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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第四章 メイド少女アリサ
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第41話 同道

 泊まるための準備と言っても、それほどやる事は無い。

 野営だったとしても天幕(テント)を張ったりする訳ではないし、今日は臨時の寝床にするにはそれなりに適した洞穴の中である。

 それほど多くもない荷物を解いて、背嚢から保存食を出してしまえばそれで終わりだ。

 アリサ(メイド)に手伝って貰うまでもない。


「ところで、アリサは人間と同じ食事で良いのか?」

「はい、好き嫌いは特にございません!」

「……そうか。どっちにしろ干し肉と堅パンとチーズぐらいしか無いんだけどな」

 ケンの推測では、アリサは人間ではない。

 アリサが人肉魔術人形(フレッシュ・ゴーレム)なのか人造人間(アンドロイド)なのか分からないが、機能を維持するために何か特殊な物が必要なのではないか、という意図から発せられた質問だった訳だが、彼女には全く伝わっていなかった。

 これがアリサ固有の性格なのか、彼女と同じような存在に共通する性質なのかは知りようがないが、どうも言外の意味を汲みとるということをしないようだ。

 何か必要な物があるならそのうち本人から言い出すだろうし、迷宮の中で言われてもどうせ用意できないので追求は外に出てからすることにした。



 嵩張る調理器具などは持ち込んだりはしていないので、保存食そのままの味は濃いが味気ない食事はすぐに終わってしまう。

 好き嫌いはないという宣言通り、アリサは塩気しかない上に固いだけの保存食を文句も言わず食べていた。だが、食後に黒砂糖の欠片を渡した時には喜んでいたので味に満足していたわけではなさそうだ。


 短い食事の時間が過ぎた後は、<持続光>の魔道具が照らす洞穴の奥で昼間に採った鉱石の検分を行う。

 黙々と作業をするケンの正面に座ったアリサは、こちらも黙ったまま機嫌良さそうに作業を見守っていた。

 洞穴の外に対する警戒のしやすさや、洞穴に侵入しようとする者が現れた場合の対処のやりやすさも考えて、今は洞穴の奥にアリサ、入口側にケンという配置にしてある。

 使用人(メイド)であるアリサが主人よりも入口から遠い場所に座るのは、などと言って最初は渋っていたのだが、理由の説明と命令をすることで従わせた。

 彼女は何かをする際の上下関係にいちいち拘りがあるので少々面倒だが、命令だと言えば基本的には従ってくれるので扱い易いと言えば扱い易い。

 どこまで命令(・・)が通じるのかについて興味が無い訳ではないが、生憎と女を甚振って喜ぶ性癖は持ち合わせていないし、意味もない命令を繰り返すのも気が引けてしまう。

 外見は可愛らしい少女でも中身はどうなってるか知れたものではないのだから、あまり不用意に刺激するのは良くないだろうと思う。



 昼間に拾った石をひと通り調べてはみたが、目ぼしい物は1つも見つからなかった。

 それでも一応、僅かでも鉱物が含まれていそうな幾つかについては、ケンの推測が合っているかどうかを専門家に確認してもらうために持ち帰ることにする。

 やるべき作業が終わった後、ジョーセフから借り受けた<光>の短杖(ワンド)を使用した魔術の訓練をしておこうかとも考えたが、人目があるので今回は止めておいた。

 アリサが意図的に情報を広めるとは思っていないが、秘密というのはどこから漏れるのか分かったものではない。


「さて、やることも無くなったからそろそろ寝るとしようか。明日は夜が明けてからすぐに動き始めることになると思うから、ちゃんと休んで欲しい」

「はい。承知しました、旦那様」

 幸いな(残念な)事に毛布の他にも寝具として使えそうな布があったので、ケンとアリサで1枚の毛布を譲りあったり、身を寄せ合って1枚の毛布に包まったりというような、雪山での遭難時にありがちな騒動(イベント)は発生しなかった。

 今いる場所は雪山ではないし、遭難もしていないし、入口に張った布と人間2人が発する体温のお陰で洞穴の中はそれなりに温まっているので、互いに温め合う必要など無いから当然である。



 就寝準備を終えてから、すぐに<持続光>の魔道具を止める。他の光源が全く無い洞穴の中は、自分の鼻先も見えないくらいの真っ暗闇になった。

 暗闇の中、ケンは自らの息を潜めてアリサの気配を観察する。

 堅い地面の上に薄い布を敷いただけではさすがに寝心地が悪いのか、しばらくの間はごそごそと寝返りを打っていたようだが、程なく静かな寝息を立て始めた。


 アリサから発せられている気配は、今のところ人間のものと全く区別が付かない。

 人間と同じように食事を摂れるようだし、顔色が変わったり汗を掻いたりするということは血液が流れ、新陳代謝が行われているのだろう。

 まだ出会ってから短い時間しか経っていないので排泄を行うかどうかは不明だが、食事をする以上は排泄もして然るべきだと思う。食料は全て熱量(エネルギー)に変換されるので排泄物は一切出ない、と言われてもそれはそれで納得できそうだが。


 主人に対する忠誠心と言うか服従心が刷り込まれていて、それが他の何物にも優先されているようなので行動に多少の違和感があるものの、それを別にすれば感情の表現や受け答えの仕方にも作り物めいた部分が無い。周囲の状況に対する判断力もある。

 その他にも、アリサが傷を負った場合にどうなるのか、彼女が着ているメイド服が破けた場合にどうなるかなど興味は尽きなかった。

 疑問のうちのいくつかについては、もしかしたら明日の移動中にでも分かるのかもしれないと思いつつ、ケンも眠りに就いた。




 迷宮中層の山岳地帯に入ってから2日目の朝を迎えた。

 すぐ隣に人が居たせいであまり深い眠りにはならなかったが、いつモンスターに襲われるか分からない迷宮の中で熟睡できないのはいつもの事だ。その分長い時間を睡眠と休息に充てることで体調を保つしか無い。

 アリサの方はぐっすりと眠れたようで、表情からは眠気や気怠さなどは感じられなかった。そもそも彼女が眠気を感じることがあるのか、睡眠が必須であるのかについても現状不明ではあるが。


 予定では4日目の昼過ぎくらいか、もしくは何らかの大きな収穫が得られるくらいまでは潜り続けるつもりだったのだが、今回の迷宮探索はここで打ち切る。

 収穫と言えるかどうかは分からないが、人間を1人拾うという想定外の事態に遭ってしまっては予定通りの行動など続けられない。

 迷宮の中で探索を続ける場合はその間アリサをどうしておくかという問題があるし、単純計算で倍になった食料と水の消費量にも不安が出てくる。

 食料についてはいつも予定される消費量よりも多めに持ち込んでいるので、これからすぐに戻るのならば節約しなくても十分足りるくらいには残っている。

 しかし、水については重量と容器の関係からあまり持ち込み量に余裕が無い。

 迷宮中層では地形にもよるが雨も降らないのに何故か川や池が存在しているので、そういった場所で補給するかなるべく節約して乗り切るしかないだろう。

 これまでに何度か迷宮中層の中にあった水を飲んでみて、深刻な影響が出ないことは確認済みだ。

 最終手段(・・・・)もあるにはあるが、あまり好んでやりたい事ではない。



 前日の夕食と全く変わらない内容の朝食を摂った後、アリサに対して本日の予定を告げる。

「アリサ。今日はこれからすぐに迷宮の外に向けて出発することになる。結構な距離を歩くことになると思うんだが……大丈夫そうか?」

「はい、問題ありません。こう見えても体力には自信がございますので」

 あまり体力面での心配していなかったが、案の定の返事だった。

 仮に彼女の体力が一般人女性並みしか無かったとしても、日暮れ前には到着できるくらいの距離なのでそこまでは心配していない。

「そうか。最初は少しゆっくりめのペースでいくから、駄目そうだったら遠慮なく言ってくれ。無理をして倒れられる方が困るから、できれば早めにな」

「承知しました、旦那様」


 出発前に大まかな進行方向や予定、基本的にモンスターは避けて行動することなどの基本的な方針を打ち合わせる。

 打ち合わせと言ってもケンの指示に対してアリサが全く反論しないので、一方的に通知するだけになってしまうのではあるが。こうなるとケンの責任が重大だが、方針で揉めるよりはマシだと思っておこう。

「ところで、アリサは武器を扱えるのか?」

「申し訳ございませんが、訓練を受けたことがありません。メイドとして恥ずかしくないよう、家事についてはひと通り修めてはいるのですが」

 これまでアリサの身体の使い方を見て多分そうなのではないかと思っていたが、やはり予想通りの答えだ。

 今回訪れた山岳地帯ではまだ、一度も積極的にこちらに襲い掛かってくるモンスターに出遭っていないが、帰り道でもその幸運が続くとは限らない。やはりモンスターからは逃げに徹する必要があるだろう。


 万が一はぐれてしまった場合に備えて、手持ちの食料と水の半分をアリサに持たせる。背嚢は1つしか無いので布に包んで背負わせる事にした。

 メイドであるアリサとしては、主人には何も持たせずに自分が荷物を全部入れた背嚢を背負って歩くつもりだったようだが、様々な意味で問題があったのでその提案は却下した。

 はぐれてしまった場合に大まかにどう行動するかも打ち合わせておく。

 アリサの特殊な感覚によってケンの大まかな居場所が判るらしいので、はぐれてしまった時に合流できるかどうかについてあまり心配する必要が無いのは楽でいい。



 それから2人で山岳地帯を進んでいった。

 体力には自信があると豪語するだけあって、アリサはケンが普段通りの速度で進んでも全く遅れることなくついてくる。

 道中は特筆すべき事は何も起こらなかった。モンスターに襲われることもはぐれることもなく、昼頃には無事に山岳地帯の出口まで辿り着くことができた。

 出口の先は異なる地形同士を繋ぐ洞窟状の通路になっている。


 時間的にも丁度良いので、洞窟部分に入る前に昼食を兼ねた休憩を取った。

 ここまで来る途中で水の補給ができなかったが、思った以上に順調に進んでいるおかげで今のところ残量に不安はない。

 迷宮中層では、地形同士を繋ぐ洞窟の形が変わる「構造改変」という現象が稀に発生するのだが、<暗視>ゴーグルをかけて洞窟の中を覗いた限りでは、行きに通った時と同じ形をしているようだ。

 迷宮の構造改変というものは、最後にその場所を人間が通ってから時間が経てば経つほど発生しやすくなると言われているので、3,4日程度ならば行きと帰りで道が変わっているということは殆ど無い。

 途中で大きな問題が起きなければ、あと2,3時間のうちに地上まで戻れることだろう。


「ここから先はずっと道幅が狭い洞窟が続く。特に問題がなければ途中で休憩を取らずに<転移>門まで行くから、今のうちに必要な用事は済ませておいてくれ。あまり遠くまで行かなければ、ずっとこの場をいる必要はない」

「はい。承知しました、旦那様」

 アリサは出会ってからと言うもの、暇さえあればずっとケンの事を見ている。ケンの行く先にはどこでもついてくる彼女は、まるで刷り込み(インプリンティング)をされた雛鳥のようだ。

 ケンがアリサの視界に入っていない時間というのは、彼が先行して偵察するときなどに明確に待機を指示した場合だけだった。

 正直に言って色々とやり辛いが、悪いことをしている訳ではないので止めろとも言いづらい。

 今回も花を摘んで(・・・・・)こいと言ったつもりだったが、全く動こうとはしていない。



 休憩時間を終えてこれから洞窟の中に進もうとした時になって、ケンはやっとの事でそれに気付いた。

 何に気付いたかと言えば、洞窟の中には光源がぼぼ存在しないせいで、いつものように明かりを付けず<暗視>ゴーグルに頼って進んだ場合はアリサが何も見えなくなってしまうのだという事だ。

 一応、アリサに明かりがなくても暗闇を見通せたりしないのかと聞いてみたが、当然のことながらそんなに都合のいい能力は持っていなかった。

 普通に考えれば<持続光>の魔道具で視界を確保しながら進むところなのだが、その場合は明るさによって洞窟を徘徊するモンスターを引き寄せてしまう可能性がある。

 アリサが1人で豚頭鬼人(オーク)1匹と互角に戦えたり、せめて小鬼人(ゴブリン)を2匹同時に相手にできるくらいの腕前が有るのならば、一も二もなく戦力として使うために明かりを付けて進むところだ。

 しかし、今の彼女は戦闘も索敵もできないただの足手まといである。


 悩んだ結果、とりあえずは明かりを付けずに進むことに決めた。

 何も見えないアリサのことは、<暗視>ゴーグルを付けたケンが手を引いて連れて行く。洞窟部分の地面は多少の凹凸はあっても基本的には平坦なので、慎重に歩けばどうにかなるかもしれない。

 どうにもならない場合、諦めて<持続光>の魔道具で明かりを確保しながら進むようにすれば良い。

 その旨をアリサに伝えたところ「旦那様のご指示に従います」という了承の返事だけが帰ってきた。

 そうと決まればさっさと進むに限る。

 ケンが左手でアリサの右手を握ると、革手袋越しでも彼女の手の柔らかさがよく分かる。ケンの右手は武器を使うために空けておき、アリサの左手には緊急時のために<持続光>の魔道具を持たせておく。使い方を教え、ケンが指示するかケンが目の前にいない場合は自分の判断で点けるように言い含めた。

 そして、ケンには<暗視>ゴーグルの日中の室内と大差ないが、アリサにとっては真っ暗闇である洞窟の中に足を踏み入れる。



 それはどこか不思議な感覚だった。

 アリサと繋いでいる手を通じて、互いの思考がある程度感じ取れるようになったのだ。

 思考と言っても言語化できるようなものではなく、漠然とした印象(イメージ)が伝わる程度のくらいのものだが、今はその方が役に立つ。

 そこの地面に出っ張りがあるだとか、道がどういう風になっているのかをケンが思い浮かべると、その情報がアリサに伝わる。それに従って彼女が適切な行動を取ることで、全く周囲が見えていないということが信じられないくらいに、しっかりと歩を進めることができるようになるからだ。

 手を離した後も少しの間は何かが通じ合った感覚が残るのだが、それも徐々に薄れていく。

 アリサが魔術か何かを使って思考の疎通ができるようにしているのだと思うのだが、それを彼女に尋ねてみても「旦那様とメイドは一心同体ですから」と胸を張って答えただけだった。

 おそらく、彼女自身も分かっていない。


 何度か遠くにモンスターの気配を感じたが、全て問題なく回避することができた。

 手を繋いでいる時限定だが、アリサもケンに匹敵するくらいの隠密行動が可能になった結果である。

 ケンとしては、これまでの5年間に命がけで磨いてきた技能をあっさり真似されてしまったのがあまり面白くないが、それで楽になったのも事実だ。

 やがて第一<転移>門まで約100メートルといった距離まで辿り着いた。ここまで来ればもうモンスターが湧かなくなっているので、大声を出してわざわざ呼び寄せたりしない限りは安全だ。



 迷宮中層の開始点である門の周囲では、四方八方に洞窟が枝分かれしている。

 ある分かれ道に差し掛かった時、迷宮の奥へと向かう通路の一本に対してアリサが何故か強い反応を示していた。

「アリサ、どうかしたのか」

「はい。ええと、こちらの方向から何かを感じます。かなり距離が離れているようです」

「どんな感じがするんだ?」

「なんだか懐かしいような……帰りたいような、帰りたくないような不思議な感じです」

 アリサが感じ取ったものは、彼女が迷宮の中で埋もれていた理由に関係している可能性があるが、今は調査している余裕が無い。距離が近かったとしても物資に不安があるし、遠いならなおさら無理だ。

 必要と機会があれば調査してみるのも良いかもしれないなどと考えつつ、そのまま<転移>門のある場所へと向かう。



 <転移>門の場所へと続く扉の前に来たところで、ケンはまた1つ忘れていた事を思い出した。

 彼はいつも1人で行動してばかりのため、同行者がどういう状況なのかという事にいまいち気が回っていないようだ。

 今回彼が思い出したのは、このすぐ先にある番人部屋とそこに鎮座する番人のロック・ゴーレムについてだった。


 番人部屋の中に居るゴーレムは、部屋の中に入ったのが過去に一度でもそこの<転移>門を通った経験が有る者ばかりなら全く動こうとしない。

 しかし、部屋に入った人間の中に1人でも条件を満たさない人間が含まれていた場合、誰かが部屋の半ばよりも奥に踏み込んだ時点で襲い掛かってくる。

 ゴーレムの動作中は、番人部屋の奥にある<転移>門の部屋に入るための扉は決して開かないようになっているので、ゴーレムを破壊して動きを止めなければならない。

「1つ聞きたいんだが、アリサはこの先の<転移>門を通った事はあるのか?」

 アリサは小首を傾げて記憶を掘り起こそうとしていたようだが、やがて諦めたのか首を横に振った。

「申し訳ございません、旦那様。それについては全く記憶がございません」

「そうか……それなら仕方がない。一度門番部屋の中に入ってみようか。ゴーレムが動き出した場合は速やかに後退して部屋の外に出る」

「はい、承知しました」

 門番のゴーレムは耐久力が高いだけで動きが緩慢なので、逃げるだけならば難しくない。

 侵入者を殺すためではなく単に迷宮中層に進む資格があるかどうかを試すための物なので、逃げるなら追ってこないからだ。



 ケンとアリサの2人は門番部屋の中に入り、そろそろとゴーレムに近づいていく。

 部屋の半ばを過ぎてもゴーレムは全く動き出す気配を見せず、アリサが奥の扉に触れても動き出すことは無かった。

 門番のゴーレムがどういう方法で個人を識別しているかについては全く解明されていないが、今までに誤判別したという話は聞いたことがない。

 これはつまり、アリサは以前にこの第一<転移>門を過去に通ったことがあるということになるのだろうか。

 彼女が門を使えない場合はケンだけがいったん地上に戻り、物資の補給をした後に迷宮に取って返してから地上の入口まで歩くつもりだったが、ただの取り越し苦労だったようだ。



 問題なく<転移>門を仕えると判明したのでさっそく地上に帰りたいところだったが、このまま地上に戻ってしまうと、迷宮管理局が発行する登録証を持っていないアリサが奴らに尋問を受けることになる。

 アリサの情報が漏れるだけではなく、たった2人で門番を突破したと判断されればケンまでいらぬ注目を浴びることになるだろう。

 何と言っても、武器も持たず防具も付けていないメイド服の若い女である。どれだけ突拍子もない噂が流れるかは想像もできない。


 仮に、事実を包み隠さず事実を話したらどうなるだろうか。

 恐らく信じないだろうし、信じられてもそれはそれで面倒事が起きるだろう。アリサは人造物であるというケンの推測が正しいとすれば、調査の名目で彼女が監禁されてしまいかねない


 では、アリサが迷宮の中で動けなくなっていた人間で、そこをケンが発見して連れて帰って来たという事にすればどうだろうか。

 メイド服なんて探索者が着る物ではないし、登録証を紛失しているのだからやはり個人情報を根掘り葉掘り聞かれるのは避けられない。

 記憶喪失ということにしてはどうかとも考えたが、その場合にも身元調査などで厄介な事になりかねない。

 そもそも、アリサは嘘を吐くのが致命的に下手という問題があった。


 やはりアリサというメイド少女は存在せず、ケンが1人で迷宮の中に入って、1人で戻って来たことにするのが一番面倒がなさそうである。



 偽装工作には<色彩変化>布が役に立った。

 <色彩変化>布を洞窟にある岩と模様に変化させて、それでアリサを完全に覆い隠す。こうすれば単なる岩の塊に見えなくもない。

 普通の迷宮探索者が岩の塊を迷宮の中から持ち帰ってくるのは不自然極まりないが、ケンは今までに虫や草木を散々持ち帰ってきたという実績があるので、不自然さはそれなりに抑えられるはずだ。

「アリサの正体が他人にバレてしまった場合、おそらく俺とは離れ離れにされてしまうだろう。だから、俺が良いと言うまでは決して動いてはダメだぞ」

「はい、絶対に動きません!」

 アリサをそうやって脅しておいたので、彼女も死ぬ気でじっとしているだろう。



 布でぐるぐる巻きにしたアリサを肩に担ぎ上げ、<転移>門を動作させるための合言葉(コマンド・ワード)を唱える。

 できることなら誤魔化しが成功して欲しいが―――失敗したら失敗した時だ。

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