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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第六章 孵化
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第67話 自由と秩序

 5日間にも及ぶ魔術師ギルド長主催の特別集中訓練入門編の全行程は、見事に踏破された。

 無事に終わったかどうかという観点で評価すれば、参加者のうちの1人が精神的に多少追い詰められたという程度であり、その参加者も結局は生還したのだから「何の問題もなく無事に終わった」と表現しても間違いではない。

 古来より「結果良ければ全て良し」と言うではないか。



 今回の集中特別訓練は、師弟たちとその周囲にいくつかの変化をもたらした。


 ケンが貢献した(人体実験)のおかげで魔力増強薬が完成に一歩近付き、訓練風景を多数の魔術師ギルド員が目撃したせいで、前々から畏れられていたジョーセフが更に畏怖されるようになった、というあたりの事情はケンに直接は関わってこないのでどうでも良い。

 ジョーセフの持つ威圧度の能力値(パラメーター)が上昇したせいで、老魔術師の直弟子であるケンも前より恐れられるようになった気もするが、ケイトやアイリスの態度は特に変わらなかったので別段気にしてはいない。

 魔術師ギルドの準ギルド員から正ギルド員に昇格したことは、ケン自身にも関係する比較的大きな変化のはずだが―――既に持っていた「ジョーセフの直弟子」という肩書の影響(インパクト)が大きすぎたせいで実感できるような変化はなかった。


 ケンにとって最も大きな変化と言えば、やはりきちんとした魔術を修得できたことであろう。

 この5日間で新たに使用可能となった魔術は、覚えた順に<持続光><閃光><水操作><土操作><風操作><火操作><水破壊><水作成><発火>の合計9種類だった。

 ジョーセフが訓練開始時に設定した「5日間で10種類」という目標(ノルマ)に到達できなかったせいで老魔術師は少々ご立腹だったが、一般的な尺度で評価すればこれでも十分に良い結果である。

 目玉が飛び出るほど高価な魔力増強薬を大量投入してこの程度か、と言われれば返す言葉もないが、そもそも無茶な目標設定だったのだと弟子側としては強く主張しておきたい。



 目標設定が妥当だったかどうかはさておき、途中までは達成が期待できるペースで魔術の修得が進んでいたのは確かだった。


 ジョーセフが言った通り、<水操作>の習熟にさんざん時間をかけたおかげで<土操作><風操作><火操作>は特に難しくなかった。あまりにもあっさり行き過ぎて、何か間違えているのかと疑ってしまったくらいだ。

 その直後に学んだ<水破壊>についても、先に元素操作系魔術を学んで「水元素がどういったものか」を掴んでいたおかげもあって、さほど困難ではなかった。

 ケンの<水破壊>によって発生する現象が水元素の「破壊」ではなく「拡散」や「蒸発」と言うべきものになってしまったことについては改善すべきだろうが、期待されている結果は出ているのでそこまで問題にはならないはずだ。

 そもそも元素破壊系魔術は実用するものではなく、それより上位の元素系統魔術を修得するための準備段階でしかない。ちょうど、魔力制御を会得するために<光>を覚えたようなものである。



 しかし、順調に修得が進んだのはここまでで、続く<水作成>の修得では大苦戦することになった。

 元素作成系魔術で躓いてしまったのは、ケンが魔力という非物質的な存在(モノ)が、水元素という物質的な存在に変化するという部分を上手く想像(イメージ)できなかったからだ。

 魔術が「そういうもの」だと理屈では理解しているつもりでも、やはり何も無いところからいきなり水や土が現れるという光景を想像(イメージ)するのは難しい。

 <持続光>も「魔力を光子という物質に変化させる」という意味では似たようなことをしているはずだが、それはそれ、これはこれ。光は元々特殊なものだという認識があったので全く気にならなかったのだ。

 ここに壁があるのは他の大多数の魔術師たちも同じで、ある系統の作成系魔術を習得できるかどうかがその系統の魔術を「使える」と言えるかどうかの分かれ目のようだ。


 魔術を行使するためには「引き起こそうとする現象をきちんとイメージ」しなければならないのに、術者がそのイメージを否定しまっては成功するはずがない。

 仕方が無いので、ジョーセフが「魔力が水元素に変わるのは当然」だと丸2日かけて根気強く教えこむ(洗脳する)ことで、ようやく<水作成>の発動に成功するようになった。

 今はまだ成功率があまり高くない上に、消費する魔力量に比べて作成できる水の量が少なすぎるせいであまり実用的ではないが、迷宮の中で水を確保できる手段が増えたことは喜ばしい。

 頼りない細い紐のようなものであっても、命綱は多いに越したことはないのだ。



 5日という短い期間では目標としていた<消臭>の修得はできなかったが、ジョーセフ曰く「ここまで来れば、あとは自力でも楽勝じゃろう」だそうである。

 あの老人は、魔術に関係することならば何でも「簡単じゃ」と言うのでケンは全く信じていないが、老魔術師が言ったことは全くの嘘でもない。

 ケンの魔術修行はまず体内の魔力を認識して制御するところから始まり、体外への放出、圧縮、体外に放出した魔力の制御、魔力の元素への変換と学んできたが、世に知られている魔術の大半はこれらの技法の組み合わせによって成立している。

 新たな魔術を修得するのは困難かもしれないが、決して不可能ではない。基礎を身に付けられているなら、あとは応用力の問題である。


 しかし、ケンの場合応用に乗り出す前に基礎を固めるという高い高いハードルがあるし、指導者がいない状態で新たな魔術を修得するのは新魔術を発明することと同じくらいに困難であることを考えれば、やはり老魔術師言っているのは嘘に近いかもしれない。




「やあ! おはよう、エイダさん、ベティ。おはよう、ケンイチロウ」

「パヴリーナさんおはよー」

「おはよう」

「はいはいおはようさん。料理はすぐに作ってやるからね、顔洗って手も洗ってから椅子に座って大人しく待ってな!」

「エイダ母さんが作る物は、何を食べても美味いから楽しみだなあ!」

 魔術の集中訓練期間が終わってから既に10日が経った。

 大方の予想通り"魔神の卵"に対する処置はまだ何一つとして決まっておらず、従って自由神神官のパヴリーナも【花の妖精亭】に滞在を続けたままである。


 竹を割ったような性格で全く物怖じしない彼女は、滞在を始めてからの十数日間ですっかり周囲に受け入れられているようだった。

 最初の2,3日はさすがに少しは遠慮している様子も見受けられたのだが、ケンが【ガルパレリアの海風】の攻略パーティと共に迷宮中層に潜り、そして戻ってきた時にはもう、実家に帰省してきた息子さながらの寛ぎ具合を見せるようになっていた。

 ここまで来ると神経が図太いというより、いろいろと大雑把なだけではないかという気もしてくる。

 そういう性格でもなければ、使命があったとは言え1年近くも野宿を繰り返しながらの貧乏旅を続けていられなかっただろうから、ケンとしてはあまりとやかく言うつもりはない。



 野宿と言えば、初めて会った時は正直に言って見すぼらしい状態だったパヴリーナの格好は、今では見違えるようになっていることに触れておく必要があるだろう。

 彼女が灰色に薄汚れた神官着にボサボサの髪、頬が()けて肌も荒れ放題という女としてあるまじき状態だったのも今は昔。

 ケンのテーブルを挟んだ向かい側の椅子に座って朝食の出来上がりを待つパヴリーナは、こざっぱりとした服装をしているのに加えて髪もきちんと整えてあり、食事事情が改善されたおかげか肌艶も良い。

 髪型を整える時に元から短めだった髪はさらに短く切り揃えられ、元々凛々しい印象だった彼女はもう雄々しいと言っても良いくらいに精悍を増していた。

 当人の男前な性格も加わって、今のパヴリーナは「男装の麗人」を通り越して「中性的な男」の領域にまで達してしまい、そのおかげで食堂の常連である中年男どもより近所に住む奥様方や若い娘さん方に大人気となっていた。


 黄色い声を上げる奥様お嬢様たちは全くご存じない事だが、パヴリーナが現在の状態を保っているのは彼女が自発的にやっているのではなく、実はエイダが半強制的にやらせていることである。

 ケンはその場に居なかったので後から聞いた話だが―――魔術師ギルドの受付嬢であるアイリスに案内されて【花の妖精亭】にやってきた宿泊客(パヴリーナ)に対し、エイダがまずとった行動は宿泊室の1つに押し込んで有無を言わせず汚れた着衣を全て剥ぎ取ることだった。

 武術の訓練を積んでいるパヴリーナでなら逃げようと思えば簡単に逃げられるはずだったが、使命感に燃えるエイダの迫力に押されてされるがままになっていたそうだ。

 綺麗好きのエイダにとって、パヴリーナの不潔さは許容範囲を遥かに超えていたらしい。

 エイダは持ち主の了解も得ず荷物を漁って全ての洗濯物を持ち去ってしまい、丸裸で取り残された服の中身(パヴリーナ)はベティの手によって頭の天辺から爪先まで洗い清められた。


 夜になり、魔術の訓練を終えて【花の妖精亭】に帰ってきたケンが目撃したのは、ぶかぶかの男服を着て食堂の隅にあるテーブルで呆けるパヴリーナの姿だった。

 いったい何があったのだと尋ねたケンに対し、前述の情報を説明した後に付け加えるようにベティが言った「なんかすごかったよー、筋肉」という言葉だけは、どうしてか今も鮮明に覚えている。



「ああそうだ、ケンイチロウ。1つ聞いても良いだろうか」

 ベティが運んできた朝食をあっという間に全て平らげたパヴリーナが、普段通りの溌溂とした様子で問いかけた。

「聞いても良いが、何だ?」

「今日、魔術師ギルドで会う予定のアルバートとその仲間たちのことだけれど、ケンイチロウはその人たちを知っているのか?」

「ああ、知ってるぞ。有名人だからな」

 パヴリーナとアルバートたちが会うことになったのは、もちろん"卵"が関係している。

 と言うのも、オーク・リーダーを斃せたのはほぼアルバートとエミリアの功績によるものであり、アルバート、クレア、エミリア、ダーナの4人はケンと同様に"卵"の所有者でもあるからだ。

 正体がまだ不明だった時期に、アルバートから「ケンが好きなように処分して構わない」と言われているし、もしかしたら彼らはそんなものの存在すら忘れてしまっているかもしれないが、筋は通しておくべきだ。


 あれが本当に"魔神の卵"だったとして、パヴリーナが言うように数年から十数年に一度の割合で暴れ始めるのだとすると、アルバートが現役の間に最低でもあと3,4回は活動期がやってくるはずだ。

 前回は復活場所が迷宮の中という一種の閉鎖空間であり、大きな被害が出る前に討伐してしまったのでほとんど誰にもアルバートたちの偉業は知られていない。

 下層探索者たちがそうしているように自ら業績を宣伝しているなら話は違っていただろうが、目撃者たちはこの世に亡く、アルバートたちに名誉欲はない。事情を知るケンやジョーセフたちにとって、情報を隠す理由はあっても積極的に喧伝する理由はなかった。

 だがアルバートであれば、持ち前の運命力によって多くの人間が目撃する中で「魔神討伐者」となる機会(チャンス)を引き寄せてしまう可能性がある。


 将来書かれるかもしれない"勇者アルバート伝説"の中で「黒尽くめの盗賊(シーフ)は、実は勇者の手から復活前の魔神を逃がそうと暗躍していた悪の手先だったのです!」なんて登場の仕方は間違ってもしたくない。



 そんな妄想じみた将来予測は自分の心の中だけにしまっておき、今はパヴリーナからの質問に答える。

「アルバートたちは4人組の迷宮探索者で、全員が迷宮未経験の新人だったのにたった半年で上層を突破した凄腕だよ。今は迷宮中層を順調に攻略中、って噂だな」

「私は迷宮についてよく知らないんだが、それはそんなにすごいことなのか?」

「そんなに凄いも何も、新人パーティの上層突破時間の最短記録だよ。この先100年は更新されないんじゃないかってくらい、2番手以下を引き離してぶっちぎりの。中層でも同じような記録を作るんじゃないかと思ってる奴は俺を含めて結構いるだろうな」

「ほう! それは大したものだな!」

 アルバートたちと言えど、現時点での「探索者パーティ」としての能力はさすがに下層探索者たちに一歩及ばない。しかし、彼らの場合は大きな事をやってくれるという期待を持たせるだけの何かがある。

「どういった人たちなんだ? アルバートと彼の仲間たちってのは」

「個人的な評価としては―――」


 リーダーのアルバートは両手剣を扱う超一流の剣士で、勘が異常なくらい鋭い猿人族の男。元々は探索者の中で騒がれていただけだったが、去年の収穫祭の時に行われた闘技大会を境にして一般にも広く名前が知られるようになっている。

 秩序神神官のクレアは、そんなアルバートの姉のような存在らしい。治癒術師として優秀なのはもちろん、戦士としての実力も一流と言える域にある。アルバートとは別の意味で底が知れない女だ。

 エミリアは若くして一流の魔術師だった。小柄な体格のせいで体力面には不安があるが、魔術の威力と魔力量はそれを補って余りある。柔軟な思考を持っているので、これから先もどんどん魔術師として成長していくに違いない。

 猫人族のダーナは、身軽で聴覚に優れるという種族特性を活かしてパーティ内では偵察者(スカウト)を務めている。前述の3人は対人能力に少々難があるので、パーティの中では唯一常識人枠に引っかかっている彼女が、対外的な交渉を一手に担っているようだ。

「個々の能力が高い上にチームワークも良い。探索者パーティとしては前衛・中衛・後衛のバランスも取れていると思うんだが……人数が少なすぎるのが玉に瑕だろうな」



「うーむ、秩序神の神官か……」

 ケンの説明を聞き終えたパヴリーナは苦り切った表情を見せていた。

「やっぱり、秩序神と自由神の信者っていうのは仲が悪いものなのか?」

「良くはないな。教義がほとんど正反対なのだから親しく付き合えないのはしょうがない部分もあるが、だからと言って理由もなく嫌がらせをしてくる奴らと仲良くはできるはずがない。ケンイチロウだってそう思うだろう?」

「そりゃあね」

 ここ、マッケイブの町があるレムリナス王国とその近隣諸国では秩序神の影響力が圧倒的に強く、自由神の影響力は皆無に等しい。

 秩序神教会の中には自由神を邪教として位置付けて「積極的に排除すべきだ」とする急進的な一派も存在し、そこまで過激ではなくとも自由神の教義は受け入れがたいと考える信者が大半であるため、パヴリーナも肩身が狭かっただろう。


「ただ自由神様の信徒であるというだけで、私は何もしていないのだぞ! それなのに、道を歩いただけで犯罪者を見るような目で見られたり、きちんと代金を払うと言っているのに店で買い物するのを断られたり、乗り合い馬車で乗車拒否されたり……」

「大変だな」

「その点、ここはいい町だな! 初対面の人間でも特に警戒されないし、私がどの神の僕であるか知ったとたんに態度を変える人も少ないし、ここに来るまで見たこともなかった物がたくさんある。それにエイダさんは親切で飯は美味いしベティは可愛い」

「途中から違う話になってるぞ? ……まあ、この町はいろんな場所からいろんな奴が来る場所だからな。余所者じゃない奴の方がむしろ珍しいし、思想信条で区別してたら何もできなくなる」

「そのあたりは自由神様の教えを体現しているとも言えるな」

 差別をするなという法や掟がある訳ではないし、全く差別が存在しない訳でもないが、それは表に出さずにおくのが自分の身のためだ。

 侮蔑した相手が少数派(マイノリティ)とは限らないし、マイノリティであることは弱者であることを意味するのではないからだ。

 自らの行動の結果は自らに帰る。町の中でも迷宮の中でも、それだけは肝に命じておくべきだ。



 ベティが淹れてくれた食後のお茶を飲みつつ、3人で他愛もない雑談をしているとすぐに時間となった。

「もういい時間だな。そろそろ出発するか」

「ああ、分かった。すぐに準備するから少しだけ待っていてくれ」

「あ、もうそんな時間なんだ。いってらっしゃいケンイチロウ、パヴリーナさん。気を付けてね」

 パヴリーナが2階の自分の部屋に行き、すぐに戻ってきた。女の準備には時間がかかるものだと聞いたことがあるが、男らしいパヴリーナにそれは当てはまらないようだ。

 準備と言っても服の上から神官着を被るだけなので、パヴリーナではなくても似たようなものだったかもしれない。

「ここから着て行くのか?」

「うん。普段ならわざわざ神官着を着て出歩かないが、今日は外出の目的が我が神に関係する事だからな。何ら恥じることはないと周囲に示すためにも、初めから正装していくべきだろう」

「そういうものか」

 パヴリーナ本人がそうしたいと言うならケンには強く止める理由がない。ケンが先導するようにして、2人でアルバートたちとの待ち合わせ場所へ向かった。


 ケン1人で歩いている時とは比べ物にならないくらいの注目を受けたが、道中は特に騒動(トラブル)に遭遇することもなく目的地の魔術大学院に到着した。

 そのうち食事に行くことを約束したおかげですっかり機嫌を直したアイリスに案内を受け、魔術大学院の地下にある会議室に着くと、そこでは既にアルバートたちが待っていた。

「よう。久しぶりだな、ケン」

「久しぶり、アル、クレア、エミー、ダーナ」

「あ、お久しぶりです、ケンさん」

「…………」

 アルバート、エミリア、ダーナの3人ときちんと顔を合わせるのはパーティを組んで以来のことだが、外見的にはあまり変わりがないようだ。

 だが、ケンが彼らと会っていない間に様々な事を経験をしたように、彼らも様々な経験をしたのだろう。どれほどの経験を積んだかは推測するしかないが、雰囲気から察するにそれほど小さいものでは無さそうだ。



「私とは1ヶ月ぶりくらいでしたかしら、ケンイチロウさん?」

 他の3人とは没交渉だが、クレアだけは月に1回から2回ほど【花の妖精亭】を訪れるので、それなりに顔を合わせる機会があった。

 ケンに会いに来ているのではなくエイダとベティに会いに来ているだけなので、会っても特に何かを話し込むのではなく軽く挨拶を交わすくらいだが、この4人の中では最も距離が近いのは間違いない。

「……少し見ない間に、尻の軽い(おんな)の匂いをぷんぷんとさせる方と、ずいぶん仲良く(・・・)なってしまわれたようですね。私、とても(・・・)悲しく思います……」

 ケンの耳に、ギシリと空気が軋むような幻聴(おと)がはっきりと聞こえた。

「……何のことだか良く―――」

「ハッ! 嫉妬ばかりする女の腐ったような(おとこ)の気配がすると思ったら、案の定だな。信徒(こども)(おや)に似てグチグチみっともないったらありゃしない!」

 壊れてはいけない何かに(ひび)が入る、ピシリという音が聞こえたような気がした。


 自由神神官と秩序神神官の間で激しい睨み合いが始まった。小虫くらいなら殺せそうなくらいに強い重圧(プレッシャー)が一瞬で部屋に充満し、更に強まっていく。

 こういう時アルバートは気付いていても動かず、エミリアはそもそもこういった事に興味がなく、ダーナは頼りにならない。つまり、今この部屋の中に彼女たちを止められる人間は1人もいないということだ。

 もちろんケンは女同士の戦いに割りこむような命知らずではない。勝てない戦いから逃げるのは何も恥ずかしいことではないのだ。


 知る限り全ての神に今後の旅路(会話)の安全を願い、彼女たちとは別の道に(話題)一歩踏み出した。

「あー……アルバート。活躍は聞いてるよ、ず」

「ケンイチロウさん、何ですかこの人は!!」「ケンイチロウ! 一体何なんだこいつは!!」



 ―――この世に神などいない。

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