表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第七章 最初の関門
75/89

第73話 探索者募集

第七章開始です。いつも通りぼちぼちと。

第六章までの概要は第1話の前に割り込み投稿していますので、よろしければ御覧ください。


前回のあらすじ:迷宮の中で見つけた不思議な卵が孵った。

 事の始まりは今から約1ヶ月半だけ遡る。


 ケンとカストたちが"遺跡"調査計画を推進するための「ギルド連盟」創設を目論み、【風の歌姫亭】で最初の会合を持った数日後。

 ついに、魔術師ギルドから計画の存在が公表された。

 ただし公表されたと言っても、それは"遺跡"の存在が多くの人間に知られるようになったという意味ではなく、下記のような求人情報が迷宮管理局や探索者として活動している魔術師を通じて布告されただけである。



 1.迷宮内部において研究調査を実施するため、調査補助任務にあたる迷宮探索者を募集する。

  主な任務は下記のとおりとする。

  ・調査員に対する探索技能、および迷宮内で行動するために必要と考えられる技能の教育

  ・迷宮内における調査員の護衛

  ・迷宮内に設置する予定となっている拠点に対する物資、機材等の運搬

  ・その他、調査計画の円滑な遂行のために必要であると認められる行為全般


 2.応募条件は下記の通りとする。

  ・第一<転移>門を通行可能であり、かつ迷宮中層で活動するために十分な能力を有すること

  ※ただし、水系統魔術師や治癒術師など、特殊技能を有する者についてはこの限りではない

  ・少なくとも1年以上、継続して任務に従事できる見込みがあること

  ・重大な犯罪歴がなく、素行が善良であること


 3.本情報が公表された日から1ヶ月を募集期間とし、応募者多数の場合は採用試験を実施する。

  応募は個人単位ではなく、数名ないし十数名程度のパーティ単位であることが望ましい。

  個人単位での応募は様式1を、パーティ単位での応募は様式2を使用すること。


 4.詳細な任務内容については、採用者にのみ開示する。


 5.報酬、待遇については別紙を参照のこと。応相談。



 他にも巨大な組織(お役所)ならではの細かな注意点や要求が書き連ねてあったが、実質的に意味のない無駄な文言であるためここでは割愛する。

 無駄な文言と言えば、項目3の『応募者多数の場合は採用試験を実施する』の部分についても、実は全く意味がなかった。

 カストたちが創ったギルド連盟の参加者だけで採用予定数の8割以上に達していたし、魔術師ギルド側はケンがモーズレイに行った提案(アドバイス)どおり、試験の名目で調査員たちを<転移>門まで連れて行かせようとしている。

 だから、仮に応募者が予定数に満たなかったとしても試験は実施されるはずなのだ。



 この求人情報が公開された直後から、探索者たちの間で大きな話題となった。


 それも当然だろう。

 好奇心の強い個人が物見遊山のために探索者を雇う、小規模な研究機関が迷宮の中で調査を行うために探索者を雇う、という程度であればこれまでも幾度となく行われている。

 しかし、そういった場合に雇われるのは数人程度という小規模で、迷宮に潜る回数も1回から数回という短期間のものでしかなかった。

 魔術師ギルドほどに規模が大きく、そして信用もある組織が百人規模の探索者を年単位で雇い続ける、なんて話は過去に全く例がない。


 最も噂の的になったのは、魔術師ギルドが「迷宮の中で何を調査しようとしているか」についてだった。

 ―――これほどの大人数を1つの計画に投入しようとしているのだ。迷宮に「何かがありそうだ」といった不確定な情報ではなく、強い確証があってのことに違いない。

 ―――募集条件から推測して、目標とする場所が中層にあるのは間違いない。探索中に偶然それを見つけた奴が、魔術師ギルドに証拠と共に情報を売ったのではないか。

 ―――魔術師ギルドが主導する計画なのだから、調査対象は魔術と関係のあるものに違いない。

 魔術師ギルドが行っている研究は魔法技術ばかりではなく、機械技術や農業技術、歴史や風俗、芸術、哲学、動植物の生態など極めて多岐に渡っているが、一般人の認識はその程度だ。



 探索者たちの勘や想像力というものも、そう馬鹿にしたものではないようだ。

 噂の大半は荒唐無稽なものだったり、穿った見方をしすぎて的を外していたりするが、中には驚くほど正確に事実を言い当てているものもあった。

 もしかするとギルド連盟の参加者や盗賊ギルドあたりから情報が漏れただけかもしれないが、どうせあと数ヶ月のうちには全て明らかになってしまう情報だ。

 人の口に戸は立てられないのだし、いまさら情報を隠そうとしても無駄な努力に終わるだろう。


 今となっては、"遺跡"が存在するという情報が漏洩していたところでケンは何一つ困らない。

 カストとポールだけであればともかく、ギルド連盟に勧誘するために他の探索者ギルドにも情報を渡しているのだ。遠からず秘密が秘密ではなくなると、分かりきっていた。

 この程度の情報は、初めからギルド連盟の参加者を集めるための撒き餌としか思ってなかったし、その役目はもう十分に果たしてくれた。

 ケンが"遺跡"に入るための()であるという秘密が漏れてしまっては困るが、この事を知っているのはモーズレイと彼の高弟数人だけなので、あまり心配はしていない。




 そして、募集開始から3週間が経過した頃、ケンはギルド連盟創設に続く一手を打つ。


 "遺跡"調査計画の責任者であるモーズレイに知人という立場を使って接触し、【ガルパレリアの海風】の一員としての立場で面会予約を取り付ける。

 モーズレイとの面会日は、求人の応募締切日から3日後。つまり、パヴリーナと共に迷宮から帰って来た日から数えて5日目の、今日のことだ。



 朝食を済ませた後しばらく経ってから、カスト、ポール、ケンの3人は貴族街の一角を占めるモーズレイの屋敷前まで来ていた。

 貴族相手の正式な面会ということで、正装とまではいかないが精いっぱい取り繕った小綺麗な格好をしている。

「……いやー、でっけえ屋敷だなー」

「そうですね。それに、他所(よそ)と違ってえらく威圧感があるような……」

「ここは、貴族の屋敷と言うより魔術師の研究所みたいな場所ですからね」

 見慣れているケンとしては今更どうとも思わないが、機密保護と防音、そして内部からの脱走防止の役割を兼ねる敷地をぐるりと囲む高くて頑丈な塀は、見る人間に対してかなりの威圧感を与える。

「ここじゃあ魔術人形(ゴーレム)を研究してるんだったか?」

「メインはゴーレムで、他にも色々とやってるみたいだ。俺も詳しくは聞いてない」


 3人の男たちは正門まで行って受付に要件とそれぞれの氏名を告げ、手続きを済ませてから敷地の中に入った。

 本日の受付担当とは顔見知りなので、ケン1人だけであれば顔パスでも通してもらえるのだが、初来訪のカストとポールの場合はそうもいかない。

 そうは言っても事前にきちんと面会予約を済ませてあるので、本当に形式的な手続きだ。

「オメエは本当に、ここに住んでるお貴族様と知り合いだったんだなあ……」

「信じてなかったのか?」

「いや、信じてなかったワケじゃねえけどよ、実際に見ると感心するっつーか、なんつうか……ビックリするだろ普通は。なあ、ポール?」

「はい、おやっさん。俺たちみたいな人間には、貴族と知り合う機会なんてありませんから。貴族の知り合いどころか、俺は貴族と話したことすら今まで一度もありませんぜ」

「そういうもんなのか……」

 カストやポールを含むこの世界の一般人にとって、貴族であるかそうでないかはかなり重要な意味を持つらしい。ケンにとってはあまり理解できない価値観だった。

 これは、親交のあるダニエルやモーズレイがあまり貴族らしくないからだろうか。それとも、単にケンが身分差というモノについて、あまり知識がないせいだろうか。



 ケンが先導してモーズレイの執務室に向かう途中、カストはいちいち騒がしかった。

 屋敷そのものの巨大さを目の当たりにして大騒ぎし、廊下に飾られた美術品の値段を想像して唸り、中庭で行われていたゴーレムの動作試験を見て感嘆の声を上げた。

 カストと同じく初めてモーズレイの屋敷を訪れたポールもそれなりに驚いてはいたが、カストのように騒がしくはない。

 筋骨隆々で、しかも禿頭の中年が子供のようにはしゃいでいてもあまり見苦しく感じなかったのは、カストの人徳か。単に、ケンがカストのキャラクターに慣れてしまっただけかもしれない。

 しかし、カストが騒がしかったのも中庭を通り過ぎるまでの話で、更に進んでモーズレイの執務室前に着く頃には、すっかり大人しくなっていた。


 最後の角を曲がり、モーズレイの執務室へと続く扉が見えたところでいったん立ち止まる。

「正面に見える部屋にモーズレイ導師がいらっしゃいます。モーズレイ導師は優しい方ですのでそれほど心配はないと思いますが、失礼にならない態度を心がけてください。今回の件は私が全て説明するつもりですが、モーズレイ導師から話しかけられた場合は、きちんと返答をするようにお願いします」

「お、おう……分かってるよ」

「ええ、承知しています」



 ケンが執務室の扉をノックすると、部屋の中からすぐに返事があった。

「誰かね?」

「お早うございます、モーズレイ導師。ケンイチロウです」

「おや、もうそんな時間だったか。鍵は開いているよ」

「はい、失礼します」

 扉の先、大きなガラス窓から初夏の光が差し込む広い部屋の中では、不気味という言葉を絵に描いたような風貌で陰鬱な雰囲気を漂わせるの(モーズレイ)が、大きな椅子に座って待ち受けていた。

 本人と面と向かっては絶対に言えないが、モーズレイが明るい場所にいると未だにかなりの違和感がある。

 深夜の墓場でじっと虚空でも見つめているべき存在が、何故か真っ昼間の公園で日向ぼっこをしているような感覚、とでも言えば解るだろうか。

 背後からカストとポールが動揺する気配を感じたが、初対面では致し方ないことかもしれない。


「前にケンイチロウくんと会ったのは、だいたい2週間くらい前だったかな? 元気そうで何よりだよ」

「はい、お陰さまで。モーズレイ導師の方はお変わりありませんでしたか?」

「私の方はいつも通り、と言ったところかな。この3ヶ月で資料の翻訳はだいたい終わったのだけれど、かなり難解な部分があって―――おっと、ずっと立たせておくのは失礼だね。ケンイチロウくんの友人たちにも挨拶をしなければいけないのだし」

 椅子から立ち上がったモーズレイに促され、カストとポールが部屋の中におっかなびっくりと部屋に入ってくる。カストの動きがぎくしゃくとしていた理由として、緊張と恐怖のどちらが大きかったのだろうか。



 部屋の入口から見て右側のソファーにモーズレイが座り、左側には奥からカスト、ポール、ケンの順に座った。

 全員が席についてすぐ、モーズレイの秘書役を務める魔術師がトレイを手に持って現れ、淹れたての紅茶が4人に振る舞われた。

 香り高い琥珀色の液体を一口飲んで口を湿らせてから、ケンが話の口火を切る。

「まずはお忙しい中、我々のために時間を割いてくださったことにお礼を申し上げます」

「このくらいは何でもないさ。私もケンイチロウくんには色々と世話になっているのだからね」

「もったいないお言葉です。ではまず、モーズレイ導師とは初対面となるこちらの2名を紹介させていただきたいと思います」


 モーズレイの視線を受け、今までの人生で一度も口にしたことがないくらいの高級品に目を丸くしていたカストと、もうすっかり普段通りの冷静沈着さを取り戻していたポールが居住まいを正した。

「モーズレイ導師には以前も少しだけお話ししましたが、私は現在【ガルパレリアの海風】という探索者ギルドでお世話になっています。そちらのギルドマスターであるカストさんと、副ギルドマスターであるポールさんです」

「俺は……ワタシはカストと言います。よろしくお願いします」

「ポールと申します。以後、お見知りおきの程を」

「初めまして、モーズレイです。貴方たちのお噂はケンイチロウくんからかねがね伺っていますよ。今回の調査計画にとても優秀な探索者が参加してくれるとは、心強い限りです」

「いえいえそんな!」


 何を言ったのだと目線で問いかけてきたカストを完全に黙殺し、素知らぬ顔のケンが話を進める。

「本日、この場にいる皆さんからお時間をいただいた理由は、もちろん"遺跡"調査計画に関係するご提案があってのことです」

「うん」

 モーズレイは「カストたちが"遺跡"の存在を知っている」ということを知っている。ただし、カストたちが創ったギルド連盟の存在については全く伝えていない。

 カストたちは「ケンがモーズレイと知人であり、"遺跡"調査計画に一枚噛んでいる」ことは知っているが、実はケンが魔術師ギルドの一員であり、計画の根幹に関与していることは教えていない。

 双方に対しては事前に、相手が持っている情報以上のことは口にしないように頼んであった。

 渡さなくても良い情報は渡さない。秘密を知らなければ漏らしようがないからだ。


 今からここで話し合われる内容も、外部に伝えるべきだと決定されたもの以外は公開しないことを事前に取り決めている。



「先に言っておくけれど、ケンイチロウくんが望んでいるのが『試験なしでの採用』といったものであれば、それは難しいかな。私には探索者の雇用に関して口を出す権限が無いからね」

「と、おっしゃいますと?」

「ケンイチロウくんならば分かっていると思うけれど、今回の"遺跡"調査はかなり規模が大きいものになる。私個人で用意できる分だけでは、予算も人手もまったく足りなかった。だから、協力してくれそうなところに色々と声をかけたのだよ」

 モーズレイは稀に見る富豪ではあるが、数百人にも及ぶ専門家たちを何年も雇い続けられるほどの資産は持っていない。

 だから、"遺跡"から得られるはずの情報や利益を分配することを条件に貴族などから出資を募り、同様に魔術師ギルドやその他の研究機関から人を集めた。


 目指す場所が「迷宮の中に隠された魔法帝国時代の遺跡」という眉唾ものの話にしては、驚くほど順調に資金も人材も集まったようだ。

 これは、計画の呼びかけ人が名誉を重んじる貴族社会の一員たるモーズレイであり、魔術師ギルドの長にして王国の宰相でもあるジョーセフが計画書の裏書人になっていたおかげだろう。

 モーズレイが誠実な人格者であることは貴族社会ではよく知られており、ジョーセフがこういった系統の嘘や冗談を嫌っていることは有名な話だ。

「色々なところから色々なモノをかき集めた結果、必然……と言ってはなんだけれど、当然のように主導権争いが起きてしまってね」

「仕方がありません。一部の人間にとって、権力争いは本能ですから……」


 血を流さない激しい闘争が繰り広げられ、勝者と敗者が決した。

 その結果として、"遺跡"調査計画の組織は内部で研究者・魔術師・探索者の三部門に分けられ、勝利した派閥からそれぞれ送り込まれた人間が、部門長として実権を握ることになっている。

 計画の発起人であり、"遺跡"に辿り着く方法を知るモーズレイが総責任者なのは変わらないが、権限はほとんど剥奪され、しかし責任だけは全て残された。



「なんとか、"遺跡"に関係する全ての情報を閲覧する権限だけは死守したけれどね。そうでなければ『この調査を行う意味がないので、私は撤退する』って脅してね」

「なるほど、そうでしたか……」

 ケンは頭の中にある予定表に「各部門長の調査」と書き込んだ。後で部門長の名前と肩書をモーズレイから聞き出す必要があるだろう。

 それを【黒犬】に教えてやれば、そいつの人相から家族構成、個人的な弱みや背後関係に至るまで大喜びで嗅ぎ回ってくれるに違いない。

 耳が速い"鼠"の頭領のことなので、ケンが教えずともとっくに知っているかもしれないが。

「そういった訳で、私が特定の探索者を雇えと命じてもそれが聞き入れられる保証がないし、どんな見返りを要求されるかわからないからあまりやりたくないのだよ」

「その点については問題ありません。カストさんたちであれば難なく合格することでしょう」

「頼もしいね」

 真っ当な試験によって採用の可否が決まるのであれば、カストとポールが率いる【ガルパレリアの海風】は簡単に突破できる。

 仮に真っ当ではない基準で決まるとしても、それならそれでいくらでもやりようはある。


「我々の提案というのは、今回の"遺跡"調査計画に参加する探索者、魔術師、そして研究者による"勉強会"の開催です。勉強会という名称が気に入らなければ、交流会でも親睦会でも構いません。どうせやる事は同じですから」

「勉強会? どういったことを学ぶのだね」

「探索者にとっては魔術師がどういった存在であるかを知る場であり、魔術師や研究者にとっては探索者がどういった人間であるかを知り、そして迷宮探索の基礎を学べる場にしたいと考えています」

 これから先、総勢数十人の探索者と魔術師がそれぞれにパーティを組んで迷宮に潜ることになる。

 人数的に主力となるはずの中層探索者のうち、魔術師とパーティを組んだ経験がある者はそう多くない。だから、魔術師がどういった考えを持っているか、魔術では何ができて何ができないかを魔術師側から発信させる。

 これによって探索者が魔術に抱く過剰な期待や過小評価を無くし、魔術が適切に運用されるようにしたい。


 もう一方の魔術師や研究者たちも、迷宮と探索者について詳しく知っている者はほとんどいないはずだ。

 世間一般では「探索者は荒くれ者である」という印象を持たれている―――その印象は完全に間違いとも言えない―――が、中層探索者ほどにもなれば誰かれ構わず噛み付く野良犬のような奴はまずいない。

 見た目は確かに厳つい男ばかりだが、実際に接してみれば大半は気の良い奴らなのだ。

 パーティを組むときは、人間関係が出来上がっている多数派の探索者たちの中に少数派の魔術師たちが入っていく形になる。

 事前に交流を持たせることで、ある程度は不安感が解消されるはずだ。



「最大の目的は、計画に参加する魔術師や研究者の方々に、迷宮の中で行動するために必要な知識を伝授することにあります」

「うん、それはとても重要だね」

「はい。こちらにいるカストさんは、これまでに数十人もの新人探索者を一人前に育て上げた経験を持つ、一流の教育者です。しかし、他のギルドにカストさんほどの実績を持つ人はいませんし、全くの素人をどう教育したら良いのか分からない人も多いかもしれません」

 下手をすると何も教育をしないまま連れ歩いて無駄死させたり、素人の迂闊な行動でパーティが壊滅的な被害を受けたりしないとも限らない。

 人員に被害が出れば計画の遅延は免れず、被害が大きくなれば計画が中止される可能性もある。

「カストさんとポールさんが教育を施すことで全体が底上げされ、"遺跡"調査を順調に進めることに繋がるのではないかと愚考した次第です」

「私はいいと思うよ。是非、やるべきだろう」


 モーズレイならば承諾してくれると思っていたが、最初のハードルはあっさり超えられた。

「それでは、モーズレイ導師とカストさんの共催で勉強会を開くということでよろしいでしょうか? 探索者側には我々が連絡しますので、モーズレイ導師には魔術師と研究者の方々にお声がけいただければ……」

「うん、引き受けさせてもらおう」

「お願いします。では、第1回の開催日は1週間後にしたいと考えていますが、モーズレイ導師のご都合はいかがでしょうか」

「1週間後か……私は大丈夫だけれど、ずいぶんと急な話だね。それだとあまり人が集まらないのではないかな?」

「はい。こちらもこういった事は初めてなので、最初は人数が少なくても構わないのです。1回目は参加できる方のみで、それ以外の方は2回目以降から参加していただければ、と」

「そうかね? では、1週間後ということにしておこうか」

「有難うございます」



 拙速は巧遅に(まさ)る。

 だから、組織内での地歩固めはなるべく早くから始めておきたい。

 "遺跡"調査計画の総責任者(リーダー)であるモーズレイとカストが(ちか)しい間柄だと示すことで、ギルド連盟の参加者たちにこちらが優位であることを認識させる。

 これは同時に、それ以外の探索者(ライバル)を牽制するためでもある。

 副次的な効果として、計画に参加する探索者の中で最も有力なカストがモーズレイを担ぐ姿勢を見せることで、モーズレイの権力基盤の強化も望めるかもしれない。


 そのあたりの薄汚い思惑についてはケンの胸中に秘めておき、モーズレイやカスト、ポールと相談しながら"交流会"の実施に必要な諸々の事柄を決めていった。

 昼の鐘(正午)が鳴る少し前には大枠は決定し、残りの細かい部分については決定次第伝えることを取り決めてから散会となった。

 会議の最後にモーズレイから昼食に誘われたが、カストとポールの緊張度が限界を突破しそうだったことを考慮して、これから用事があると伝えて辞退した。

 3人揃ってモーズレイの屋敷から辞した後、カストとポールは【風の歌姫亭】へ向かい、ケンは【花の妖精亭】へと帰る。



 実は、ケンに用事があるというのも嘘ではない。

 【花の妖精亭】で待っているはずの、最近できた()の世話をしてやらなければならないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ