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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第五章 胡蝶の夢
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第52話 ”遺跡”調査計画

 レムリナス王国第二の都市であり、大陸でも有数の規模を誇る迷宮都市マッケイブ。

 貴族や富豪の住居が集まる町の南側区画は、人々から俗に「貴族街」と呼ばれている。

 庶民からすればどれも広大な敷地を持つ巨大な屋敷ばかりが立ち並ぶ貴族街だが、その中でも最大級の規模を持つものの1つが、魔術師ギルドの導師にして魔術人形(ゴーレム)研究者であるモーズレイ導師の屋敷である。

 その屋敷が持つ敷地の外周には人の目を拒むかのような高くて頑丈な塀が隙間なく立てられていて、道行く人から「中にあるのは刑務所である」と聞かされれば、あっさりと納得できてしまいそうな重苦しい雰囲気を漂わせていた。


 ケンが入口に立っていた警備の男に軽く挨拶をしてから敷地の中に入ると、そこは全ての人間が既に死に絶えた後であるかのような静寂に包まれていた―――という表現はいささか大げさだが、3週間ぶりに訪れたモーズレイの屋敷は彼が知っているよりも随分と静かな場所だった。

 面会の約束をしているモーズレイの執務室は屋敷の奥まった場所にあるので、そこに行くためには屋敷の中を横断する必要があるのだが、道中で見かける人の数が普段と比べて明らかに少ない。

 稀に見かける魔術師ローブ姿の研究員たちは一様に目の下にどす黒い(くま)を浮かばせつつ、疲れきった表情でぼんやりとしているだけで、あまり生気というものが感じられない。

 先ほど会った警備員たちは普段と変わらない様子だったので何か異変が起きたわけでもないようだが、それでは一体何があったのだろうか。

 そんな疑問を抱きつつ、廊下の真ん中で虚空を見つめながら立ち尽くしていたり、壁に寄りかかった状態で眠りこけていたりする男たちを避けながらケンは目的地へと進んでいった。



 モーズレイの執務室へと続く扉をノックし、中に呼びかける。

「お早うございます、ケンイチロウです。お呼びに従って参上いたしました」

「……どうぞ」

「失礼します」

 ケンが扉を開けると、部屋の中には積み上げられた大量の書類と格闘するモーズレイの姿があった。執務机の上だけではとても収まりきらなかったようで、周囲の床にまで書類の束が積み上げられている。

 普段からアンデッドのような生気を感じさせない外見のモーズレイだが、今日はいつにもましてやつれているように見えた。

「……ああ、もうこんな時間かい。時間が経つのは早いものだね」

「モーズレイ導師もお弟子さんたちも随分とお疲れのようですが、何か問題でもあったのですか?」

「うん? いやいや、とんでもない! 問題があるどころか、ケンイチロウくんのおかげで研究はどんどんと前に進んでいるよ。追いかけるのが忙しくて眠っている暇なんて無いくらいにね!」

「なるほど。忙しさからくる単なる寝不足ですか」

 屋敷の中であまり人影を見なかったのはどこかの部屋で研究を行っているからで、廊下に転がっていた死体(・・)はどこかへ向かう途中で力尽きた研究員たちの成れの果て、という事だろう。

 そういう認識を持った上で改めてモーズレイ邸の様子を思い出してみると、ケンが鈴木健一郎だった頃によく体験していた、プロジェクト破綻後の死の行軍(デス・マーチ)の時と漂う雰囲気が似ているように感じられなくもない。

 デス・マーチは後向き、モーズレイの研究は前向きという大きな違いはある。

「まあ、そのあたりについては後でじっくりと話を聞かせてあげよう。ひとまず、ここは物が多くて話がし辛いから隣に行こうか」

「はい」


 隣にある応接室の中も、執務室ほどではないがだいぶ紙束に侵食されていた。

「こっちの方が少しはマシか。少しだけ片付けるので君は座ってくれたまえ」

 ソファーやテーブルの上に散らかっていた数枚の紙を、モーズレイがぞんざいに重ねてから隅に寄せる。ちらりと見えた紙の上には、正体不明の図形や専門用語と思わしき文字が乱雑に書き連ねられていた。

「さて、今回ケンイチロウくんにわざわざ来てもらったのは他でもない、"遺跡"についての報告と相談だ」

 最低限の片付けを終えたモーズレイが向かいのソファーに座ると、前置きなしに話が始まる。彼は研究畑の人間らしく、回りくどい挨拶などはあまり好んでいないのは短いつきあいの中でもよく分かっていた。

「何か進展が有ったのでしょうか?」

「胸を張って『進展があった』と言える程ではないがね。最初にその辺りから話しておこう」



「まず、ケンイチロウくんが"遺跡"の中から持ち帰って来てくれた資料なんだが、解読については現在も鋭意進行中だ。古い文字が使われているせいで内容の把握に多少時間がかかっているけれど、これは時間が解決する問題だろうね」

 今から500年以上も前に滅亡したとされる旧い帝国―――魔法帝国で日常的に使われていた言語は、現代の日常生活の中では全く使用されていない。

 しかし学術的な世界では現在でも使用されることがあり、魔法帝国の崩壊とともに喪われてしまった知識、および魔法技術の復活を大命題の1つとして掲げている魔術師ギルドでは、必須の技能とされている。

 前の世界(地球)に当てはめれば、ヨーロッパにおける古ラテン語のような存在だと言えるだろうか。


「まだ全体の数割しか解読が完了していないし、解読できた内容も全く研究の役には立ちそうにはなかったり、私たちに前提となる知識が無いがために理解できなかったりするものも多い。だが、いま判明している部分だけでも重要な知見がいくつも得られているよ」

「やはり"遺跡"は、アリサの存在に関係するものだったと考えて宜しいのでしょうか?」

「そうだね。君が行った"遺跡"はアリサくんを造った場所、もしくはそのための技術を研究していた場所であることはまず間違いないと考えているよ」

「それは良かった……」

 アリサが場所を感知できたことと、彼女との主従契約の証であるブローチで入口が開いたところからして、アリサと"遺跡"との間に強い関係性がある事をケンは確信していたが、それが自分以外の他人によって保証されるというのはなんとも心強い。

 ケンの労力やモーズレイや彼の弟子たちの協力、そして何よりアリサの献身が無駄ではなかったことにほっと胸を撫で下ろす。



「残る資料の解読や研究はこの先も続けていくとして……私としては出来る限り早期に"遺跡"に研究員を送り込み、ケンイチロウくんが入ることのできなかった部分の調査や"遺跡"そのものの調査も行いたいと考えているんだ」

「是非、そうすべきでしょう」

「そこで、ここからが君に来てもらった理由なんだが……私たちはゴーレムの専門家であって、迷宮についての知識は全くと言っていいほど持っていない。だから迷宮探索の専門家である君に、迷宮についての知識や"遺跡"探索計画を立てるにあたってどうすべきか、意見を聞かせてもらえないかと思ってね」

「私は基本的に単独(ソロ)探索者ですから、パーティを組んで迷宮探索をする時にどうすべきかというアドバイスはあまりできないと思いますが……」

 少人数でパーティを組んで迷宮の中で活動することと、十名を超えるパーティを組んで活動することは似ているようで大きく違う。

 パーティの所属メンバー全員が戦闘に関わる場合と、荷運び人(ポーター)などの戦闘に関わらないメンバーが含まれている場合でも色々と変わってくるはずだ。

 そういったノウハウを持っているのは大規模な探索者ギルドに限られるだろう。


「なにも君に全て決めてくれと言っているわけじゃない。基本の基本ぐらい抑えておかねば何も始めようがないので、何か取っ掛かりとなる知識を教えてもらえないかというだけの話さ。実際の計画はこれから各所と相談の上で決めていくことになるだろうね」

 今のところ"遺跡"に訪れたことのある唯一の人間であり、彼が所持しているブローチが分かっている限りでは"遺跡"入口を開ける唯一の手段であることを考えれば、ケンが計画に参加することは既に確定している。

 少しでも快適かつ安全な迷宮探索にするために、モーズレイには積極的に協力していくべきだろう。

「では、これからお話する内容は全て私個人の見解であり、間違いが含まれている可能性があるということを前提とした上でお聞きください」

「うん、お願いするよ」




「最初に、"遺跡"へ送り込む研究員の人選についてですが……肉体面から言えば健康で体力があり、水系統の魔術が使える男が最も適していると思います。精神面では冷静で忍耐力があり、上位者の命令に従うことを苦にしない性質であることが望ましいでしょう」

 迷宮に潜るのであれば、他の何を置いてもまずは体力がなければ全く話にならない。メンバーのうち1人が移動できなくなる事はパーティそのものが移動できなくなる事と同義であり、絶対に避けるべき事態である。

 水系統魔法については言うまでもないだろう。迷宮の中では飲料水の確保が最重要課題のうちの1つであるが、<水作成>の魔術が行使できる人間が居るのならたちまち問題は解消される。

「体力か……私たちにとってはかなり厳しい条件かもしれないね。みんな机に齧り付いてばかりだから」

「若くて健康でさえあれば大丈夫でしょう。数ヶ月も訓練すれば最低限の持久力はつきますから」

 限度はあるが、持久力というものは鍛えれば鍛えただけ上がるものだ。逆に言えば鍛えない限り全く上がらない。

「男性と限定しているのはどうしてだね? 弟子の中には水系統魔術を得意としている女性も2名ほどいるのだが、彼女たちでは駄目なのかね」

「男に比べて単純に体力が劣るというのも有りますが、主にシモの問題です。上から入れれば必然的に下から出る物が出ますし、周囲の男たちとっては女が居るというだけで色々と目の毒です」

「……なるほど」



「次に、研究員以外のパーティメンバーについてですが、普通に考えれば現役の探索者を護衛として雇うことになるでしょう」

「うん、それは私も思いついたのだけれど、どこにどう話を持っていけば良いのかがさっぱり分からなくてね。ギルドの同僚たちに聞いてはみたものの、迷宮管理局がどうのという話ぐらいしか出てこなかった」

「はい。誰でも良いから人手が必要というのであれば、迷宮管理局に依頼を出すのが手っ取り早いです。ですが、今回の件では一定以上の能力と信用が要求されますので、探索者ギルドに依頼を持ちかけた方が良いのではないかと思います」

 迷宮管理局に出される依頼は、そのほとんどが「迷宮内で獲得できるモンスターの戦利品(ドロップアイテム)納品」というような成功報酬型のものである。

 依頼によって時間を拘束されず、誰が依頼を達成しても良く、本物でありさえすれば入手手段は問わない。

 護衛依頼のように依頼を請ける側の信用が問われたり、繰り返しや長期に亘る依頼である場合は迷宮管理局に指名依頼を出すか、当人たちに直接依頼を持っていくのが普通のやり方だ。


「ところでモーズレイ導師。"遺跡"の調査に送り込む研究員の人数や期間は、最大でどのくらいを想定しておられますか?」

「そうだね、実際に調査を始めてみないと確かなことは言えないが……規模的には十数人として期間は数年程度を見込んでいるよ。いや、もしかすると恒久的に数十人を常駐させることになるかもしれないな。旧帝国時代に造られた稼働可能な設備というものはとても貴重で、放置するのはもったいなさすぎるからね」

「そこまで長期に亘って往来するのであれば、"遺跡"までの人物護衛・物資運搬のための組織を魔術師ギルドの内部に作ってしまうのも手かもしれません。その方が色々と融通も利くでしょう」

「確かにそうかもしれないね」

 他に頼れるモノのない迷宮内では、隣に居る人間の人格と能力を信頼できるかどうかはとても重要だ。

 同じ組織に所属し、訓練や実戦を共にすることは信頼関係の構築に一役買うだろうし、知識と技術の伝承という面でも利点がある。



「それについては必要に応じて検討していただくとして、今は短期的に依頼を出して雇うという方向で考えてみましょう」

 しばし黙考する。

 "遺跡"は迷宮中層に存在している。従って、最低でも迷宮上層を突破できるだけの実力を持っているのが大前提だが、中層に入れるなら誰でも良いという訳にはいかない。

 同じ中層探索者でも上下の実力差は激しく、高い実力を持っているパーティだったとしても、そのパーティが護衛任務に適しているとは限らないからである。

 例えば、ここ最近はかなり中層の奥まで進めるようになったと評判のアルバートたちだ。彼らのパーティは4人という少人数であり、個人の高い能力によって押し進んでいくタイプなので、素人を護衛するのにはあまり向いていない。

 人数がそれなりに多く、メンバーの能力は平凡でも組織力によって乗り越えていくタイプが、護衛任務に向いているだろう。


「以前に聞いた話では、マッケイブには下層攻略を主に行っている有力ギルドが5つか6つ、中層探索を主に行っている中堅ギルドは20から30程度あるようです。1つのギルドには複数のパーティが所属していることが多いので、パーティ数としてはもっと多くなるでしょう」

「意外と数があるのだね。では、その有力ギルドに依頼するのが良いのかな」

「いいえ。一度きりの依頼であればそれでも良いでしょうが、私は複数の中堅ギルドに依頼を出すべきだと考えています」

「それはどうしてかね?」

「理由はいくつか有りますが―――」


 有力ギルドに対して迷宮の中での護衛依頼をしようと考えた場合、彼らの排他性がまず障害となる。

 有力ギルド同士は他のギルド(ライバル)より少しでも深く迷宮の奥に進み、少しでも早く迷宮の最下層に到達しようと鎬を削っているのは広く知られた事実だ。

 最前線を進む探索者たちにとって正確な情報は生命線であり、ライバルに先んじるために迷宮の攻略を有利に進めるための情報は秘匿され、情報の流出に対しては常に神経を尖らせている。

 本当に重要な情報を知るのはギルドの幹部級だけで、一般のメンバーは情報の存在すら明かされないことさえあるらしい。もちろんこれは単なる噂でしか無いが、噂が真実であると周囲の人間が信じてしまうほどに彼らは秘密主義を貫いているのだ。

 だから、相当大きな理由がなければギルドメンバー以外をパーティに入れることは無く、迷宮の外でもギルドメンバー以外との交流は控えられる傾向にある。

 何がきっかけで秘密が露呈するか分かったものではないし、相手がライバルギルドのスパイではないという保証も無いからだ。


 報酬額についても難しい。

 迷宮内で得られる魔石やその他のアイテムは、基本的に迷宮の奥に行けば奥に行くほど価値が高くなっていく。

 下層を探索することで獲得できる金額を考えれば、中層での護衛任務で得られる報酬額では何の魅力も感じられないだろう。

 かと言って超高給取りの下層探索者が満足するだけの報酬は出せないし、仮に出せたとしても依頼の難易度と報酬額が釣り合わなさすぎる。


 依頼の拘束期間も問題になる。

 迷宮の構造改変によって<転移>門から"遺跡"までの距離は定期的に変化する。

 迷宮探索に不慣れな研究員を連れて行くことを考えれば、やはり<転移>門から数えて1つ目の地形に"遺跡"が在ることが望ましいし、挑戦するとしても2つ先までだろう。

 "遺跡"までの距離が離れていた場合は探索を中止し、条件が良くなるまでの数日か、数週間か、数ヶ月間かは分からないが、その間はずっと待機状態に置かれることになってしまう。



「1つではなく複数のギルドに依頼を出した方が良いと私が言ったのは、まずは計画全体の継続性や安定性を考えてのことです。待機するギルドを持ち回りにした方が負担が少ないでしょうし、複数のギルドのうち1つが離脱してしまっても計画が完全に停止することはありませんから」

 迷宮に潜る以上はパーティメンバーの死亡、そしてパーティそのものが全滅する可能性さえあり得る。ベテランの中層探索者ともなればそうそう死ぬことはないが、可能性はゼロにならない。

 仮に護衛を行うギルドが1つだった場合はそれで計画全体が停止してしまうし、いったん停止してしまった計画を再稼働させようとすれば、下手をするとゼロから始めるよりも大きな労力が必要になる。


「そして、個人的にはこれも重要な要素だと思いますが……1つのギルドだけに独占的に仕事を任せると、間違いなく既得権益化します。これも計画の大きな障害となるので、可能な限り排除すべきです」

「既得権益?」

「例えば、要求が通らなければ護衛から下りると脅迫して、報酬の釣り上げや特権的な地位を要求するなんてことでしょうか。能力に応じた対価を要求するのは正当な権利ですが、この手の輩の要求は際限なく付け上がっていき、最後には全てを私物化しようとします」

「さすがにそんなことにはならないと思うんだがね……」

 今までの付き合いの中で気付いていたが、モーズレイは他人からの悪意や(はかりごと)に鈍感すぎるきらいがある。

 これまでの人生がずっと研究一筋で周囲に居る人間が限られており、貴族社会の一員であるモーズレイは有形無形の力で守られてもいるため、あまり悪意を向けられた経験がないからだろうか。


「私はそうは思いません。仮に、の話ですが、私が『"遺跡"調査計画には参加しない』と宣言した場合、モーズレイ導師はどうなさいますか?」

「とても困るね。ケンイチロウくんが協力してくれないと計画そのものが頓挫してしまう。何とか参加するように説得しなければ」

「では『参加する代わりに、前回の探索時に使っていた魔法の鞄(マジック・バッグ)を報酬として寄越せ』と言ったとしたらどうしますか。2度目以降がある場合、それはそれでまた報酬を要求しますよ?」

「……背に腹は代えられない。そうなったら報酬として渡すしかないんじゃないかな。ケンイチロウくんの言いたいことはだいたい分かったよ。確かに好ましくない事態だね」


「今だから言ってしまいますが、モーズレイ導師は報酬を大盤振る舞いしすぎです」

 十分なだけの報酬に加えて計測用の魔道具や強力な魔法薬(マジック・ポーション)、そして魔法の鞄(マジック・バッグ)という高級品の貸与。

 ケンとアリサが持つ情報の希少性や未知の場所に向かうという危険度を考慮しても、過剰なほどの報酬だったと言わざるをえない。

「私とモーズレイ導師では利害が一致していますから裏切ることはありませんし、援助がなければ"遺跡"に辿り着けなかったので必要経費と言えるかもしれませんが……私が援助をそのままを持ち逃げする可能性もあったのですよ?」

「それはケンイチロウくんとアリサくんの事を信頼していればこそ、さ。ギルド長からの紹介だったし、その程度のことも見抜けないほど私の眼は節穴ではないつもりだよ」




 その後も"遺跡"調査計画の方向性や方法についてしばらく相談を行った。

「色々と話を聞かせてもらったけれど……信頼できる探索者を探すのは不可能に近いのではないかと思えてきたね」

「私は常に最悪の展開を想定して物事を進める(たち)ですので、私の言ったことは割引いて考えて頂いたほうが良いかもしれません」

「そうかね?」

 思考が後ろ向きすぎることは自分でも分かっているが、今更変えられないし変えるつもりもない。

 危険な環境で生き残るためには臆病なくらいに慎重で丁度いい。


「そうですね……まずは魔術師ギルド員の中で探索者をしている人たちに声をかけてみる、というのはいかがでしょうか。少なくとも、何の繋がりもない相手よりは信用できると思います」

「おお、そうだった。ギルドにも探索者はいるんだったね」

 迷宮探索において、魔術師はかなりの戦力になりうる存在である。

 だから魔術師というだけで引く手数多であり、いくらでも条件の良いパーティを選べることから、魔術師をメンバーに含む探索者パーティというものは全体の中で上の実力を持っている可能性が高い。


「しかし、それだけでは任務を達成できるだけの実力を備えているか、判断がつかないのではないかね?」

「それでは、応募者に試験を課しましょうか」

「それは面白そうだ。例えばどんな試験をするつもりなんだい?」

「初めに登録証を提示してもらい、それを元に迷宮管理局から応募者の情報を貰いましょう。その情報で一次試験を行います」

 中層探索者であれば、迷宮管理局が発行する第一<転移>門を利用するための登録証は必ず所持している。

 登録証を持っている探索者について、迷宮管理局は個人情報やこれまでの探索実績といったものを収集しているので、その情報を元に実力不足が明らかな者を排除すれば良い。

 迷宮管理局が情報を出してくれるかは不明だが、それについてはモーズレイや魔術師ギルド長のジョーセフの手腕に期待しておくことにする。

「二次試験は実地試験です。モーズレイ導師のお弟子さんを1人、パーティに入れた状態で迷宮上層を突破してもらいましょう。そうすればパーティの実力も確認できますし、お弟子さんが<転移>門を通行できるようになるので一石二鳥です。いや、お弟子さんの訓練にもなるので一石三鳥ですかね」

「ほう、なかなかいいアイディアだね。いい機会だから弟子たちの方も色々と勉強させようかな」




 昼食を間に挟んでケンとモーズレイの話し合いは続き、夕の鐘(午後6時)が町に響く頃になってようやくお開きとなった。

「ケンイチロウくん、今日はありがとう。おかげで色々と有意義な情報を得られたよ」

「モーズレイ導師の研究が進むことは私にとっても利益ですから、協力は惜しみません。護衛依頼をだすギルドについては、私の方でも独自に情報収集をしておきましょう」

「お願いするよ。アリサくんのためにも一刻も早く研究を完成させたいものだね」

「はい、よろしくお願いします。では本日はこれで失礼します」


 モーズレイの屋敷を辞し、だいぶ日が暮れてきた町の中を歩く。

 これで、アリサに再会するための最初の一歩が踏み出せた。どれだけ歩けば目的地に辿り着けるかは分からないが、まずは着実に進んでいこう。

次回は年が明けて少ししてからの投稿になります。

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