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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第五章 胡蝶の夢
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第56話 酒場【風の歌姫亭】

 元日本人の鈴木健一郎である迷宮探索者のケンイチロウには、無性に米が食べたくなる時がある。

 どちらかと言えば寒冷地で小麦が主食になっているマッケイブにおいて、彼が満足できる米料理を出してくれる唯一の店が【風の歌姫亭】という酒場である。

 そこで出されるのは米料理と言うよりもライスディッシュと言った(おもむき)だったが、美味い料理なのだから特に不満はない。


 その日、ケンは久方振りに【風の歌姫亭】を訪れていた。

 夕の鐘(午後6時)を少し過ぎた頃の店内は、これから食事と酒を楽しもうとする客でかなりの賑わいを見せていた。店内にいる客の半分は探索者のようだが、ここはどちらかと言えば高級な方に分類される店なので客層はそう悪くない。

 普段の彼であればこれからまっすぐにカウンター席に向かい、周囲の喧騒を意識の外に追いやって1人で黙々と米料理を堪能し始めるところだ。

 しかし、今日の彼は米料理を味わうのを目的にして【風の歌姫亭】を訪れたのではないし、いつものように彼1人だけで来たのでもない。

 初めて訪れた店の中を物珍しげに見回すカシムたち3人を引き連れ、ケンは待ち合わせ相手がいる席に向かった。



「よーう。来やがったな」

「おう、来たぞ。遅れて悪かったな」

「あん? 大して遅れちゃあいねーし、夜は長いんだからあんまり細けぇコトは気にすんなや」

 店内で最も奥に位置するいくつかのテーブルには、ケンに声をかけてきた禿頭の巨漢を筆頭にして合計で10人のむくつけき野郎どもが集合していた。まだ夜と言うには早い時間なのに、その内の何人かは既に酒で赤らんだ顔をしている。

 目の前にいる男たちは、全員が【ガルパレリアの海風】という中堅ギルドに所属する探索者である。

 【ガルパレリアの海風】は20年ほど前に【風の歌姫亭】の店主が立ち上げたギルドで、今は目の前にいる筋肉ハゲ―――カストが二代目のギルドマスターを務めている。

 カストは面倒見の良い男で、彼を知る多くの若い探索者から「おやっさん」と呼ばれて親しまれ、尊敬されている。ソロで探索者をしているケンのことも以前からなにくれと気にかけてくれていた。

 そんなカストが率いる【ガルパレリアの海風】のメンバーたちも、基本的に陽気でお節介な奴ばかりだ。


「ところでよ、後ろにいる奴らはオメエのツレか? 随分と珍しいじゃねえか」

 彼が珍しいと言ったのは褐色の肌で異国風の服を着ているカシムたちの風貌か、それともケンが他人を連れていることだろうか。どちらにしても珍しいものには違いない。

 カストも周囲のメンバーたちも、見慣れない相手に対して興味津々と言った様子である。

「ちょっとした縁があって、少しだけ世話をすることになってな……まずは紹介しよう。こっちは手前からカシム、ファティマ、ナルセフで全員が探索者志望―――こっちの中年ハゲがカストで、ベテランの探索者だ」

「ハゲじゃなくて剃ってるんだっつーの! ……オッホン。俺がギルド【ガルパレリアの海風】でギルドマスターをやってるカストだ。よろしくな」

「初めまして、よろしくお願いします。ボクはカシムと言います」

 そこからは、カシムたちと【ガルパレリアの海風】のメンバーたちが互いに自己紹介をする流れとなった。

 ただでさえ陽気でお調子者が多い集団なのに、程よく酒が入っているせいで更に陽気さを増しているものだから、誰かが何かを言う度に茶々が入ってなかなか話が終わらない。

 たった十数人だけのことなのに、全員の自己紹介が終わるまでに十分以上の時間が必要だった。


 特に意味は無いが、ファティマに対して行われた愛の告白が完全に黙殺される、という悲しい事件が複数あったとだけを記しておこう。



 自己紹介の間にケンとカシムたちのために席が用意され、いつの間にか注文が済んでいた出来立ての料理が次々と運ばれて来る。

 カストと同じテーブルに着いたケンたち4人にも料理と飲み物が振る舞われた。注文者が気を利かせてくれたのか、ケンの前にはわざわざ米料理と水が用意されている。

「今日は俺の奢りにしとくから遠慮無く食ってくれ。……ところでケンよ、話があるから時間を作れって言ってたのはそこの3人の事か?」

「いや、それとはまた別に話がある。とりあえず、まずはこっちの話から片付けさせてもらうか」

 残念ながら米料理は少しの間お預けのようだ。一口だけ水を飲んで口内を潤してから、カシムたちの事情を説明するために口を開く。

「この3人は―――」

「ケンイチロウさん、ボクたちの事は自分で話しますよ」

「そうか? じゃあ頼むよ」

 カストにカシムたちのことをどう説明するかは、事前に軽く打ち合わせをしてある。

 余計な面倒事を呼び込まないように、カシムの身分を推測するための手がかりになりそうな継承権争いについての話や、秩序神教会に強いコネがあることについてはなるべく秘密にするようにケンは助言している。

 ケンイチロウがカシムに対して敬語を使わなくなったのも、その辺りを考えてのことだ。

 これから先【ガルパレリアの海風】のメンバーと共に過ごすのはカシムたちなのだから、誤魔化すにしろ正直に明かすにしろ自分で話した方が良いのかもしれない。


「ボクたち3人は、最近―――今から1週間くらい前にこの町にやって来ました。詳しい内容は明かせませんが、事情があってどうしても探索者になる必要があったからです。それも単に探索者になれば良いというのではなく、自分たちの力で迷宮攻略をしなければなりません」

「どこの誰かは知らんが、子供相手にえらく無茶な事を言い出す奴だな」

「ボクはこの間15歳になったので、もう一応は大人です」

「いや、そうか。……スマン、馬鹿にしたわけじゃねぇんだ」

「いえいえ、自分でも分かっていますから気にしないでください。もう少しくらい身長が伸びると嬉しいんですけどね……」

 声変わり前で小柄で童顔と来れば、外見だけではまだ子供だと思われてしまうのも仕方が無い。

 成人として扱われる年齢に達したからといって急に成長したりはしないのだし、年齢を考えれば肉体的な成長はまだこれからする可能性も十分に残されている。


「そういった訳で迷宮に潜らなければいけないのですが、ボクたちのうちの誰一人としてどうすれば探索者になれるのかを知りませんでした。それで情報を集めていたところ、ひょんなことからケンイチロウさんと知り合いになることができました」

「噂には聞いてたが、最近はオメエもいろいろ手広くやってるみてえだな」

「好き好んでやってるわけでもないけどな」

 ダニエルとの交流や魔術の習得は別として、他の事についてはだいたいが巻き込まれた挙句に逃げ場が無くなってしまっただけである。

 逃げ切るのが不可能であれば、せめて積極的に動くことで最悪の状況に陥るのは避けたい。しかし、積極的に動いたせいでどんどんとドツボにはまっている気がしなくもなかった。

「ケンイチロウさんにボクたちが置かれている状況を話したところ、『この3人で迷宮に潜るのは"迷宮の餌"になりに行くようなものだ、最初だけでもどこかのパーティに入れてもらって経験を積むべきだ』というアドバイスを受けました」

「あー、それで【ガルパレリアの海風(ウチ)】に入れねえかって?」

「はい。じゃあパーティメンバーを探します、と言ったらケンイチロウさんが『女子供がいてしかも独立前提の奴を入れてくれるパーティなんて普通に探してたら見つからない。1つだけ心当たりがあるから、せめて紹介ぐらいはしてやろう』と言われたので、図々しいですがお世話になろうかと」



「前にカストが『ウチは来る者拒まずで、去る者追わずだ』なんて言ってたのを思い出してな」

「まあ、それはあながち間違いでもねえな」

 四大迷宮を擁するマッケイブには、近隣諸国からも探索者に憧れた若者がやってくる。【風の歌姫亭】の店主やカストもここから南の方にある他国出身で、【ガルパレリアの海風】に属するメンバーは半分以上がカストと同郷の出身だと聞いている。

 これは、故郷の地名である「ガルパレリア」の一語に惹かれてやって来た探索者の卵たちを、先代や今代のギルドマスターが拒まずに受け入れてきた結果だった。

「俺は受け入れる方にとっても悪いことばかりじゃないと思うぞ? カシムは頭が良くてすばしっこいから偵察者(スカウト)向きだし、ファティマとナルセフも戦闘だけなら今すぐにでも戦力になる。ちょっと仕込んでやるだけで戦力大幅アップ間違いなしだ」

「ふーむ」

 一人前のスカウトになるには知識だけではなく経験も重要なので、すぐにパーティの役に立てるようになるのは難しい。しかし前衛の戦士(ファイター)であれば、迷宮内における行動のイロハを叩き込むだけで戦力として期待できる。

 カシムを教育している最中の戦力低下分と他の2人による戦力向上分を差し引きすれば、十分以上にプラスになるはずである。


「お願いします、ボクたちをギルドに入れてください」

「俺は受け入れても良いと思ってるが、許可する前に確認しておかなきゃならん事がある」

「はい。内容によっては話せないこともあると思いますけど……」

「いや、オメエの出自とかそういうのじゃなくて、覚悟の話だよ」

 覚悟、の言葉を発したカストの気配が重苦しいものに変わる。

 それまでずっと(やかま)しかった周囲の男たちも、雰囲気の変化を感じ取ったのか口を閉じて2人に注目していた。

「迷宮ってのは、多分オメエが考えてるよりもずっと危険な場所だ。生きていくためにはパーティ全員が自分の義務をキッチリと果たしていかなきゃならん。だから、迷宮の中に一歩入ればパーティリーダーの決定と命令には絶対服従してもらうことになる」

 国法の及ばない迷宮の中においてはパーティのルールは法に匹敵し、リーダーは一国の王に匹敵する。

 実際にはそこまでリーダーの権限が強くないパーティがほとんどだし、探索者全体にかかる暗黙のルールも存在しているのでそれほど好き勝手に振る舞えるわけでもないのであるが。


「馬鹿馬鹿しいとしか思えなかったり、時には理不尽に感じる命令もあるだろう。万が一の時には誰かに対して捨て駒になれって命令をするかもしれねえ。だけどな、それはリーダーがパーティ全体の事を考えて出した命令のはずだし、リーダーならそうじゃなきゃいけねえんだ」

 納得できないからと言って好き勝手に振舞う奴がいては、集団行動など成り立たない。

 ルールや行動の是非ついての議論は安全な場所ですればいいのであって、迷宮の中ではそんな悠長な事はしていられない。

「カシム、お前はそれができるか?」

「はい。それが必要と言うのであれば、従います」

「そっちの……ナルセフとファティマは?」

「……命令なら従う」「異存はありません。上官に従うのは当たり前の事でしょう」

 ファティマの場合は「カシムの命令」という前提が付いていそうな気配を感じたが、そうそう理不尽な命令をされることも無いだろうし、適当に折り合いをつけていってほしい。


「それと後で約束が違うなんて言われないように先に言っておくが、ウチからの独立を許すのはそれを申し出た時のギルドマスターがそいつを一人前と認めた時だけだ。そうじゃなきゃ脱退じゃなくて追放って扱いをすることになる」

 ギルドから追放されたとしても特に罰則はないが、追放されたという事実が知られればその後の活動に何らかの影響が出るのは避けられない。

 追放した側に余程の問題があったり、追放された側にかなり実力があるのであれば大した障害にはならないだろうが、そうでなければ「過去にパーティ内で大きな揉め事を起こした奴」として扱われてしまう。そんな奴と組んで迷宮に入っても良いと考える探索者はあまりいないだろう。

「はい、分かりました。1日でも早く一人前になれるように頑張ります」

「その意気だ! それじゃ今からオメエらは【ガルパレリアの海風】の一員になった。歓迎するぜ」

 固唾を呑んで話の行方を見守っていた周囲の男たちから歓声が上がり、新たな仲間に対して口々に歓迎の言葉がかけられた。



 新たな仲間が誕生したことで急遽歓迎会が始まり、その場にいなかった【ガルパレリアの海風】も呼び出されて次々とやって来る。最終的な参加者は当初の倍近くまで膨れ上がった。

「ケンよ。もう一つの話ってのは何だ?」

「ここじゃちょっとな……今はまだ、あまり広めたくない話だ」

「じゃあ奥で話すか。ポール、オメエも来いや」

「はい、おやっさん。お供いたしやす」

 カストに呼ばれて立ち上がったのは、【ガルパレリアの海風】で現在副ギルドマスターを務めている男だ。

 ポールは冷静沈着で頼れる男と評判で、最近はカストに代わって主力パーティのリーダーを任されることが多くなったらしい。このまま行けばカストの引退後には彼がギルドマスターを引き継ぐのだろう。

「オメエら、俺はしばらくコイツらと奥に行ってくるからちゃんと歓迎してやれよ! そろそろ月に一度の"歌姫の夜"も始まる頃合いだ。ハメを外し過ぎないようにだけ気を付けて、あとは存分に楽しめ」

「「「「「ういーす!!」」」」」


 【風の歌姫亭】の店内中央には、直径3メートルほどの小さな舞台(ステージ)がある。

 普段は楽器の演奏が行われたり、酒に酔った客がちょっとした芸を見せるために使われるだけの場所だが、月に一度の満月の夜には何人もの歌姫が自慢の歌を披露する場所となる。

 初めは2,3人だけが参加するごく小規模な催しだったのだが、時が進むにつれてだんだんと規模を増していき、いつの間にか"歌姫の夜"とか"満月の音楽会"と呼ばれるようになっていた。

 過去にこのステージでデビューを果たした歌姫の1人が大劇場で単独公演を行う大出世を果たし、それからは出演者と観客双方の立場から密かに注目を集めているらしい。




 どんどんと盛り上がりを増していく歓迎会から一時離脱したケンとカスト、ポールの3人は店の奥にある個室に場所を移した。

 部屋の中はテーブルが1台と椅子が6脚だけ置かれている他には何もない。

 主に密談をするための場所として用意されていたこの部屋は、防音のための処理が抜かり無く行われている。扉を閉じれば既に超満員となった客席の喧騒もほとんど届かなくなる。

 席に着くなり、カストが来る途中でくすねてきた葡萄酒(ワイン)の栓を開ける。すると、途端に甘そうな香りが部屋中に広がった。

「飲むか? いい酒だぞ」

「要らん。アンタは俺が飲まないって知ってるだろ」

「なりたての時に詐欺に遭ったんだったか? そんなもん飲み過ぎなきゃ良いだろ」

「俺は自分の自制心を全く信用していない」

 禁酒を始めた頃は何かあった時などによく酒が飲みたくなったものだが、それから数年経った今ではもう他人が目の前で飲んでいても何とも思わなくなった。お茶と甘味や料理など、他に嗜好を満たせる物はいくらでもある。

「それよりも仕事の話だ」

「他の奴らに聞かせたくない話ってのは何だ? ウチはごく真っ当なギルドだから、ヤバい橋は渡らねぇぞ?」

「そういった種類のヤバさじゃない。少なくとも、普通にやってれば手が後ろに回るようなことはないさ」


 ケンがカストに頼もうとしているのは、"遺跡"調査計画への参加だった。

 【ガルパレリアの海風】であれば、護衛チームのうちの1つとなるのに規模的にも能力的にも実績的にも全く問題がない。何より、ケンにとっては唯一の信用がおけるギルドである。

 ケンと"遺跡"の関係、つまり"遺跡"をどうやって発見してなかに入ることができたのか、"遺跡"の中に何が有ると予想されているかなどの核心部分については伏せつつ、調査計画の概要を語っていく

 話の最中、ポールの方はずっと思案げな表情をしたままだったが、カストの方はかなり興味を惹かれたようだった。

「―――ということで、是非ともあんたらに参加してもらえないかと思ってな。情報を知らせる人数を絞ったのは、あまり不正確な情報が広まってほしくないと思っただけだ」

「迷宮の中にある遺跡か……まーたぶっ飛んだ話が出てきたもんだな。昔から噂だけはあったが」

「言ったのがケンさんじゃなかったら、俺は鼻で笑っているところですぜ。こんな話、嘘の情報で金を引っ張ろうとしているか、そうでもなきゃ迷宮の中で俺らを殺そうと企んでるとしか思えねえですからね」

 説明を聞き終えたカストとポールの反応は、どちらも半信半疑から少し疑い寄りといったところだ。

 それも当然の反応と言えるだろう。実際に"遺跡"を目にする前のケンも、アリサの事を信じつつもどこか疑っていた。こんな話を頭から信じ込めるとしたら、そいつは余程の馬鹿か単なる間抜けである。



「まあ、まずは良かったよ」

「良かった? 何が?」

「オメエがまだ探索者(この仕事)を続けるつもりだったって事が、さ」

 確かに"遺跡"から帰って来てから―――アリサと一時的に別れることになってから―――の約1ヶ月間、ケンはまだ一度も迷宮に入っていない。

 しかし、それは単に"遺跡"探索をした時の疲労を抜くために少し長めの休暇をとり、丁度いい機会だからと傷んでいた装備の全面的な補修(メンテナンス)をしていただけなのだ。

 その間も身体が鈍らないように毎日軽く訓練はしているし、忙しくてあまり時間を割けていなかった魔術の訓練も出来る限りやっていた。おかげで<光>の魔術は、落ち着いた状況であれば自力で確実に発動できるくらいまで上達している。

 そろそろ探索者稼業に復帰しようかと思っていたのだが、そこにモーズレイやエセルバートの呼び出しが重なって復帰の日は延期されていた。


「年が明けてすぐ、オメエが誰だか知らねえが魔術師風の女とパーティ組んで潜るようになったって聞いて安心してたらよ……しばらくして2人で潜ったはずなのに、ボロボロになったオメエが1人だけで戻ってきたって言うじゃねえか」

「それは……」

「それからは迷宮に潜ってねえって言うし……ベテランでも仲間がおっ死んだのが切っ掛けになって引退ってのも良く聞くからよ」

「やらなくちゃいけない事があるから引退なんかしないさ。パーティ組んだ仲間が死んだのも今回が初めてってわけじゃねえしな」

 現在はソロ探索者として知られているケンだが、探索者になってから最初の1年くらいは他と同じようにパーティを組んで活動していた。

 何もかもを手探りでやっていたその当時、目の前で死んでいったパーティメンバーの数は片手では収まりきらない。

「それは良いとしてカストさんよ、参加する気はあるのかい?」

「おお、お前に何か頼み事をされるなんて金輪際無いかもしれねえからな。俺も興味はあるしもちろん参加して―――」

「待ってくだせえおやっさん。受ける前にケンさんにいくつか質問してえことがありますんで」

 ケンに対して疑いの目を向けているポールが、二つ返事で承諾しようとしたカストを止めた。

「何ですかね? 知っていても話せない事や、まだ計画を立ててる段階なのでまだ決まってないなんてこともありますが、答えられる分だけは答えますよ」

「それは追々聞くとして……ケンさん、アンタ何を企んでるんです?」



 口だけを歪めて笑ったまま答えないケンを見て、ポールが更に追求する。

「細かい疑問は色々とあるんですがね、一番でっかい疑問は大手ギルドを排除して中堅どころをいくつも集めようってとこですよ」

「そうか? アイツらが他所のギルドと付き合わおうとしないのは本当だし、報酬が高いってのも間違っちゃいねえだろ?」

「そうだとしても、最初から話を持って行きすらしない理由にはならねえんですよ。大手にも話を振った上で、条件が折り合わなきゃ諦めりゃ良いだけじゃないんですか? もしかしたら何か思惑があってその条件でも参加したいって言うかもしれねえですし、そうなれば成功は約束されたも同然だ」

「おお! そりゃそうだな」

「俺が想像するに、大手ギルドが参加するとケンさんにとって都合が悪い何かがある。ねえ、そうじゃねえんですか?」

 ケンを睨むポールの眼は、嘘は許さないと言っていた。


「本当は、もう少し計画が具体的になってから話をするつもりだったんだけどな……」

 こうなってしまっては仕方がない。

 ポールの疑いを解いかねば【ガルパレリアの海風】は"遺跡"調査計画に参加しないだろう。仮にそうなってもケンの思い通りに計画を運べる可能性はゼロではないが、かなり難しくなる。

「ポールが疑っている通り、俺は大手ギルドを意図的に調査計画から排除するように誘導した。最初に語った表向きの理由も嘘ではないがね」

「やっぱり……それで、どんな目的があるんです?」

「俺は今、計画の中心人物の相談役のような立場に収まっていてね。その人は迷宮については全くの無知なもんだから、探索者関係については今のところ全面的に俺の意見が採用されている。だが、そこに大手ギルドのトップが参加してくるとなると立場の維持が難しくなる」

 ケンにはモーズレイとの信頼関係があるので計画に対する影響力が完全に消えてしまうことはないだろうが、大幅な影響力の低下はどうしても避けられないだろう。

 1人きりで中層の入口付近をのたくっているケンと、優秀な探索者を大勢を率いて下層を突き進む大手ギルドのトップでは、探索者やその他関係者から得られる信頼が桁違いだ。


「仮に権力が維持できたとして、それで何をするんです。金を稼ぎたいなら他にいくらでもやりようはあるでしょうし、ケンさんの性格なら権力そのものが目的って訳でもねえんでしょう?」

「狙ってるのは、計画の一日も早い成功だけさ。規模が大きくなると、自分の都合で調査計画を遅らせようとしたり止めようとしたりする奴が絶対にでてくるからな。今はいない彼女(・・)のためにもそんな奴らに邪魔はさせたくない」

「……嘘ではねえようですね」

 ケンの表情や言葉から彼の本気度を感じ取り、ポールがあっさりと矛を収める。

 彼としては自分たちの仲間が無意味な危険に晒されるのを回避したかっただけであって、ケンの目的が自分たちに危険をもたらすものではないと分かればそれで良いのだ。


「んで、オメエは俺たちに何をさせてぇんだ。ただ参加すりゃそれで良いって訳ではねえんだろ?」

「味方になってほしい。誰かが計画の妨害をしようとした時に、計画を止めずに済ませるために」

「具体的には」

「とりあえずは……ここのギルドと同じか少し落ちるくらいの実力があって、なおかつ話が分かる奴がいるギルドを2つか3つほど引き込んでくれると有難い。アンタがそいつらのまとめ役になって、癒着してると思われないように裏から協力してくれ」

「上手くいくのか、それは」

「アンタたちを通じて他の奴らが知らない情報を流すとか、アンタ達を通じて要望を出すと通りやすいって環境を創り上げれば、利に聡い奴は下に付くのが得策だと思ってくれるんじゃないか? それで駄目だったとしても、アンタたちが協力してくれるだけで全然違うからな」

 思い通りに行く可能性は低いかもしれないが、それでも後悔しないために出来るだけの事はしておくつもりである。


「まあ、話はだいたい分かったよ。俺は乗ってやってもいいと思うが……ポールはどうだ」

「俺もとりあえずは乗ってみても良いかと。ただし、本気でヤバいと思った時は逃げさせて貰いますが」

「そこまでしてくれるなら十分だ。有難う」

 これで"遺跡"調査計画がまた、一歩進んだ。残りの歩数がどれだけあるかはまだ全く解らないが、着実に進んでいくしかない。



「その前に。受けるのは受けるが、俺の方でも1つだけ条件を付けさせてくれや。いや、別に難しくも何ともねえよ。オメエが一時的でも良いからウチに入って、そんでしばらくスカウト連中を鍛えてくれりゃ良い」

「俺は人に教えるのにあまり向いてないと思うがな」

「何年も1人だけで生き残り続けたオメエがどうしてるか見せてやるだけでも良いさ。何も手取り足取り教えてやるだけが鍛える方法じゃねえ」

「それでもな……」

 ケンを役割で分類すればスカウトになるのは確かだが、ソロならではの手法も多いと思われるので普通の人にとってはあまり参考にならないのだろうと思っている。

「オメエは自分一人だけで育ってきたと思ってるだろうし、事実そうなのかもしれねえが……それでも過去の奴らが積み上げてきた物の上に立ってるのも間違いねえ。オメエもそろそろ誰かを育てる側に回るべきじゃねえのか?」

「俺の方からも頼みますよ。その遺跡に行く時はケンさんもパーティに加わるんでしょう? それならウチの奴らを使って慣らしもできるし、鍛えてくれれば探索が成功する確率も上がるってもんじゃないですか」

「確かに。分かったよ、どれだけ役に立てるかは分からないが、せいぜい頑張ってみるとしよう」

 少なくとも数年間は"遺跡"調査のために、探索者たちが迷宮の中を行き来することになる。

 参加する探索者の能力が底上げされれば、その分だけ調査の成功率も上がる。そう考えればやらないという選択肢はなかった。


「決まりだな! 今日は新しい仲間が4人も増えた記念すべき日だ。向こうに戻って飲み直すか!」

「はい、おやっさん」

「俺は酒じゃないものが欲しい。まだ料理も食い足りないな」

 かなり長い時間3人で話し込んでいたが、まだまだ夜はこれからだ。久しぶりに米料理をたらふく食べることにしたい。


「しっかし砂漠か……そんなトコにありゃあ、今まで誰にも見つけられなかったのにも納得がいくな」

「ええ、俺らも砂漠に当たったことがありますが、厳しすぎてすぐに引き返しましたからね。カシムたちにも砂漠で行動するコツを聞いておきましょう」

「どうしてカシムに?」

「肌の色とか服装を見るに、カシムの出身はゴルディスタンとかそのあたりだろ。だったら周りが砂漠ばっかりなんだから色々と知ってんだろうよ。そのためにウチに連れてきたんじゃねえのか?」

 継承権争いの話に気を取られて、カシムが王族やそれに近い権力者なのではないかということは気にしても、カシムの故郷がどんな環境かというのは全く気にしていなかった。

 カストが言ったように色々と推測する材料はあったのに、痛恨の極みである。

「いや、全然気にしなかった。そうだよな、知ってる奴に聞けば良いんだよな」

「おいおい、しっかりしてくれよ。……頼むぜ、本当に」

気付いたら第五章は作中で会議ばかりしていました。

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