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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第六章 孵化
74/89

第72話 パヴリーナ、迷宮からカエる

2015/4/16追記

一番最初に、完結済みの各章の概要を書いたものを割り込み投稿しました。

その関係でしおりの位置がずれているかもしれません。(しおりの仕様が理解できていないため、ずれているかどうかが分かりません)

 パヴリーナが探査の儀式を行うことで発見された隠し通路。その通路の先には1つの小さな部屋があった。


 ケンたちの少し先にある部屋は5メートル四方の大きさで、入口に扉はなく、部屋の中央には床と一体化した高さ1メートル程度の石製の台座がある。

 迷宮上層の所々に存在する単なる小部屋には一切の光源がなく真っ暗になっているはずなのに、この部屋は壁や天井から発せられる光によって明るく照らされていた。

 これらの特徴は全て、迷宮が稀に生み出して宝物を置くという噂の「宝箱部屋」と一致している。

 べつだん念入りに特徴を確認しなくとも、ケンが1年前に<水作成>のコップを見つけた時と全く同じ構造なのだから、彼には一目瞭然だった。



 隠し通路の先に宝箱部屋がある。それは何の問題もない。

 困難を乗り越えた先に財宝がある、あるいは幸運に恵まれた人間が財宝を見つけるというのは物語の定番で、迷宮を創った者あるいは迷宮自身はそういった"お約束"を守る奴だ。

 問題は、財宝が置かれているべき台座の上に鎮座(ましま)している物である。

「……卵?」

「ああ、卵だな!」「間違いなく卵だ」「あれはどこからどう見ても卵だ」「でかい卵だな」「何の卵だ?」

 台座の上には、大きさが猿人族の頭部ほどもある巨大卵が載っていた。平らな台座の上に支えもなく置かれているというのに、全く転がり落ちそうな気配はない。

「とりあえずもう少し近付いてみよう。まずは俺が罠を確認するから、少しだけ待っててくれ」

 宝箱部屋の入口から5メートルの位置に仲間たちを残し、ケンが先行する。

 入口に罠が仕掛けられていないことを確かめ、床や天井に異状がないことを確認する。部屋の中に入って台座の周りをぐるりと一周してみても、機械的な仕掛けは何一つ発見できなかった。

 魔法的な仕掛けの有無に関しては、ケンでは調べられない。今後のために、機会があれば<魔力感知>や<魔力分析>といった調査用の魔術を学んでおくべきだろうか。


 とりあえずの安全が確認できた後で仲間たちを部屋に呼び込んだ。

「たぶん大丈夫だと思うが、不用意に部屋の物を触るなよ」

 間近に来て上下左右どこから見ても、やはり台座の上にある物は巨大な鳥の卵にしか見えなかった。

 殻のどこにも継ぎ目は見えないので卵型の宝箱という可能性はなく、白地に茶色の斑点がついているという殻の様子からして「実は卵型に成形された貴金属の塊だった」という可能性も消えた。

「……もしかしてこれが宝か?」

「でかいけど何の卵なんだ、これは」

 誰に問いかけるでもなく発せられた質問に対し、思いがけず答えがもたらされた。

「うん、これは鳥人系の卵だな。私が知っているものとは少し違うみたいだけれど、おそらく(ツバメ)人族の子だろう」

「よく判るな、パヴリーナ」

「私の故郷では鳥人系の人が多かったという話はしただろう? 友達の家に遊びに行った時にたまに卵を見かけることがあったし、神殿には新しく生まれた卵を連れて祝福を受けに来る夫婦なんかもいたからな。だから、けっこう見慣れているのだ」

 見慣れているという彼女がそう言うのであれば、台座の上の卵は鳥人系の人間のものなのだろう。それを否定する材料をこの場にいる誰も持っていない。



「これがパヴリーナの言うとおり鳥人系の卵だったとして、どうしてこんな場所に置いてあるんだろうな」

「こんな場所に自分の子を置き去りにするようなひどい親がいるなどと、私は思いたくないな……」

 発見した時の状況から考えて、パヴリーナが心配しているような「何者かが外部から持ち込んだ」という線はごく薄い。

 単に子捨てをしたいだけなら迷宮なんぞに入らずともいくらでも捨てる場所はあるのだし、普通の小部屋に置かれていたのならばともかくとして、卵があったのは宝箱部屋の中なのだ。

 人間ではなく迷宮がここに設置したと考えた方が自然だろう。そもそも迷宮の存在自体が不自然だ、という話については考えない。


「パヴリーナは儀式で自由神の気配を探ってたはずなのに、この卵が見つかったのも不思議と言えば不思議だな」

「今回は細かい条件を指定せずに探したからな。自由神様と関連があるモノの中で、この卵が一番近くにあったということかもしれないな」

「関連? 自由神と鳥人系の卵に何か関連があるのか?」

「一説によれば、神になられる前の自由神様は鳥人系の人間だったらしい。だから鳥人系の間では自由神様の信仰が盛んな訳だな」

「……ほう?」

 嫌な予感が急速に膨れ上がっていく。ケンはさり気なく台座の上の卵から距離をとり、カストを初めとする男たちの陰に隠れた。

「どの種族だったのかについては色々と争いがあるのだけれど、(ハヤブサ)人族だったという説と燕人族だったという説が最有力のようだ。この()は燕人族のようだから、自由神様が地上に遣わした眷属だったり、もしかしたら自由神様の生まれ変わりだったりするのかもしれないな!」



 嬉しそうに微笑む(パヴリーナ)に対し、衝撃的な仮説を心の準備もないまま聞いた男たちみな一様に無表情である。

 ロマンがある話が大好物というカストでも、神の生まれ変わりなどという頭のネジが何本か飛んだような話はさすがに許容範囲外だったようだ。


 全員が無言のまま数十秒が経過した。このままこうしていても埒が明かない。

「とりあえず、原因や正体について考えるのは後回しにしよう。それで、卵はこのまま置いていくのか? それとも割ってみるのか?」

「ははははは、何を言っているのだケンイチロウ。この子は連れて帰って、孵るまで見守るに決まっているじゃないか!」

 ケンが意図的に除外しておいた第3の選択肢をあっさりとパヴリーナが選んでしまった。少しは場の空気というものを読んでほしいものだ。

「……良いのか、カスト」

「……まあ、見つけちまったしなあ。割るのも無視するのも後がこわ―――おいパヴ、ちょ、まっ」

 急に慌てだしたカストの視線の先には、台座の上の卵に手をかけるパヴリーナがいた。彼女は周囲が止める間もなく卵を持ち上げ、赤ん坊を抱くかのように胸の前で抱えた。

「よいしょっと、やっぱり重いけれど持って歩けないほどじゃないな。食料や水が減って荷物が軽くなっているのだし、明日には迷宮から出られるのだろう? そのくらいなら大丈夫そうだ……おや? どうしたのだ、皆」



 危惧していたような異変は部屋にも卵にも、パヴリーナ自身にも訪れなかった。


 一同は隠し通路を逆に進んでオークどもを斃したモンスター部屋へと戻る。

 隠し通路の入口で見張り役を務めていた2人はパヴリーナが抱いた巨大な卵を見てまず驚き、次に中であった出来事の説明を求めてきたが、説明は後ですると言ってすぐに出発の準備を始めさせた。

 とりあえず、卵は毛布で包んでパヴリーナの体の前に括り付ける。軽く地面に落としたくらいでは割れそうになかったが、なるべく両手は開けておいた方が良い。後で適当な布でも使って抱っこ紐でも作るとしよう。

 モンスター部屋を出発してから十数分で安眠草(スリーピング・グラス)が生えている小部屋に着き、いつもより少しだけ早めに夜営開始となった。


「―――ってわけよ。まあ、いま言ったのは全部ただの予想でしかねえけどな。迷宮から出たらいろいろと調べなきゃなあ」

 夜営の準備が一段落した後、胡座をかいた足の間に卵を置いて愛おしそうに殻の表面を撫でるパヴリーナを囲んで、情報の整理と共有が行われた。

 ただし、ケンだけは囲みから外れて部屋の隅に生える安眠草に黒砂糖の欠片をやっている。

 この草のような見た目のモンスターは、他のモンスターを近くに寄せ付けないだけではなく、見る者(ケン)の精神を安定させる効能までも持つという優秀な奴だ。

 甘いものを渡してやった時に披露される歓喜の踊りを見ていると、何故だか無心になれるのだ。

「宝箱部屋なんて、俺は生まれて初めて見ましたよ……噂だけは聞いてましたけど本当にあったんですねえ」

「そりゃそうだろうよ。迷宮に初めて潜ってから20年以上も経った俺だって今回が初めて見たってくらいに珍しいモンだからな。しっかし、最初に見た時はこれで俺も隠居する時が来たかと思ったんだがな……」

「中にあったのが卵っすからね……」

「だけどよ、別に損したわけじゃねえんだし、これはこれで面白くなりそうだから構わねえか!」

 呵々と笑うカストは強がりを言っているのではなく、心の底から楽しげな様子だった。

 パヴリーナの手前もあって誰も口にはしなかったが、宝箱部屋で見つかったのが期待していたような財宝ではなかったことに対して、残念がるような雰囲気があった。

 しかし、そんな沈んだ雰囲気もカストのおかげで少しは明るくなったようだ。


「ところでおやっさん、この卵って迷宮の外まで持って帰るんでしょう? 明日も半日くらい歩かなくちゃならねえと思うんですけど、どうやって運ぶつもりなんですかい?」

「ん、ここまで来た時と同じように私が運ぶつもりだったぞ。このくらいの重さなら、半日くらいどうってことはないさ」

「本人が言うならそれで良いだろ。元はといえばパヴリーナが見つけたもんだし、神さま関係の事は神官に任せるのが一番だからな」

 ケンとしてもカストの決定に異存はなかった。

 丁寧に扱わなければならない荷物であれば前線に出ない人間に持たせれば良い。このパーティならば、常に隊列の中央にいて基本的に戦闘に参加しないパヴリーナが適任だろう。


 本音を言えば、卵を持つのがケン以外ならあとはどうでも良いのだ。もういい歳ではあるが、血の繋がらない子供など欲しくはない。




 一夜明けた迷宮探索4日目。

 ケンたちは昼過ぎ頃に第一<転移>門の前に辿り着いた。正確に言えば、現在位置は<転移>門を守る門番(ガーディアン)がいる部屋へと続く扉の前である。


 迷宮の内外を繋ぐ<転移>門を通って迷宮の中に入るためには、それよりも前に<転移>門を通って外に出た経験がなくてはならない。

 そして、迷宮の中にある<転移>門を通って外に出るためには、門番に勝利しなければならない。

 門番に挑戦するのは何人がかりでもよく、勝利したその時に部屋の中にいた全ての人間が<転移>門を通過する資格を得る。挑戦者には既に<転移>門を通過する資格を持つ者が混ざっていても構わない。

「ちなみに今回の門番はロック・ゴーレムで、動きは鈍いかわりにかなり頑丈な岩人形ってやつだ。今日のメンバーはもう何度もゴーレムを倒してる熟練者(ベテラン)ばかりだから、よほどのヘマをしない限りパヴリーナの出番はないだろうな」

「うーん。なんだかズルをしているような気分になってしまうな」

「それは完全に【ガルパレリアの海風(ギルド側)】の都合だから、パヴリーナが気にする必要はないだろうよ。真っ当なやり方で先に進んでも死ぬ奴は死ぬし、ズルをしても生き残る奴は生き残る」


 今は最後の決戦前の準備を兼ねた休息の最中だ。

 他のパーティメンバーたちは防具の点検に余念がなく、主武器として剣や槍を使っている者は副武器の鎚矛(メイス)戦鎚(ウォー・ハンマー)連接棍(フレイル)といった物の準備・点検も行っている。

 そういった準備の必要がないケンとパヴリーナは手持ち無沙汰なため、暇つぶしに迷宮や門番についての講義を行っていたのだった。



「おう、準備はいいな? それじゃ行くぞ!」

 全員の準備が整った後で、ケンたち一行は順番に門番部屋に入っていく。まずはリーダーのカスト、続いて他の戦士たちが入り、最後から2番目がパヴリーナ、最後がケンという順番だった。

 最後に入ったケンが入口の扉をしっかりと閉める。こうしておかないとゴーレムを破壊しても勝利したとはみなされず、<転移>門は起動しない。

 ゴーレムと戦っても勝てないと判断した場合は扉を開けて逃げることもできる。ゴーレムは頑丈なだけで動きは鈍いので、その気になれば逃げ出すのは簡単だ。

 ケン自身はそんな場面に遭遇したことが無いので聞いた話だが、門番部屋の中で誰かがゴーレムと戦闘中の場合、部屋の中からは扉を開けられるが外からは開けないようになっているようだ。


「あれえ? なんかもう動いてねえか、ゴーレム」

「ああん?! そんなワケ……確かに動いてやがるな。どういうこった」

「おい、ゴーレムってこんな色じゃなかったよな」

 ケンが戸締まりを確認してから壁際に自分の背嚢を置く最中、仲間たちが部屋の一番奥にいるゴーレムを見て何やら騒ぎ出した。

 何事かと思ってゴーレムの方を振り向くと、誰かが部屋の中央よりも先に侵入しなければ起動しないはずのゴーレムが、どうしたことか既に動き始めていた。

 まだ8人全員が扉からそう離れていない場所に残っているし、門番部屋には隠れ場所になるような障害物は一切置かれていないので、先に部屋の中に入っていた誰かのせいで動き始めたという可能性もない。


 ゴーレムに発生している異変はそれだけではなかった。

 <転移>門を通るたびにケンがいつも目にしているゴーレムの体は土色の石でできていたはずなのに、今この部屋にいるゴーレムは全身が黒くなっている。

 それに加えて、普通のゴーレムに比べて体格が一回り大きい。



「一箇所で固まってんじゃねえ! 動け!」

 カストの叱咤を受けて全員が弾かれたように動き始めた。

 カスト以下6名の戦士たちは各々の武器を構えて素早く部屋の中央付近まで前進し、事前の打ち合わせ通りカストを中心にして隊列を組む。

 戦線が崩壊した場合に立て直しが終わるまでゴーレムを引き付ける役目を負ったケン、それと卵を抱えた治癒術師のパヴリーナは、彼らの背後に隠れるような場所で待機した。


「いつもより動きが速い! 気をつけろよ!」

 普段見る茶ゴーレムは大人が歩くよりも遅い速度でしか移動できないのに、今回の黒ゴーレムはそれに倍する速度でこちらに迫ってくる。大きさも相まって威圧感は普段の2倍増しになっていた。

「来るぞ! 避けたら足に一発。いつもと違うから深追いはすんな!」

「「「「「おう!」」」」」

 カストは、自分が立っている場所へまっすぐ進んでくる黒ゴーレムを十分に引き付け、攻撃を仕掛けてくるであろうタイミングで全力で横っ飛びする。

 そして、空振りをして動きが止まったところに他の5人が一斉に黒ゴーレムに攻撃を加える―――ことはできなかった。

 黒ゴーレムはカストたちに対して一切の関心を示さず、ケンとパヴリーナがいる場所を目がけてまっしぐらに進んでいったからだ。

 2人の男が黒ゴーレムに追いすがって背後から攻撃を加えたが、その程度では足を止めることはできない。

「左に走れパヴリーナ!」

「分かった!」

 ケンがパヴリーナの前に進み出て黒ゴーレムの注意を引き付けようとするが、肝心の黒ゴーレムは途中でぎこちなく方向転換すると、逃げるパヴリーナを追いかけた。



 門番部屋の外周部分を利用したパヴリーナと黒ゴーレムの追いかけっこが始まった。

 黒ゴーレムが追う速度よりもパヴリーナが逃げる速度の方が上なので、逃げ続けている限り攻撃を食らうことはない。

 だが、パヴリーナの体力が有限であるのに対して黒ゴーレムの体力は無限という、最終的に負けることが決まっている勝負だ。

 カストたちが黒ゴーレムの通り道で待ち伏せして、通りかかるたびに全力で攻撃を加えていたが―――黒ゴーレムの再生速度がカストたちが与えるダメージ量よりも多いせいで、実質的に何の効果も上げられていない。


「いったん部屋から出て、態勢を立て直そう!」

「おうよ!」

 入口から一番近くに居たケンが扉を開こうとするが、全力で押しても引いてもびくともしない。愛用の黒いメイスを使って全力で殴りつけても、扉には毛筋ほどの傷も付けることはできなかった。

「開かない!」

「どけ!」

 カストが使う戦斧(バトル・アックス)の一撃でも状況は変わらず、ケン以外の6人がかりで押しても体当りしてもやはり扉は開かない。

「閉じ込められたか……」

 こうなっては認めざるを得なかった。

 ゴーレムの状態が普段と全く違うことから考えても、何らかの力が働いているのは間違いない。


「どうする、カスト。多分、あの黒いの(ゴーレム)を壊さないと扉が開かないぞ」

「そりゃあやるしかあるめえよ。攻撃が通らないわけじゃねえから、なんとかなるだろ」

「問題は、ゴーレムがパヴリーナばっかり狙ってることだな」

「まさかゴーレムは自由神が死ぬほど嫌い、ってワケじゃねえよな……?」

 戦闘開始からずっと小走りで逃げ続けているパヴリーナには、そろそろ疲労の色が見え始めている。あまり悠長に考えている時間はない。

「ひとつ試してみたいことがある。カストたちは部屋の真ん中あたりで戦う準備をしておいてくれ」

「あいよ!」



 ゴーレムが特定の神を信仰する者、もしくは特定の人物だけを執拗に付け狙ったという話は今まで聞いたことがない。迷宮が自由神神官だけを毛嫌いする理由もないはずだ。

 落ち着いて考えてみれば、狙われる原因として「自由神神官」よりもかなり怪しく、狙われることが納得できる物に思い当たる。

 もしかすると、黒ゴーレムが狙っているのは「パヴリーナ」ではなく、彼女が今も布で包んで胸に抱えている「卵」の方ではないだろうか。

 答えを確かめたければパヴリーナと卵を引き離してみれば良い。ケンは部屋の外周を走るパヴリーナと並走し、卵の引き渡しを要求する。

「パヴリーナ、卵を渡せ!」

「どうしてだ!」

「ゴーレムが狙ってるのは、お前じゃなくて卵かもしれない」

「しかし……」

「大丈夫だ。ちゃんと守る!」

「……うん、分かった!」


 卵を包んだ布は縄でパヴリーナの体に固く結びつけてあり、走った状態では外すのが難しい。

 仕方が無いのでパヴリーナが懐に隠していた短剣(ナイフ)を使って縄を切り、転がり出てきた卵をケンがしっかりと胸に抱き留めた。

「任せたぞケンイチロウ!」

 卵を手放したパヴリーナはそのまま部屋の外周を走らせ、卵を抱いたケンが進む方向を変えてカストたちが待ち構える部屋の中央へと向かう。

 果たして、黒ゴーレムは向きを変えてケンの後を追い始めた。



 ケンは全力で走って黒ゴーレムを引き離し、縦2列に並んだカストたちの間を通り抜けてから足を止めて振り返る。

「カスト!」

「よしきた!」

 相変わらず卵以外に目もくれない黒ゴーレムに対して、カストたちが全力の攻撃を叩き込む。相手が避けようともしないので外しようがない。攻撃が当たる度に大きな音が響き、黒ゴーレムの表面が削れて石の破片が飛んだ。

 ここまではパヴリーナを追いかけていた時と同じだったが、ケンの場合は一箇所に踏み止まっている。

 黒ゴーレムは走り寄ってきた勢いのままに右の拳を頭上に振り上げ、卵を叩き潰そうとするかのように地面目がけて振り下ろす。

 卵を抱えたケンが頭上から降ってくる拳をかいくぐり、黒ゴーレムの側面へと回り込む。目標を外した石製の拳が床に衝突して恐ろしげな音を響かせた。


「よいっしょお!」

「もういっちょ」

 空振りのせいで動きを止めた隙を逃さず、1人が両手持ちのメイスで黒ゴーレムの右腕にわずかにヒビを入れ、ウォー・ハンマーを持った別の1人が左足の爪先を少しだけ欠けさせた。

 黒ゴーレムが(ケン)を狙うために方向転換している間は、石の置物を相手しているのと大差が無い。自分が狙われることはないととっくに気付いていた男たちは、回避のことを考えず全力で武器を振るっていた。

 直接狙われはしなくとも、振り回される黒ゴーレムの手足をどうしても回避しきれずに当たってしまうことがある。

 だが、引っ掛けられたくらいでは大した怪我にならないし、手足の1本や2本折れたところで治癒術師のパヴリーナが治してくれるのだという安心感がある。

 黒ゴーレムは移動速度や防御力だけではなく再生速度まで茶ゴーレムを上回っていたが、それでも着実にダメージを蓄積し始めていた。



 勝機が見えたと言っても、ケンは全く安心できなかった。

 黒ゴーレムが茶ゴーレムの倍近い速さがあると言っても、攻撃の予備動作(モーション)が大きいというのは変わっていないので、落ち着いて動作を見ていれば避けるのはそこまで難しくない。

 しかし、かすっただけで大怪我を負い、直撃すれば即死しかねないような攻撃をぎりぎりで(かわ)し続けるのは、体力以上に神経が削られていく。


 ただ避けるだけなら大きく距離を取ればいい。

 だが、(ケン)の位置が大きく動くとそれを追って黒ゴーレムも移動するので、味方の攻撃機会が減ってしまう。

 黒ゴーレムの攻撃が届かない距離を保ち、方向転換の速度に合わせてぐるぐると周囲を回り続けていれば、手や足が繰り出されることはない。

 しかし、それをやると味方たちがケンの位置を常に気にしながら黒ゴーレムに対処しなければいけなくなり、やはり攻撃機会が減ることになる。

 黒ゴーレムが無尽蔵の体力と再生能力を持っている以上、戦闘が長引くことで一方的に不利になるのはこちらの方だ。


 可能な限り短期決戦が望ましい。

 だから、ケンは黒ゴーレムの射程圏内にできる限り留まり、卵を強く抱きしめて、背中にびっしょりと冷や汗を掻きながら攻撃を避け続ける。



 それから1時間は経っただろうか。

 いや、ケンの体感時間としては1時間どころではなくもっと長かったが、彼の体力が動きっぱなしでそれほど保つはずがないので、もっと短かったに違いない。

 どんなに長くともせいぜい十数分といったところだろう。

 途中で何度も「卵を放り出して逃げる」という誘惑に負けそうになったが、その度にパヴリーナに対して「守る」と約束したことを思い出して邪念を追い払った。

 卵を壊したところでゴーレムが止まるという保証はなく、卵が割れた時に何が起こるか考えるのが怖かったという理由もある。


 そして遂に、攻撃を集中させていた右足がカストの一撃によって砕けて折れ、バランスを崩した黒ゴーレムの巨体が地響きと共に地面に倒れた。

「いぃよっし!!」

「やったな!」「「「「「さすがおやっさん!」」」」」

 仲間たちから歓声が上がったが、まだ全部が終わったわけではない。黒ゴーレムは残った手足を使って地面を這いずり、執拗に卵を付け狙っている。

 だが、それもただの悪足掻きにしかならなかった。

 卵を抱えたケンが攻撃を受けない距離を保ちつつゆっくりと逃げまわり、仲間たちが地面の上の黒ゴーレムをめった打ちにする。

 右手が砕かれ、次に左足が砕かれたところで雌雄は決した。



「あ゛ー……終わったー……」

 最後に残った左手が砕かれ、黒ゴーレムが完全に戦闘能力を喪失するまで見届けてから、ケンは地面に座り込んだ。念の為に、まだ黒ゴーレムから目を離さない。

 折れた手足が小石になるまで砕かれ、最後に残った頭と胴体を仲間たちが囲んでそれぞれの武器を振り下ろしている様子は、まるで土木工事でもしているかのようだ。

 いつの間にかパヴリーナまでがケンが途中で投げ捨てた黒いメイスを握って囲みに加わり、太鼓でも叩くようにして楽しげに黒ゴーレムを打ち据えていた。

 さんざん怖がらせてくれたお礼にケンも殴ってやりたかったが、もうあまり動きたくはない。

 胡座をかいた足の間に卵を置いて仲間たちを見守るだけにする。


 ―――コツリ

 離れた場所で響く(ゴーレム)が砕ける音に混じって、すぐ近くからノックのような音が聞こえてきた。

 周囲を見回したが右にも左にも後ろにも動くモノは何も見当たらない。ただの空耳だろうか。


 ―――コツリ、コツリ

 空耳ではなかった。音の発生源は後ろではなくケンの体の前にあった。

 音に合わせて僅かな振動が伝わってくる。心なしか、卵が最初に受け取った時よりも温かくなっているような気がする。

「おい、パヴリーナ! 卵!」

 慌てて保護者を呼びつけたが、彼女の反応は鈍い。

「えーっ?! 卵? 大丈夫、ケンイチロウが卵を守ってくれたのはちゃんと見ていたぞ!」


 ―――コツリコツリコツリ

「いやそうじゃなくて、卵!」

「うんうん。その子だって、ケンイチロウが守ってくれたことをちゃんと分かっているさ」

 なんという勘の鈍い女だろうか。

「違う! 卵が孵りそうなんだから、早くこっちに来い!」

「本当か?!」


 ―――コツコツ、コツコツ

 パヴリーナをこちら呼ぶのではなく、ケンがあちらまで持っていけば良かった事に気付いて立ち上がろうとしたが、力が抜けてしまった足がなかなか言うことを聞いてくれない。

 卵を両手で抱えるのをやめて、立ち上がるのに足だけではなく片方の手も使えば良かったのに。


 ―――コツコツコツコツ、パキリ

 ケンの腕の中で、破滅の音が響いた。

 恐る恐る卵を見るケンと、卵の殻に今しがたできた穴から覗くまん丸の目がばっちりと合わさった。


「ピィ!」

これで第六章は終了です。

申し訳ありませんが、再開までしばらくお待ちください。

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