第60話 迷宮中層:湿地帯
"遺跡"調査計画を推進するための策の1つであるギルド連盟創設が成功裏に終わっても、それで一段落ついたとまでは言えなかった。
連盟への参加者探しや規則の決定など、ギルド連盟に関わる部分はほとんど全てをカストとポールに任せられるから良いが、モーズレイとの折衝や情報収集などについてはケンが主体となって動かなければならないからだ。
これから先、秩序神神殿のエセルバートと盗賊ギルド【黒犬】という2つの勢力をどれだけ今回の件に巻き込むべきか、というのも懸案事項の1つだった。
魔術師ギルドはその成り立ちのせいか、あまり他種の組織と関わりを持ちたがらない。そんな魔術師ギルドと交友関係を作るまたとない機会を、自勢力の拡大に熱心な彼らが座して見過ごすとは思えない。
ましてや"遺跡"調査計画は、順調に行けば遠からず国が介入してくると思われるような案件なのだ。
エセルバートや【黒犬】を味方にできれば利点は大きい。
エセルバートならば政治工作はお手の物だし、上手く話を運べば迷宮の中に治癒術師を派遣してもらうことも不可能ではないだろう。
盗賊ギルドの【黒犬】ならば諜報と防諜は本職であり、利権の独占のために他の盗賊ギルドの介入を阻止する方向に動くはずだ。ケンとしてもその方が秘密を守りやすい。
問題は彼らにとっての利益がケンの利益と一致していなかった場合である。
何とかしてケンが望む方向に動くように交渉しなければならないが、それは大きな借りを作ることと同義である。ケンはエセルバートと【黒犬】をあまり信頼していないので、できる限り借りを作りたくないというジレンマがある。
今までは情報を知る人間がごく一部に留まっていたおかげで秘密が守られ、両者からケンに対して何の働きかけもなかった。
しかしもうすぐ"遺跡"の情報は彼らの知るところとなり、事実確認のために行動を始めるだろう。エセルバートや"鼠"の頭領の情報網であれば、ケンが計画に関与していること程度は簡単に掴んでしまう。
これ以上は情報の拡散を遅らせることができないのであれば、彼らが自力で情報を集める前にケンが情報を提供することで僅かなりとも貸しを作っておくべきだ。
そうと決まれば善は急げ。まずは夜でも連絡がつけやすい【黒犬】の"鼠"の頭領に会うとしよう。
しかし、そうやって迷宮外での工作ばかりに感けてばかりもいられない。
"遺跡"調査の事を抜きにしても、ケンの本業は迷宮探索者なのだから日々の糧を得るためにも迷宮に潜る必要がある。
"遺跡"に再び、今度は素人も含む大勢を引き連れて辿り着かなければならないことを思えば、探索者として技能の維持向上は必須事項だろう。
約1ヶ月間迷宮に入っていなかった空白期は、育成パーティの日帰り探索に何度か同行したことである程度は取り戻せたと判断し、今回からはポール率いる攻略パーティに参加する。
存在していない扱いだった上層探索時とは異なり、中層探索ではパーティの一員として行動することが求められていた。
探索者になりたての頃も含めて上層では何度か他人とパーティを組んだことがあったが、ケンが中層でパーティを組むのは実質的に今日が初めてだと言える。
アリサとパーティらしきものを組んだことはあるが、探索者としての彼女はケンのコピーでしかなかったので1人で行動しているのと大差なかった。
多少の不安はあるが、リーダーを務めるポールの実力はカストの折り紙付きである。きっとケンのことを上手く使ってくれるだろう。
「さあ皆さん方、準備は良いですかい?」
「へい! 準備万端ですぜ!」「本日の欠員は無し!」「体調不良者もなしっす」
今回の探索でポールが率いる攻略パーティは総勢13人。現在は、メンバー全員が迷宮管理局の建物内に設けられた待合室に勢揃いしている。
ケンとパーティを組む仲間は、上はポールのように中層で活動を始めてから10年近くになる者から、下は2ヶ月前にようやく第一<転移>門の門番を突破したという者まで年齢も経験も様々な男たちだ。
13人という人数は狭い通路ばかりの上層であればパーティの分割を考え始める頃合いだが、幾つもの広大な地形で構成される中層の突破を考えるのであれば、ちょうど良いくらいの人数かもしれない。
「では、時間になったんで行きますか。管理局の方にご迷惑をおかけしないよう、いつものように迅速に」
程なく<転移>門の利用予約時間となり、パーティ一同は係員に案内されて<転移>門が設置されている部屋に向かった。
いつものように<転移>門を通って迷宮の中に入った。<転移>している間に感じる独特の不快感は、何度味わっても慣れることができない。
「点呼と装備品の確認。念のため、周囲の警戒を怠らないように」
ポールの指示に従って各自が装備と物資の確認を済ませた後、隊列を整えて迷宮の奥へと向かう。
今回の探索では、4日目終了時点か最初に当たった地形の出口を見つけるまで先に進んでいく予定である。もちろん途中で何かがあれば、リーダーの判断で予定は変更されうるのだが。
往復で8日分、予備分を含めて10日分の水と食料を持ち込むとなると、一人分だけでもかなりの重量となる。
個人個人で10日分の物資を持ち運んでいると戦闘に支障を来してしまうので、1日分から2日分のみを各自の背嚢に入れ、それ以外の分は幾つかにまとめて運搬担当者が運ぶ方式を取る。ある程度以上の人数がいるパーティなら、戦闘担当と運搬担当を分けるのはごく普通の事だ。
【ガルパレリアの海風】では荷運び専門の人は使わない方針なので、パーティメンバーが戦闘と運搬を交代で担当することになる。
リーダーのポール、斥候役のケン、もう1人のスカウトであるロドリーゴを除いた10人を5人ずつの2班に分け、休憩の都度役割を交代する。この班の班長はパーティの副リーダーでもあり、ポールの指示を受けて戦闘中や移動中の指揮を執ることもある。
運搬役を免除されているおかげで身軽なケンとロドリーゴは、パーティ前方の索敵と後方での警戒を交互に担当することになっている。
罠ともモンスターとも遭遇せず、迷宮の奥目指して進むこと約30分。パーティは分かれ道にさしかかった。
こういった状況になった時、上層であればどちらに進むかを決めるのは簡単だ。
主要な通路はここ数十年間まったく変化していないのでとっくの昔に地図が作成済みだし、経験を積んだパーティやギルドであれば、それに加えて抜け道や狩場情報が追記された独自の地図を持っているのが普通だからだ。
上層で5年近く活動していたケンも、紙の地図は作っていないが主だった通路と部屋、抜け道の位置は全て暗記している。
万が一、迷宮の中で現在位置が分からなくなってしまったとしても、通路の壁の特徴を見ればどちらの方向がより迷宮の奥に近いかを判別できるので、その方法を知っていれば迷いようがない。
しかし、中層以降は構造改変によって頻繁に地形が変化してしまうので地図は作成できず、上層のように迷宮の奥方向を判別する方法が無いので勘に頼るしか方法がない。
いや、実は判別する方法があるのかもしれないが、少なくともケンとポールたちは知らない。知っている可能性があるとすれば、下層探索者を擁する大手ギルドの幹部くらいだろう。
どちらにせよ今回の探索は下層に向かうのが目的ではないので、リーダーが選んだ方向に進むだけである。
その後、通路の中を進む最中に2回だけオークの群れと遭遇して戦闘になったが、どちらも危なげなく勝利を収めた。多少の打撲や擦り傷を負ったメンバーもいたが、その後の行動に全く影響がない程度のものだ。
基本的に戦闘では出番がないケンは、周囲を警戒しつつ仲間たちの戦いぶりを観察するだけという気楽な時間だった。
観察することで何が分かったかと言えば、それはパーティリーダーとしてのカストとポールの差についてである。
カストはパーティ全体を把握しながら方針を決定するが、個々の行動についてはかなりの部分を本人に任せていた。良く言えば自主性を尊重していて、悪く言えば大雑把で放任主義のリーダーと言えるだろう。
一方のポールは前線を中心に情報を捉え、細かく指示を出して問題が起きる前に抑制しようとする。良く言えば木目細かい手当てをするが、悪く言えば口煩く神経質なリーダーだ。
この違いには、当人たちの性格の差が大きく関係しているように思える。
それに加え、モンスター以外には特に危険らしい危険がない迷宮上層を探索する育成パーティと、地形の変化に富み複合的な危険のある迷宮中層を探索する攻略パーティという違いも影響しているのではないだろうか。
モンスターとの戦闘以外は特に障害もなく、迷宮に入ってから3時間弱で1つ目の地形に到着した。
「これは……湿原なのか?」
狭苦しい通路の中から見える風景は、一見して普通の草原だったが、それにしては浅い池のような、大きな水たまりが多すぎた。樹木が一本もないところから考えても、目の前に広がる地形は硬い地面を持つ草原ではなく、水没した軟弱な地面の湿原ではないだろうか。
「ケンさんは、湿地帯に当たったのは初めてですかい?」
「ええ、足場が悪くて厄介そうな場所ですね……ポールさんの方は今までに来たことがあるみたいですが」
「俺の方もまだ3,4回ですがね。この仕事も長くやってますが、湿地帯ってのはかなり珍しい地形のようです。他にも初めて来た奴がいるので、飯を食いながらどういう場所か説明しましょう」
まだ昼食を摂るには早い時間だが、地形の入口付近はモンスターが近寄らない安全地帯ということで、講義の時間を兼ねた昼食休憩を取ることになった。
「見て分かるように、ここから先は地面が水没している場所が多い。なるべく歩きやすい場所を選んで進むつもりだが、場合によってはぬかるみに入ったり川を渡ったりしなければならない時もあるだろう。各自、必要と思われる処置を取るように」
マッケイブの迷宮中層に存在する湿地帯は、その名の通り面積の大部分が浅く水で覆われた湿原であり、川や湖も多数存在する場所らしい。
探索者向けのブーツは耐水性のある革で作られているが、使用中に付いてしまった傷や縫い目の部分から水分が染み込んでくるのはどうしても避けられない。
防水のためにブーツの表面に脂を塗っても完全防水には程遠く、歩くうちににどうしても脂が取れてしまうので定期的に塗り直す必要がある。
短時間であれば水やぬかるみに漬かっても問題は起きにくいが、それが長時間となった場合は侵入してきた水分による不快感と戦わなくてはならなくなるだろう。
単に不快感を感じるだけなら我慢すれば良いが、足場の悪さは移動や戦闘に無視できない悪影響を及ぼす。
ぬかるみの中を歩き続けるというのは想像以上に疲労が貯まる行為であり、いざ戦闘となった時に硬い地面の上にいるつもりで行動していては思わぬ不覚を取ることになりかねない。
「出てくるモンスターにははっきりした傾向がある。人間形や四足獣形のモンスターはほとんど見かけない代わり、鳥形、魚形、爬虫類形……主に毒持ちのでっかい蛇と蛙がよく出てくる。足場の問題で大抵は逃げきれねえから、基本的には陣形を整えて迎え撃つことになるだろうな」
湿原は背の高い樹木や草が少ないおかげで見通しが良く、死角となる場所が少ないので奇襲を受ける心配が少ないのは好条件だ。しかし、それは逆に言えばこちらも身を隠して敵をやり過ごすこともできないという事を表している。
蛙や蛇のモンスターは遠距離の敵を見つけるのが苦手なので、こちらが先に敵を発見できれば戦闘の回避も不可能ではないようだが、背景に溶け込むのが得意なモンスターどもをそう簡単に見つけることができるのかという問題がある。
鳥形のモンスターから逃げ隠れしようとするのは労力の無駄だ。モンスターであっても鳥目なので、夜に襲われる恐れがないは救いだろう。
「それと、休憩中や夜には粘菌生物にも注意が必要だろうな。動きが鈍いから見つけられれば避けるのは簡単なんだが、うっかり取り付かれちまった場合は引き剥がすのが難しい。どうにかして核を潰すか……油でもかけて燃やすしかない」
「へえー、こんな暮らしにくそうな場所でもいろいろといるもんなんすね。他には何かいねえんですか?」
「俺は直接見たことがないが、上半分が若い女で下半分が蛸だか蛇の塊だかになってるモンスターも出るらしい。そいつは人間の男を見かけると川の中で溺れた振りをするらしいんだが……外ならともかくここで引っかかる馬鹿はいねえわな」
「いやいや、分かんねえっすよ? こんな男クッセえ中で何日も過ごした後に美人を目にしたら、ついふらふらーっと……」
「その時は黙って見送ってやるから、女と達者で暮らせ」
「いやいや、死んじまうから止めてくださいって」
「大丈夫だろ。飲み水に困ることだけはねえし、前に入った湿地帯では食える草や魚なんかも結構いたみたいだからな」
「いやいや、そういう意味ではなく」
初めて踏み込んだ湿地帯は、ケンが想像した以上に面倒な地形だった。
湿原に踏み込むのを避けようと迂回してみても、結局は外周の壁まで切れ目なく湿原が続いていたり、迂回した先で別の湿原が湖が道を塞いでいたりもする。
仕方なく湿地帯の中を進んで行くが、足元ばかりに気を取られていると上空から巨大な鳥形のモンスターに狙われることになる。
幅10メートル近い川に簡易的な浮き橋を架けてを渡ろうとした時、テッポウウオのように口から水を噴射する魚形のモンスターに襲われたこともあった。
噴射された水そのものに大した攻撃力はなく、当てられた男も転落せずに済んだので服と荷物が濡れて一部が使えなくなった以外の被害はなかったが、重い荷物を背負ったまま川の中に転落した場合、最悪の事態が起きる可能性もある。
魚や鳥のモンスターとの戦闘では、ケンにとってはかなり意外な物が大活躍だった。
意外な物というのは柔らかくて丈夫な針金を編んで作られた直径10メートルの投網で、網目の大きさが20センチメートル近くもあるので普通の漁には使えないが、巨大なモンスター相手なら使いようによっては有効な武器になる。
上空から急降下してくる鳥のモンスターに対して投網をうち、上手く羽にでも絡めば地面に引きずり落とすことができる。命中させられなかった場合でも、こちらが簡単には狩れない敵だと思い知らせることができる。
魚形のモンスターに対してはもっと直接的だった。水揚げされた巨大な魚の姿は、滑稽であると同時に哀れだった。
それに比べ、蛇や蛙のモンスターはかなり手強かったと言えるだろう。
巨大ひき蛙のモンスターは数匹以上で群れていることが多く、ぶよぶよとしたぬめる皮膚のせいで攻撃が通りにくい。跳躍による移動は向かう先の見当が付けづらく、舌による攻撃は予想外に素早い。
巨大蛇は単体でも手強いのに、別のモンスターとの戦闘中に音もなく這いより、奇襲をかけるという狡猾さまで備えている。
数度の戦闘のうちに1人がジャイアント・トードに伸し掛かられて大怪我を負い、別の1人がジャイアント・バイパーの毒液を浴びて皮膚が爛れたが、幸いどちらの場合も治療に適した魔法薬が準備されていたおかげで大事には至らなかった。
いくつかの事件に見まわれつつも少しずつ湿地帯の中を進んでいき、1人の脱落者もなく探索3日目の夜を迎えた。
この3日間で湿地帯の直径以上の距離を歩いたはずだが、かなり蛇行しながら進んでいるおかげで消化済みの道程は約7割といったところだろうか。
4日目に湿地帯の出口を見つけられるかどうかは五分五分である。
その夜は、直径数百メートルはあろうかという大きな湖の岸から、数十メートル離れた見晴らしがいい場所にテントを張って野営を行っていた。
その湖は湖底が見えるくらいに澄んだ水を湛え、日中調査した限りではモンスターどころか1匹の魚影すらも見つからなかった。それでも念の為に、湖岸から多少の距離をとっている。
夜間の見張り番は、スカウトであるケンとロドリーゴのうちどちらか1人と、その他の11人から選ばれた2人の合計3人が一定時間で交代しながら行う。
スカウト2人にかかる負担が大きいように思えるが、その分昼間の物資運搬や戦闘への参加、休憩中の周囲警戒当番を免除することで負担の軽減が図られている。
ロドリーゴがどう思っているかは知らないが、ケンは近くに他人がいると熟睡できない質なので、現状のやり方で特に不満はない。
夕食を摂った後の最初の見張り番はケンが担当した。何事も無く3時間が経過したところでロドリーゴと交代し、ケンが仮眠をとる。
異変が発生したのは、そろそろ交代の時間を迎えようかという真夜中頃のことだった。
「なんだありゃあ!」
見張りについていた男の叫びを聞いたケンが微睡みから一瞬で覚醒し、すぐにテントの中から飛び出して周囲を警戒する。
「敵襲か?」
「いや、敵じゃない。敵ではないと思うが……何だかよく判らん」
ロドリーゴの返答は全く要領を得ない。ケンが貸した<暗視>ゴーグルを付けた彼は、湖がある方向をずっと見つめている。
「光る……虫? 光る虫が飛んでるのか? こんなのは初めて見るぞ」
ケンが湖の方向に目をやると、ロドリーゴの言葉通り湖岸で数十個の淡い光が不規則に宙を舞っていた。
「ゴーグルをくれ」
「はいよ……こっちは念のために他の奴らを起こしてくる」
「頼んだ」
ロドリーゴから返却された<暗視>ゴーグルを付け、明るくなった視界で乱舞する光の発生源を確認する。距離が離れているせいで詳細は判別できないが、飛んでいる虫の翅が光っているように見えた。
武器を持って次々とテントから出てくる仲間たちをその場で待たせ、ケンだけが周囲を警戒しながら足音を忍ばせて湖に向かう。
湖に近付くにつれて、少しずつ光の発生源の正体が明らかになっていく。
「光る、蝶……? 夜光蝶か?!」
光の正体は蝶だった。
真っ黒な翅の表面に複雑な光る模様が描かれ、夜闇の中をひらりひらりと舞う姿は得も言われず幻想的で美しい。これならば時の権力者がこぞって夜光蝶を求め、乱獲によって絶滅してしまったというのも頷ける。
「ケンさん! そっちは大丈夫なんですか?!」
「とりあえず危険はない! その代わりぜひ見て欲しい物があるから、全員こっちに来てくれ!」
この美しい蝶たちを鑑賞するのがたった1人だけではもったいない。本当はこの世で生きる全ての人間に見せてやりたいが、迷宮の中ではそれも難しい。
ならばせめて、近くにいる仲間たちとだけでもこの美しさと感動を共有しよう。
「これは……すごい」
「おー、何だコレ。何だコレ!」
周囲に潜んでいるかもしれないモンスターを警戒しつつ、そろりそろりと湖の近くまでやってきたケンの仲間たちは、夜光蝶の姿を一目見るなり釘付けになり、ぽかんとした表情で感嘆の声を上げ始めた。
「夜光蝶で間違いないな。もう何十年も前に絶滅したと聞いていたのに、まさか迷宮の中に生き残っていたとは」
「これって珍しいんですか。捕まえて持ち帰ったら高く売れますかね?」
「捕まえてもすぐに死んでしまうからやめた方がいい。死んだら翅が光らないらしいから、何の価値もないだろう。これだけ綺麗なんだから、手を触れずに見るだけで満足しろ」
「それもそうですね。触るのが怖いくらいですもんね」
その場にいた男たちは1人の例外もなく夜光蝶に魅入られ、暗闇の中を静かに舞う美しい光をずっと見つめ続けた。
一瞬でも目を逸らせば消えてなくなってしまうとでも思っているかのように、瞬きすることも忘れて、ずっと。
―――ずっと見ていた。




