と海の中じゃ違ってて当たり前って言われたら―――」

 他国出身者たちによる自国の地理や風土の説明が始まり、そこからパヴリーナも加わったお国自慢に展開し、さらに個人の身の上話へと話題は移り変わっていった。


「そう言やあ、アードルフよ。オメエはなんで剣なんか持ってんだ?」

「あ、えーっと、その、それはですね……」

 カストからの何気ない質問に、何故かアードルフが激しい動揺を見せた。

 狼人族の少年は、少しの間きょろきょろと視線を彷徨わせつつ何事かを考えていたが、やがて鋭い牙が生えそろった口を強く結び、同時に左腰に下げた剣の鞘を握り締めて覚悟を決めた。

「実は俺、魔法剣士になりたいんです!  だから、魔法だけじゃなくて剣の修行もやっていて……相手がいないので素振りしかできていませんけれど、1日も欠かしたことはありません!」

「おお、そうか。ディノグレイジアあたりを目標にしてんのか?」

「へっ?! いや、まさかそんな、俺なんかが烏滸がましいですよ! ……小さい頃はそうなれたらなって思ったこともありましたけれど、今は身の程ぐらい弁えています」



 "剣士王"ディノグレイジア。

 "最初の魔法剣士"や"旧き秩序の破壊者"という二つ名も持つ彼は、遥か数百年前に滅びた旧帝国―――魔法帝国時代の末期に、一時代を築いた男である。

 彼は魔術師としての実力のみではなく、剣士としての実力も超一流であったとされ、剣と魔術を組み合わせた独自の戦法を用いて数多の強敵を打ち破ったと伝えられている。

 魔術が尊ばれ、剣が蔑まれていた時代にあって、魔術師が剣術を学ぶのは珍奇なことだ。


 ディノグレイジアは個人の武技によってのみではなく、指揮官、そして為政者としても名を残している。

 これは、彼がまだ数十人以上いる皇孫のうちの1人でしかなく、下級貴族の継子としか認識されていなかった頃の話だ。

 当時、辺境では民衆の反乱や外敵の侵入が頻度を増し始めていた。

 反乱の鎮圧を命じられた成人直後のディノグレイジアは、自ら先頭に立って剣を振るい、敵の指揮官を含む5人の命を刈り取ったという。

 初陣を勝利で飾ったディノグレイジアと彼が指揮する部隊は、生涯で一度の敗北も味わうことがなかったとされている。

 時代が進み、ディノグレイジアが(よわい)26の時に実父を廃して男爵家の家督を継ぐと、あっという間に領内を纏め上げ―――突如、帝国に反旗を翻した。

 中央政府から差し向けられた鎮圧部隊を次々と撃破し、独立戦争を勝ち抜いた彼は新たな国の初代国王と成った。

 このことは「帝国の衰退」という事実を誰の目にも明らかにした事件であり、事実これ以降、帝国は加速度的に崩壊していく。


 神話時代の英雄に勝るとも劣らぬ偉業を成し遂げたディノグレイジアは、現代に生きる男にとって憧れの対象である。

 しかし、魔法帝国崩壊の切っ掛けを作った男であることから、魔術師の多くからは複雑な感情を抱かれているようだ。

 ディノグレイジアの一代記は、ほとんどの記録が喪われた魔法帝国時代を僅かなりとも知るための、希少かつ重要な史料であるため無視はできない。

 そして詳しく調べれば調べるほどに彼の活躍が際立ってしまう。

 もしかすると今この瞬間にも、苦虫を噛み潰したような表情で史料を紐解いている魔術師がいるのかもしれない。



 閑話休題(それはともかくとして)

 ディノグレイジアが魔法剣士だったこと、一国の王に成り上がった人物であることは現代でもよく知られているお陰で、彼に憧れる人間はそう珍しいものではない。


「別に良いじゃねえか! 若いんだから夢はでっかく持ってたってよ!」

 そう言ってカストは高笑いしたが、アードルフは浮かない顔のままだった。

「……ええっと、それだけですか?」

「ああん?! それだけ、ってのはどういうこった?」

「いえ、今まで俺が『魔法剣士になりたい』ってことを話すと、家族も、友達も全員……ベイジル以外はみんな、お前には無理だとか諦めろとか、そんな感じの事を言ってきたから……」

 マッケイブの町があるレムリナス王国は猿人族の国であり、その関係から魔術師ギルドの構成員もほぼ全員が猿人族だ。

 外国人であり、狼人族であるアードルフはただでさえ疎外されやすいのに、幼い頃からの夢を持ち続けていることで馬鹿にされ、隠れて剣の素振りをしている姿を目撃されて侮られていた。


「オメエの夢を馬鹿にできるほど俺は上等な人間じゃねえかんな。俺がオメエと同い年の時に持ってた夢を教えてやるか? 『迷宮で一山当てて、美人の嫁とたくさんの子供に囲まれながら死ぬまで旨い酒を飲みたい』だぜ? それに比べりゃオメエは努力してる分だけ立派なもんよ」

 禿頭の中年は「実はまだ諦めてねえんだけどな」と小声で付け加えてニヤリと口元を歪めた。

 実子ではないがカストの事を親父(おやっさん)と呼んで慕う若者に囲まれ、【風の歌姫亭】で旨い酒を飲んでいるのだから、半分くらいは夢が叶っていると言えなくもない。

 美人の嫁については―――見果てぬ夢というやつだ。


「ああ、ひとつだけ説教じみた事を言わせてもらうとすれば」

「すれば?」

「中途半端なことだけはするんじゃねえぞ。迷宮じゃ中途半端な奴が真っ先に死ぬ。やるなら剣も魔法も全力でやって、両方ともモノになると思えねえならすっぱり諦めろ。俺が見て本気だって感じられなきゃ、無理矢理にでも止めさせるぞ?」

「……はい、肝に銘じます」

「うしっ、そんじゃ後で剣の選び方から教えてやるよ。オメエが腰に付けてるやつは全く身体に合ってねえからな。それと、そこにいるパヴリーナの姉ちゃんが魔法と体術どっちも使えっから、何か参考になりそうなこと教えてもらえ。姉ちゃん、良いか?」

「ああ、もちろん何の問題もないぞ! おやっさんにはお世話になっているのだし、そのくらいはお安い御用だ」

「カストさん、パヴリーナさん、どうかよろしくお願いします!」

 耳と尻尾をぴんと立て、瞳に新たな決意を宿したアードルフの足取りは力強さを取り戻した。




 【ガルパレリアの海風】一行はやがて、目的地に到着した。

 森の中にぽっかりと開いたその空間は、ちょうど1年前にケンとアルバートたちが互いの実力を確認するために訪れたのと、同じ場所だった。

 エミリアの魔術によって焼かれ、抉られた地面の傷は自然の力によってすっかり消えているようだ。

 消し飛んでしまった岩が復活するわけではないが、人間の営みも「自然による変化」のうちということにしておこう。


「おーし、着いたな。じゃあオメエら用意しろや」

「アードルフとベイジルは準備が整うまで休憩。他の奴らは2組に分かれて片方が休憩場所の準備、もう片方が標的(まと)を準備しろ」

 適当(アバウト)極まりないギルドマスター(カスト)の言葉を、副ギルドマスター(ポール)が翻訳して適切な指示を出す。

「兄貴! マトはどのあたりに置きゃあいいんですかね?」

「おやっさんが立ってる場所から20歩の所に最初の1つ。そこから5歩ごとに置いていけ。一直線にはしないで、少しだけずらしてな」

「ポールさん、テントはどのあたりにしましょうか」

「あっちの木の近くで良いだろう。今日は暑くなりそうだから、上手く日陰ができるような向きでな」


 男たちはそれぞれの荷物を担ぎ、ばらばらと指示された場所に向かっていく。

 テント班の仕事はあっという間に終わってしまった。迷宮の中でいつもやっていることなのだから、手間取りようもない。

 もう一方の標的班も着々と仕事を進めていた。

 町から運んできた長さ2メートルと1メートルの棒を十字に組んで固定し、地面に立てる。その上から布を掛けることで、人間大の標的が出来上がった。

 見た目は出来の悪い案山子(かかし)のようだが、この程度でも十分に目的は果たせる。



「おう、オメエら終わったかー? 終わったら全員こっちに来い」

 カストの号令を受け、全員が広場の入口近くに集まった。

 カスト、ポール、アードルフ、ベイジルの4人が並んで前に立ち、残りの全員がそれに向かい合うような位置に腰を下ろす。

「あー、今から、新入り2人の魔法がどんな感じかを見せてもらう。どうパーティを組むかはまだ決めてねえんだから、他人事(ひとごと)だと思ってねえで目ん玉ひん剥いてしっかり見とけよ!」

「「「「「おーすっ!」」」」」

 魔術師(試験官)が1人だけ来た場合のパーティ構成は事前に検討してあったが、2人来るとは考えてすらいなかった。

 試験突破までの日程も含めて、どうパーティを分けるかを再検討する必要がある。


「そんで、まず聞きたい事なんだけどよ……何を聞きゃあ良いんだっけ?」

「まず、2人の得意属性を聞いておきたい。それから得意な魔術、得意ではなくても使える魔術。迷宮探索中に使えそうな魔術があれば、実際に見てどう運用するかを考えてみれば良いだろ」

 カストから視線で助けを求められたケンが、仕方なく助け舟を出してやる。

「それだ! アードルフ、オメエの得意な属性は?」

「はい。俺が得意な属性は基本元素だと風と水で、土もそこそこ使えますけど、火は……けっこう苦手です。基本元素以外では氷属性に適正があるんじゃないかって、前に師匠から言われました」

「魔法ってのは氷まで出せんのか。かなり便利そうだな」

 魔術の得意・不得意属性は、本人の思い込みによって大きく左右される。

 アードルフが幼い頃に見ていた「雪に閉ざされた故郷」という心象風景が、氷属性が得意で火属性が苦手という形で現れているのかもしれない。


「ベイジルの方はどうなんだ?」

 カストから問いかけられても、ベイジルは俯いて口を閉じたままだった。

 緊張しているのか、杖に刻まれた紋様をなぞる指先の動きが先ほどまでよりも早くなっている。

「えっと、ベイジルは―――」

「アードルフ! おやっさんは今、お前じゃなくてベイジルに聞いているんだ。少し、静かにしていろ」

 様子を見かねたアードルフがベイジルに代わって答えを言おうとしたが、それはポールに叱責されて止められた。

「でも」

「でもじゃない。これから先、お前はずっとベイジルの代弁をしてやるつもりか? お前たちが別々のパーティになった時にどうするつもりだ」

「それは……」

 ポールが言っていることが全面的に正しい。それを認めたアードルフはぐっと口を(つぐ)み、心配そうにベイジルを見やった。



 カストも他の人間も誰一人として急かしたりはせず、ベイジルが口を開くまで辛抱強く待ち続ける。

「あの、僕は……土と、水と、風が得意、です。火も使えるけど、あまり好きじゃありません……」

 ベイジルの声は消え入りそうなくらいに小さな声だったが、声質のお陰か意外と聞き取りやすかった。

「おー、それってかなりすげえんじゃねえのか? なあ、ケンよ」

「そうだな。使える属性数が多いから応用範囲が広そうだし。2人とも、具体的にはどんな魔術が使えるんだ?」


 アードルフの場合、行使できる攻撃魔術は風属性の<風刃>や土属性の<石弾>のような射撃魔術のみで、範囲攻撃が可能な魔術は未だ修得できていない。

 その代わりに、<怪力><俊敏>といった肉体強化系の魔術や、<幻影><擬態><幻覚分身>のような幻覚系の魔術をいくつも身につけていた。

「なんて言うか……選択が渋いな。魔法剣士を目指してるなんて言うから、もっと派手な魔術を選んでるかと思ってたよ」

「はい。俺も最初は、剣を振りながら<火球>なんかをばんばん飛ばすような、そんな感じで考えていたのですけれど……実際に素振りをしながら魔術を使うのは、ちょっと難易度が高すぎました」

「そうだろうな」

 普通の魔術師の場合、呪文の詠唱とともに身振り手振りも行われる。術者が未熟であればあるほど、はっきりとした発声と大きな動作が必要になるというのが一般的な認識だ。

 当たり前だが、詠唱しながら武器を振るという想定は全くされていない。


「そこで、剣と魔術を同時に使うのではなく、剣で戦う前に魔術を使えば良いのではないかと考えました。剣で戦うときにどうすれば有利かを考えていたら、自然とこんな感じに……」

「個人的には、かなりいい選択をしたと思うぞ。あとは……剣舞みたいに、剣を振る動作をある程度定型化してそれを詠唱代わりにする、というのも良いかもしれないな」

「そうですね、そうするのが良いのかもしれません」

「イチから自分で全部考えないといけないから、これはこれでかなり難しいかもしれないけどな。まあ、これから頑張ってくれ」


 次にベイジルが行使できる魔術も聞いたが、こちらは想像以上だった。

 各属性の射撃魔術、範囲攻撃魔術を行使可能で、それ以外にも<浮遊><水上歩行>などの移動を補助するための魔術、<生命感知>や<魔力感知>などの調査系魔術など多くの魔術を修得しているらしい。

 使える魔術の多彩さという点では、ケンが知る1年前のエミリアを大きく上回っている。



「そんじゃ、いくつか適当に見せてもらうか。まずはアレに魔法で水出してくれや」

 カストが指し示した先には、町から持ってきた鍋やタライが置かれていた。そこに魔術師2人が<水作成>を行使し、水を注ぐ。

 それぞれが出した水の量を計り、魔力が最大の状態から半減するまでに何回くらい<水作成>が行使できるかを聞き、さらに体内の魔力がどのくらいの時間で回復するのかについても質問した。

 これで迷宮の中に潜った時、最大でどのくらいの水が確保できるかを計算できる。

「……おやっさん。ざっと計算してみましたが、これならメシを今までの倍くらい持ち込めるかもしれません」

「よしよし、いいぞいいぞ」


 その後、最初は派手な攻撃魔術が見たいというカストの要望に沿って、ベイジルが<竜巻>を使った。激しい風によって、標的(カカシ)が1つバラバラに千切られた。

 それを目撃した男たちから大きな歓声と拍手が起こり、ベイジルが顔を真っ赤にしてアードルフの陰に隠れてしまったというのは、ただの余談である。

「……分かってはいたが、同じ魔術でも術者によって結構違うな」

「あ? なんか言ったか?」

「いや、大したことじゃない」

 ケンはエミリアが行使する<竜巻>を見たことがあるが、発動までの時間、攻撃範囲、威力のどれをとってもエミリアが上だった。

 ただし、威力が強すぎるのも使い勝手が悪くなるので、一概にどちらが上とは判断ができない。

 アルバートのパーティであればエミリアの方が良いだろうし、【ガルパレリアの海風】にはベイジルの方が合っているかもしれない。要はパーティとの相性だ。



 お次はアードルフが<風刃>と<石弾>を披露し、標的の中心を撃ちぬいて喝采を浴びた。

 調子に乗って次々と遠い標的を狙って魔術を使い、気付けば魔力が枯渇しかかっていた。褒められ慣れていない人間が急に煽てられると、どういうことになってしまうかという判り易い例である。

 魔力の回復待ちを兼ねた長めの昼食休憩を取り、午後からは攻撃魔術以外の披露会となった。

 今まで、日常的に魔道具は使っていても、魔術師が使う魔術に触れたことがなかった【ガルパレリアの海風】の男どもは、どんな魔術を見ても大騒ぎだった。

 人によっては、昨日までの何十年かの人生の中で見た魔術の数よりも、今日1日で見た数の方が何倍も多かったかもしれない。


 男どもの興奮が絶頂に達したのは、ベイジルが<空中歩行>を行使した時だ。

 ベイジルが空中を歩いた場面を見て興奮し、自分にも魔法をかけてくれと言ってさらに興奮した。希望者全員にかけては魔力が持たないからと、くじ引きをした時には手を付けられないほどだった。

 狂乱する男どもを見たベイジルの表情がどうなっていたかについては、男どもの名誉のために触れないでおこう。



 たびたび休憩を挟み、その間に剣を獲物にしている男がアードルフに稽古を付けてやったりしつつ、おおむね和やかに時間が過ぎていった。

 いつの間にか大分日が傾き、とうとう魔術の披露会は終了となった。

「よーし、片付けは終わったか? 忘れ物はねえだろうな。あったら1人で取りに来させんぞ!」

「ダイジョブっす!」「当たり前っすよ」「忘れ物があったらコイツが取りに来るんで問題なし!」

「そんじゃあ帰るか! うちのオヤジも今頃は張り切って料理作ってくれてるだろうしな!」


 手早く片付けを終えて、一同は帰路に着く。

 町に着いた後は、すぐに【風の歌姫亭】で歓迎会(えんかい)だ。

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