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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第七章 最初の関門
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第77話 試験官襲来

 第一回目の交流会を開催した日から数えて約3週間、そして"遺跡"調査計画の参加者募集を閉めきった日から数えて約1ヶ月が経過した。

 この間、【ガルパレリアの海風】の男たちはパーティを組んで迷宮に潜りつつ、休日には交流会の時に知り合いになった魔術師や研究者、ついでに探索者を【風の歌姫亭】に呼んで宴会を繰り返していた。

 訪れた相手から「迷宮に入るための準備に不安がある」と言われれば、助言をすると言って一緒に【ブルー・ダリア】に行き、新たなお客を紹介すると言って若い女の店員に近付いて鼻の下を伸ばす。

 つまりは、何も変わらずいつも通りということだ。

 元より来る者を拒まない明けっ広げな男たちなので、放っておいても勝手に人の輪が広がっていく。



 一方のケンは、仲間同士の交流ではなく共謀者(ぐる)連中との工作(ネマワシ)に大忙しである。


 最初に手を付けたのは、カスト率いるギルド連盟が主導権を握ろうとした際に障害となりうる存在を排除することだった。

 モーズレイに対して交流会の開催を提案した時、参加者を募るためということを口実にして探索者の名簿をまんまと手に入れた。

 求人に対する応募者の情報をまとめた物であるため、名前どころか連絡先やパーティ構成などの個人情報が満載だった。

 本当は魔術師や研究者、そして計画の管理業務に携わる人間までを含む全関係者の名簿が欲しかったのだが、贅沢は言うまい。


 この名簿に載っている探索者を【黒犬】が調査して、明らかに実力不足と思われる奴や、組織の一員として行動する適正がないと思われる輩、その逆に人望と実力があって対抗勢力となりうる人物を洗い出す。

 そいつらの試験を妨害して不合格に追い込んでも良いし、どうにかして参加を辞退するように仕向けても良い。役に立つのであれば、ギルド連盟や【黒犬】に取り込んでしまうのも良いだろう。

 探索者の調査については情報屋の"鼠"ではなく、盗賊ギルドの実働部隊である"穴熊"の担当となった。

 人材供給の多くを探索者に頼っている"穴熊"は普段から探索者について調査しているし、"鼠"の方は他にもいろいろと調査しなければいけない案件を抱えていたからだ。



 ケンがやらなければならない事はいくらでもあった。


 迷宮の外にいる時は2日と間を空けずにモーズレイの屋敷を訪れ、計画の進行状況や組織についての情報を聞き出す。

 これは、現時点で最も重要な仕事だった。ケン以外の誰にも役目が務まらない上に、モーズレイの口から時たま飛び出してくる内部情報は聞く者が聞けば千金に値する。

 今では"鼠"の頭領と"穴熊"の頭領からケン専属の連絡役が派遣され、なるべく高速でなおかつ情報の劣化が少なくなるような情報共有体制が構築されている。

 絶えず連絡を取り合い、必要があれば直接会っての報告や相談も行うのだ。

 "遺跡"調査計画の円滑な遂行を妨害しない限り、【黒犬】自身の利益を最大限に追求しても構わないと言明してあるので、ケンがせっつかなくても自発的に動いてくれるから少しは楽ができる。

 【黒犬】の裏切りはあまり心配していないが、万が一にでも裏切り行為が発覚した場合はジョーセフに泣き付いて(チクって)組織壊滅の刑に処する所存だ。


 少し前からは治癒術師の確保に向けた行動を始めていた。

 どこの馬の骨とも知れない人間が教会に言ったところでどうにかなる話ではないため、ケンがモーズレイに対して治癒術師の重要性と必要性を訴えかけ、魔術師ギルド経由で各教会に対して要望を出してもらった。

 教会側の反応は芳しくないが、真っ先に賛意を表明したエセルバートが他の教会への工作を行ってくれるおかげもあり、最終的には必要なだけの人数は揃えられるだろう。

 エセルバート曰く「前例がないことに手を出したくはないが、時流と勝ち馬に乗り損ねて無能の烙印を押されたくもない、脳を過去に置き忘れてきた無能(ろうじん)どもが苦悩する様は愉快」だそうだ。

 ケンとしては、先頭を走る馬だけが転んで騎手(エセルバート)が振り落とされ、首の骨でも折ってあっさり逝ってくれると有り難いのだが。



 それ以外にも、交流会の時に知り合ったと言って【黒犬】の人間をギルド連盟に引き入れたり、役に立つ技能を持っていると言って【黒犬】の人間を魔術師ギルドに潜り込ませたりと、将来に向けた準備は着々と進めていた。

 すぐには成果の見えない地味な作業だが、土作りの段階でどれだけ汗を掻いたかで作物の収穫量が左右されることを思えば、絶対に手は抜けない。


 ちなみに、【黒犬】が派遣してきた探索者パーティのリーダーはケンが前から知っている男だった。

「お久しぶりッスね、クロさん……じゃなくてケンさん。これからヨロシクお願いするッスよ」

「……もしかしてサブか? 声と話し方に覚えはあるが、顔に全く見覚えがない」

「分かってると思いますけど変装ッスよ? あっ、この顔の時はチャーリーって名乗ってるんで、ケンさんもそう呼んでほしいッス」

 チャーリー(サブ)は"穴熊"の頭領に仕える副官の1人で、有能な指揮官(リーダー)にして凄腕の盗賊(スカウト)でもある。

 自分の右腕とも言える人物を派遣してくるあたりから、"穴熊"の頭領の本気度を窺い知ることができた。

「ああ、分かったよチャーリー。……俺が前に見た顔も変装だったのか?」

「そのヘンはいろいろあるんで、秘密ってことにしとくッス」

 チャーリー(サブ)の持ち前の軽さ(チャラさ)のおかげもあって、カストと会わせてから数時間後にはもう十年来の親友のような打ち解け具合だった。

 ―――チャーリーの対人能力の高さを賞賛するよりも、【ガルパレリアの海風】の男たちの無防備さを心配すべきかもしれない。




 ここ1ヶ月は寸暇を惜しんで裏工作に邁進してきたケンも、今日ばかりは休みをとっていた。

 これからやろうとしている事を考えれば休みとは言えないかもしれないが、気分的には紛れも無く休日である。


「どういうのが来るんだろうなー。可愛い()だと良いよな!」

「いや、来るのは男だろぉ? 今まで見てきたヤツら小僧ばっかりだったしよぅ」

「可愛い()なら、それはそれで」

「うわっ! お前そういう趣味だったのかよ……なんか怖くなってきたからあっちに行ってくんねえかな」

「鍛えがいがある頑丈なのが来てくれると、楽でいいんだけどな」

(いえ)の中でお勉強ばっかりしてるお坊ちゃんだぞ? あんまり期待してもしゃあねえべ」

 朝からケンとパヴリーナを含む【ガルパレリアの海風】のメンバーほぼ全員が、ギルドの活動拠点(ホーム)である【風の歌姫亭】の店内に集結していた。

 酒場である【風の歌姫亭】の営業時間は昼飯時と夕方から深夜にかけてであるため、店の中に部外者は誰もいない。


 しかし、【ガルパレリアの海風】の前ギルドマスターである【風の歌姫亭】の店主(マスター)までが勢揃いしているというのに、現ギルドマスター(カスト)副ギルドマスター(ポール)の姿は見当たらなかった。

「しっかし、けっこう時間が経ってんのに、おやっさんとポールの兄貴が戻ってくる気配がねぇな」

「だなあ。さすがにもうそろそろ帰ってきてもいい頃合いだと思うけどな」

「そう慌てるなよ。魔術師ギルドでいろいろと手続きしなくちゃならないんだろうからよ」

 カストとポールの2人は、朝一番で魔術師ギルドに出向いていた。用件は「"遺跡"調査の求人に応募した探索者の適正試験官」の出迎え。

 解りやすく言えば、探索者パーティの補助を行う魔術師(少年)を引き取りに行ったのである。



 男どもが朝から(しき)りに噂しているのは、これから仲間になる魔術師がどういった人物なのかについてだった。

 【ガルパレリアの海風】では約3ヶ月前にケンとカシムたち、約1ヶ月前にパヴリーナと立て続けにメンバーが増えたが、唐突に加入が決まったせいで想像を巡らせる余地が全くなかった。

 だが、今回は2ヶ月以上も前から「魔術師が仲間に入る」と分かっていたこともあり、期待は膨らみに膨らんでいたのだ。


「ウチも最近はすげえ事になってきたよな。ケンの野郎が入ったし、ナルセフさんとファティマちゃんはかなりすげえ。パヴリーナの姉ちゃんっていう癒し手も入ったし、これから魔法使いまで入るとくれは……こりゃ本気でイケるんじゃねえか?」

「行けるって、下層か? 入ってくる魔術師はガキで素人なんだから、行くにしたってあと10年は先の話だろうよ」

「いいや、カシムも結構な大物になりそうだから5年あれば何とかなるかもしんねえぞ」

「うーむ。しかし、全員いつまで【ガルパレリアの海風(ウチ)】に残るか分からないからな」

「せめて、魔法使いだけでもずっと残ってもらわねえとなー」

「人もそうだけどよ、今の装備じゃ奥まで行くのは辛いぜ?」

「それはこれからジャンジャン稼いで買えば良いだろうよ」

 ケンの場合、最初から"遺跡"調査を軌道に乗せるまで一時的に所属するだけだと伝えてある。

 カシムたちやパヴリーナについても同様で、詳細は明かさないままではあるが「長くて数年、短ければ明日にも」脱退する可能性があることを知らせてあった。

 ケンやカシムについてはある程度の調整は可能だが、パヴリーナの場合はこの先どうなるか全く予想がつかない。


 とは言っても、それは迷宮下層到達が不可能であることを意味する訳ではない。

 余程の事が起きない限り、これから先の数年間は"遺跡"調査が続くだろう。

 思惑通りカストたちが調査計画の重要な位置を占めることができたのであれば、有能な人材も、有用な道具も選びたい放題になっているはずだ。

 そうなるように、ケンは全力で動いている。



 それから小一時間ほどが過ぎ、待ちに待っていた人物がやっと【風の歌姫亭】に姿を現した。


「おう、戻ったぞ。全員そろって―――るみてぇだな」

「お帰りなさいおやっさん」「待ちかねましたよ!」「さあさあ! 早く紹介しておくんなせえ!」

「そう慌てんなって! ……冗談抜きでがっつきすぎてて怖えから、ちったあ落ち着け。初対面の奴らが怯えるだろうが」

 カストが呆れ顔で窘めるが、焦れた男どもには対してはあまり効果がない。

 むしろ、さっさと会わせてしまったほうが大人しくなるのではないかという判断のもと、カストは店の外に向かって声をかけた。

「おう、オメエら入っていいぞ。ちっと興奮してっけど、噛み付いたりはしねえから安心しろ」

 カストが道を譲ると、すぐにねずみ色のローブを着た2人の人間が店に入ってきた。彼らの後ろにはポールの姿もある。

 ぴたりと口をつぐんだ二十人以上の視線が、少年たちの体に突き刺さる。


「あー……この2人が今日からウチのギルドに入る、えーっと、名前なんっつったっけ? ああいや、そのまま自己紹介しちまってくれや」

 緊張した様子の少年魔術師たちはお互いに顔を見合わせ、大柄な方が意を決して一歩前へと踏み出した。

「初めまして皆さん! 俺はアードルフ・カーラッカって言います。魔術師です。17歳です。未熟者ですけど精いっぱい頑張っていきたいと思っていますので、これからよろしくお願いします!!」

 直立不動の姿勢で声を張り上げたのは、白灰色の毛並みを持つ狼人族の少年だった。ケンよりも頭半分以上は背が高く、ローブを着ていてもがっしりとした体つきをしているのが判る。

 魔術師なので右手に短杖(ワンド)を持っているのは当たり前だが、何故か左腰に小型剣(ショート・ソード)を吊るしていた。

 大声を出したことで多少は緊張がほぐれたのか、自分に向けられる歓迎の言葉と拍手に対して笑顔で応じている。魔術師としての実力は全くの未知数だが、人懐っこそうで体力もありそうに見えるので探索者には向いているかもしれない。



 アードルフの自己紹介が終われば、次は当然もう一人の方に注意が向く。

 20人を超える厳つい野郎どもの視線を一身に受けた少年はビクリと体を震わせ、臆病な小動物そのものの動きで大柄な少年(アードルフ)の背後に身を隠してしまった。

 ローブを握り締められたアードルフは慌てて背後を振り向き、怯える少年に小声で話しかけた。

「ほらっ、ベイジル。隠れてないでちゃんと自己紹介しなきゃダメだろっ」

「で、でも……」

「でもじゃなくて。人見知り直したいって言ってたじゃないか」

「それは、そうだけど……」

 アードルフに促され、さらに背中を押されてようやく小動物(ベイジル)(アードルフ)影から外に出てきた。


 改めて見るその少年はケンよりも1つ分近く小柄で、ぶかぶかなローブの下にある体は肩幅が狭くて華奢だ。

 顔の造りは幼い子供のようで、明るい金色の髪をおかっぱにしていることもあって、少年ではなく童女のようにも見える。

 それが癖なのか、杖に刻まれた紋様をしきりに指先でなぞりながら、地面の上に視線を彷徨わせていた。

「……べ、ベイジル、です。よろしく、お願い、します……」

 小さな声でようやくそれだけ言い終えると、すぐにまた狼人族の少年の大きな影に隠れてしまう。

「あー、えっと、こいつはこんな感じで恥ずかしがり屋ですけど、良い奴なんで皆さんかわいがってやって下さい! 2人合わせてよろしくお願いします!」

 アードルフが自己紹介を締めくくると、【風の歌姫亭】の店内は大きな拍手に包まれた。


「コイツらの紹介は……一気にやられても覚えらんねえだろうし、時間がかかっから後でもいいか。オメエら、自己紹介はちゃんとやっとけよ」

「「「「「ういーっす」」」」」

「慣れないうちは色々と教えてやったり、助けてやったりしろ。ただし、あんまり変な事(・・・)は教えるんじゃねーぞ」

「いやだなぁ、おやっさん。ちゃんと分かってますって!」

「分かってねえから言ってんだよ」

 カストが睨んでも、男たちはニヤニヤと笑うだけだ。

 ここで言う「教えなくていい事」はつまり、悪い遊び―――飲む打つ買うの類だ。どこにでも要らないことを教えたがる奴はいるもので、何も知らない若者は格好の餌食(おもちゃ)になる。

 ケンとしてもあまりやらかされると困るが、ずっと監視しているわけにもいかない。この男たちが節度を弁えてることを期待したい。



「ところでおやっさん。来るのは1人だけだと思ってたんすけど、2人だったんすね。なんかすげー時間もかかってたみたいですし」

「おう、オレもそう思ってたんだけど魔術師ギルド(あっち)の事情があってな。ウチは人数多めだから2人引き受けることになった」

「へー、そうだったんすかー。いったいどういった事情だったんすか?」

「それは飯の時にでも教えてやるよ」

 2人の少年のやり取りを見た限り、前から顔見知りのようだ。

 先ほどのベイジルの様子から察するに、ベイジル1人を知らない人間ばかりの場所に送り込むのは不安だとか、その程度のことではないだろうか。


「それよりも、ちゃんと準備はしてあんのか?」

「そりゃあもう抜かり無く!」

 カストの問いかけに対し、数人の男が籠や背嚢を掲げることで応えた。

 入れ物の中には【風の歌姫亭】の料理人たちが作ってくれた食事や、野外で使うちょっとした道具類が詰めてある。日帰りの野外散策(ハイキング)をするには十分以上の内容だ。

「おう、そうか。そんじゃアードルフとベイジルよう、着いたばっかりで(わり)いけど場所を変えっから付いて来てくれや」

「あ、はい! どちらに行くんですか?」

「町の外にちょっとした広場になってる場所があってな。そこで、おめえらが使える魔法を少しで良いから見せてもらいてえんだよ。イケるか?」

「大丈夫です、いけます頑張ります! なっ、ベイジル?」

 アードルフは大張り切りで、ベイジルも無言のまま小さく頷いた。

「そうか、無理しねえ程度にな」



 【風の歌姫亭】の外に出ると、初夏の空は抜けるような快晴だった。

 昼が近いのでじっとしていても軽く汗ばむくらいに気温が上がっているが、町の外に出ればいい風が吹いていることだろう。

「うーし、んじゃ出発すんぞ。邪魔になんねえように、ひとまとまりになってねえで4,5人に分かれて歩け」

「「「「「へーい」」」」」

 カストの号令を合図に、一同は町の外に向けて出発した。

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