第40話 予期せぬ出逢い
全体が土に覆われていたせいでてっきり岩だと思い込んでいた物体が、ケンの背後で唐突に動き始めた。
慌てて《メイス》を腰から抜いて身構えるケンをじっと見た後、その生物はゆっくりとお辞儀らしき動作を見せた。
人間ならば頭や肩に相当すると思われる部位に厚く積もっていた土がどさりと音を立てて地面に落ち、もうもうと土埃をたてる。
「お初にお目にかかります、旦那様」
それは若い女の声だった。
目の前の生物が怪物の類ではなく、人間なのだという認識を持って<持続光>で明るく照らされた土塗れの生物を見てみると、長いスカートを着けた女のように見える。
身体の輪郭は普通の人間のように見えるが、迷宮中層にある洞穴の中で土に埋もれていた奴が只者であるはずがない。
「何者だ?」
「ただ今より旦那様にお仕えさせて頂く、しがないメイドでございます」
ケンの誰何の声に対し、その生物は答えになっているような、なっていないような回答をしてきた。
メイドだと自称する生物の格好を改めて確認してみると、エプロンドレスに頭飾りという組み合わせは確かにメイド服に見えないこともない。
そのドレスの袖は手首までを覆うほどに長く、スカートは足首までを覆っているので顔と手以外に肌が露出している部分はない。
「質問を変えよう。どうしてこんな場所で土に埋もれていた?」
「土に埋もれて、でございますか? ……あら? どうして私の服にこんなに汚れが付いているのでしょうか」
ケンの指摘を受けた女が自分の身体を見回し、そこで初めて自分の身体中が土塗れであることに気付いたようだ。
「申し訳ございません! メイドともあろう者が、旦那様の眼前でこんなみっともない格好を……」
慌てて身体の各所をバタバタと叩き、服に付いた土を落とそうとする。狭い洞穴の中をもうもうと土埃が舞った。
「悪いんだが、埃が立つから外でやってくれないか」
「ああっ、誠に申し訳ございません!」
<持続光>の魔道具が発する光が外に漏れにくくなるようにと、ケンが洞穴の入口近くに張っておいた布を押し退けて自称メイドが洞穴の外へと向かう。
その背中をケンは黙って見送り、姿が見えなくなったところでずっと構えたままだったメイスを腰に戻す。
見たところ相手は武器も持っていない若い女で、今のところは敵対する意思も無さそうに見えるから、こちらだけ身構え続けているのも少々ばつが悪い。
一応はいつでも逃げ出せるように準備だけはしておこうと考え、一度下ろした背嚢をまた背負い直した。
念のため<暗視>ゴーグルはいつでも使えるように顔にかけ、<持続光>の魔道具を手で持って洞穴の外に向かった女の後を追う。
洞穴の入口から数メートル先に立っていた女に追いつくと、既に全ての汚れを落とし終わっていたようだ。
落ち着いてその女を見てみると、その格好は紛うことなきメイドだった。
顔立ちは若い。おそらく十代後半に入ったくらいの、まだ少女と言っても良いくらいの年齢に見える。
この世界の人間は一般的に15歳で成人として扱われるが、年齢的に成人だからと言って急に大人びるわけでもあるまい。
顔を構成する他のパーツは一つ一つが小さくて可愛らしいのに、深い褐色の瞳を持つ眼だけぱっちりと大きく、美人と言うよりは可愛らしいと言った方が相応しいだろう。
背中の半ばまである漆黒の髪には濡れたような光沢があって、直前まで埃まみれになっていたとは全く思えない。
どんな魔法を使ったのかは解らないが、つい数十秒前まで全身に付いていたはずの土汚れの痕跡が一切なかった。肌や服に付いていた汚れは綺麗に取り去られ、さっきまで土色だったエプロンも洗いたてであるかのように真っ白である。
そのメイド服は、豊満とまでは言えないが女性らしく丸みを帯びている着用者の体型に合わせてきちんと誂えてあるようで、手を上げ下げしても袖がピッタリと手首に貼り付いたかのように動かない。
ケンが近くまで来ていることに気付いたメイドの少女が、姿勢を正して深々と頭を下げる。
「大変お見苦しいところをお見せしてしまいまして、申し訳ございませんでした。初めて旦那様にお目にかかるという大切な場面でしたのに……」
「いや、畏まられても困るが……」
深々と下げられたメイド少女の頭に付けられた、真っ白な頭飾りを何となく見つめながらそうぼやく。
今になって気付いたが、ホワイトブリムやエプロンの裾には装飾として編みレースがふんだんに使われているようだ。花を模したと思われる模様のレースはかなり細かく編み込まれている。
汚れ落ちが異様に良い布が使われていることと言い、身体にぴったりと合うように作られていることと言い、単なるお仕着せにしては手間がかかりすぎている。
迷宮中層でメイド服姿という時点で只者ではないことは分かりきっていたが、何か色々と曰く有りげな人物である。
「ところで、君はさっきから『旦那様』と言っているが、それはもしかしなくても俺の事なのかな?」
「はい、その通りでございます」
この場には自称メイドとケン以外に誰も居ないのだから、聞くまでもなくそれ以外に無いのは分かりきっていた。あまり認めたくなかっただけだ。
洞穴の中にあった古い白骨死体と、洞穴の中にいたメイド姿の少女。そして、今も<魔力遮断>布に包んだままケンが持っている、白骨死体が生前に付けていた物と思われるブローチ。
ケンがブローチを手にした瞬間にメイド少女が動き出した事も併せて考えれば、この3つの間には何らかの繋がりが在るとしか考えられない。
また、面倒事の予感がする。
出来る事ならば5分で良いから過去に戻って、この洞穴が一生誰の目にも触れなくて済むくらいに完璧な隠蔽を施してやりたい。
「……その辺りについてはまた後で議論するとして、とりあえずはいろいろと話を聞かせてもらえないか? まだ日が落ちたばかりだからそれほどでもないんだが、これからどんどんと気温も下がってくるはずだからそこの洞穴の中で話をしようか」
「はい、お供致します」
先に立って洞穴の奥に向かうケンの三歩後ろをメイド少女が静々と付いてくる。
逃げ出さなければならない事態になることを考えて、メイド少女を先に洞穴の中に入らせようと促してみたのだが「メイド如きが主人の前を歩くなど、許されることではありません!」と言って頑なに拒否するので、仕方なくケンが先に洞穴の中に入った。
身のこなしを見た限り、メイド少女が戦闘訓練を受けているとも思えないから逃げるだけならなんとでもなるだろうし、少女の立場からすれば初対面の男に逃げ道を塞がれるのも嫌だろう。
洞穴の奥まではたかだか10メートル程度の距離しか無いので、またすぐに白骨死体とご対面となる。
この白骨死体の主が、いまケンが置かれている状況の元凶なのではないかと恨めしく思ってしまう。
彼が何かをした訳ではなく、死体を荒らしたのはむしろケンの方なので完全に逆恨みではあるが。
少々迷ったが、また背嚢を下ろして地面に置く。その中から、いつも地面の上で作業をしなくてはいけない時に使う防水加工を施した布と、野営時に使う毛布を取り出して地面に敷いた。
どちらも大差無い気がしたが、一応はクッション性が高いと思われる毛布の方をメイド少女が使うように促した。
「いいえ、私など立ったままで十分でございます」
「いや、隣で立ったままでいられるとこっちが落ち着かないから、座ってくれないか」
尚もメイド少女は渋っていたが、ケンが強く言うことでようやく座ってくれた。
何が嬉しいのかニコニコと笑いながら。
これから、状況の把握をしなくてはならない。
この理由の分からない状況に一応の理由を付けてしまわなくては、枕を高くして眠ってなどいられない。
「まず聞きたいんだが、君は……いや、まずは自己紹介からか。俺はこの迷宮で探索者をやっているケンという者だが、君の名前を聞かせてもらえないか?」
「はい、旦那様はケン様と仰るのですね。私はアリサと申します。本日より旦那様にお仕えさせていただくメイドでございます」
後半はメイド少女と出会ってからの短い間に何度も聞いた気がするが、どうしてそういう事になっているかが全く掴めない。
「君、じゃなかった。アリサは何故、俺を『旦那様』なんて呼ぶんだ?」
「旦那様とお呼びするのに問題が有るようでしたら、ご主人様、マスター、ケン様といったようにお好みの呼び方にさせて頂くことも可能です。周囲の方々からメイドとして礼を失していると思われない呼び方であれば、それ以外でも全く問題はございませんが、如何なさいますか?」
「いや、呼び方の問題じゃなくてだな。男女の意味でも主従の意味でも、俺の事を『旦那様』と呼ぶような関係性の相手を持った覚えがない」
ケンの言葉を聞いたメイド少女が、途端に眉尻を下げて悲しそうな表情になる。
「そう仰られましても……最初に旦那様のお顔を拝見した瞬間に『ああ、この方が私がこれからお仕えする方なのだ』と自然に感じることができましたので、既に契約は結ばれているはずとしか申し上げられません」
このメイド少女は、どうあってもケンと主従関係であるという点だけは譲るつもりが無いようだ。外見はどこか儚げな印象なのに、意外と腰が強い。
今のところ主従関係であろうとなかろうと状況が特に変わりはないし、他に確認したい事もあるので追求は後回しにする。
「とりあえずその件については脇に置いておこうか。質問を変えるが、アリサは何のためにこの洞穴の中にいて、どうして土に埋もれていたんだ」
「はい、それにつきましては……」
ケンの質問に対して答えようとして口を開いたメイド少女がすぐに言い淀み、ケンと目を合わせたまま可愛らしく首を傾げ、必死に思い出そうとしているのか目線が左上に流れた。
しばらくの間うんうんと唸り声をあげていたが、やがて眉を下げて本当に困ったような表情を浮かべた。
「……申し訳ございませんが、どうしてなのかが思い出せません。旦那様が仰る『土に埋もれていた』という事についても、私には全く記憶が無いのです」
メイド少女の反応を見る限り誤魔化そうとしたり嘘を吐こうとしているわけではなく、本当に解っていないようだった。
「では、洞穴の一番奥に転がっている骨の正体について何か心当たりは? 本当はそこの彼がアリサの旦那様だったって事は?」
ケンが自分の背後にある白骨死体を肩越しに親指で指し示すと、メイド少女は今初めて気付いたかのような仕草でそこにあるものを見た。
うら若い乙女が人間の死体を見たというのに特に騒ぐこともせず、むしろ道端に落ちている石ころでも見ているかのように全く関心なさ気な態度である。
「存じ上げておりません。少なくとも、旦那様のお顔を拝見している時のような『この方にお仕えしなければ』という感情が、自然と湧き上がってくるということはございませんでした」
次に<魔力遮断>布に包んだまま傍らに置いておいたブローチをメイド少女に示した。
「それじゃあアリサ、これを見て欲しい。このブローチが何だか知らないか?」
「あっ、それは知っています!」
やっと旦那様から答えられる質問をされたのが嬉しかったのか、彼女が満面の笑みを浮かべる。
「旦那様が今お持ちになっているブローチは私と契約を結ぶ際の要であり、それを所有していることこそが私の主であることの証明でございます。やはり旦那様が私の旦那様であることがわかって、とても嬉しいです!」
「そ、そうか。……これはそこの骨の中に埋もれていたのを拾ったんだが、やっぱりそこの彼がアリサの旦那様だったんじゃないのか?」
「そんな……」
メイド少女の表情が、どうしてそんな酷い事を言うのだとでも言いたげなものに変わる。
当然の疑問を問いただしているだけだというのに、何故かこっちが途轍もない悪事を働いているような気分にさせられてしまうのだから、若くて可愛い女というのは厄介だ。
「そこの方が昔の私とどんな関係だったにせよ、今の旦那様はケン様ただ一人でございます! その証拠に、旦那様とそのブローチの間にちゃんと繋がりがあることが私には感じ取れています」
メイド少女に対して直接疑問をぶつけた事で幾つか分かったことがある。
まず、アリサがおそらく人間ではないこと。
見ただけでは正体が判らなくなるくらいに大量の土埃で全身を覆われていた時点で半ば判明していたが、今はもう確信に近い。
普通の人間は長時間身じろぎもせずにじっとしていることなどできないし、仮にじっとしていられたとしたら関節や筋が固まってしまうのですぐには動けなくなっているだろう。
そもそも、誰も来ない迷宮の中で何のために土の中に埋もれていたのかが分からない。
魔道具らしきブローチと、ケンの間に繋がりがあるなどと断じられるのも普通ではない。
魔術師ギルド長のジョーセフのように魔術に精通しているのなら、もしかしたら分かるのかもしれないが、どちらにせよ一般人にできることではないと思われる。
洞穴の中にあった白骨死体とアリサの間に何らかの関係があるのはもう間違いないと思うが、白骨死体が生前着ていたと思われる服はもう欠片も残らないくらいに風化してしまっている。
当然、ただの人間がそんな長期間に渡って迷宮の中で生きて続けることなどできるはずがない。
アリサが着ているメイド服には解れの一つも見当たらないが、短時間で汚れが綺麗さっぱり無くなっていたということも考えれば、何か特別な物に違いないだろう。
次に、アリサの記憶の大部分が喪われているということだ。
アリサが魔術人形だったとすれば記憶ではなく記録と呼ぶべきものかも知れないが、そんなものに言葉遊び以上の意味は無い。
そう、人造物である。
呼び方は機械人形でも人造人間でも何でも構わないが、目の前のメイド少女が最初から人間に仕えるための存在として生み出されたとすれば、今の状況に何もかも得心がいく。
例えば、そこの白骨死体が何らかの理由でこの洞穴の中に逃げ込んだ後にそのまま命を落とし、主人を失ったアリサが機能を停止したとする。
それから何年か、何十年か、何百年後かに訪れた一人の男がアリサと契約を結んだことで、彼女は再稼働を果たした。
機能停止した間の記憶がないのは当然で、機能を停止する前の記憶が無い事については単に長い年月の間に消えてしまったか、もしかしたら主人が交代した時に前の主人についての記憶は消えるように作られているのかも知れない。
若くて可愛らしい自分の女に、前の男の影がちらついて喜ぶ男などいないだろう。
アリサが完全に初対面のケンに対して異常に懐いているように見えるのも、単にそうするように設定されていただけなのだ―――少々残念な事に。
少女がそういった存在で、現状ケンとの間に主従関係が結ばれているという前提に立って、幾つか確認しておく必要がある。
「そうか……このブローチが契約のための道具なのか。もし、これがどこにあるか分からなくなってしまった場合はどうなるんだ? うっかり落としたり、どこかに仕舞いこんで見つからなくなったり」
「私ならばどこにあるか分かりますので、私が探して旦那様にお渡しさせて頂きます」
そういう意味ではなく、手元にない場合に契約が解除されるのかどうかを聞きたかったのだが、この口ぶりならばその程度で契約が破棄されることはないのだろう。
そして、やはりブローチとアリサの間にも何らかの繋がりが在ることは間違いないようだ。
「絶対に手が届かない場所にあった場合、もしくは完全に破壊されてしまった場合は?」
「ブローチと所有者の距離が一定以上離れた場合、自動的に手元に戻ってくるようになっているはずです。万が一、壊れてしまった場合にどうなるかは……残念ながら存じ上げません。私としては、そのままずっと旦那様に仕えさせていただくつもりでおります」
知恵ある魔剣や呪いの道具のうち、一部の強力な力を持つ品には主人の元に自ら戻る機能が備わっていると聞いたことが有る。
このブローチがそのどちらにより近い物であるかについては、今のところ何とも言えない。
「このブローチを使って契約する場合、具体的に何をすれば良いんだ?」
「契約者となられる方が、ブローチの石の部分に肉体の一部を吸収させることで契約が結ばれます」
ケンはこれまでの経験上、正体が分からない物には迂闊に触れないように気を付けている。
白骨の中に埋もれていたこのブローチにしても、拾い上げた時に革の手袋を付けていた上に魔道具だった場合を考えて<魔力遮断>布越しに掴んでいたはずだった。
「もしかして、それは唾液の一滴だけでも良かったりするのか……?」
「はい。旦那様の魔力の形式が分かるものであれば何でも大丈夫です」
思い返してみると、ブローチに積もっていた埃を取るために息を吹きかけていた。その時に唾が全く飛んでいなかったとは言い切れない。
しかし、それだけで契約できてしまうというのはお手軽過ぎると言うか、あまりにも過敏過ぎる気がする。これでは、ブローチの近くを通った時に汗が飛んだだけで契約が結ばれてしまいかねない。
アリサが知らないのか、意図的に隠しているのかはともかくとして、他にも何か条件や手順があってもおかしくはない。
「ところで、契約の締結ができるって事は破棄する事もできると思うんだが、それはどうやるんだ?」
「い、いいえ、し、知りません……」
アリサがあからさまに動揺した様子を見せた。ただでさえ真っ白だった肌から完全に血の気が引いて真っ青になってしまっている。
「本当に?」
ケンが半眼になり、わざと疑った表情を前面に出しながら追求すると、アリサは顔からだらだらと冷や汗を流し始める。
視線はきょろきょろと落ち着きがなく、どこかに助けを求めているかのようだ。
「は、はい、本当です……でもでも、お優しい旦那様であれば契約の解除するなんて事はしないと思いますから、わからなくても問題ありませんよね?」
隠し事があまりにも下手すぎるので、逆に追求する気が失せてしまう。
ここまで嘘が下手だということは、契約の解除方法について以外の質問には全て正直に答えていたと判断できる材料になるので、今はそれで良しとしておく。
「まあ、知らないならしょうがないな」
「そうでございましょう?!」
上手く追求を躱せて安心したのか、途端にアリサが笑顔になる。
先程から、目の前の少女が人間ではなく人造生物ではないかと疑って観察しているが、全く機械的な事を窺わせる部分が見つけられない。
外見通りの若い女らしく表情がころころ変わるし、瞬きやちょっとした仕草、動揺して口ごもったするのはまだしも、青褪めたり冷や汗を掻くなんていう人間そのものの反応まで見せている。
メイド少女の顔をじっと見てみると、化粧もしていないのに肌にはシミひとつ見当たらなかったり、顔の造りが完全に左右対称になっているというのが怪しいと言えば怪しいが、普通の人間でも絶対にそうならないとは言い切れない。
「アリサ。悪いが両手を見せてくれないか?」
「はい。私の手ですか? どうぞご覧下さいませ」
アリサがケンの目の前に差し出した両手を間近で観察する。
柔らかそうな彼女の手にはやはり傷一つなく、指の形も左右対称だった。桜色をした爪も形が整っている上に綺麗に磨かれていて、爪と指の間に汚れが詰まっているなんてこともない。
絶対に不可能とは言い切れないが、やはり生身の人間ではどんなに手入れをしても限界というものがある。
「分かったよ。ありがとう」
「はい」
アリサは、ケンの命令に従える事が嬉しくて仕方がないといった様子だった。
だが、本当に喜んでいる訳ではなく、単にそういう風に造られているからそう振舞っているだけなのだと考えると、その様子もどこか白々しく感じられてしまう。
アリサは全く悪い娘では無いのに。
ひとまず現状の把握は終わり、とりあえずの方針は決まった。
「さて、今日はもう疲れたから、飯を食って寝るとするか」
「お手伝いいたします!」
"下手の考え休むに似たり"とも言うし、アリサの正体や契約の事についてはいくら考えても結論が出なさそうなので、今は考えないことにする。
ブローチについては魔道具製作者のバロウズに、魔術的な人造人間の存在については魔術師ギルド長のジョーセフにそれぞれ聞いてみればいいだろう。
あの2人なら嬉々として協力してくれるに違いない、という楽観的な予測を抱きつつ泊まるための準備を始めた。




