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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第六章 孵化
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第64話 新魔術師誕生?

魔術のお勉強回です。

「さあて、まずは小僧が魔力制御の腕をどこまで上げたか見せてもらうとするか」

「はい」

 5ヶ月ぶりに行われる魔術の訓練では、まずケンの現状確認から始められた。

 向かい側のソファーに座るジョーセフに向かって軽く右手を伸ばし、平常時は身体全体に薄く広がった状態にある体内魔力を指先に集めていく。

 開始からものの3秒ほどで魔術が発動し、ケンの指先に<光>が生まれた。

 ケンが自力で<光>の魔術を発動できるようになってからと言うもの、迷宮の中でも外でも暇があれば魔力制御の訓練を行っていた。

 ただし魔術を発動すると周囲の人間に気付かれてしまうので、発動の直前の段階まで来たらわざと魔力を散らしている。これならば、魔力の変化によほど鋭敏な人間でもない限り気付かない。

 そういった努力の結果として、静止した状態でかつ魔術の行使に集中できる状態であれば、100パーセント確実に<光>が発動できるまでにケンの技術は向上していた。


 だが、師匠(ジョーセフ)にとってはまだ満足のいくものではなかったようだ。

「ふうむ。少し時間がかかりすぎとるが、魔力の流れ方はそこまで悪くもないし一応は安定しとるようだからまあええじゃろ。これからは今まで以上に精進せい」

「はい、有難うございます」

 期待していたほどの評価は得られなかったが、ジョーセフが全てにおいて評価が辛い男であることを考えれば、落ち込むほど悪くもない。

「では一応は合格点ということで、ずっとお借りしていた魔道具をお返しします」

「うん? ああ、そんな物もあったな」

 ケンが差し出した<光>の短杖(ワンド)を受け取ったジョーセフは、それをそのまま雑多な物が詰め込まれている箱に放り込んでしまった。

 借り受ける時に「既に製造方法が喪われてしまった貴重な一品」だと目の前の人物から聞かされたはずだが、それにしては随分と扱いがぞんざいである。



「さて、これから正式に魔術を教えていくわけじゃが……小僧が覚えたいと言ったのは<雷光>と<消滅>じゃったか?」

「全く違います。どうしてそんなに物騒なんですか……<閃光>と<消臭>です。今はかなり当時と状況が違いますので別の魔術を覚えたくなるかもしれませんが、この2つは今でも有用だと思っています」

「ああ、そうじゃったそうじゃった。なんじゃ『光る』と『消える』でだいたい合っとるじゃないか」

「……ソウデスネ」

 発生する現象に共通する部分はあるが、魔術の難易度と引き起こされる結果が大違いである。

 ケンは敵からの逃走を確実なものとするために<閃光>と<消臭>を覚えようとしたのだから、逃走の必要すらなくしてしまう<雷光>や<消滅>でも目的を果たしていると言えなくもないが。


「<消臭>の方を教えるには段階と準備が必要じゃから、<閃光>の方から教えていくぞ。まあ、今日中には終わるじゃろう」

「ジョーセフ師自身を基準にして物事を考えられても困るのですが……」

 だが、そんな弟子のぼやきに頓着するような師匠ではない。

「<閃光>を教えるより前に、小僧には<持続光>を覚えてもらわにゃならんな。魔力放出の技術を身につけるのに適しておるし、魔術自体の有用性も高いから憶えておいて損はなかろう」

「はい、私も仰る通りだと思います」

「<持続光>なんぞは、魔力制御の基本を身に付けた今のお主ならばすぐに使えるようになる。<光>の時に細く長く吹き込んでいた魔力を、一気に全部流しこむようにすりゃ良いだけじゃからな」

「ええと、もう少し具体的にやり方を教えて頂けると……」

 こんなふうに「2本の足で立って歩けるのなら、足を早く動かせば早く走れる」というような事を言われても、よちよち歩きを始めたばかりの人間にとっては何の参考にもならない。

 教えてほしいのは「どうすれば足を早く動かせるか」なのである。


「くどくどしく言葉で説明するよりも実際にやってみた方が早いじゃろう。もう一度<光>を出してみい」

「はい、これで宜しいでしょうか」

 先ほどと同じように右手の指先に<光>を灯すと、ジョーセフがケンの右肘あたりから指先に向けて撫でるような動作を行った。

 すると、ケンの右肘から先に集めていた魔力が指先から抜けていくような感覚と共に、<光>がケンの手から離れて空中に浮かび上がった。

「おお……!」

「な、簡単じゃろう? <光>から<持続光>にするのはたったこれだけのことよ。(コツ)は指先に魔力を集めたときの勢いを殺さず、体外に放出することじゃな」

「はい、何となく理屈は分かる気がしますが、先程は変化が急すぎたので感覚がまだ……」

「それじゃあ次はもっとゆっくりやってやるから、ちゃんと見ておけよ」



 それから2時間後。

 十数回にも及ぶジョーセフの指導(・・)の甲斐あって、ケンは<持続光>の発動に成功するようになっていた。

 これほどの短時間で<持続光>を使えるようになったのも生徒(ケン)が優秀だから、ではなく、教師(ジョーセフ)の手腕が並外れていることの証明だろう。

 この調子がずっと続くのだとすれば、たったの数ヶ月で一人前の魔術師どころかほとんど並ぶ者のないくらいの大魔術師が完成してしまうに違いない。

 ジョーセフの弟子であるというだけで魔術師から一目置かれている理由を、ケンは今更ながらに理解していた。


 さらに1時間をかけて<持続光>に注ぎ込む魔力量の調節方法を学んだ。

 魔力量の調節というのは、一言で言えば袋入りのマヨネーズを絞り出す時の要領だ。魔術を行使する側の腕に集めた魔力を、必要な量だけ絞り出してやればいい。

 少量だけ必要なら指の付け根から先に詰まった魔力(マヨネーズ)だけを絞り出し、大量に必要であれば肩から先の魔力(マヨネーズ)を全て絞り出す。

 10段階ぐらいの大ざっぱな調節しかできないが、今のところはこれでも十分だろう。

 このやり方を見たジョーセフに「面白いやり方をしとるのう」と言われたので正攻法ではないようだが、同時に「当人がやりやすいようにやるのが一番ええじゃろ」とも言っていたので、不都合を感じない限りは同じ方法でやっていくつもりである。


「ふむ……結構な時間がかかっとるが、まあこんなもんじゃろ」

 ケンが数十秒もかけてようやく生み出した<持続光>を指一本動かさないまま<魔術消去>しつつ、ジョーセフが独り言ちた。

 ケンとしてはいろいろと言いたい文句もあったが、魔力が枯渇する寸前で頭痛と倦怠感に苦しめられているせいで口に出す気力が湧いてこない。

「小僧の魔力も切れかかっとるし、時間もちょうど良いから昼飯にするか。飯を食った後は魔力の回復を待つ間に魔術の講義でもして、その後にようやく<閃光>じゃな」

「……はい」

 荒行はまだまだ続く。




 魔術師ギルドが用意してくれた昼食を何とか胃の中に流し込み、数十分ほど休憩したところでようやく魔力枯渇による体調不良は治まった。

 少しだけ余裕ができたので、食後のお茶を楽しんでいる最中のジョーセフに訓練中にはできなかった質問を投げかけてみる。

「ジョーセフ師、一つ質問をさせてください。魔術を使うときには詠唱が付き物だったと思いますが、そちらは教えていただけないのでしょうか」

「あん? 詠唱したいならしてもええが儂は教えんぞ。教えんと言うより教えたくても教えられん。もう何十年も詠唱なんぞしとらんから、やり方なんぞとっくの昔に全部忘れてしもうたわ」

「確かに思い返してみれば、ジョーセフ師が詠唱している場面を見たことがありませんでした」

「ちまちま詠唱なんかせんでも魔術ぐらいいくらでも使えるからのう。ちょうど良い機会じゃから『魔術行使時における詠唱の意義』について、小僧にも説明してやるとするか」

「あっ、はい。お願いします」

 ケンとしてはもう少し休憩していたかったのだが、図らず午後の講義が始まってしまったようだ。



「一般人に限らず魔術師の中にも勘違いしとる馬鹿者がいるが、いわゆる"呪文"に魔術的な効果は何一つない。確か小僧は知っておらんかったか?」

「はい、一応は。ジョーセフ師と知り合う前に魔術について調べていた時、そういった記述を目にしたことがあるというだけですので、どうしてそうなのかは理解できていません」

「では、まずはそこから教えてやろう」


 魔術を行使する際に行われる呪文の詠唱は、踊り(ダンス)における音楽のような位置づけにあると言えるだろう。

 踊り子(ダンサー)が音楽に合わせてステップを踏むように、魔術師は詠唱に合わせて魔力を制御することで魔術を行使しているのだ。

 だから、踊れない人間に音楽を聞かせても身体が勝手にステップを踏んだりしないように、詠唱を行っても自動的に魔力制御が行われて魔術が発動するということもない。

 逆に言えば、魔力制御さえ正しく行えるのなら詠唱などなくても魔術は行使できる。


 それならば何故、魔術師の多くが魔術を行使する際に呪文の詠唱をするのかと言えば、それは「条件付け」と「想像力(イメージ)の補強」のためである。

 普通の魔術師の場合、新たな魔術を覚える時は「この単語を口にした時にこういう風に魔力を制御する」と意識しながら訓練することで、条件反射を作る(条件付けする)

 魔術を成功させるためには「魔術が発動した結果どうなるか」を正確に想像(イメージ)することが肝要だ。呪文の内容が行使しようする魔術の効果に合ったものになっているおかげで、術者の想像力が補強される。

 つまり詠唱を行うことによって、集中力を欠いた状態でも多少は魔術の発動がしやすくなるというわけだ。


 このことは「詠唱すれば必ず魔術が発動する」という思い込みを生み、そのイメージのおかげで更に成功率が上がるという好循環を生む。



 だが、何事にも(利点)があれば(欠点)もある。


 詠唱の欠点はいくつかあるが、まず挙げられるのは「時間がかかる」というものだろう。

 呪文の詠唱はその字義どおり「節を付けて一言一言を正確に呪文を口にする」のが正式とされているので、どうしても呪文の長さ相応の時間がかかってしまう。

 発動までの時間を短縮するためにできるのは早口にすることくらいだが、それもすぐに限界が来る。


 より大きな欠点として「詠唱できない状況では魔術の成功率が著しく低下する」というものがある。

 詠唱と魔力制御が同調しているが故に、詠唱の乱れという原因は魔力制御の乱れという結果を呼ぶ。

 利点である「詠唱すれば必ず魔術が発動する」という思い込みは、裏を返せば「詠唱しなければ魔術は発動しない」と思い込むことと同義であり、この思い込みによって更に成功率が下がるという悪循環に陥る。


 それに加え、詠唱しながら無意識下で魔力制御を行うことに慣れすぎてしまうと、意識しながら魔力制御をする技術が衰えてしまう。

 普通の魔術師が新しい魔術を修得するのに長い時間を必要とする理由は、正にこの点にある。



「そして、最大の問題は―――」

 今までに無く重々しい調子で発せられたジョーセフの言葉に、ケンがごくりと唾を飲み込んだ。

「最大の問題は……?」

「こっ恥ずかしいじゃろ、呪文(アレ)。儂も子供の時分には格好良いと思ったこともあったが、大人になってから冷静に考えてみると……アレはない」

「確かに」

 魔術を使う時の呪文というものは、何故か無駄に詩的でやたらと仰々しいのである。

 <持続光>のように複雑な効果を持たず高度でもない魔術ならば、魔力制御の手順が少なく魔力の集中にも時間がかからないので、呪文はたった数単語という簡素なもので済む。

 しかし、複雑で高度な魔法になるにつれてどんどんと発動に必要な手順と魔力量が増えていき、同時に呪文の単語数がどんどんと膨れ上がっていく。

 呪文の内容がああなったのは、過去に「強力な魔術にはより強い表現を用いるべきである」とか「呪文は芸術的であるべきだ」とか言い出した奴がいたからに違いない。


「本当は<光>にも詠唱があって、正しい(・・・)魔力制御の手順も決まっとるんじゃがな。儂に言わせりゃあんなもんは魔術の原理を理解しようともせず、自分でやり方を考えることもできん盆暗を作り出しとるだけじゃわ」

 話はいつの間にか詠唱の意義についての解説から、ジョーセフが普段から憂いている魔術師ギルドの現状についての不満と未来への憂慮にすり替わっていた。

「不足があっても新しいものを生み出そうとはせず、既にあるものでどうにかすることしか考えられんから、ここ何十年も碌に新魔術が開発されんのじゃ」

「はあ……しかし、もう簡単に思いつくような効果を持つ魔術は全て開発されきってしまったので、新しい魔術が出てこないのは仕方ない面も有るのではないでしょうか」

「その態度がいかんのだ! 前に進むのをやめてしまっては、現状維持どころか下降していく一方じゃぞ。だいたい、今どきの若いもんは上にいる奴を引きずり落としてやろうという気概が足りん! 儂が何を言っても何をやっても追従(ついしょう)するばかりで―――」




 ジョーセフから有難いお話(グチ)をさんざん聞かされた後、午後の訓練が始まった。

 ここからは当初の予定通り<閃光>の魔術を学んでいく。

 まずは<閃光>から術者と教師の目を保護するために、魔術師ギルドに常備されている黒眼鏡を掛ける。透過率の低さから考えると、サングラスよりも溶接の時に使う保護面の方が近いだろう。



「<持続光>を使えるのであれば<閃光>を使うのは至極簡単じゃ。<持続光>の場合は光に変換した魔力をそのまま体外に放出しておるが、それを圧縮してから放出するように変えりゃ良いだけじゃ。圧縮された魔力は勝手にはじけ飛ぶから、そうすれば<閃光>になる」

 毎度のことながらジョーセフの「簡単」という言葉には全く説得力がない。

 自分自身が何でもかんでも簡単にこなせてしまうせいで、常人にとっては必要な内容の説明が足りなすぎるのだ。

「『魔力を圧縮』とは、どのようにやれば良いのでしょうか」

「お主のやり方であれば……そうじゃな。肘から先ぐらいにある魔力を使って、絞り出そうとする時に魔力が抜けてしまわないように、指先に栓がされているとでも考えりゃええじゃろ」

「なるほど!」

 これならば、ケンがイメージするのは往復(レシプロ)圧縮機(コンプレッサー)そのままで良い。魔力の吸込口と吐出口が全く別だから、どちらかと言えば往復式ポンプの方が構造としては近いのだろうか


「弁を開ける……栓を抜くのは、肘から指の付け根くらいまで絞った時で良いですか?」

「欲を言えば指の第一関節までじゃが、最初は手首ぐらいにしておけ。今日はまだまだたっぷり時間が残っとるが、消し飛んだ腕を治す時間がもったいない」

「えっ?! 消し飛ぶのですか?!」

「お主のようなやり方をしておれば、魔力圧縮に失敗した時は腕の一本や二本消し飛ぶのは当然じゃろ。心配せんでも、生きてりゃ儂がまた生やしてやるわい」

「心配しかできないのですが……」

 当然だと言われても、そんな恐ろしい事が当たり前に起きるなんて教えられた記憶が無い。


 後日ケンが聞いた話では、普通の魔術師の場合はみぞおちの辺りに圧縮した魔力の塊を作るようにイメージしながら魔力圧縮を行うらしい。

 体内の魔力発生源である心臓に近いことから魔力を集めやすく、魔力制御に失敗した時でも被害が少なくて済むからというのがその理由だ。

 こちらのやり方だと「魔力を周辺からかき集める」「かき集めた魔力を圧縮する」「圧縮状態を保ったまま放出する」という別々の手順が必要になるので、圧縮と放出がまとめて行えるケンの方法は制御の効率が良いようだ。

 ただしケンの魔力圧縮方法では、1つの魔術に注ぎ込める魔力量が腕一本に集められる分に制限されるという欠点も有る。

 今のところ大量の魔力を必要とする魔術を覚えるつもりはないので、そこまで大きな欠点ではないだろう。



「腕が跡形もなく吹き飛ぶのはかなり高圧縮の魔力が暴走した時じゃから、今のお主ならそこまで心配せんでええ。むしろ魔力の圧縮が上手くできるかどうかを心配せい」

 それならば初めから心配させるような事を言わないでほしかった、ケンは切実にそう思う。

「……そうですか。ところで、ジョーセフ師は治癒系魔術まで使えたのですね。そういったものは教会にいる治癒術師の専売特許だと思っていました」

「儂を誰だと思っとる。教会の奴らがごちゃごちゃと五月蝿いから大っぴらにせんだけで、導師級なら使える奴なんぞ珍しくもないぞ。そもそも教会の奴らしか治癒術を使えないんじゃったら、<治療>の魔法薬なんてもんは存在しとらんだろ」

「確かに、言われてみれば……」

 魔法薬の開発や、魔術師以外でも一度だけ魔術が行使できる<巻物(スクロール)>の開発・製造は魔術師ギルドの領分(なわばり)である。

 魔術的な効果を発揮するこれらのアイテムを開発・改良するためには、当然、対象の魔術に精通している必要があるはずだ。

 製造するだけなら製法(レシピ)と原材料さえ用意すれば魔術師以外にも可能だが、魔法薬の原材料に魔術的な処理を行う必要がある関係から供給源はほぼ魔術師ギルドに限られているようだ。



 ケンとしてはもう少し安全な魔力圧縮方法に変更したかったが、そんな後ろ向きな選択をスパルタ式のジョーセフが許すはずもない。

 最初の数回は、慎重にやり過ぎたせいで全く魔力が圧縮されないというお粗末な結果に終わった。

「ふむ。儂が一度、限界以上まで圧縮してやる必要があるかの? どこまでやれば指が吹っ飛ぶのかを身を以て―――」

「いいえ! それには及びませんとも!」

 他の人間であれば単なる脅しで終わる内容だが、ジョーセフならば本当にやりかねないのが恐ろしい。

 暴走する可能性が低く、万が一の場合でも再生できるというジョーセフの言葉を信じて、半ば投げやりな気持ちで魔力圧縮を行う。

 するとそれまでとは明らかに違う勢いで魔力が指先から放出され、普通に発動した場合の数倍の光量をもった<持続光>がケンの目の前に出現した。

「今回は少しだけ手応えがありました」

「魔力を放出するタイミングが若干早かったな。今の調子であと半秒だけ遅らせてみるとええ」

「はい、師匠」


 ジョーセフからの助言に従ってもう一度魔術を行使する。

 そして発動した魔術はただ明るいだけの<持続光>ではなく、発動した次の瞬間に弾けて周囲に光をまき散らす<閃光>だった。

「……よしっ!」

「な、簡単じゃろう? 今の感触を忘れないうちに何回でも反復せい。できる事ならば魔力量と圧縮の度合いを変えてみて、効果がどう変化するかも確認しておくとええじゃろう」

 一度コツを掴んでしまえば後は簡単だった。

 体中に広がる魔力を腕に集めるのにはどうしてもある程度の時間がかかってしまうが、そこから先の圧縮と放出はほとんど一瞬で終わるくらいまですぐに上達できた。


「これで今日覚えたのは<持続光>と<閃光>の2つになったな。<光>で魔力制御の基礎を身に付け、<持続光>で魔力を放出する方法を会得し、しかる後に魔力を圧縮する技術を学ぶ。儂が見習いをしていた当時には既に出来上がっていた手法じゃが、こういったものはいつまでも有効だのう」

 光属性系統の魔術は使い勝手が良く、発動に失敗しても周囲に破壊的な被害を及ぼしにくいとあって、昔から魔術師が最初に覚える魔術としての地位を確立していた。

 ケンがそれらを使えるようになった今、彼は魔術師と名乗る資格を得たのかもしれない。




「今日教えた魔術はまだまだ使いこなせているとは言えんが、それはこれからの課題ということで良いじゃろう。今日の目標(ノルマ)は無事に達成しておるから、まだ時間は早いが今日はこれで仕舞いとしよう」

 午後の訓練を開始してから数時間後。

 試行錯誤を続けていたケンの集中力と魔力が底をつきそうになったところで、ようやくジョーセフが訓練終了を告げた。

「はい! ありがとうございました!」

 肉体的にも精神的にもかなり疲労しているが、その疲労が心地よく感じられるくらいに気分は高揚している。

 「しっかし、魔力切れが想像していた以上に早かったのう。魔力制御を磨けばある程度改善されるはずではあるが、あと4日で劇的な改善は望み薄じゃなあ。今日は時間もあることじゃし、明日の朝までにはどうにかする方法を用意してやるから楽しみにしておけ」

「……はい。ありがとうございます……」

 仮に無限の魔力が有ったとしても、人間の集中力は有限である。ジョーセフには是非ともその事実を思い出してほしい。


 これから先の4日を無事乗り越えられるかどうか、結果を知るのは神様だけだろう。

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