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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第四章 メイド少女アリサ
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第45話 探索準備

 アリサが迷宮の中で気になると言っていた場所について調査するためには、彼女をどうしても迷宮の中に連れて行かなければならない。

 無理だろうとは思いつつも、迷宮の外にいる状態で以前感じた何か(・・)の気配が分からないのかとアリサに尋ねてはみたものの、やはり「分かりません」という返事が返ってきただけだった。

 後日判明した事ではあるが、アリサは少し意識しただけでケンや"契約"のブローチのだいたいの場所が感じ取れるはずなのに、ケンが迷宮の中に入るとどれだけ感覚を研ぎ澄ませてみてもケンの居場所を感じ取れなくなってしまうそうだ。

 以前から迷宮の内部は「通常の世界から隔絶された空間」なのではないかと予測していたが、これでその予測の正しさが証明されたと考えて良いのではないだろうか。



 仮に迷宮の外から中にある目的地の方向を感知できたとしても、今のところ正確な場所についてはアリサ以外に知りようがないのだから結局は彼女を迷宮の中まで連れて行くしかない。

 アリサと共に迷宮に入り、それから数日間に渡って探索をするとなると、この前やったようにケンがアリサを荷物として運んでいくわけにはいかなくなる。

 一度目の探索で首尾よく発見できるなんて幸運に恵まれるとも思えないので、何度も条件が良くなるまで繰り返し迷宮に潜る必要があるだろう。

 迷宮の中で使い道が無さそうな大荷物を持ち込んで、それをそのまま持ち帰ってくるという事を何度も繰り返せば間違いなく不審に思われるし、2人でパーティを組んで迷宮探索をするのなら食料や水なども2人分持ち込まなければならないからだ。


 アリサが感知した何か(・・)が存在するのは恐らく迷宮中層だと思われるので、地上にある入口からではなく第一<転移>門を通って迷宮の中に入りたい。

 現在、可能か不可能かで言えばアリサは既に第一<転移>門を通ることができるのだが、残念ながら迷宮管理局が発行する登録証を持っていないので利用許可が下りない。

 まずは迷宮入口から入り、上層を抜けて<転移>門から帰ってくる必要があるだろう。門番のゴーレムは襲いかかって来ない事は既に判っているので、ケンとアリサの2人だけでもなんとかなる。

 こういう状況になると事前に判っていれば、迷宮から帰ってくる時にアリサを荷物に偽装して持ち出すのではなく普通に連れて出てきたのに、と少しだけ考えた。

 だが、それではアリサの正体について誤魔化すのは無理だっただろうし、正体を隠す事を優先した判断は間違いではなかったと思う。



 今後どのように迷宮探索を進めていくかについてはこれから検討していくとして、まずはアリサ本人と彼女を預かってくれているダニエル、それから監督してくれているジェマから了解を得なくてはならない。


 ジョーセフとの面会を終えた後、魔術大学院の建物を出た時はちょうど昼時だった。食事中に訪問するのは失礼に当たるので、一般的な昼食休憩時間が終わるくらいまで待つ必要がある。

 行政府の近くにはそこで働く人を目当てとした飲食店が軒を連ねているので、食事を摂ろうと適当な料理店(レストラン)に入った。行政府の出入口近くという好立地にあるその店は比較的高級な店だったが、味は中の上といったところだろうか。

 食事を済ませた後、適当に時間を潰してからダニエル邸へと向かった。

 約束のないままの訪問だったが、丁度全員が揃って屋敷の中にいた。アリサの今後についての話し合いをしたいと伝え、時間を割いてもらう。



「―――と言うわけで、今後はアリサを連れて迷宮の中に入ることになると思います。居候させて頂くようにお願いしている立場で勝手な話では有りますが、どうかご理解頂けませんでしょうか」

 ダニエルとジェマに対しては、専門家2人に魔法帝国時代の人造生物だと予測されているなどというようなアリサの正体に繋がる深い情報は明かしていない。

 アリサを迷宮に連れて行く理由についても「アリサ以外には探せない物が迷宮の中にある」と語っただけである。

 もう一週間以上も共に過ごしているのだから、ジェマもアリサが普通の人間ではないことにはとっくに気付いているだろうし、実はアリサ本人から何もかも伝わっていても驚きはしないが、問われもしないのにわざわざ話すつもりはない。

「アリサ君には無料(タダ)で家事をやってもらっているようなものだから、そんなに気にする必要はないよ。ケンイチロウ君は自分がすべきだと思うようにすると良い」

「有難うございます、ダニエル様」

「ただし、普段と違うことをするのだから十分に注意した方がいい。思わぬ危険はどこにでもあるものだからね」

「肝に銘じます」

 ダニエルならば拒否しないとは思っていたが、アリサをダニエル邸で預かってもらうのも定期的に留守にさせるのも完全にケンだけの都合である。

 彼らの厚意に甘えてばかりでもいられないので、何かお礼を考えておく必要があるだろう。



「また、旦那様とご一緒できるのですね……お役に立てるよう、精一杯頑張ります!」

「無理はしない程度に頼む」

 アリサ本人は言うまでもなく前向きである。

 今回の提案は、契約者であるケンと共に行動するという彼女の希望に完全に沿ったものなので、前向きにならないはずもなかったが。


「迷宮に入るのは色々と大変だと思うのだけれど、アリサちゃんは本当に大丈夫なの?」

「心配してくださって有難うございます、ジェマさん。でも、こう見えても体力には自信はありますから大丈夫ですよ」

「アリサちゃんはまだ若いからそう思うのかもしれないけれど……」

 見た目は普通の少女でしかないアリサが、迷宮探索者としてやっていけるだけの能力があるかどうかを心配するジェマの気持ちも解るが、アリサの言葉は満更嘘でもない。

 実際に、迷宮中層の山岳地帯を歩くケンの普段通りの速度に遅れずに追随した実績があるのだから、少なくともアリサの持久力は一般的な成人男性のそれを上回っていると考えていい。

 それを伝えてもジェマの心配は尽きないようだったが、アリサの熱意に満ちた説得とケンの保証の言葉によって、最終的にはアリサの迷宮行きに同意することになった。

「モンスターを狩るのが目的ではなく物探しが目的ですから。出来る限り危険は避けるつもりですよ」

「……そうね、若い時にはいろいろやってみるのも良いわよね。でも、アリサちゃんもケンイチロウちゃんも、ちゃんと無事に戻ってくるのよ」

「はい!」


 まだ具体的な方針は何一つ考えていなかったので、また後日に必要な話をするということだけを決めた後は4人で会話を楽しみながらのお茶会となった。

「旦那様、このクッキーは私が焼いた物なんですが……お味はいかがでしょうか?」

「何を飲まれますか、旦那様。前よりもお茶を淹れるのが上手になったと思うのですけれど」

「次は、ジェマさんに教えて頂きながらケーキに挑戦したいと思っているのですが、旦那様はいついらっしゃいますか?」

 今までに何度かアリサの様子を見るためだけにダニエル邸を訪れていたが、そういう時はあまり長いせずに帰っていたので、迷宮の外に出てからアリサと同席するのは初めてだった。

 そのせいかどうかは分からないが、アリサがかなり張り切って世話を焼いてくる。

 屋敷の主人であるダニエルを差し置いてそういう扱いをされるのは失礼な気がするので、それとなく制止してみてもアリサは全く気付かない。あまり強いことを言って雰囲気を悪くするのも嫌なので、結局はアリサがしたいようにさせておいた。

 ダニエルとジェマが不快そうな様子ではなく、微笑ましそうに見守っていてくれたのが救いである。





「ふふふーん」

「随分と機嫌が良さそうだな」

「それはもう! 旦那様と初めてのお出かけですから」


 アリサが一時的に迷宮探索者として活動することが決まったが、迷宮に入る前に必要な準備を整えておかなければならない。

 物資類はケンが必要な物を勝手に見繕っておけば良いだけだが、武器や防具などは本人の希望を聞かないと始まらないし、背嚢や短剣(ナイフ)に始まる道具類などは本人が身体に合った使いやすい物を自分で選ばせた方が良い。



「アリサは、今まで武器の訓練を受けたことが無いって言ってたよな」

「はい、全くありません」

「これから武器を買いに行こうと思っているんだが、どういう物が良いって希望はあるのか?」

「旦那様と同じものが良いです!」

 ケンの問いかけに対するアリサの答えは単純明快だった。一切悩む様子を見せない即断即決である。

「……まあ、それでも良いか」

「はい!」

 効率を考えるなら、戦闘時にケンと同じ立ち位置をする武器ではなく、噛み合わせの良い別の武器を選ばせるべきなのだろうと思う。

 例えば、クレアのように剣と盾を持たせて敵を止める壁として働かせ、ケンが死角から攻撃を加えるというような形式だ。ダーナのように短槍(ショート・スピア)を持たせ、ケンが前に立って敵を牽制している間に少し離れた場所から攻撃させるのでも良いだろう。

 だが、迷宮の中でモンスターとの戦闘を積極的にさせるつもりはないし、ずぶの素人をそういった連携ができるようになるまで鍛えるにはどれだけ時間が必要か分かったものではない。

 アリサに武器を持たせるのは危険な地域に立ち入る際の精神安定剤といった面が大きいのだし、それならばケンが扱い方を教えられるメイスにしておくのも何かと楽だろう。


 ケンの主武器になっている使っている<重量増加>のメイスを手に入れてからはご無沙汰だったが、昔はよく通っていた武器工房に顔を出した。

 無愛想で客あしらいが下手なせいであまり流行っていないが、誰に対しても真面目な仕事をしてくれる信頼できる親方がいる店だ。

 店にある在庫の中からアリサに合いそうな物を見せてもらうようにお願いしたのだが、そこで新たな事実が判明した。

「うーん……これも、まだ軽い気がします」

「……そいつが店にある中で一番重いヤツだ。腕力自慢の男でもなきゃそこまで軽々とは振り回せねえもんだが……見かけによらねえな」

 それ以上に重量のあるメイスを手に入れようと思うなら、特注にするか両手用の武器を改造でもするしか無いと言われたので、在庫のうち一番重量があるメイスを選んだ。

 その他にも「お揃い」という事で、中古の出物があった小型剣(ショート・ソード)も合わせて購入する。

 アリサに(クロスボウ)もそれとなくおねだりされたが、この工房は金属武器が専門で射撃武器は置いていなかったので、また後日必要になったらという事にしておいた。



「次は防具をどうするか、だな」

「メイド服こそが私の戦闘服です!」

「いや、そういう話ではなく……」

 お仕着せ(メイド服)は屋敷の中で仕事をするための服装であって、迷宮に入るための服装ではないと言葉を尽くして説得してはみたが、アリサは頑としてメイド服以外の格好になることを承服しない。

 最後の手段として「命令」まで使ったのだが、ポロポロと涙を流しながらそれでも頑として受け入れようとはしなかった。

 何かアリサ本人にもどうしようもない事情が有るのだと考え、仕方なくケンの方が折れた。


 しかし、迷宮の中に入る時にメイド服というのは甚だ都合が悪い。


 迷宮探索者というのは、そのほぼ全員が男である。

 その中に女が居るというだけで少なからず注目をあつめるのに、その女がメイド服なんて場違いな格好をしていたとなれば、数日後には探索者の大半がアリサの存在を知っていた、なんて状況に陥りかねない。

 見た目を誤魔化したいだけなら、メイド服の上から何かを着れば良い。全身をすっぽりと覆うフード付きローブを着けた魔術師も少数だが存在しているので、そこまで不自然ではないだろう。

 だが、純粋な後衛である魔術師だからそういった軽装でも良いのであって、直接武器を交わす場合には防御力が心許ない。

 メイド服の上から硬革鎧ハード・レザー・アーマーでも付けさせるべきだろうか。



 ふと、アリサが着ているメイド服は少し払っただけで跡形も無く汚れが落ちる謎の素材で作られていた事を思い出し、防具としての性能を確かめてみることにした。

 素材について確かめるために、目立たないスカートの裾部分の布地を少しだけ切り取ろうとしたが、裁縫用のハサミでは全く()が立たない。

 それならばとケンが持っていたショート・ソードで力を込めて切りつけても傷一つ付かず、突き刺して十秒以上も(こじ)ることでやっと小指の先が通るくらいの小さな穴を空けることができた。

 硬革鎧どころか金属鎧に匹敵する程に防刃性能が高いという、布ではあり得ない程の高性能である。

 しかも驚くべきことに、時間が経つにつれて少しずつ穴が塞がっていくという、自動修復機能まで持っているようだった。

 後日の追加実験によって、直火に1分間当て続けても燃え出さないくらいに耐火性があり、鍛冶師が金属加工に使う酸にも耐えられる事が判明している。

 仮にこの布が再現出来たとすれば、世界中の防具職人が失業しかねないくらいの性能である。解明できるは分からないが、今後の研究課題としたい。


 ただし、いくら防刃性能が高いと言っても薄手の布でしかないので、耐衝撃性能はあまり期待できない。

 それについては、金属鎧の下に付ける鎧下に相当する物をメイド服の上やスカートの下に着けることで解決できるだろうと考え、防具を扱っている店に行ってアリサの体型に合わせて作ってもらうことにした。

 メイド服の上から鎧下、その上に全身を覆うローブを被るという格好は多少暑いかもしれないが、メイド服を脱がないと決めたのはアリサ自身なので我慢してもらおう。

 周囲に誰もいない状況ならローブは脱いでしまっても良いのだし、そこまで問題にはならないだろう。



 武器、防具を決めた後は道具類を揃えにいった。

 アリサが使う背嚢はケンが使っているものより小さめの物で良いと思っていたのだが、アリサが想像以上に高い筋力を持っていたことと、彼女の「お揃い」という要望によって一般的な大きさの物が選択された。

 予定より大きい物にすることで確保された容積の一部を使い、アリサが希望した調理器具を迷宮に持ち込むことになったので、それも購入する。

「後でジェマさんに、保存食を使った美味しいレシピを何か知らないか聞いてみますね!」

 よほど以前に食べた保存食の味がお気に召さなかったらしい。迷宮の中でも美味いものが食べられるのはケンにとっても悪いことではないので、実は少しだけ期待している。


 その他の細々とした買い物にも予想以上の時間がかかったので、買い物だけで一日が終わってしまった。


 既に【バロウズ】に発注済みの<暗視>ゴーグルも含め、かなりの金額が飛んでいっている。

 アリサがどのくらいの期間だけ迷宮探索者として活動するかは分からないが、ケンは準備不足で泣きを見るくらいなら準備が無駄になった方がマシだと考える(たち)なので、決して無駄な出費ではない。

 とは言え、かなり痛い出費なのも確かなので、依頼元のジョーセフから必要経費として何とか一部を負担させたいところだ。




 <暗視>ゴーグルや防具が完成するまではしばらく時間がかかるので、その間にアリサに迷宮探索のための訓練を行う。

 最も重視するのは隠密行動の技能で、その次が近接戦闘である。積極的にモンスターと戦闘するつもりが無いと言っても全く戦えないようでは困る。できれば、湧きたてのゴブリンとなら一対一で戦っても全勝できるくらいの実力は欲しいところだ。

 索敵や経路選択など、その他の斥候(スカウト)技能についてはパーティのうち誰か1人でも技術を持っていれば何とかなるし、身に付けるのには時間がかかるので後回しである。



 まずは、確実に身に付けておくべき隠密行動の教育から始める。

「やはりメイドというものは、お客様に安心して過ごして頂くためにいたずらに姿を見せず、しかし完璧なお持て成しをすべきということでしょうか」

「そんな事をされたら、逆に安心できない気がするんだが……」

 まずは音を立てない歩き方や目線の配り方といった基本から教えていく。

 身軽な状態ならばまだしも、数十キログラムという重い荷物を背負った状態で忍び歩きをするのは難しい。最初のうちは常に意識していないと、どうしても踵から地面に付く普通の歩き方になってしまう。

 アリサの身体能力にはかなりのものがあるが、やはり苦労しているようだ。

「ぜんぜん上手くできません……旦那様はやっぱりすごいんですね!」

「こういった事は慣れだな。慣れればアリサもすぐできるようになるさ」

「はいっ! 旦那様のご期待に添えるように頑張ります」



 次に、武器の扱い方の訓練である。

「メイドたるもの、狼藉者の襲撃からお屋敷を守るくらいはできないといけないという事ですね、旦那様」

「そんな話は一度もした記憶がない」

 どうもアリサの頭の中では、ケンから出される指示が全て「理想のメイドになるための修行」として解釈されるようになっているらしい。

 やる気があるのは悪いことではないのだが、あまり信頼度が高過ぎというのも重圧(プレッシャー)を感じてしまう。


 武器の持ち方と構え方から始まり、敵に対する位置取りと防御の仕方を教える。攻撃の仕方はある程度防御が身に付くまでお預けだ。

 ケンの戦い方は我流であり、特殊でもあるであまり教師に向いているとは言えないのだが、遠い昔に教わった内容を思い出しながら何とかアリサに教える。

 アリサの元々の性格か、それとも命じたのがケンだからか、彼女はつまらない反復練習を文句も言わず黙々とこなす。隠密行動の才能については人並みだったが、戦闘についてはかなり才能がありそうだった。

 正面から戦った時の強さなら、アリサはすぐにケンを追い抜いてしまうだろう。

 そうなった場合、彼女が希望するならきちんとした教師を探してみるのも良いかもしれない。



「ご指導ありがとうございました」

「うん。空いた時間に復習するのを忘れないようにな」

 そうして初日の訓練は問題なく終了した。

 今後は必要に応じて訓練の内容を調整していこうと考えている。アリサは迷宮探索者として新米だが、ケンも教師としては新米なので最初から何もかも上手く行くはずがない。




 3週間ほどで頼んでいた装備が全て揃い、アリサが迷宮探索者として活動する初めての日がやって来た。

 正直に言って不安が大きいが、やれるだけやるしか無い。

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