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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第六章 孵化
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第63話 魔術大学院訪問

 5月も終盤に入ったその日、現役の迷宮探索者にして一応は魔術師ギルド員でもあるケンは、魔術師ギルドが居を構える魔術大学院の前に立っていた。


 ここを訪れた目的は何かと言えば、魔術師ギルド長にしてケンの魔術の師匠たるジョーセフから、魔術の教育を受けるためである。

 前回ジョーセフと会ったのは年が明けてすぐの頃で、魔術の教育を受けたのはその2週間ほど前だったはずだから、実に5ヶ月も間が開いている計算になる。

 魔術師ギルドという巨大組織の長であり、なおかつ国の重鎮として政治にも深く関与するジョーセフは何かと忙しい男である。ケンの方もそれはそれで色々と忙しい日々を送っていたので、中々予定を合わせられなかったのだ。

 しかし「当代随一の大魔術師」と呼ばれる男の直弟子とあろう者が、いつまで経っても<光>という最下級の魔術しか行使できないのでは格好が付かない。

 そういう訳で、双方の予定を調整して数日間に渡る魔術の集中訓練が行われることになったのである。



 数カ月ぶりに間近で見た魔術大学院の高い塔には、ケンがどれだけじっくりと観察してみたところで何一つ変化を見つけられなかった。

 この建造物は魔術師たちが世界の支配者であった数百年以上も昔に建てられたとされ、今日でも当時の姿をほとんどそのままに保っていると言われているくらいだから、たかだか数ヶ月で何かが変わると思う方が間違いなのかもしれない。

 いい加減首が疲れてきたので阿呆のように見上げるのをやめて、大きな正面入口から建物の中に入る。

 正体の知れない不思議な素材(いし)で作られた建物自体とは違い、建物の中で活動する人間たちの営みには多少の変化が見られた。

 ただし、それは季節が初冬から晩春になったことによる服装の変化が主なものであって、玄関ホール内の設備配置や、何をするでもなくぼんやりとする魔術師ギルド員の顔ぶれにはあまり変化がない。


 ジョーセフの執務室がある塔の最上階まで行くときは、いつも階段ではなく昇降機(エレベーター)を利用する。

 出入り口からまっすぐエレベーターに向かうと受付窓口の前を横切ることになるのだが、そこではいつものようにお調子者のボブカット(アイリス)物静かなロングヘア(ジェナ)という2人の受付嬢コンビが業務を行っていた。

 魔術師ギルドには彼女たち以外にも複数の受付嬢が在籍しているはずなのだが、アイリスの強運もしくは野生の勘、あるいは超常的な力によって妨害されるせいでケンが会ったことはない。

 魔術師ギルドを訪れる外部の人間はあまり多くないのか、ケンが彼女たちに会うときは決まって暇そうにしていて、特にアイリスはだらけた姿勢と表情を見せているのが常だった。

 しかし驚くべき事に、現在のアイリスは完璧な営業スマイルを顔の上に貼り付け、背筋をしゃんと伸ばして座りながらまっすぐ正面を向いている。


 珍しく受付嬢としてあるべき状態にあるアイリスだったが、これは彼女が改心したことを意味するのではなかったようだ。

 受付窓口から数メートル離れた場所では、魔術師ギルドに所属する受付嬢たちのまとめ役であり、アイリスの天敵であるケイト女史が接客を行っている。アイリスの現状は、上司の目を意識した単なる一時しのぎだろう。

 受付嬢をやっているだけはあって顔は悪くないのだから、普段から今のようにしていれば嫁の貰い手などいくらでもいるだろうに、つくづく残念な女である。



 ところで、ケイトの前にいる訪問者の格好は少し奇妙なものだった。

 元は真っ白だったと思われる薄灰色の上着は神官衣のように見えるが、服の形状と描かれている聖印はケンが知っているどの教会のものとも合致しない。

 骨格や顔の造りからして訪問者は女のように思えるが、暗い金色(ダークブロンド)の髪は男のように短く切ってある上に、鋏ではなく短剣(ナイフ)か何かで適当に切られたのか毛先が不揃いである。

 背が比較的高めで凛々しい顔立ちなので、女顔の男だと主張されれば納得できなくもなかった。

 彼女、あるいは彼は武器を携帯していないが、立ち姿に隙がないところからして何らかの戦闘術を修めていることだけは間違いないだろう。


 その訪問者は何やら押し問答をしているようだ。

 声を潜めて話している訳ではなかったので、ある程度近付けば聞き耳を立てずとも容易に内容を聞き取ることができる。

「―――ですから、先程から何度も申し上げている通り、許可のない外部の方をここから先にお通しすることはできません」

「私の方だってもう何度も聞いたよ。だから、許可を取ってくるからどこの誰に話をすれば良いのか教えてくれと言ってるんじゃないか! 誰にでも話せる内容ではないが、事情を話せば絶対に許可をくれるはずなんだ」

 口調は男のようだが、声の感じからして訪問者は女だろう。騎士や職人など、基本的に男しかいない社会で育った女にはよくいるタイプだ。

「その事情をお話いただけないのでは、私どもとしても適切なご案内をすることが叶いません。お客様自身がご検討なさった上で、(しか)るべき人物あるいは機関にご照会くださるようお願い致します」

「そんな事は言われずともさんざんやっているさ! いろいろ訪ねて回ったけど、どこに行ってもここと同じように門前払いされたよ。責任者に会わせてくれればきちんと説明すると言っているのに、取り次ぐことすらしてくれやしない! これ以上何をすればいいっていうんだい?!」

「申し訳ございませんが、私はその質問に対してお答えできる立場にございません」

 激情を見せる訪問者を目の前にして、氷の女であるケイトは普段と変わらず冷静なままだった。



 ケイト女史が発する冷気のおかげか、訪問者の頭に上った血もすぐに下りていったようだ。

 横を向いて数度の深呼吸。何とか落ち着きを取り戻した訪問者は、再びケイトと向かい合う。

「……いや、失礼した。私としてもこちらと揉めたいわけじゃないんだ。建物の奥に入れてもらうのが目的ではなくて、奥にあると予想されるある物体(・・・・)を確認させてもらいたいだけなのだ。だから私はここで待っていて、貴女がここまでそれを持ってくるというやり方でも構わない」

「そう仰られましても……」

 魔術師ギルドは構成員に対して魔術を教育する機関であると同時に、様々なモノを研究するための機関でもあった。その対象は魔術的なモノだけに限らず、人間の歴史・文化や自然法則、喪われた技術や正体不明の人工物の解析など多岐に渡る。

 多数の魔術師ギルド員が日夜研究を行っている魔術大学院の建物の中では、研究に使うために様々な物が保管されている。

 その中には近付くだけで危険な物や、貴重すぎておいそれと人の目に触れさせられないような物も含まれているだろう。

 魔術師ギルドが嫌がっているのは内部で抱える秘密を外部の目に晒すことなので、「自分を探し物の前まで連れて行け」という要求と「探し物を自分の前まで持ってこい」という要求は実質的に何も違わない。


「私が探している物は黒みがかった半透明の結晶体、もしくは真っ黒で光を通さない球体のはずなんだ。可能性は低いと思うが、もしかしたら邪悪な感じを受ける像かもしれない。今はこの塔の天辺からやや下のあたりから気配を感じる」

「そういった漠然とした情報のみでは対象物が特定しかねます。仮にご指定された通りの物があったとしても、それをお客様にお見せすることができるかどうかは全く別の問題です」

 魔術師ギルドの門番であるケイトは全く引かないが、訪問者の方も全くめげずに押し続ける。

「どうか探してほしい。私が勘違いしているだけであればそれはそれで良いんだ。しかし、私が想像する通りの物がここにあるのであればとても危険だ……対処を間違えれば世界が滅亡の危機に陥りかねないほどに」

「…………」

 人の話を聞かず突拍子もない事を言い募る訪問者に、応対するケイトは表情こそ変えないがいい加減にうんざりとした様子である。



 この世界においても、終末論と呼ぶべき思想は存在していた。

 ただし、秩序神や幸運神などの有名な神を奉じる教会の主流派においては、終末論の類は一切唱えられていない。

 知識神教会のように「根拠もなくいたずらに人心を不安に陥れるだけのものである」として、信者たちに禁止している場合すらある。

 だから、終末論を公然と唱えるのは有名な神の信者のうち主流派から異端視されているような宗派か、もしくはいつ生まれたのか(誰がでっち上げたのか)も定かではない無名の神の信者たちに限られていた。

 ごく少数ながら、研究者が研究の結果として人間社会の滅亡を予想するという例もあるが、こういったものは終末論とは呼ばれていない。

 訪問者の女はそういった世間から「まとも」と見做されていない神の信者だろうか、とケンは予想する。

 しかし、そういった輩とは一線を画するものをケンは感じ取っていた。


 終末論を肯定する人間は大きく2つに分けられる。

 則ち、世界の終末が遠からずやってくると心から信じる純粋な者と、終末論を利用して何らかの利を得たいだけの詐欺師である。

 詐欺師が「世界の終わりから救済されるためには我が教会(わたしのこと)を信ずるより他はない」と煽り、それを真に受けた純粋な人間(まっすぐバカ)たちがそれに付き従うというのが、終末論を唱える集団のよくある形だ。

 だが、ここにいる神官服を着た女は奇矯(エキセントリック)な言動はしていても、詐欺師のような他人を騙してやろうという気配は感じないし、何かに盲目的に従っているようにも見えなかった。

 聞こえてきた会話の内容にいくつか気になる部分もある。



 内容が気になってついつい立ち聞きしてしまったが、ケンがここ来たのはそんな事をするためではない。


 当初からの目的地に向かうために止まっていた足を動かすと、受付窓口の前に差し掛かったところでアイリスに声をかけられた。

「いらっしゃいませケンイチロウ様。本日はどのようなご用件でしょうか」

 近くにいる上司(ケイト)の事を気にしてか、すまし顔で上品そうなよそ行きの声である。

「……今日は師匠から呼び出されていてね」

「左様でございましたか。ギルド長は本日、ご自身の執務室にいらっしゃいます。どうぞこの先のエレベーターをご利用になって最上階までおいで下さいませ」

 これが初対面であれば高い好感度を獲得したかもしれないが、本性を知っているケンにとっては背筋をむず痒くする効果しかない。

 右隣に座っている彼女の同僚(ジェナ)も、アイリスのことを不気味なものでも見るかのような目で見ている。



 そのままエレベーターに向かいかけたケンだが、その前に1つだけやっておくべき事を思いついた。

「アイリス、ちょっと聞きたいんだが」

「はい、ケンイチロウ様。どんなご質問であろせられ……あらせられるのでしょうか」

 普段使い慣れていない丁寧口調のせいで舌がもつれそうになっているが、接客を生業としている人間がそれで良いのだろうか。

「その喋り方はもうしなくて良いよ。そこで何だか揉めている(ひと)はどんな人物なのか、アイリスが知っていることだけで良いから教えてくれないか?」

「あー、あの人はですね―――申し訳ございませんが、他のお客様についての質問にはお答えしかねます」

 剥がれかけた化けの皮を何とか取り繕ったアイリスだったが、間に合わせの皮を引き剥がすことなど造作もない。

「そうか……ダメなのか。俺とアイリスは何でも教えてくれる(・・・・・・)ような仲だと思ってたけど、俺の勘違いだったのか。そうだよな、ここに来た時に顔を合わせるだけの単なる他人だもんな」

「教えます教えます教えちゃいます。私とケンイチロウの間に隠し事なんてものはありえませんからね!」


 予想外に激しく喰い付いた(アイリス)の姿を見てケンは少しだけ後悔したが、やってしまったものは仕方が無い。

「中にある物を見せろとか、世界が滅亡するとか言ってるようだけどあれは何だ?」

「私も他の人から聞いた話なんですけどね―――」

「駄目だよアイリス、怒られるよ!」

 ジェナが控えめに警告するが、暴走馬車(アイリス)を止めるには力不足である。

「6日前と4日前と2日前にもあの人は来てるので、今回が4回目のはずです。毎回あんな感じで中に入れろ、いや入れないって受付で揉めてるらしいんですよ。無理やり押し通ろうとすることは無いみたいですけど話が通じないので、前は何十分も揉めた挙句に警備員を呼ばれてやっと帰ったみたいです」

 1日おきという登場間隔からまた今日も来ると予想されていたので、今日は最初から受付窓口の責任者であるケイトが待機していたということのようだ。

「なんだかこの建物の中に邪悪なはどう? を出してる物があるらしくて、それを寄こせとか言ってるみたいですよ。魔力ならともかく『波動』を感じるとか笑っちゃいますよね! ケンイチロウはあんな変な女に引っかかっちゃダメですよ?」

 変な女なら目の前にも1人いる、という言葉が喉元まで出かかっていたがなんとか耐える。まだ聞きたいことがあるのだから機嫌を損ねるわけにはいかない。


「あの人が着てる神官衣と聖印の形に見覚えが無いんだが、アイリスはどこのか知ってるか?」

「もちろんですよ! あれは混沌神の聖印ですね。秩序神の対となる神で、ここいらは秩序神の勢力が強いのでぜんぜん信仰されていないみたいですねー。混沌神信仰が盛んな国もあるので、もしかしたらあの人はそっちの方面から来たんじゃないでしょうか」

「それってローザちゃんが教えてくれたことじゃない……」

 答えが返ってくるとは期待せずにした質問だったので、詳しい回答があったことに少々驚いた。

 魔術師ギルドに所属しているだけはあって意外に博識なのだ、とアイリスのことを少しだけ見直しかけたのだが、ジェナの種明かしのおかげでおじゃんになった。

 アイリスはその呟きが聞こえなかったフリをしているが、こめかみを伝う汗と一瞬だけジェナに向けた威嚇の視線をケンは見逃していない。


「混沌神というのは初めて聞いたな」

「自由神って別名もあるらしいですよ。自由と混沌は紙一重ってことですかねぇ」

 秩序神の勢力が強いこの国では邪教扱いされることが多い混沌神だったが、ただ混沌神を信仰しているというだけで罪に問われることはない。

 普通の町ならば法に犯していなくとも道徳に反しているとして迫害を受けたかもしれないが、様々な国から様々な人種が集まる迷宮都市マッケイブでは、迷惑を被らない限りは主義主張だけを理由に他人を排除しないのが暗黙の(ルール)である。



「そんな事はどうでも良いので、今度食事(デート)に行きませんか? こないだ友達におしゃれで美味しいって評判のレストランを教えてもらったんですよ」

「残念だけど、これからしばらくは予定が詰まっててるからな」

 遠回しな拒否の言葉のように聞こえるが、時間がないというのも嘘ではない。

 今日から数日はずっと魔術の訓練に追われることになっているし、その後はすぐ【ガルパレリアの海風】の攻略パーティに参加して迷宮に潜る予定だ。

 昔から完全な休日を取ることが少なかったケンだが、最近は"遺跡"調査計画に関わる様々な工作やエセルバートや【黒犬】の関係で、全く空いている時間がないくらいである。

「予定なんて私の方が合わせますから、ケンイチロウさんがお暇な日で良いんですよ。私は待つ女ですし尽くす女ですから、疲れた心と体を癒して差し上げます! ……キャッ、体を癒やすですって!」

 アイリスは赤らめた頬に両手を当てて、クネクネとした奇妙な踊りを披露する。隣のジェナが彼女の服を引っ張って注意を促していたが、そちらを見ようともしない。


「もういっその事、ケンイチロウさんが私の家で暮らしちゃったりなんかして『あなた、お帰りなさい』『今帰ったよ、僕の愛しい子猫ちゃん』なーんちゃ―――」

「何をしているのですか、アイリス?」

 顔色が赤から青に一瞬で変わるのはちょっとした見ものだった。

 いつの間にか接客を終えていた氷の女(ケイト)粗忽者(アイリス)の背後に立ち、冷ややかな目で見下ろしている。

「えっ……あっ、ケイト様どうして……? これはちがうんです!」

「何が違うのですか? 私は、貴女が何をしていたのか聞いただけなのですけれど」

「えっと、そのぉ……」

 どこかに救いの道を見出そうとして落ち着きなく周囲を見回したアイリスは、他人のふりで目を合わせないようにしているジェナを見て愕然とし、最終的にケンに対して縋るような目を向けた。

 ケンはアイリスに対してにっこりと微笑み、ケイトの方を向いて頭を下げる。

「お久しぶりです、ケイトさん。アイリスさんはこれから忙しくなりそうですし、そろそろうちの師匠が待ちくたびれている頃だと思いますので、私はこれで失礼させていただきますね。それでは」

「う゛らぎりものぉ~」

 どこからか怨嗟の声が聞こえてきたような気がしたが、恐らく気のせいだろう。部外者だろうが男だろうが逆らってはいけない相手というのは存在するのだ。

 できれば強く生きていってほしい。



 アイリスとケイトの視線を避けるようにそそくさとエレベーターに乗り込み、塔の最上階に向かう。辿り着いた先には相変わらず人気(ひとけ)がなく、物言わぬ木製の扉だけが鎮座していた。

「失礼します」

「遅いぞ小僧! この儂を待たせるとはお主も偉くなったもんじゃなあ!」

 ジョーセフから弟子の証として貰った金の指輪を使って扉にかけられた魔術錠を外す。部屋の中に入ると即座に、待ちかねていた老魔術師から叱責が飛んだ。

「申し訳ありません。ここに来る時に少々気になる出来事があったもので……」

「ふんっ。それが儂を待たせるだけの価値がある事だとは思えんがのう! まあええわい、時間がないんじゃからさっさと始めるぞ」

「いえ、申し訳ありませんがその前に1つご報告、と言うより確認させていただきたい事があるのですが宜しいでしょうか」

「なんじゃい。もしも詰まらん内容じゃったら……どういうことになるかは解っておるんじゃろうな?」

 どういうことになるのか不安極まりないが、質問を撤回したら今よりも不機嫌になりそうである。


「私が以前、ジョーセフ師に調査を依頼した謎の黒い球体ですが、現在はどこに置かれているのでしょうか」

「ここから2階下の特別研究室で厳重に保管されとるが……どうしてそんな事を気にしとるんじゃ? ずっと研究は続けとるが、まだほとんど何も解明できとらんぞ」

 塔の1階で目撃した混沌神神官の女は、確か「真っ黒な球」の気配が「塔の天辺よりやや下」からすると言っていた。

 彼女が探している物の正体が迷宮の中で手に入れたオーク・リーダーの戦利品(ドロップアイテム)だったとすれば、話はちょうど符合することになる。

「既にジョーセフ師のお耳に入っているかもしれませんが、この塔の入口近くで奇妙な人物を目撃したのです。その人物は少し気になることを言っていました」

「小僧が遅れてきた理由がそれか? まずは聞いてみんと何とも言えんから、さっさと話してみろ」


 これ以上ジョーセフの機嫌を損ねないように、要点のみを手早く説明する。

「ふーむ、いちおう辻褄は合っとるな。旧い教会の奴らは色々と秘密を抱えとるから、儂が知らんことを知っておる可能性もゼロじゃなかろう」

 幸いな事に混沌神神官についての話はジョーセフの興味を引いたようで、話を聞いた老魔術師は自分の長い髭を撫でつつ何かを思案し始めた。

「もしかしたら、彼女は黒い球の正体を知っているのかもしれません。試しに話を聞いてみるというのはいかがでしょうか」

「うむ、正直に言ってあの球の研究は行き詰まっとるからのう……参考になるかどうかは分からんが、ひとまず話をさせてみるとするか。ケイトには儂の方から言っておくわい」

「どんな話か気になるので、その時はできれば私も同席させてください」



 これで話は決まったとばかりに、老魔術師が手を打ち鳴らした。

「さあて、余計な話は終わったんじゃからさっさと魔術の訓練を始めるぞい。小僧にはこれから5日の間に最悪でも3つ、最低でも5つは魔術を覚えてもらうつもりじゃからのう。10以上(ふたけた)が及第点じゃな」

「……は?」

 見習い魔術師なら、新たな魔術を1ヶ月で1つ覚えられれば上出来だと言われている。

 若いうちから魔術の勉強に専念している人間ですらそうなのに、大人になってから魔術を学び始めたケンがたった5日で複数の魔術を覚えるのは無理だとしか思えない。

「冗談……ですよね?」

「儂が今までにこんな冗談を言ったことがあったか? いつまでも時間を無駄にしてはおれんのじゃからさっさと準備せい」


 呆然とするケンを放ったまま、ジョーセフが執務室の隣の部屋に向かった。

 これから先の5日間は、とても苛酷なものになりそうだ。

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