第57話 新人研修
今から数日前、ケンはギルドマスターのカストに誘われて探索者ギルド【ガルパレリアの海風】に加入することになった。
ただしケンが置かれている状況を考慮して正式な加入ではなく、"遺跡"調査計画が本格的に動き出す前までという期間を区切った仮加入という形式である。
定期的にギルドメンバーたちが集まって行われる訓練に参加する義務はなく、理由があれば迷宮探索への参加拒否も許されている。ケンが迷宮探索に同行する場合でも「ケンは存在していないつもりで行動しろ」と他のメンバーたちには通達されている。
ギルドに入っているのか入っていないのかよく分からない状態ではあるが、ケン自身としてはカストからギルド内の偵察者の教育を頼まれているし、今後のためにパーティ行動を学ぶために積極的に参加するつもりでいた。
本日、ケンがどこで何をしているのかと問われれば、答えは「夜に向けて営業準備中の【風の歌姫亭】店内で実施されている新人研修に参加中」である。
ただし、彼の立場は教育を授ける側ではなく受ける側だ。
より正確に言えば、これから探索者になろうとしている、カシム、ファティマ、ナルセフのための講習会の場にケンが勝手に紛れ込んでいる状況だった。
「そこで見られてるとすっげえやり辛いんですけど……」
「邪魔はしないようにするから気にしないでくれ。それに、俺がギルドに入ったのはカシムたちと同じ日なんだから、新人と言っても嘘じゃないだろ?」
「そう言われりゃそうですけど……」
ケンが迷宮探索者になってから、もうすぐで丸6年になる。
大半が1年と保たずに消えていく新人探索者まで含めるとけっこうなベテランとなり、新人を除いて考えるとようやく中堅と言われるくらいになったところだが、どちらにせよ新人研修を受けるような立場ではない。
ならばどうしてケンが新人研修の場に紛れ込んでいるのかと言うと、秩序神教会のノーマンからカシムたちの世話を引き受けさせられた手前、ある程度は彼らの行く先を見届けておく必要があると思ったからだ。
その他にも単なる野次馬根性や、今後に活かせるような知識が何か得られないかという期待もある。
「あー、まあ、正直気になってしょうがないですけど気にせず始めます。カシムくん、ファティマちゃん、ナルセフさんは3人ともマッケイブに来て日が浅いってことなので、最初はこの町の説明から」
新人研修初日の今日は、まず町の中の地理を説明するところから始まった。
町をおおまかに東西南北の4つの区画に分けたとき、東が商業地区、西は一般人の住宅区、南には主に政府関係の機関や貴族の邸宅があり、北はスラムになっている。
こういった事は外から来た人間にとっては未知の情報だが、町の住人からすればごく常識的な知識だ。知っている者からすれば常識すぎて、却って教えるのを忘れてしまいがちなのではないだろうか。
その後は行政府や神殿などの主だった施設の場所、治安が悪いので用事が無いなら近寄るべきではない場所、探索者が立ち入ると問題が起きやすい場所などの日常生活に関わる事柄について説明が行われた。
主要な探索者ギルドの拠点所在地についてはケンにとってもかなり有益な情報である。憶えておけば今後何かの役に立つこともあるだろう。
説明の中で最も時間が割かれたのは、何故か周辺の飲食店について説明する部分だった。
味は全く期待できないがとにかく安い店、味はそこそこだが量だけは多い店、肉が美味い店、魚が美味い店、珍しい物を食べさせる店、酒が美味い店、いい女がいる店―――と限りがなかった。
流れに乗ったケンが【花の妖精亭】のエイダの料理の美味さについて一席ぶったことも、話が長くなった原因の一つかもしれない。
「【風の歌姫亭】はウチのメンバーならツケが利くんで、金が無いときは店長にお願いすれば飯だけはどうにかなります。オマケで店長のお小言がもれなく付いて来るので、少しだけお得ですしね……」
探索者として活動していくためにはなにかと物入りなので、安定して稼げるようになるまでの新人探索者は貧乏生活を強いられがちだ。
カシムたちに限って言えば当座の生活費が足りないということもないはずだが、食うや食わずの生活を送っている新人たちにとっては救いの手となるだろう。
「ああそうそう、迷宮に潜るために必要な物を買うためならギルドから借金もできるので、どうしてもって時はマスターのカストに相談してください。あまり大金は借りられないけど利子はナシです」
「すごいな、そんな事までやってるのか」
「元々は先代のマスターが個人的に貸してたらしいです。迷宮に入れなきゃ稼ぎようがないですし、金が無いからって見捨てるような真似はできないからって」
【ガルパレリアの海風】はこれまでに何十人もの新人探索者を一人前に育て上げてきただけはあって、色々と支援・教育手法が確立されているようだ。
このギルドのやり方は、将来的に"遺跡"調査計画に専従する探索者組織を作ることになったとした場合に、大いに参考になるだろう。いっそのこと人望のあるカストを組織長に据えてしまっても良いのかもしれない。
途中で思わぬことに時間を取られてしまったが、昼過ぎに始まった初日の講義は【風の歌姫亭】の夜の部の営業が始まる前に終了した。
「これで今日の分は終わりです。明日は迷宮で使う武器防具とか道具を一式買いに行く予定になってるんで、朝飯を食ったらここに集合すること。既に使ってる装備があるならそれも忘れず持ってくるように」
「ちょっと聞いても良いか?」
「何ですかケンさん」
「このギルドでは消耗品や道具をどこそこの店で買う、って決められてたりするのか?」
「いや、うちにはそういうのは無いです。人によってはいつも使う店が決まってるんでしょうけど、正直どこの店も大差無いですからね」
この町ではゴミ捨て場から拾ってきたのではないかというくらいの安物や、反対に高級品になればかなりの選択肢がある。しかし、普及価格帯のものとなると品揃えが画一的で全く選ぶ余地がない。
おそらく、この町に昔からいる商会たちが裏で繋がっていることで全く競争が無いせいだろう。
「それじゃあ、明日はウェッバー商会の店に行ってみないか?」
「それって、東通りに新しくできたとこですか? でも、あそこってまだオープンしてないですよね」
「ちょっとあの店に知り合いがいて、機会があれば店を紹介してくれって頼まれてるんだよ。探索者向けの商品も一通り置いてあるし、モノが気に入らないなら無理に買わなくても良い。だから試しに行ってみるのはどうだ」
「行きます行きます! こないだ店の前を通った時、可愛い女の子が何人も出入りしてたからちょっと気になってたんですよね!」
この教育係の男が言っているのは、おそらくケンも見たことがある店員の女たちのことだろう。
どうして女の店員ばかり集めているのかと不思議に思っていたが、少し考えてみれば当たり前のことだ。ほぼ全員が男である探索者相手の商売をするのなら、男より女の店員の方が良いに決まっている。
「先に言っておくが、そういう店じゃないんだから勘違いするなよ。女が必要なら売ってる場所で買え」
「分かってますって。でもケンさんは分かってないなー……商売女じゃないからこそ良いんじゃないですか! ところで、ちゃんとした恋愛ならオッケーですよね?」
「知るかよ」
余談だが、マッケイブでは人口の何割かを占める探索者のほぼ全員が男だという関係上、かなり男余りの場所である。そもそも出稼ぎが集まる町なので、男が多くなるのは仕方が無いとも言える。
だから独り身の男どもの懐を狙った娼館はそこかしこにあり、たった一晩で一般人の数年分の年収を稼ぎだす高級娼婦から安食堂の一食分の値段で自分を売る安娼婦まで、年齢も種族も様々な夜の女たちが咲き誇っている。
「とりあえず、今日のうちに客を連れて行っても大丈夫か聞いておく。駄目だったら元々予定してた店に行けば良いだろ」
「そうっすね」
その翌日、いつものように【花の妖精亭】で朝食を済ませたケンが【風の歌姫亭】に到着すると、そこには何故か大勢の男どもが屯していた。
「すいません、ケンさん。あの店に行くことをついポロッっと話したらこんな事に……」
これはどうしたことかと問うてみれば、可愛い店員がいると噂の店に入れると知った【ガルパレリアの海風】のメンバーのうち、外せない用事がある奴以外は全員が自分も行きたいと集まってきたという答えだった。
いったい何を期待しているのか、随分とめかし込んだ奴までいる始末だ。
「暇すぎるだろうお前ら……」
「まずはカシムくんたちがどういう装備を持ってるか確認して、それが終わったら武具工房から先に回っていくんだからすぐには行かないぞ、ってちゃんと言ったんですけどね……」
リサにはケンとカシムたち5人だけが行くつもりで話を通しているのだし、武具工房に行く時に用事もない男どもを引き連れていては邪魔で仕方が無い。
だが、男どもに付いて来るなと言ったところで素直に諦めないだろう。
「よし、じゃあこうしよう。少しだけ予定を変更して、ウェッバー商会の店に行くのは昼の鐘が過ぎてからにする。ここに居られると邪魔だから、どこか別の場所で適当に時間を潰してこい。そうしなきゃ店には連れて行かん」
「「「「「ういーす」」」」」
ケンの宣言を聞いた男どもがどこかに散っていき、おかげで店内は落ち着きを取り戻した。
「ケンさん、助かりました……あいつら俺が言っても聞かなくて。かなり人数増えちゃったんですけど、店の方は大丈夫ですか?」
「あのくらいの人数だったらまだ大丈夫だろ。営業開始したら十人二十人じゃきかないくらい客が押し寄せてくるんだし。向こうの準備もあるから、一応途中で抜けだして連絡はしておくけどな」
「それもそうですね。じゃあ、さっさとやることやっちゃいましょう」
本日の新人研修はカシムたちが持っている現状の装備品を確認し、そこからどう変えれば良いかを検討するところから始まった。
まずは各人が現在使っている武器を順番に確かめていく。
カシムが持ってきたのは一般的な大きさの半月刀で、成人として標準的な体格があるならともかく小柄なカシムにはあまり合っていない。
スカウトという彼のパーティ内での役割から考えても、もっと小型の武器に変えるべきだが―――
「これは魔剣か?」
「はい。これはボクの家に代々伝わる魔剣で、武器としての性能はそこまでのものではありませんが、所有者を災厄から守る力を秘めているとされています」
ならば迷宮に潜る時は置いていけとも言い辛い。
将来的にこの魔剣を使いこなせるようになるための訓練はしていくが、とりあえず今は短剣や投擲武器を使う方針とした。
ファティマの武器は、彼女が常に腰に下げている2本の小振りなシャムシールである。
これは二本一組の魔剣で、柄頭に紅いルビーが填め込まれている側は炎を生んで敵を焼き、蒼いサファイアが填め込まれている側は敵を凍て付かせる魔術が込められているとのことだった。
「上層では大したモンスターは出ないから良いんだが、中層以降になるとかなり硬いモンスターも出るようになる。そういった時は魔剣と言っても曲刀だと力不足なんじゃないか?」
「あー、そうかもしれないですね。自分は見たことがないけど甲羅が鉄みたいに堅い大亀とか出てくるらしいですからね。副武器として鎚矛か何かを―――」
「……見くびるな。鉄程度なら簡単に斬れる」
「……は?」
カシムの証言によれば、ファティマは「襲いかかってきた人間が持っていた剣を切り飛ばす」という芸当を過去に一度ならずやってのけたことがあるらしい。
カシムの話が嘘でないのなら、剣は勿論としてファティマの技量もまた並外れていることの証明になる。
ファティマに別の武器を使うつもりが全くなく、彼女自身の技倆も相まって十分な戦闘能力だと判断されたので、武器については特に変更しないことになった。
巨漢のナルセフが使っている武器は、軽量級の他2人とは打って変わって重量級の両手持ち戦鎚だった。金槌状の頭部は一方が平らで、もう一方は鉤状になっている。
これもまた魔法の武器で、使用者の意思に応じて重心の位置を変えられるという、聞いただけでは何の役に立つか分からない能力を持っていた。
「通常時、当然ですがこのハンマーの重心は鎚頭の方にあります。かなりの重量がありますから、振り切ってしまうと構え直すのは一苦労です」
そう言ってナルセフは両手で構えたウォー・ハンマーを何度か振ってみせた。構えて、振り下ろして、止めて、持ち上げて、構え直す。
熟練の戦士であるナルセフが行う一連の動作は滑らかで素早いが、武器を振り終えた瞬間にはどうしても隙ができてしまう。一流の戦士を相手にするのであれば、命を落としかねない大きな隙だ。
「ですから、重心の位置を上手く操作することで―――こうなります」
ナルセフはまず、両手で持ったウォー・ハンマーを右上から左下に振り下ろし、その状態から鎚頭に近い右手を軽く引くだけの動きで元通りの構えを取り戻した。次に肩から水平に伸ばした右腕一本だけで武器を持ち、手首の動きだけで何度も上下に振ってみせる。
かなり重量があるウォー・ハンマーをただの棒切れでも振っているかのように自由自在に操るナルセフの姿に、ケンたちはただ感嘆の声をあげることしかできなかった。
ケンのメイスに付与されている<重量増加>のように打撃力を増すことはできないようだが、それでも十分過ぎるくらいの打撃力がある。
ナルセフも主武器を変える必要はなく、工具としても使える鉈か手斧を副武器として持っていれば十分だろうという結論が出たのだった。
「すっげー……全部魔法の武器でそのうち3本が魔剣とか、一体どこの―――いやいや、そういうことは詮索しちゃいけないんだった」
防具については、厚手の布地で作られた普通の服だったりただの革鎧だったりと特筆すべきことはなかったが、カシムたちが持っている武器だけで尋常ではない。
カシムの正体についてある程度の情報を持っているケンでも驚くくらいだから、知らない人間が受けた衝撃はどれほどのものか分からない。
「メインの武器を変える必要がないから、思ったよりも早く終わりそうだな」
「そうですねー。空いた時間は町の案内でもしてあげて時間を潰せば良いんじゃないでしょうかね」
「そうするか」
それからいくつかの武具工房を訪れ、カシムたち用の装備品を買って回った。
鎧を持っていなかったカシムはレザー・アーマーを購入し、ファティマも元々持っていた鎧があまり探索者向きではないということで、結局は別のレザー・アーマーを購入することになった。
住んでいた場所が砂漠だったことから金属製ではなく革製の鎧を使っていたナルセフは、彼のパーティ内での役割を考えて鎖帷子を選択した。
既存の部品を組み合わせるだけの革鎧については数日で出来上がるが、金属鎧については着用者の体型に合わせた調整に数週間かかってしまうので、出来上がりを待つ間は元々彼が持っていた硬革鎧を使用する。
武器はひとまず程度の良さそうな中古品で間に合わせた。どうせ使っているうちに不満が出て、最終的には自分の好みに合わせて造らせることになるからだ。
迷宮の中で履く探索者用ブーツも、とりあえずは出来合いの物から適当な物を選んだ。本当ならば自分の足に合わせて作った方が良いのだが、そうすると完成までに1ヶ月から2ヶ月はかかってしまうからだ。
午前中の予定を全て消化し終えても、正午まではまだたっぷりと時間が残っていた。
このまま5人でリサの店に行ってしまおうかと思わなくもなかったが、そうするとギルドの男どもから突き上げを食らって、結局はまたリサの店に行かされることになりかねない。
だから当初の予定通り、カシムたちに町中を案内して時間を潰すことにした。
午後からは、朝に約束した通りギルドのむさ苦しい男どもをぞろぞろと引き連れてウェッバー商会のマッケイブ第一号店に向かった。
「「「「「いらっしゃいませ、お客様!」」」」」
「「「「「おおおおおー!!」」」」」
ケンが事前に訪問する時間を知らせていたからかどうかは分からないが、店の入口で店主のリサと番頭のオーウェンを初めとした店員一同から出迎えを受けた。
ギルドの男どもが上げた歓声の内訳は、自分が上流階級でもなったかのような出迎えを受けたことに対するものが2割、きちんと整えられた店内に対するものが1割といったところだった。残りの7割については言うまでもないだろう。
挨拶を済ませた店員たちは素早く自分の持ち場に戻っていき、その場に残ったリサが店を代表して男どもに歓迎の挨拶を述べた。
「改めまして、ようこそ【ブルー・ダリア】へ! ここにおられる皆様方が私どもにとって記念すべき最初のお客様です。まだ至らぬ点も多いかと存じますが、店員一同が精一杯おもてなしさせていただきますので遠慮無くお申し付けくださいませ」
「オマケ野郎どもはとりあえずここで解散。この後は買い物をするなり家に帰るなり好きにしろ。ただし、店に迷惑をかけるなよ! 問題を起こした奴は縄で簀巻きにして下水に放り込むからな!」
ケンの脅しの言葉を最後までは聞かず、男どもは目当ての場所へと我先に向かっていく。その場に残ったのはケンと教育係の男とカシムたち、それとリサとオーウェンだけだった。
「すいません、リサさん。急に大人数で押し掛けてしまって……」
「お気になさらないでくださいな。ちょうど新しく雇った娘たちの教育が終わって、実地での試験をどうしようかと思っていましたから、むしろ渡りに船でしたもの」
「そう言っていただけると助かります」
そういった事情であれば、初接客の相手として【ガルパレリアの海風】のメンバーたちは適任と言えるかもしれない。
探索者をやっているだけはあって外見だけは恐ろしげだったり荒っぽそうだったりするが、素行は極めて善良な男たちである。
若い女からであれば多少の粗相は気にしないだろうし、知り合いが多いので上手く客にできれば結構な宣伝効果も見込めるだろう。
探索者を客にするとなれば悪質な客も完全に避けては通れないが、言い掛かりを付けてくるような問題客の相手をするのは、どうせ店内の所々に配置されている強面の男店員たちの仕事だ。
「では早速、彼らが探索に使う道具一式を選ばせてもらいましょうか」
「はい、皆様方は私と、ここにいるオーウェンがご案内させていただきます。ご不満な点があれば遠慮無くご指摘くださいませ」
まずは背嚢選びから始まった。
背嚢選びにおいて最も重視すべきなのは自分の体型に合っているかどうかである。
一日のうち何時間も背負ったまま歩かなければならないし、場合によっては背負ったまま戦闘をこなさなければならないのだから、背嚢が合っているかどうかは命にかかわる重大事と言っても過言ではない。
容積をどのくらいにするかについてもきちんと考えた上で決定しなければならない。
小さすぎる背嚢では長期間に渡る探索に耐えるだけの物資を持ち込むことができないし、かと言って自分の体力も考えず大きすぎる背嚢を選んでも無駄なだけだ。
背嚢を無事に選び終えた後は、背嚢の中に入れる物を順番に選んでいく。
毛布やロープなどの大きく嵩張るもの、ランタンやお湯を沸かすためにも使えるロウソク、金属製のコップや小型ナイフなどの食器類、様々な用途を持った清潔な布、道具の手入れ用品、水を入れるための革の水筒などを次々と選んでいく。
目当ての商品を探して店内のあちこちを行ったり来たりするケンたちやギルドの男どもの姿を見て、リサは何やら思案を巡らせていた。
「この店では、私たちが地元でやっているのと同じように商品を配置しましたが、それに慣れていないこちらの方々にとっては分かりづらいようです。オーウェン、早急に対策を検討なさい」
「はい、承知致しました」
「どの商品がどこで売られているか、少し離れた場所からでも分かるような方法が何かあれば良いのですけれど……」
「それに、こちらの探索者さんたちのように多種の商品をお求めになる方々の場合、今のように売り場毎に代金をお支払いいただくやり方は煩雑ですね。そういう方もいらっしゃると予想はしていましたが、ここまでとは思っていませんでした」
「はい、どうにかしてお客様の手を煩わせないやり方を検討致します」
ウェッバー商会のマッケイブ第一号店【ブルー・ダリア】は、一つの建物の中で様々な種類の商品を販売しているが、内部では商品の系統ごとに独立した売り場となっている。
だから代金は出入り口付近にある会計所で全商品分をまとめて支払いするのではなく、各売り場で個別に支払う方式となっている。
総合スーパーのような集中レジではなく、百貨店のように専門店がいくつも並んでいるような状態と表現すれば分かりやすいだろうか。
「では、店側から取っ手の付いた籠を貸し出して、そこに未会計の商品を入れてもらうのはどうでしょうか。店を出る前にその籠ごと会計係に手渡して代金を計算すれば良いでしょう。これをする場合、きちんと窃盗対策をしておかないといけませんが」
このやり方は当然ケンが考えたものではないが、真似をしたところで誰も損をしないのだから大いに真似をすれば良いのだ。
「オーウェン、ケンイチロウさんの話を聞きましたね?」
「はい、この耳でしっかりと」
「ふと思い付きましたが、探索者が良く使う道具を入れた"初心者セット"を作って売るのも良いんじゃないでしょうかね。私も、新人の頃は迷宮に何を持っていけば良いのか分かりませんでしたから、間違いなく需要はあると思いますよ」
探索者の大半が「生き残りたかったら自分で育て」という態度を取っているせいで、探索者として活動するためにどんなものが必要かという情報は公に出回っていない。
探索者に需要がある商品は店先に並んでいるのでそこからどうにかして推測することも可能だが、迷宮に入った経験のない者が正解に行き着くのは指南の業であろう。
この"初心者セット"は一度買った人間に対しては二度と売れないが、新人探索者は毎日湧き出してくるので需要が尽きることはないはずだ。
「オーウェン?」
「はい、検討させていただきます。つきましてはセット内容についてご相談させてくだされば、と」
「協力いたしましょう。今この店には何人も探索者が居るんですから、多数決をとって決めてみるのもいいかもしれませんね」
「本日は、来店いただきまして誠にありがとうございました。皆様方に教えていただいたことについては、今後の参考とさせていただきます」
カシムたちの買い物を全て済ませたケンが店を出るのと同時に、まだ店内に残っていた【ガルパレリアの海風】の男どもも引き上げさせた。
店に来てから結構な時間が経っているというのに、ほぼ全員がまだ残っていたようだ。
見送りを受けて嬉しそうな男どもの手には例外なく何らかの商品が握られていて、これから来るであろう【ブルー・ダリア】の明るい未来を物語っていた。
これでカシムたちが迷宮に入るための準備は整った。明日からは本格的な訓練が始まる。




