第32話 密談
「リサ・ウェッバー誘拐計画って言ってもまだ発案段階で、今日明日にどうこうって訳じゃねえんだけどな。計画の出処が出処なんで実行されるのは間違いないだろうし、それが1ヶ月より先になるって事もねえだろう」
「ふーむ」
得意満面で取って置きの情報を披露した"鼠"の頭領だが、それを聞いたケンの反応は鈍い。
「……って、ちょっと反応が薄すぎやしねえか。リサ・ウェッバーはアンタの女なんだろ?」
「いや、違うが」
「違うのかよ! ……俺っちはアンタにえらくご執心だって噂を聞いてるんだが」
「執着されてるのは間違いないんだが……」
今から5年と数カ月前、異なる世界からこの世界に突如としてやって来たケンには、当然ながらこの世界での血縁関係というものが存在しない。
この世界における肉体的な父母は存命中なのかも知れないが、精神的な観点では天涯孤独の身の上だ。
【花の妖精亭】の女将であるエイダとはこの世界に来た直後に出逢い、ケンが詐欺に遭って一文無しで途方に暮れていた状況から助け上げてもらった恩がある。縁もゆかりも無い男を一人立ち出来るようになるまで世話焼いてやるなんて事は、普通の人間にはなかなかできる事ではない。
大恩のあるエイダはこの世界における母のような存在だと思っているし、その姪であるベティの事は自分自身の姪か年の離れた妹のような存在だと思っている。
だから【花の妖精亭】の2人は庇護すべき対象として認識しているが、出遭ってから一月にもならず、交流し始めてからたかだか数日しか経っていないグレイスはそうではない。
リサの誘拐計画に対するケンの反応が鈍いのは、狙われている本人とケンの関係性が違うという理由以外にも、当人の立場の違いが関係している。
善良な一般市民として生業に励んでいるエイダとベティが裏社会の人間に狙われるとしたら、その理由にはまず間違いなく裏社会に片足以上突っ込んでいるケンが絡んでいるだろう。事実、"鼠"の頭領に暴露された計画の中ではケンを手駒にするための手段として誘拐されかかっていた。
リサの場合、このタイミングでいざこざに巻き込まれるとしたらそれはケンと関係ない理由によってだろう。単に大金持ちの娘というだけで狙われる理由としては十分である。
しかし、リサ自身が意図して行った事では無いだろうが、彼女がとった行動によってエイダとベティの誘拐計画が中止となり、結果として救われたのは事実だ。
一応の知り合いであるリサに危害が加えられると知りながら見過ごすのも寝覚めが悪いので、できる限りの情報を集めて警告するくらいはやって当然だろう。
「どう動くかはともかくとして、まずは情報ぐらいは聞かせて貰っても良いか?」
「最初からアンタには伝えておくつもりだったから、別にそれでも問題はねえが」
「助かる。それで、その計画の出処と言うのは?」
「今回の計画の発端になったのは余所者だな。そいつが【夜鷹】の下部組織に渡りを付けて、リサ・ウェッバーがこの町に来ている事を教えた上で仕事を持ちかけた。その余所者の素性はまだ完全には判明してねえが、ウェッバー家内部の非主流派か競合商会の意向を受けてる事はまず間違ねえ」
【夜鷹】というのはこの町に存在する盗賊ギルドの1つで、商業系の情報と工作に長けたギルドである。政治の中枢に深く関与している【三眼蛇】と、目の前の男が幹部をやっている【黒犬】を合わせて俗に三大盗賊ギルドと呼ばれている。
「その推測の根拠は?」
「俺っちの勘だな」
勘というのは「当てずっぽう」の別名ではなく、推測や予測に自らの知識と経験を加えたものである。
目の前に居る"鼠"の頭領は情報屋の元締めだけあって、ケンが到底知り得ないような様々な情報を持っているのだから、こういった件についての予測精度は極めて高いだろう。
「勘か……あんたの勘では何が目的で誘拐しようとしてるんだ?」
「そりゃあ金持ちの娘だから目的は色々有るわな。身代金を取ったっていいし、何かの利権を要求したっていい。リサ・ウェッバーは随分な美人だから、単に売り飛ばすだけでも良い金になるんじゃねえか?」
その程度の事であればスラムに住んでいる子供にだって予想が付く。
金持ちや権力者の子供を攫って金や金に繋がる何かを奪う仕事なら、この国では日常茶飯事とは言わないまでもよくある話だ。
その程度の出来事に大ギルドの幹部がわざわざ興味を持ち、この場で話題にするだろうか。
リサとケンが親しい間柄だという勘違いがあったとしても、それだけでは注目する動機として弱すぎる。
目の前に居る男が何か隠し事をしているのは間違いなく、ケンに何かをさせようと誘導している気がして仕方がない。何も分からないまま他人の都合で踊ってやるつもりは更々ない。
「そうか……それなら本人にはそういう計画があるらしい、という警告だけはしておこう。匿名希望さんから善意の情報提供があったってな」
「えっ?! いや、もう少しくらいなら詳しい事情も分かってるぜ? アンタの女じゃないにしろ知り合いなんだから、もうちょっとこう『俺が何とかしてやるぜ!』みたいなのはねえんかい?」
ケンが席を立とうとすると"鼠"の頭領が慌てて引き留めてきた。
やはりケンを利用して何かを得ようとしているように思える。
「個人同士の喧嘩ならまだしも、組織同士の抗争じゃ俺の手には余る。物語の中の英雄じゃないんだから、目の前で起こる問題の全部に首を突っ込んでたら命がいくつあっても足りない」
既に厄介事に頭の先までどっぷりと浸かっておいて「巻き込まれたくない」も無いものだが、これも交渉のための方便である。
「リサ・ウェッバーが連れてきてる手勢だけじゃ、さすがに多勢に無勢だと思うがなあ」
「その辺りについては本人が考えるだろ。護衛を雇うって手があるし、一度撤退してまた出直してくるって選択も有る。俺だって頼まれれば手助けぐらいはする」
「……まあ、それはともかくとして、とりあえず情報ぐらいは全部聞いてってくれや」
「いや、止めておくよ。余計な情報を聞いたばっかりに厄介事に巻き込まれるって事もあるからな」
話を聞かせたがっている"鼠"の頭領の言葉を遮って席を立つ。
これも単に交渉術の1つでしか無いが、これで引き留められない場合はそのまま帰るつもりである。
最悪の場合でもエセルバートに言って秩序神神殿に一時避難するとか、ジョーセフに頼んで魔術大学院の建物に匿ってもらうとかすれば何とかなるだろう。
ケンの覚悟が伝わったのか、それとも単にこのままでは埒が明かないと思ったのか"鼠"の頭領はすぐに降伏してきた。
「分かったよ、この件でアンタと駆け引きしようとした俺っちが間違ってたわ。アンタに協力して欲しい事があるから、とりあえず話だけでも聞いてってくれや。金でも女でも出せる物なら出すし、計画が全部上手く行ったら盗賊ギルド幹部に推薦したとしても誰も文句は言わねえと思うぜ?」
「どれも間に合ってる。盗賊ギルドの幹部になるってのは何の冗談だ?」
「じゃあ、エセルバートについての情報ってのはどうだ? 残念ながらそこまでヤバイ話はねえんだが、バレると恥ずかしい話ぐらいならいくつかあるぞ」
とても魅力的な提案だった。
最近は状況に流されて秩序神教会、魔術師ギルド、盗賊ギルドと次々に取り込まれてしまったが、そこから逃げられはしなくてもせめて一矢報いる材料くらいは持っておきたい。
どうにかしてこの3つの組織を噛み合わせて、上手くケンの周囲を無風状態にできないものだろうか。
「ジョーセフ師についての情報は有るのか? 有るならそれも合わせてという事で手を打とう」
「へっ? 魔術ギルド長のなら有るっちゃ有るが……こっちもそこまでヤバイ話はねえぞ? しっかし、冗談だったんだがそこに喰い付くのかアンタ……?」
「冗談だったのか……もしかしたら、あの2人に対して一時的にでも優位に立てるかと思ったんだが」
「いやいやいや、情報が有るのは本当だぜ?! 分かった、その2人についての情報を俺っちが知ってる限り提供する。その代わり、上手く行ったら俺っちをエセルバートに紹介してくれよな」
「結果について責任は持てないが、紹介するくらいならいくらでもしよう」
「そんじゃあ商談成立だな! いやあ、一時はどうなる事かと思ったぜ」
ケンは一度立った席にまた座った。
「それじゃあ話の続きだ。先ず、計画を持ち込んだ奴とそれに協力してる奴の狙いは何だ? これはあんたの勘で良い」
「最初に言った通り余所者の方は金か利権目当てだろうよ。普通の誘拐と少しだけ違うのは親の方に要求するんじゃなくて攫った本人に出させるところだな。さっきも言ったが、ちょっと耳聡い奴ならウェッバー商会の実権を握ってるのが娘の方だって事は知ってる。極端な話、リサ・ウェッバーの命その物が目的だとしても不思議はない」
「リサが居なくなれば商会が傾く。傾いた所で商会を乗っ取るなり、縄張りを奪うなりすれば良いって事か」
リサ個人の才覚によって商会が拡大したと云うのなら、リサが消えた商会を乗っ取っても先細るだけとしか思えない。だが、短慮な奴などどこにでも居るので、これだけで外部の人間の仕業だとは断言できない。
「この町の協力者の方も動機は大差がない……手の中に残るのは既得権益って名の利権だけどな。リサ・ウェッバーがこの町に進出して来た場合、どうしても自分の儲けが減っちまうから排除したいんだろう」
笑ってしまうくらいに単純な話だった。
リサが本拠地に居る時には防御が厚くて手が出せないので、商談のために遠出したのをこれ幸いと動き出したに違いない。
自分たちの手駒を他から連れて来るのではなく、この町に拠点を置く盗賊ギルドに話を持ちかけたのは恐らく縄張りの関係だと思うが、そこに簡単に乗ったのはリサ・ウェッバーを排除したい者同士で利害の一致を見たからだろう。
「そこにあんた達がどう絡むんだ?」
「この件を利用してリサ・ウェッバーに恩を売りたい」
こちらも単純な話だった。
「今の話を直接伝えれば良いんじゃないのか?」
「ウチの目標は一時的な協力関係じゃなく、将来できるウェッバー商会のマッケイブ支店との永続的な共生関係だからそれじゃあ弱い。警告した結果リサ・ウェッバーが独力で相手を撃退しちまえば大して恩が売れないし、身の危険を感じてマッケイブへの進出を中止されても同じだ。最悪なのは一度撤退した後、外部から手下を連れて戻って来られる事だな……ウチが入り込むことが不可能になる上に、下手をすれば盗賊ギルド同士の戦争になっちまう」
まだ都市同士の行き来が気軽にできるという水準にまで交通機関が発達していないこの世界では、国家機関や教会、魔術師ギルドといった一部の例外を除いて全国規模の組織というものが存在しない。
教会や魔術師ギルドも本部と支部で上下関係が決まっていて多少の人材交流があるくらいで、各支部は独立独歩で運営している場合の方が多いくらいである。
他の町から盗賊ギルドの人員が多数やって来て活動するとなれば、必然的に縄張りの問題が発生する。商売が成り立つ場所はとっくの昔に誰かが縄張りにしているのだ。
戦争というのは大げさ過ぎる表現だが、しばらくの間騒々しくなるのは間違いないだろう。
「だからリサ・ウェッバーが一度攫われて、実害が出る前にすぐさまウチが救出するってのが理想的な展開だな」
「それなら、ここで俺に知らせず誘拐されるまで待っていれば良かったんじゃないのか」
ケンがこの事を知れば、まず間違いなくリサに伝わってしまう。
"鼠"の頭領に話を聞くまでそんな計画があったとは想像すらしていなかったのだから、黙っていれば思い通りの展開になった可能性もあるだろう。
「ぶっちゃけて言うとな、このままじゃリサ・ウェッバーが誘拐されても介入の口実が無えんだ。計画の存在を知らせるくらいなら問題はねえが、直接手を出すとなると相応の理由が必要になってくる。あんまり無理な屁理屈こねるとコッチのほうがやばくなるからな」
「【花の妖精亭】は【黒犬】の縄張りじゃなかったのか?」
「【黒犬】の縄張りの中に居る時は奴らも手を出しちゃこねえだろう。リサ・ウェッバーの目的は商売を始める事で、そのためにはあちこちに出向いていかなきゃならんだろうから、自分の縄張りに入った瞬間を狙えば良い。いくら自分の所の縄張りの中と言っても、他所の縄張りの中にある店の経営者に手を出すのは境界破りだが、さすがに宿に泊まってる客まではな……」
確かに、その程度で関係者であると主張していたら、この町で暮らしている人間は全員が関係者になってしまうだろう。それではどちらにとっても都合が悪い。
「どうするんだ?」
「だから本当はアンタに一仕事してもらいたかったんだよ。アンタの女だって思ってたからこんな物を用意してたんだが……」
そう言って懐から布に包まれた小さな記章を取り出した。表面には【黒犬】を意匠化した模様が彫り込まれている。
「なるほど。その辺はやりようで何とかできない事でもないな」
"鼠"の頭領の提案内容について考えてみる。
リサの安全だけを考えるなら、この場で得た情報を全て知らせた上でマッケイブの町から一時退避させるべきだ。しかし、彼女のグレンに対する執着心を見る限り、ケンに出て行けと言われてたところで大人しく従うとは考えにくい。
次善の策としてリサがどこか安全な場所に篭もる事も考えたが、彼女がこの町に来た「商売を立ち上げる」という目的を考えれば選べない道である。
そもそも時間が経ったからといって誘拐の計画が消えて無くなるわけではないので最終的な解決にはならない。リサがマッケイブに居る限りは狙われ続ける事になるだろう。
リサが本拠地から誘拐に対抗可能なだけの戦力を呼び寄せたらどうだろうか。
それで誘拐を未然に防ぐ事ができても、彼女がこの町で商売を立ち上げようと行動を続ける限り【夜鷹】やこの街の大商会があの手この手で妨害を図ってくるに違いない。
それにまで対抗できるだけの戦力を外部から呼び寄せて来るとなれば、確かに"鼠"の頭領が言うように激しい抗争が発生する可能性がある。
リサがいつまで【花の妖精亭】を拠点にし続けるつもりなのかは判らないが、エイダとベティが騒動に巻き込まれる可能性は少しでも下げておきたいのでこの道は取りたくない。
そうなると、やはり"鼠"の頭領の策に乗るべきだろうか。
この場合、リサにも誘拐計画が存在する事を伝えた上で協力を求めるという選択肢も有る。
いや、知っていると知らないのではリサの行動も、リサの手下たちの行動も変わってくるだろうから教えずにいるべきだろう。誘拐計画を教えてしまった場合、リサが【黒犬】に感じる恩も目減りしてしまう。
教えない場合はリサに対する裏切りだが、教えた場合は目の前にいる"鼠"の頭領と【黒犬】に対する裏切りである。
どちらにしても裏切りだと言うなら、より多くの利益が見込めそうな方に付く。
ケンの優先順位はまず自分の身の安全で、その次にエイダとベティの身の安全および平穏な生活である。
現状、リサと【黒犬】のどちらがより目的の達成に貢献しうるかと考えれば、悩むまでもなく答えが出る。
「分かった。"鼠"の頭領の計画に乗ろう」
「アンタならそう言ってくれると信じてたぜ。提示した報酬については【黒犬】の名において必ず支払う事を誓おう」
その後、今後の行動方針について相談を行った。
誘拐計画が具体的になるまではあまり動きようが無いし、主体となって動くのは【黒犬】の方なのでそれ程時間がかからずに話は終わった。
席を立つ前に、ふと気になったことを尋ねてみる。
「これは単なる雑談なんだが……何だか今回の事にはえらく入れ込んでるみたいだが、どうしてだ?」
「アンタもウチが新興だってのは知ってるだろ?」
「一応はな」
【黒犬】が新興と言っても、力を付けて三大ギルドの形になってから既に20年は経っているので、一般的な意味で言えばとっくの昔に新興ではなくなっている。
ただし、他の2つの盗賊ギルドが既に結成してから優に100年は経っているので、相対的には新しいと言っても間違いではない。
「今でこそウチは他の2つと合わせて三大盗賊ギルドの一つなんて言われちゃあいるが、実際は二大一中とでも言った方が良いくらいの差が有ってなあ。ウチは下から見りゃあ相応にデカイが、上から見りゃあ他の有象無象と大差がねえ」
盗賊ギルドという組織は縦も横も繋がりが曖昧なものなので、外部の人間には実体が掴みづらい。だが、仮にも大ギルドの幹部が言っているなら、その通りで間違いないのだろう。
「この町の商業市場はもう飽和しちまってる。商人同士の縄張りが入り組んでて雁字搦めになっている上に、美味いところはみーんなでかい商会が握って離さねえ。この20年、近隣で興った新進気鋭って触れ込み商会がいくつもこの町に進出してきたが、一つ残らず潰れちまったよ」
「大きい所は大抵どこも同じ価格だとは思っていたが、やっぱりそういう事なのか」
「そりゃあそうだろうよ」
前の世界で価格カルテルが違法だからと言って、この世界では違法ではない価格カルテルが無条件で悪だと言うつもりはない。安値競争の結果による物流の寡占や独占もそれはそれで色々と問題がある事だと思うからだ。
だが、いち消費者からすれば、暴利を貪っているのではないかと糾弾したくはあるのだが。
「いや、別に盗賊ギルドにとっちゃどの商会が町の商売を独占しようが構わねえんだがな、問題はデカイ商会が全部【夜鷹】と結びついてるってところだよ。ウチだって指を咥えて見てるだけじゃなくて、揺さぶりをかけたり有望そうな商売人の後ろ盾になってみたりと動き回ってるんだがな。大商会と【夜鷹】は互いに弱みを握り合ってるもんだから離間工作も殆ど効果が無いし、これぞと見込んだ奴も敵の牙城に毛筋ほどの傷も付けられずにあえなく討ち死にだ」
「だから、外部から来た大商会であるウェッバー商会に期待している、と?」
「その通り。あそこは十数年前はまだ吹けば飛ぶような零細商会だったが、今やこの国の東部を牛耳る押しも押されもせぬ大商会だってんだから大したもんだよ。そんなウェッバー商会ならこの町の古老共に風穴空けるのもあながち夢じゃねぇ。だからウチとしては無理やりに恩を売ってでも取り入りてえのさ」
「それを正面から言いに行けば良かったんじゃないのか?」
【夜鷹】が商人と結び付いて進出の邪魔をしているなら、ウェッバー商会と協力関係を築く事はできないだろう。
マッケイブの町で大きな商会を営むなら盗賊ギルドと無関係では居られないだろうし、成功するかどうかも解らない最初の段階から支援をしていれば、成功した時に大きな見返りが期待できる。
「そこなんだがな……正直に言ってウチは商業系の情報網が弱い。そりゃそうだわな。強かったらとっくに他の二大とも対等に渡り合えるようになってるだろうよ。【夜鷹】はウェッバー商会の進出が失敗すればそれで良し、万が一進出に成功したら何食わぬ顔で手を組もうとするはずだぜ? そのために本体じゃなくて下っ端にやらせてるんだからな」
「ただ単に協力関係になっただけでは、上手く行っても後で乗り換えられてしまう可能性がある、と?」
「ああ。リサ・ウェッバーの人となりを全く知らねえからどれだけ可能性があるかは分からんが、辣腕だっていうなら損得勘定でそっちの方が得だって思えば躊躇わず乗り換えるだろうよ」
まだリサとの付き合いが短いケンにも何とも言えない。
グレン・ビーチャムという男を5年以上ずっと探していたのだから、性格的には一途なのではないかと思うのだが。
いや、あれは一途と言うより偏執的とか粘着気質と言った方が正確だろうか。
「話は分かった。知り合いを売り飛ばしたような形の俺が言えた義理じゃないが、くれぐれもグレイス……リサ・ウェッバーの身の安全を優先して、慎重にやってくれ」
「俺っちだって念を押されなくても分かってるよ。リサ・ウェッバーが駄目だったら次はいつ機会があるかも分からんからな」
「それを聞いて安心したよ。じゃあ俺はそろそろ帰らせてもらうよ。色々と誤魔化さなきゃならん相手も居るしな……」
「俺っちは影から応援することしかできねえが、まあ、頑張ってくれや」
随分と長居してしまった小屋の中から出ると、時刻は既に真夜中と言って良い頃になっていた。
扉の両脇にずっと立っていたらしい用心棒の2人に軽く挨拶をして、家路に就く。
もう【花の妖精亭】に居る面々は眠りに就いただろうか。
ベティとグレイスの睨み合いから始まり、魔術大学院の中でジョーセフに尋問をされ、盗賊ギルドの幹部から聞きたくもなかった様々な話を聞かされたという長い一日はできればこのまま終わりにして欲しい。
願わくば、せめて今日だけでももう面倒な事が起こりませんように。
盗賊ギルドの名称はイマイチ思い浮かばなかったので、コードネームっぽくなりました。
「誰も呼んでない長ったらしい正式名称がある」という設定だけはあります。
【夜鷹】:夜闇を羽撃き全てを見据える大鷹
みたいに適当に厨二病溢れる名前を考えてみると暇ぐらいは潰れると思います。




