第66話 自由神神官
童話調で書くのは自分には無理だということが分かりました。
昔むかし、そのまたずっと昔
ある村にひとりの女の子がいました
その女の子は勝手で、気侭で、奔放で、いたずら好きで
いつも周りの人たちを困らせていました
鳥かごを開けて飼われていた鳥を逃したり
牧場の柵を壊して牛や羊や豚を逃したり
罠にかかった動物を放してしまったりしました
怒った人たちは女の子を懲らしめようとしましたが
女の子は風のように素早くて誰にも捕まえられません
女の子のいたずらは止まりませんでした
木こりの斧を隠し、猟師の弓を隠し、農夫の鍬を隠しました
大事な物を隠された人たちはカンカンに怒ってしまい
どうにかして女の子を捕まえようとしましたが
女の子は雲のように掴みどころがなくて誰にも捕まえられません
村人たちが女の子のいたずらにほとほと困り果てていたところ
ある日、ひとりの青年が村にやってきました
その青年はずっとずっと旅を続けていて
困り事を抱えている人がいれば助けているのだと言いました
話を聞いた青年は女の子が住んでいる森に向かいます
女の子は風のように素早く空を飛ぶ鳥のようでしたが
青年は風よりも早く飛ぶ矢を放つ狩人のようでした
逃げ出した鳥はあっさりと狩人に捕まってしまいました
「どうして意地悪なんかしたんだい?」
青年は女の子に聞きました
「意地悪なんかしてない!」
女の子は怒って答えました
「みんな『自由になりたい』って思っていたから助けてあげたのに!」
女の子が逃がした動物たちはどこか別の場所に行くことを望んでいました
木こりや猟師や農夫たちは毎日の仕事で疲れていて
心の中ではずっとこう思っていました
「親の仕事を継いだりしなければ、もっと自由に生きられたのに」
だから女の子はその想いを叶えてあげようとしたのです
「君は強くて優しい子なんだね」
女の子の話を聞いた青年は言いました
「でも、それは自由になることとは違うんじゃないかな」
何も持っていないことと自由であることは似ていても違っている
青年はそう考えていました
「わかんない」少女は口を尖らせました
やりたいことをやって、やりたくないことをやらないでいい
これが自由ではないのならいったい何が自由なのだろう
「それは、君が空っぽじゃなくなった時に分かるかもしれないよ」
少女は何も答えることができないままじっと青年を見つめていました
やがて青年が村から旅立つ時がきました
青年は女の子の「いたずら」を止めさせることはできませんでしたが
この村の人たちが女の子のいたずらに困らされることはもうないでしょう
青年は―――青年と女の子は旅を始めました
何回、何十回と季節は巡っていき
青年と女の子がふたりとも大人になっても変わらず旅は続いていました
男になった青年と、女になった少女は旅の間にいろいろなことをしました
望まぬ婚姻を強いられようとしていた囚われの姫を助け出し
何人もの生贄を丸呑みにしてきた森の奥に棲むドラゴンを退治し
町の人たちに重い税をかけて苦しめていた領主を追い払いました
助けられた人々は喜び、ふたりに何度も何度もお礼を言いました
けれど、全てが幸せな結末を迎えたのではありませんでした
隣国の醜い王ではなく愛する青年と結ばれた姫は幸せでしたが
隣国との戦争が終わった時、姫が生まれ育った国はどこにも残っていませんでした
ドラゴンがいなくなったおかげで森の奥まで入れるようになり、生活は豊かになりましたが
元から森に住んでいた人たちとの諍いが絶えなくなりました
堕落腐敗に塗れていても有能だった領主のおかげで賑わっていた町は
時間とともにだんだんと賑わいをなくしていき、最後はただの寂れた町になりました
「わかんない」女は全部を見届けた後でそう呟きました
空っぽだった時は何でも分かっていた気がしていたのに
空っぽじゃなくなった今は何もかもが分からなくなってしまいました
旅を続けていく間に何人もの人との出会い、そして別れがありました
その中には自由なのに不幸せそうだった人もいれば
不自由なはずなのに幸せそうだった人もいました
旅を続けている間にいつの間にか大勢の仲間ができましたが
みんな不自由で、誰もが自由でした
それから永い永い旅を続けた後
ついに旅は終わりの時を迎えようとしていました
旅の最後に待っていたのは黒雲を纏う"敵"でした
その"敵"は世界の全てを思い通りにしようという途方もない目的と
その目的を実現できてしまいかねないほどの力を持っていました
"敵"はどうしようもないほど自由そのもので
そしてどうしようもないほど自由の敵でした
男と女と仲間たちは、それぞれがそれぞれの理由で"敵"を許すことができませんでした
男と仲間たちは勝利を約束して戦場へと向かいました
女は「あそこに答えがあるのかもしれない」と言い残して後に続きました
人々は英雄たちの勝利だけを信じて見送りました
戦いは人智を超えた激しい物でした
風がうねり、雷鳴が轟き、大地が大きく揺れました
人々は、遠く離れた場所で英雄たちの勝利を祈ることしかできません
戦いが六日六晩続いた後、七日目の朝には静寂を取り戻しました
人々が恐る恐る天を見上げると、そこには元通りの青さを取り戻した空がありました
英雄たちの勝利を知った人たちは喜び浮かれ騒ぎ
英雄たちが帰ってくるのに備えて祭りの準備を始めました
ですが、どれだけ待っても英雄たちは誰も帰ってきませんでした
「あの方たちはまた旅に出られたのだ」そう言う人がありました
「あの方たちは天に向かわれたのだ」そう言う人もありました
人々が再び英雄たちと出逢うことはありませんでしたが
どこからか見守っていてくださる、誰もがそう信じています
――― ある地方に伝わる伝承より
◆
「ふむ……まあ、細部はともかくとして大筋としてはどこにでもあるような神話じゃのう。それで、長々とした与太話がお主の言う"魔神の卵"と何の関係が有るんじゃい」
「よ、ヨタ話?!」
この世界のおとぎ話や民間伝承にあまり触れる機会がなかったケンは興味深く聞いていたのだが、ジョーセフの方はそんなものはいい加減に聞き飽きたとばかりに切り捨てた。
この短気な老魔術師が途中で話を遮らずに聞いたのは、一応は自由神神官のことを客人と認めて配慮していたからかもしれない。
相手に伝わらない配慮にいったい何の意味があるのか、ケンには全く理解できないが。
「……我が教会では、この伝承の主人公である女性こそが、自由神ルヴェイラ様ご本人であると解釈しています。そしてこの伝承の最後に滅ぼされた存在を魔なる者どもの神、即ち『魔神』と呼んでいるのです」
ジョーセフの暴言を聞いて暫し愕然としたパヴリーナだったが、すぐに気を取り直して話を再開した。老魔術師の傍若無人さは気にしないことに決めたらしい。
「その『魔神』とやらが本物の神であるかどうかはともかくとして、名称の由来については理解した。それで、"卵"の正体とそれをお主が探し求めている理由は何なんじゃ? ……まあ、ある程度予想はつくがのう」
「自由神様と他の神々が力を合わせても、強大な力を持つ魔神を完全に消滅させることはできませんでした。ですから、ありがちな話ではありますが―――やむを得ず魔神の存在を分割した上でそれぞれ封印することになったのです」
確かに、ケンが前の世界で触れた創作物でも何度か見たような話だった。前の世界でも今の世界でも、人間の想像力というのに大した違いは無いらしい。
「分割のしかたにはいくつか説がありますが……意識の源である頭部、魔力の源である心臓、それ以外の部分を4つに分けたというのが最も有力な説です。合計6つの"魔神の卵"は、最後の戦いで生き残った六柱の神々がそれぞれ管理することとなり、神々が天上に向かわれる時にお役目を教会が引き継いだと伝わっています」
「管理を引き継いだ、のう? あまりできておらんように見えるが」
「……お恥ずかしい限りです。我々の信仰心は決して他教に劣るものではないと自負していますが、教義の関係もあって組織的な運営が得意とは言いにくく……」
自由神の教義では、その名の通り「自由であること」に至上の価値があるとされている。
自由神信徒以外からは「混沌神」という呼ばれ方が一般的になるほどまとまりを欠いた集団であると見なされており、教義を理由として法や掟を破る不埒者の集団であるとも認識されているせいで、大抵の国では当局からの保護や承認を受けられない。
つまり、一国の首都やそれに伍する大都市であっても正式な教会が存在しない場合が多いのだ。
他教の場合、高位の信徒ともなれば教会の中で信者たちの教導と組織の運営に務めるものだが、自由神教会の場合は高位になればなるほど「自由」を体現するために一所に留まらなくなる者が多くなる、という特殊な事情もある。
「これは言い訳になってしまうかもしれませんが、自由神様が管理を任せられた魔神の頭部は特別なのです。封印状態であっても僅かに意識を残しているらしく、数年から十数年に一度やってくる活動期にはどれだけ厳重に監視していても忽然と姿を消してしまいます」
"魔神の卵"逃亡を防ぐために、過去には思いつく限りの様々な方法が試された。
しかしどれも全く効果が無いか、効果が小さい割にかかる労力が大きすぎたり、危険度が高すぎたりして続ける意味が無いと判断されていた。
結局は「継続的に"卵"の活動状況を監視して、何か異変があれば対応する」という対処療法的なものにならざるを得なかったようだ。
対処療法ではどうやっても後手に回ってしまう。
今から数年前に始まった活動期の際、いつもと同様に姿を消した"魔神の卵"の所在を確認するため、これまたいつものように神官長が探査のための儀式を行うことになった。
儀式の全工程が滞りなく遂行され、間違いなく成功したはずだった。しかし、得られたのは「失せ物は世界中のどこにも存在しない」といういつもとは全く違う結果だった。
自由神教会の上層部、特に"魔神の卵"についてよく知る者は大混乱に陥った。
それも無理からぬ事だろう。
これまでならば遠く離れた別の大陸に転移した場合でも、人間が作った強力な<結界>の中に転移した場合でも必ず発見できたのに、今回は何一つ手がかりが得られなかったのだ。
過去の文献を紐解いて手順に間違いがないかどうかを念入りに確認し、担当者を変え、場所を変えて何度も探索の儀式をやり直してはみたものの、得られる結果は毎回「どこにも存在しない」というものだった。
こうなってしまっては探す人間たちの側に問題があるのではなく、"卵"の側に何らかの問題が発生したのだと認めるしかない。
過去に"魔神の卵"の回収が遅れた時、その地では大きな災厄が巻き起こされた。
今となってはもう"卵"が被害を出すまで待ち、それから回収に乗り出す以外に探す方法がない。できることなら被害を未然に防ぎたかったが、こうなってはやむを得ないだろう。
せめて、少しでも被害を抑えるために各地に人を遣り、探査の術式が有効になった時を考えて定期的に儀式を行うことにしよう―――自由神教会の上層部はそう決め、回収の準備を整えた上で待つことにした。
しかしその後の数年間、世界中のどこにも魔神を連想させるような災厄は起こらないままだった。
「脱走した"卵"……こう言うとおかしな感じがするのう。"魔神の卵"は逃げたあとに何をするんじゃ?」
「大抵の場合、宿主となる生物を見つけてその体内に寄生するようです。周囲に生物が全くいない状態でも、数十年、数百年と経てばそのうち復活するのではないか、と予想する人もいます」
「宿主となる生物に条件はあるのか? 人間でもモンスターでも構わんのか」
「一定以上の大きさを持つ生物であれば、人間、動物、モンスター、魔獣、幻獣……何でも良いようです」
ケンとアルバートたちのパーティが迷宮の中で"魔神の卵"に遭遇した時は、迷宮の中で湧いた豚頭鬼人が宿主となっていた。
人間でも宿主になれるのだから、オークほどの体格があれば何の問題もないだろう。
「そうか。それでは、宿主を見つけた後はどうなる?」
「宿主はごく短期間のうちに急成長を遂げ、その種族の限界をはるかに超える力を得るようです。前回の活動期から経過した時間が長いほど大きく成長するので、"卵"の中に蓄えられた力を使っているのでしょう。そして、最初の急成長が止まった後もどんどんと力を増していき―――最終的に他の"卵"の回収に乗り出すでしょう」
ケンが遭遇した仮称:オーク・リーダーは、パヴリーナが言うようにオークという種族の限界を遥かに超える力を持っていた。
今考えてみると、アルバートがオーク魔神をあっさりと倒せたのはいくつかの幸運が重なったお陰もあったのだろう。
"魔神の卵"がオークという宿主を見つけるまでにどれだけの力を蓄えていたかは分からないが、当時の状況からして寄生されてからそれほど時間が経っていなかったはずだ。
迷宮産モンスターという制約に縛られて姿を隠すことも、自分から敵を探すために動きまわることもできず、おかげでこちら側には準備を整える余裕があった上に、距離を取って先制攻撃の魔術で取り巻きを一掃することもできた。
発見が早かったおかげであまり探索者に被害が出ずに済んだが、何か1つ歯車が狂っていればどうなっていたか分からなかった。
「私からも1つ質問させてください。"卵"がモンスターに寄生した場合、周囲のモンスター……例えば同じ群れに属するモンスターにも影響が出る可能性はありますか?」
ケンの質問に対し、パヴリーナは特に悩むこともなく答えを返した。
「ええ。過去に群れを作るモンスターが宿主となった時に、王国と呼べるほど大規模な群れを作った記録が残っています。群れの中で最も下の階級に属する個体には特に変化がなかったようですが、上位の階級にあった個体はかなり強化されていたようです」
「そうですか、参考になりました。有難うございます」
オーク・リーダーの取り巻きが通常のオークではなく、戦士だったり治癒術師だったり魔術師だったりしたのは、"卵"の影響と考えて間違いないだろう。
これまでにパヴリーナが話した内容と、この後ジョーセフから行われた幾つもの質問に対する回答がそれを裏付けている。
たっぷり1時間以上も質疑応答が続けられたところで、ようやくジョーセフが持っていた質問事項が尽きたようだ。
パヴリーナが"魔神の卵"について持っている知識は断片的なものでしかなく、まだまだすべての疑問が解決したと言うには程遠かったが、これ以上の情報が欲しければ自由神教会の本神殿からもっと詳しい人間を連れてくるしかない。
ジョーセフがどう考えているかは後で聞いてみるとして、ケンが聞いていた限りパヴリーナが言っている内容に大きな矛盾や間違いは無かった。
「ふーむ。これまでお主が全て嘘偽りなく事情を明かし、その全てが正しい情報だったのだとしても1つ疑問が残るのう」
「我が神に誓って騙すようなことは言っていませんが……どのような疑問でしょうか?」
「お主は魔神の気配を辿ってここまで来たようじゃが、"卵"が儂の手元にやって来てからかなり―――1年近く時間が経っておる。何故、お主が来るまでにそれ程の時間がかかった? そして何故、その間ずっと他の教会の奴らが何の動きも見せておらんのだ?」
オーク・リーダーからの戦利品として"魔神の卵"を手に入れた時、その場には秩序神神官であるクレアが居た。
神官としては水準以上の実力を持つ彼女が全く魔神の気配を捉えられなかったというのも、不思議と言えば不思議である。
「ギルド長殿は少し誤解なさっているようです。私は魔神の気配を辿ってきたのではなく、自由神様が"卵"に付けた標を頼りにしてここまで来たのです。幸いなことに"魔神の卵"は休眠期にあるので、気配を感じ取るのは無理でしょうね」
「休眠期だと魔神の気配は全くせんのか?」
「気配が全く無いわけではありませんが、魔神の存在を知っている人間が"卵"を間近で見ない限り、そうと気づくのは難しいでしょうね。活動期であれば、鋭い人は何かを感じ取ってもおかしくはないでしょうけれど」
パヴリーナが言う「自由神の標」がどういったものかについて、深い信仰も知識も持たないケンには分からない。
大きな組織というのはよく秘密を持っているものだし、何か秘伝でもあるのだろう。
「それと、私がここに来るまでにこれほど時間がかかってしまったのは、距離と……これは言い難いのですが……資金の問題です」
パヴリーナがどこから来たのかを聞いてみると、確かに、今いる場所からはかなり距離が離れていた。
町と町の間を<転移>門が結んでいた魔法帝国時代なら話は別だが、そういった便利な物が残っていない現代では、どんなに急いでも1ヶ月の船旅を含む2ヶ月程度の時間がかかるのは覚悟しなければならない。
しかし、準備必要だったとしても約1年―――もう少し正確に言えば約11ヶ月―――は時間がかかりすぎだろう。
それについて追求すると、パヴリーナは遠い目でどこかを見ながら平坦な口調でこう答えた。
「神官長は私に"魔神の卵"回収の使命を下されましたが、具体的な指示や援助は何も頂けず……我が教会も裕福ではないので致し方なくはありますが。やむなく自分で路銀を稼ぎながらここまで旅を続けて参った次第です……」
「苦労しとるのう……」
自由神信徒は無秩序で無責任であるという前評判とは裏腹に、パヴリーナは責任感が強く真面目な人物であるようだ。
自らが信ずる神の教義に反していると褒められて、彼女が喜ぶか怒り出すかは分からない。
「まあ、お主が何を望んでいるかは分かった。今すぐにというのは無理じゃが、近いうちに"卵"と疑われている物体をお主に見せてやらんでもない」
「本当ですか?! ありがとうございます、諦めずに色々とやって来たことが報われました!」
目的に向けてようやく前進した手応えを感じ、パヴリーナが満面の笑みを浮かべる。普段は男のように凛々しい彼女だが、笑顔になると幼い子供のようにも見える。
「落ち着け。それで、ここにあるのが"魔神の卵"だったとして、お主はそれからどうしたいんじゃ?」
「はい、可能であれば"魔神の卵"を譲っていただきたいと考えています。その後は私が責任を持って本神殿まで持ち帰り、以前のように監視を行います」
「まあそう来るじゃろうな……」
パヴリーナの要求を聞いたジョーセフは、腕組みをして考えこむ様子を見せた。
「悪いが、今すぐに結論は出せん。お主が語った内容が事実かどうかを検証する時間が必要じゃし、仮に全てが事実だったとすれば軽々に判断できる内容ではない。"魔神の卵"について知らなければ放っておくしかなかったが、知ってしまった以上はそのまま何もせずに過ごす気にはなれんからな」
「……おっしゃりたい事は分かります」
ジョーセフやケンが"魔神の卵"について知る前と知った後で、あの黒い球体が存在するという事実と、秘められた危険性は全く変化していない。
しかし、ジョーセフとケンがあの黒い球体に対して抱いている危機感の大きさは、それまでとは全く違うものになってしまっている。
例えば、過去10年間崩れずにいる砂上の楼閣があったとして、砂の上に建っているという事実を知らなければ11年目も崩れないままだと信じられても、事実を知った上で安心していられるような神経が図太い人間は少ないのではないだろうか。
「結論が出るまでには最低でも数日、事が事じゃからおそらく数ヶ月は必要になるじゃろう。話を聞く限りでは今日明日にどうこうってこたあないんじゃろ?」
「はい、おそらくは。ですが、直接見せていただかない限り確実なことは言えません」
活動期と活動期の間の休止期が最低でも数年あるのなら、あと数ヶ月なら全く問題ないはずだ。
「その間、お主には色々と話を聞かせてもらうことがあるじゃろうし、お主から聞いた情報を別の誰かに伝える必要があるやもしれん。他人に話す前には一応お主にも了解を得るつもりじゃがな」
「はい、そうしていただけた方が安心できます」
「そういう訳で、今後儂の方からお主に連絡を取りたくなることもあるじゃろうから、ケイト―――お主をここに案内してきた眼鏡の女に、泊まっている宿の名前と場所を伝えておいてくれんか」
「いえっ、そのう……路銀が尽きかけているので、宿ではなく町の外で野宿をしています……」
パヴリーナの神官衣が薄汚れていたり、髪が散切りだったりする理由がなんとなく理解できた。
洗濯や入浴は森の中を通っている川でも利用しているのだろうが、かなり不自由しているに違いない。
「苦労しとるのう……用事がある度に町の外に探しに行くのも面倒じゃから、町の中に適当な宿を取れ。部屋代と飯代ぐらいなら儂が持ってやる。ああ、儂の研究に協力する見返りということにしておくから遠慮せんでええぞ」
「あっ、そうですか? ……では、申し訳ありませんがお言葉に甘えさせて頂きます」
とても遠慮がちな態度だったが、口元に滲み出る喜びは隠しきれていなかった。
パヴリーナの宿泊場所は特に悩むこともなく、ケンが推薦した【花の妖精亭】に決定した。
周囲の治安が良く、値段も手頃で、食事は美味い。それに加えてケンたちが監視しやすいのだから文句はないだろう。
「それでは、一度森まで行ってパヴリーナさんの荷物を回収して、それから【花の妖精亭】にご案内するということで良いでしょうか」
「ああ、お願いする」
「待て。どこに行くんじゃ、小僧?」
パヴリーナを連れて会議室を出ようとするケンを、ジョーセフが即座に呼び止めた。
「どこと言われても……【花の妖精亭】までパヴリーナさんを連れて行くだけです、よ?」
「そんな事は他の誰かにやらせりゃええじゃろ。お主はこれからすぐに魔術の訓練を再開せにゃならんのだからな」
逃走失敗。
今日もまた、夜になるまで延々と水を操って渦を作り続ける未来が確定したようだ。
「いや、そろそろ<水操作>はモノになってきたようじゃからな。次は火・風・土元素の操り方を教えてやるわい。なあに、1種類できるようになっとるなら残りは簡単じゃ。今日のうちに残り3系統を覚えれば3日で6種類の魔術を憶えたことになるからな。目標に一歩前進じゃ」
目標への到達とケンの逃亡。早いのは果たしてどちらだろうか。
何だか上手く書き進められていないので、次回は3/14ではなく3/17になると思います。




