第74話 子育て
モーズレイとの面会を終えてから、ケンは特に寄り道することもなく【花の妖精亭】まで帰ってきた。
厨房のすぐ近くに繋がる裏口からではなく、食堂がある表口から店に入る。昼飯時を迎えた店内は、今日もまた普段通りの盛況ぶりを見せていた。
現在の客の入りは、席数のだいたい8割程度。
昼食を摂りに来る客のほとんどが【花の妖精亭】の近隣にある店の従業員で、残りは用事があってそれらの店を訪れた客だ。たまに、噂を聞きつけてはるばるやってきた者が含まれていることもある。
常連とそれ以外を区別する必要はない。どうせ店の中には既に常連客になった奴と、これから常連客になる奴しかいないのだ。
ケンは「いつもの席」が空いているのを目敏く見つけ、そちらへと向かった。
食堂の隅に置かれたそのテーブルはケンの指定席というわけではないが、食堂全体を見渡せるその席が何となく落ち着くので、ついつい選んでしまう。
席に着いて待っていれば、すぐに看板娘のベティかお手伝いの近所の奥様が注文を取りに来る、というのがここでのお定まりだったのだが、ここ数日はそれに多少の変化が起きていた。
「お帰りケンイチロウ。意外と早かったのだな!」
「ピィピィピィピィ!」
2階へ続く階段を下りてきたパヴリーナが、まっすぐにケンが座るテーブルに向かってくる。
彼女の胸の前には、白と黒の産毛で全身を覆われた大きな雛鳥が抱きかかえられていた。雛鳥の腰に巻き付けられている白い布は、エイダが用意してくれたおむつである。
雛鳥は真ん丸な目でケンを見つめ、嘴を大きく開いてやかましく鳴き声を上げながら、盛んに羽をばたつかせていた。
「ただいま。俺が帰ってきたのがよく分かったな」
「ああ、いや、気付いたのは私ではなくてこの子だぞ。ケンイチロウが遠くにいる時はとても大人しいのに、近くにいると元気に鳴くからすぐに分かるのだ。なあ、ヴェイラ?」
「ピィ!」
「……そうか」
パヴリーナから差し出された雛鳥を受け取り、自分の膝の上に乗せてやる。
雛鳥は少しの間、羽を広げてバランスを取りながらもぞもぞと体を動かしていたが、やがて据わりがいい場所を探し当てて羽を畳み、ケンの顔を見上げてから満足そうに一声鳴いた。
◆ ◆ ◆
パヴリーナが初めて参加した迷宮探索の際、途中で見つけた宝箱部屋で猿人族の頭部ほどもある大きな卵を発見した。
発見したと言うよりは、パヴリーナが探し出したと表現した方が正確かもしれない。
パヴリーナの強い意向で巨大卵を持ち帰ることが決定し、紆余曲折があったがパーティの誰一人として欠けることなく、脱出寸前まで漕ぎ着けた。
普通とは違っていた黒いロック・ゴーレムという門番をなんとか破壊して、あとは<転移>門を通って迷宮から出るだけという時になって、拾った卵の孵化が始まった。
黒ゴーレムを破壊した事がきっかけになったのか、それとも単なる偶然だったのかは判らないが、ケンの腕の中で比喩表現ではなく殻が破られ始めたのだ。
どんな卵でも孵れば何かが現れる。
パヴリーナの話では、鳥人族の孵化は開始から終了まで短くとも数時間、長ければ一昼夜はかかるということだったので、このまま迷宮の門番部屋を占領して待ち続けることはできない。
それに孵化が完了してしまうと、周囲に気付かれないように連れ帰る難易度が上がってしまいそうだった。
大急ぎで帰り支度を済ませ、卵は毛布で包んだ上でパヴリーナの背嚢の中に押し込み、<転移>門を使用して地上へと移動した。
門番のゴーレムが異常だったことから、ゴーレムと連動している<転移>門にも異常が起きているのではないか、という懸念はあったのだが、結果的に何一つ問題は発生しなかった。
卵に気を取られていたせいで、<転移>門に入るその瞬間まで気付いていなかったというのは秘密だ。
迷宮から地上に戻っても、<転移>門を使った場合はすぐに立ち去ることはできない。
地上側の<転移>門近くで24時間ずっと待ち構えている係員に登録証を提示しなければいけないし、迷宮の中で新たに入手した魔石の処理もしなければならないのだ。
今回はパヴリーナという初<転移>者がパーティに含まれているので、彼女の登録証を新たに作ってもらうという作業も追加される。登録証を作る時は、担当者から個人情報を根掘り葉掘り聞かれるのですぐには終わらないだろう。
巨大卵をパヴリーナの背嚢に入れたのは、正直に言って少しだけ失敗だったかもしれない。
早く出て行きたいという態度を露骨に見せては怪しまれるため、いつも通りの何くわぬ顔でパヴリーナ以外の全員分の登録証を係員に確認させる。
別室へと連れて行かれるパヴリーナの荷物を「同じ宿に泊まっている」と言ってケンが引き受け、魔石や戦利品の処理はリーダーのカストに任せ、ケンだけが一足先に迷宮管理局の建物を出た。
手続き中に卵の中身が鳴き声を上げはしないかと心配したが、幸いな事に卵の中身は殻を破ることに夢中になっていたようで、背嚢の中から聞こえるのは殻の割れる微かな音だけだった。
迷宮から出る前、パーティメンバーたちに「宝箱部屋とそこで見つけた卵については、しばらくの間は黙っていろ」ときつく釘を差してあるので、数日ぐらいは秘密が保たれるだろう。
自慢話をしたいという欲求と、自身の他人に知られてはいけない恥ずかしい話が広まってしまうという恐怖を比較して、天秤が前者に傾く奴が1人もいなければ。
2人分の荷物を持ったケンは足早に【花の妖精亭】へと向かい、いつもの部屋を確保して卵を運び込んだ。
パヴリーナの背嚢の中から毛布に包まれた巨大卵を取り出し、洗濯したての清潔なシーツがかけられたベッドの上に置いて、静かに見守る。
約1時間後、無事に登録証を手に入れたパヴリーナと、それにずっと付き添っていたらしいカストが【花の妖精亭】にやって来た。
「ケンイチロウ! 卵はどうなった?!」
「見ての通り、何の問題もないから静かにしろ……カスト、他の連中は?」
「先に帰した。アイツらも卵の事は気にしてたけどよ、さすがに全員で来たら大騒ぎになっちまうだろ」
「良い判断だな」
卵の見張りをパヴリーナと交代し、まずは1階に下りてエイダとベティに事情を説明する。
いつまでも隠しておけるものではないし、巨大卵の中から出てくるのがパヴリーナの言う通り鳥人系の子であれ、別の何かであれ、食事やその他の世話も必要になるだろう。
ケンとパヴリーナの両方が迷宮に潜っている間は、別の誰かに世話を頼む必要がある。その第一候補となるのは、やはりエイダとベティだ。
「へー、鳥の人ってやっぱり卵から生まれるんだねー。あっ、こっち見た!」
店の仕事が一段落した後、ベティが巨大な卵を見るためにケンの部屋を訪れた。エイダは夕食時に向けた料理の仕込みをしておかなければいけないので、ずっと厨房に篭もりきりだ。
「ねえ、ケン。これって、出てくるの手伝ってあげちゃダメなの?」
「どうなんだろうな。自分で全部できるはずだから、あんまり手を出さない方が良いと俺は思ってるけど」
「ふーん……ケンがそう言うなら応援だけにしておこっかな。ガンバレー!」
孵化の開始から2時間以上が経過した今になっても、卵の中身は自分を覆う殻と格闘中だった。
最初に穴が空いた部分の周囲を嘴で突っついたり、足で蹴ったりして徐々に大きくしているが、鳥人系特有の小さな頭がなんとか通るくらいの穴しかまだ開けられていない。
「ねえ……この卵ってさ、まさかパヴリーナさんが産んだんじゃないよね?」
「猿人族が卵を生めるわけないだろ」
「そうだよね! ……ケンが鳥の女に産ませたんでもないよね? ケンは浮気なんかしないもんね?」
ぞっとするような気配を感じ、ケンは卵の傍にいるベティの方に振り向いた。
ケンを見るベティの瞳は虚ろなのに、全てを見透かされてしまいそうなくらいに鋭い。正反対の状態が矛盾する事なく共存しているという状態が、ただ恐ろしかった。
「そんな訳ないだろ……俺にそういった特殊な趣味はない」
「そうだよね! ケンは人間の女の子が好きなんだもんね!」
この世界では、猿から進化した人間だけではなく、猫や犬、鳥、爬虫類、魚に至るまで多様な種類の人間が存在し、共存している。
多くの場所で複数の人種がごたまぜになって生活しているのだが、混血はほとんど存在しなかった。
混血児はやはり差別や迫害を受けやすいので避けるべきだという認識があり、障害を乗り越えて違う人種の恋人たちが結婚して夫婦になったとしても、なかなか子供が生まれにくいのだ。
この世界に「産めよ増やせよ地に満ちよ」と言った神が存在するかは不明だが、やはり夫婦になれば子供を作るものだというのが一般的な価値観であり、いつまで経っても子供ができない夫婦は一段低く見られる。
猿人族と森人族、または猿人族と山人族のように、元々は同一の人種だったものが長い年月が経つうちに分かれた場合や、猫人族と虎人族のような近縁人種であれば比較的子供ができやすい。
しかし、種族が離れるに従って子供ができる可能性は低くなっていく。
例えば、獣人系と鳥人系、獣人系と爬虫人系のようなかけ離れた人種間では、子供ができる可能性がゼロに近い。
ゼロに近いと言うことは、表現を変えれば「可能性はゼロではない」という意味になる。つまり、過去にそういった混血児が誕生したことがあるということを表している。
生命の神秘と、性欲という欲望の罪深さを感じさせると言えよう。
ちなみに、かけ離れた人種相手に欲情するのは変態性癖の範疇に分類されている。
何が言いたいと言えばつまり、ちゃんと孵化するのであれば、その卵は純血種のものである可能性が高いということだ。
となれば真っ先に疑われるのは卵泥棒の線だが、マッケイブの町に定住する鳥人系の人間は皆無であり、ケンが卵を盗む動機は何も無いのでベティやエイダはそう疑っていない。
彼女たちに本当のことを教えるわけにはいかないので、ケンは「事情があってパヴリーナが卵を預かった」という説明をしただけだ。
そして結局、昼過ぎ頃に始まった孵化は休憩をはさみながら真夜中を過ぎても続き、卵の中身が殻を破って出てきた頃には空が白み始めていた。
卵の中から出てきた雛鳥は、何度か失敗した後にようやくベッドの上で体を起こすことに成功し、円な瞳でケンとパヴリーナを見つめる。
「うん、やはり燕人族の子で間違いないな! たぶん女の子だぞ」
「そうか」
雛鳥の全身をしげしげと眺めたパヴリーナが太鼓判を押し、自由神ルヴェイラにあやかってヴェイラと名付けられた。名付け親になったのは、もちろん自由神神官のパヴリーナだ。
神に似た名前を付けるのは不敬ではないかとケンは思ったのだが、鳥人系の女の名前としてよくあるものらしかった。
厨房で既に朝の仕込みを始めていたエイダに頼んでお湯を貰い、雛鳥の体を布で軽く拭いて清めてやった後、布を敷き詰めたかごの中に雛鳥を入れて寝かしつける。
自分のベッドの上に散乱している卵の殻の掃除は起きてからやろうと考えつつ、ケンは椅子の上で昼過ぎまで眠りに就いた。
◆ ◆ ◆
そのヴェイラは今、ケンの膝の上で行儀よく食事が来るのを待っている。
ヴェイラの見た目は鳥人と言うより、単に巨大な鳥の雛だ。しかし、猿人族も生まれた直後は毛のない猿そのままに見えると聞くし、他の人種も案外そんなものなのかもしれない。
猟師ではなく探索者のケンには、雛鳥をみても性別どころか人種すら判別できない。
だが、鳥人系をよく見知っているパヴリーナが燕人族の女の子で間違いないと言うのだから、おそらく合っているのだろう。
最初はヴェイラの存在を完全に隠して育てようかとも考えたのだが、成長して自力でどこにでも動き回れるようになれば周囲に知られてしまうのだし、下手に隠すと邪推されるので最初から公開することに決めていた。
事情を知っている者がわざわざ教えなければ、迷宮の中にあった卵から生まれたなんて話は思い付きもしないはずだ。
興味津々の常連客たちは、エイダが「知り合いから赤ん坊を預かった」と言えばそれで納得する。エイダもああ見えてなかなか謎多き女なのだ。
ケンもパヴリーナもエイダの知り合いには違いないので、嘘というわけでもないしバレることもないだろう。
ケンの向かい側の席に座ったパヴリーナと共にヴェイラを構いながら待っていると、すぐにベティが木製のトレイを持ってこちらにやって来た。
「ケン、おかえりー。ヴェイラちゃんのご飯を持ってきたから、先に食べさせてあげてね」
「はいよ」
「パヴリーナさんの料理はもう少ししたらできるみたい。ケンはなに食べる?」
「ああ、分かった! もう少し待っていよう」
「俺の方は、エイダさんにお任せで」
「了解。それじゃあ、ヴェイラちゃんが食べ終わるくらいになったら、ケンのご飯を運んでくるね」
「ああ、それでいいよ」
ベティが持ってきた雛鳥用の食事は、柔らかく煮て磨り潰した豆、蒸して小さく切られた鳥肉、ちぎった葉野菜の3品だった。食べるのが赤ん坊なので味付けは特にされておらず、温度は人肌ぐらい。
鳥肉は共食いなのではないかと心配する向きもあるだろうが、鳥人は鳥人であって鳥ではないので共食いにはならないはずだ。
本当なら燕人族には虫を食べさせた方が良いらしいのだが、この辺りでは食用の虫は一般流通していないので致し方ない。
ケンが豆のペーストを匙ですくうと、膝の上のヴェイラが待ってましたと言わんばかりに嘴を開く。大きく開かれた嘴の中にスプーンを軽く差し込み、ドロドロになった豆を喉に流し込んでやった。
豆を数回食べさせたら、次は鳥肉だ。ケンが適当に棒を削って作った箸で鳥肉を摘み、ヴェイラの嘴の中に次々と押し込んでいく。野菜も同じようにして食べさせた。
こちらの世界に来てから6年間、全く箸を使わなかったのに意外と持ち方を憶えているものだ。
赤ん坊に食事をさせるのはかなり面倒だが、これが獣人系の子供であればどうにかして乳を入手しなければいけなかったのだから、それに比べればまだマシだろう。
もっとも、ヴェイラが獣人系であればケンと出会うことはなかっただろうが。
「ははははは、そうしているとケンイチロウがヴェイラの父親のようにしか見えないな! どうしたことか、最初からケンイチロウにとても懐いていたしな!」
ケンが【花の妖精亭】から出かけている時はパヴリーナが、パヴリーナも居ない時はエイダとベティに世話を任せているのだが、ケンが居る時と居ない時では全くヴェイラの様子が違うらしい。
食事を摂る時も食べる量と勢いが段違いなので、必然的にケンが世話をすることに決まっていた。
「多分、ただの刷り込みだろ……」
「すりこみ? 何だそれは」
刷り込みとは、卵から孵った雛が「最初に見た動いて声を出す物体」を自分の親と思い込んでしまう習性のことだ。
迷宮の中で孵化が始まった直後、卵の殻に開いた小さな穴からヴェイラが最初に見た物はケンの顔だった。その時のケンは動いていたし、声も出していたから刷り込みの条件は満たしていただろう。
「なるほど、そういうものがあるのか」
「これは地面の上を歩くカモなんかの話であって、飛べるようになるまで巣で暮らすツバメに刷り込みがあるかどうかは知らない。鳥人系の人間にそのまま適用できない可能性も高いから、話半分に聞いといてくれ」
「ああ、わかった。しかし、ヴェイラにそういった本能があるのだとすれば、今の状況は全く不思議でも何でもないな!」
ケンとしては認め難いが、やはり刷り込みによって親と見なされている可能性が一番高い。
卵を見つけた時の状況から考えると魔術的な何かが関係している可能性もあるが、その場合はパヴリーナに懐くはずだ。
「故郷に鳥人系の知り合いが何人もいるって言ってたはずだが、こういった話は聞いたことがないのか?」
「孵る直前になると『卵が置いてある部屋には両親以外入ってはダメ』と言われるからな。どうしてと聞いてもそういうものだとしか教えてもらえなかったし、猿人族のお産の時も父親と産婆ぐらいしか部屋に入れてもらえないのだから、それと同じようなものだと思っていた」
「……まあ、そういうもんか」
この世界では、生きていく上で何の役にも立たない知識を学んでいる人間の方が珍しい。
パヴリーナの場合は、将来的に逃げ出した"魔神の卵"を捜索する任務に就くことが決定していたため、この世界の平均水準と比べてかなり高度な教育を受けているが、鳥類の生態なんてものは教育課程に含まれていない。
自由神神官としての必須知識や、神聖術を含む戦闘技能の修得、派遣予定地域の言語や文化、政情など優先すべきものは他にいくらでもあるからだ。
そうやって雑談をしつつ、雛鳥の口に次々と食べ物を入れていく。
ベティが持ってきた食事の量はかなり多かったのだが、食欲旺盛なヴェイラは全てぺろりと平らげてしまった。
羽をばたつかせながらもっと欲しいとせがむ雛鳥に「もう終わり」と告げ、頭を撫でて大人しくさせる。するとヴェイラは、ケンの腹に寄り掛かってうとうととし始めた。
食欲が満たされたら次は睡眠欲。生まれたての赤ん坊としてあるべき姿だろう。
「ケン、おまたせー。ヴェイラちゃん寝ちゃったんだ?」
「ああ、有難うベティ。俺が食べ終わるまではここで寝かせておいて、その後は2階に連れてくよ」
「そうだね。寝るなら静かな場所のほうが良いもんねー」
ベティが丁度いいタイミングでケンの分の料理を運んできた。ヴェイラに中身を食べ尽くされて空っぽになった皿が下げられ、湯気を上げる作りたての料理がケンの目の前に置かれた。
ベティはヴェイラの頭を軽く撫で、また厨房へと戻っていく。
ケンは食材を作った全ての存在とエイダに対して心の中で感謝を捧げてから、料理を頂く。
「ああ、忘れるところだった!」
自分が注文した料理をとっくに食べ終え、ケンの膝の上で眠るヴェイラを慈愛の表情で眺めていたはずのパヴリーナが、いきなり声を上げた。
いつの間にか彼女の目線は、皿の上に乗った半熟卵に向けられていた。
「何がだ。料理は分けてやらないぞ」
「それは残念……ではなくてだな。ケンイチロウが帰ってくる少し前に、卵のことを神官長に報告したと伝えたかったのだ」
「どっちの『卵』だ?」
「もちろん両方だ」
先ほどのパヴリーナの発言を翻訳すれば『"魔神の卵"と迷宮の中で発見した卵の情報について、パヴリーナが所属する自由神教会の神官長に報告した』となる。
いつ届くのか、そもそもきちんと届くのか全く信用できない手紙ではなく、自由神教会に伝わる特殊な魔術を行使することで報告が行われた。
パヴリーナから話を聞く限り、使用者から目標に対して一方通行の<遠隔通話>といった効果のようだった。一方的に伝えることしかできない分、かなり遠くまで効果範囲があるらしい。
その魔術を行使するためには何やら触媒が必要らしく、パヴリーナが使命を受けて出発する時に支給された分は、長旅の間にとっくに使い果たしていた。
新たに手に入れようにもパヴリーナには金がなく、伝手もなかった。
その触媒は魔道具を作る時にも使われるとの事だったので、ケンが魔道具店【バロウズ】の店主を紹介してやり、前回の探索で得た金銭を使ってようやく連絡できるようになったのだ。
今回のお礼と"遺跡"調査で使う新魔道具開発の進捗確認を兼ねて、後日【バロウズ】を訪問する必要があるだろう。
「私の報告を聞いた神官長さまがどう動くかは何とも言えないけれど、これで私に何かあっても"卵"とこの子ことについては心配いらないな」
「縁起でもないことを言うなよ」
自由神教会にとって、魔神の封印体と自由神の気配を感じる卵から生まれた雛の存在は、どちらも重要極まりないものだろう。
どちらも入手経路が普通ではないことを合わせて考えると、すぐに何らかの対応が取られるに違いない。
自由神教会から人が派遣されてきたら、そいつに子守を任せよう。そう決めると少しだけ肩の荷が下りたような気分になる。
とりあえず今は、せっかくの料理が冷めてしまわないうちに食べるとしようか。




