第31話 日常の裏であった事
ジョーセフが落とした爆弾のせいでケンは言葉を無くしたまま、魔術師ギルドのギルド長室を出てエレベーターで地上まで下りた。
もう夕の鐘をとっくに過ぎた時間なので、玄関ホールには全く人が居ない。
受付窓口に誰も座っていなかったので、ケイト女史にジョーセフの所業を報告するために呼び出すのはやめておいた。
名実共ににジョーセフの弟子になってしまった今となっては、追求するための口実がない。
とてつもない疲労感に苛まれながら魔術師ギルドを立ち去る。
【花の妖精亭】の間近まで戻ってきた時、いつもの風景の中にある1つの違和感に気付いた。
違和感の元へ近寄り、それが間違いなく自分に向けられた"伝言"である事を確認してから内容を読み取る。
メッセージで示されていたのは"回答""緊急"の2つ。
今日は散々な出来事がこれでもかと押し寄せてきていたが、まだ今日という日は終わらないようだ。
ケンは踵を返し【花の妖精亭】から遠ざかっていく。
いくつもの裏路地を抜ける。
そうしてケンが辿り着いた先は場末のうらぶれた酒場だった。店の中には安酒の匂いが充満し、煙草とそれ以外の物から立ち昇る煙が充満している。
ケンがここにやって来たのは酒や薬が目的ではなく、メッセージの送り主に会うためにはこの場所を通らざるを得ないだけだ。
店の入口をくぐって何度か顔を見たことがある店主に目配せすると、黙って頷きを返して来る。
黙って静かにバーカウンターの内側に入り込み、バックヤードを通過して店の裏口から外に出る。浮浪者が道の端に何人か転がっている路地をそのまままっすぐ進んでいくと、やがて小さな小屋が現れた。
もう誰にも顧みられなくなって長い時間が経過しているようで、壁はボロボロになって所々穴が空いている上に全体的に傾いているようにすら見える。
しかしその渾身の偽装も、今は扉の両脇を固めるように屈強な用心棒が2人も立っているせいで台無しだ。
「止まれ」
用心棒の片方が地の底から響くような声でケンを制止してきた。
指示に従って5メートルの距離をとって立ち止まり、武器を持っていないことを示すために両掌を広げて用心棒に見せる。
「何の用だ」
「"情報屋"からの伝言を見た」
すると、今までずっと黙っていた方の用心棒が扉の中に伺いを立てに向かった。
「入れ」
「身体検査は?」
「構わん」
特に待たされること無く入室の許可が出たので、用心棒が抑えている扉の横を抜けて小屋に入る。
室内は小屋の外見から全く想像が付かないくらいしっかりとした内装が施されており、どういう仕掛けになっているのか外から見る小屋の大きさよりも部屋の容積の方が大きく感じられる。
多分<幻影>か、もしくはケンが知らない魔術によって小屋の見かけが操作されてでもいるのだろう。
部屋の中では1人の男が椅子に座って待っていた。
その男は間違いなく猿人族だが、丸顔にギョロリとした目で、それに加えて出っ歯という特徴が鼠に似ているようにも見える。
「よう、来たな黒鎚の」
「どうして"鼠"の頭領がここに居る? いつもの奴はどうした」
"鼠"と言うのは目の前の男の人相について揶揄した発言ではなく、盗賊ギルド内の部署を表す隠語だ。
"鼠"が情報屋、"穴熊"が迷宮探索者、"犬"が政府系の密偵で"猫"が窃盗など、同じ盗賊でも主とする活動内容によってある程度分類されていて、見習いの場合は"猿"と呼ばれている。
「"垂れ目"の野郎なら別に心配しなくても元気だぜ? 今回はどうしても俺っちが直接出張らなきゃいけない事情ができちまってな。まあ、その辺は追々説明するし長くなるから座ってくれよ」
ケンが"鼠"の頭領の正面に一脚だけ置かれていた椅子に座ると、部屋の中まで付いて来ていた用心棒の片割れが彼のすぐ背後、身体同士が密着してしまいそうな距離しか空けずに立った。
万が一、ケンが目の前の男に対して危害を加えようとした場合、彼は用心棒によって首を捻り殺されるか握り潰されるかのどちらかの道を辿るだろう。
「お前は外に出てろ」
"鼠"の頭領がそう言って用心棒を睨みつける。
「しかし」
「二度は言わねぇぞ」
「はい」
気安そうに見せていてもさすがは裏街道を永年歩き、一部門の長にまで上り詰めた人物である。表街道を歩いてきた人間では到底出せないような物騒な気配を醸し出していた。
用心棒が言いつけ通り小屋から出て行くと、"鼠"の頭領はすぐにおちゃらけた表情に戻った。
「いやはや、部下の教育が行き届いてなくてスマンねぇ。黒鎚は大事なお客さんだから丁寧に対応しろってちゃんと言い含めておいたんだがねぇ……気を悪くしないでくれると助かる」
「別に気にはしていない。自分の役目を果たそうとしただけだろう」
「おお! やっぱり大人物は言うことが違うねぇ。俺っちも見習いたいもんだわ……っと、悪い悪い、黒鎚はこういうの嫌いだったな」
盗賊ギルドの幹部ともあろう者が、ただ情報を買っているだけの客に対して胡麻を擂ってくるのを不自然に思う。
目の前の男はケンが抱いた不信感を敏感に感じ取ったのか、すぐに軌道修正を図ってくる。
ケンは自分でもあまり感情を隠すのが得意ではないと分かっているが、今回に限ってはそこまで表情に出していないはずなのでさすが情報屋の大元締めだと賞賛しておこう。
「ところで、何だその黒鎚ってのは」
「何だって言われてもアンタの二つ名じゃねーか、今さら惚けなくても、って……マジで知らなかったのか……?」
迷宮下層で活動する一流どころの探索者パーティなら例外なく、中層探索者でもアルバート達のパーティの様に将来を嘱望されていたり、目立つ特徴を持っている個人などに二つ名がある事は知っているが、まさか自分にそんな物が有ったなんて事は想像だにしなかった。
「まあその、二つ名なんて本人に面と向かって言うような物じゃねーからな、アンタは一時期町を離れてたし、最近も色々と忙しかったみたいだから……いや、判りやすくていいじゃねぇか黒鎚。黒鎚ってアンタのイメージ通りだしよ」
「……もう分かったからその名前で呼ぶのは止めてくれ」
「スマン」
少々どころではない気まずい沈黙が流れる。フォローしてくれる気持ちは有難かったが、余計に悲しくなるので止めて欲しい。
できれば二つ名など付けないで欲しかったが、"鼠"の頭領が言った通り外観を元にした二つ名である分まだマシだろう。
仮に『幻想運命』や『狂乱無明』などというこっ恥ずかしい物になっていたとしたら、付けた奴がこの世から行方不明にするかケンがこの町から行方不明になるところだった。
先程のやり取りは何もかも忘れることにする。
「それで、伝言に"緊急"とあったからすぐに尋ねて来たんだが、何があった?」
「ああ、それなんだが……先ずはアンタの依頼の件から片付けよう。それもこれからの話に無関係じゃないからな」
そう言って男がどこからか2つに折られた数枚の紙を取り出した。
依頼と言うのはもちろん「グレイスと名乗る女の素性調査」である。
グレイスが【花の妖精亭】に姿を現した翌日の事だが、以前アルバート達の情報を買うなどで付き合いのあった盗賊ギルドに安くない金額を支払って調査を依頼していたのだ。
渡された紙に書かれた報告内容を確認する。
本名はリサ・ウェッバー。
王国東部の大都市を牛耳る大商人ケビン・ウェッバーの一人娘で、母親であるグレイス・ウェッバーは10年以上前に病死。
王国西部進出の足掛かりとして大都市であるマッケイブの町を訪れ、町の有力者と渡りを付けている最中。
数年前にマッケイブでグレン・ビーチャムという男の所在を探させていたが、一切の成果がなく捜索を打ち切っていたという証言者有り。
その他諸々の情報が記載されていた。
偽名を使っていた事と家名の隠匿および後継者レースの事以外は、概ねグレイスがケンに語っていた内容と一致しているようだ。
リサがケンに対して殆ど事実を語っていたのは意外だったが、それよりも盗賊ギルドからの報告内容が無駄なくらい詳細であることに驚いている。
「依頼してから3日しか経ってないのに、随分と詳しい情報が集まってるな」
「盗賊ギルドからのサービスだよ。アンタはお得意様だからな」
「追加料金は払わないし、恩に着たりもしないぞ」
リサの素性及びマッケイブに来た理由については、今後ケンが取るべき行動に関わってくるので調査を依頼したが、趣味嗜好や身体のサイズまで調べてくれなどとは一度も言っていない。
「実を言うと、アンタから依頼を受けた時点でそこに書かれてる情報の大半は既に集まってたんだよ。必要があって別件で集めてたからな」
「それならどうして勿体付けたんだ? いや、勿体付けるのは良いとして、何故それを俺に明かす?」
寄越せと言われてすぐに渡すよりも、数日待たせてから渡した方が価値がある物だと思わせることができるので、そうする意味がないとは思わない。
ケンも前の世界の社畜時代、顧客から半日で解決できる仕事を依頼された時にわざと3日ぐらい寝かせてから納品したこともある。工賃は半日分しか取らずにおけばこちらは何も損せずに感謝されるという寸法だ。
しかし、わざわざそれを客側に明かしても気分を害す可能性があるだけで誰の得にもならない。
「その辺が今回、俺っちがアンタに直接会いに来た理由に関係してくる」
「面倒そうな話は御免だぞ」
「悪いが、面倒臭すぎて全部ぶち撒けたくなるような内容だよ。だが、もうアンタが巻き込まれずに居るのは不可能だから、話だけでも聞いておいた方が良いぜ?」
「……分かった、話してくれ」
「まあ、アンタに損はさせねえよ」
現時点で既に十分損失を被っている気がするが、聞かないことでより大きな損失が発生するとなれば選択肢がない。
「事の発端は、黒鎚……アンタを盗賊ギルドに取り込もうって話だ。アンタが上層で活動していた時から一般人の間ではともかくオレたちの間ではそこそこ名が知れてたし、アンタがいつも使ってた宿の周辺はウチの縄張りだったからな」
王国第二の都市であり、多くの人口を抱えるマッケイブでは存在する盗賊ギルドも1つではない。
大規模な組織だけで3つ、小規模な所を含めれば3桁に届くかも知れない。目の前の男はその三大ギルドのうちの1つに属する幹部である。
小規模な盗賊ギルドの親分が大規模な盗賊ギルドの幹部だったり、迷宮探索者を準構成員として引き込んでいたりするところは前の世界で噂だけ聞いていた暴力団を想起させる。
「他に取り込まれる前にとか何だとか細かい理由はあるが、決定打になったのは1ヶ月ちょっと前に秩序神教会のヒゲ……エセルバートと会った事だよ」
「その時はまだ、関係ってほどの関係は無かった筈だが」
今はエセルバートの配下のような形になってしまったが、大規模討伐に参加を打診された時点ではただの一時的な雇用者と被雇用者の関係でしかなかった。
「その時はまだだったが今は違うだろ? アンタは知らなかっただろうが、俺らの世界ではエセルバートは気に入った物は何が何でも手元に置きたがる事で有名でなぁ。アンタがヤツの部下か、友人か、協力者としてかは分からんが、話をしようと望めばそれが叶えられるくらいの関係になるのは時間の問題だと思われてた。……こんなに早いとは思わなかったけどな」
組織的な行動をするゴブリンが村を襲撃するなどという異常事態が発生してそれに巻き込まれていなければ、今も何事も無くただの探索者として生活できていたと以前は信じていたが、とても甘い見通しだったらしい。
「そんで、ここからが重要な話なんだが、アンタを取り込むための手段としてアンタがいつも泊まる宿の女を使うって案が出た訳だよ。拐うとか、店に嫌がらせをするだとかな……俺っちが考えたんじゃねえんだからそんなに怖い目で睨むなよ」
エイダやベティに危害を加えられる事は、ケンが最も恐れていた事態だった。彼がなるべく目立つ立場になるのを避けようとしていた理由の1つでもある。
有名になってしまえばそれを利用しようと近付いてくる奴が増える。
単にお零れに与ろうとしているだけの奴はまだマシで、積極的に利用しようと企む奴も多数含まれるのは間違いない。その中には、目の前の男のように真っ当ではない世界に生きる奴らも含まれる。
「アンタが金や女で釣れるとは到底思えなかったし、普通の有名人なら醜聞でも利用するところなんだが、それも効きそうに無かったからな。そうなると、次はアンタの家族同然の人間を利用して脅そうと考えるのはこの世界では当然の成り行きだわな」
「やってみろ。思い通りになると思ったら大間違いだがな」
「いやいやいや、だから俺っちはそれを止める方だったんだって!」
実際にベティが誘拐されて、ケンに何らか要求が突きつけられたとしたらどう動いただろうか。
恐らく、要求は呑まなかった。
散々世話になっておいて自分に危険が及べば見捨てて逃げる冷血漢と罵られるだろうが、人質を取るような敵の脅迫に屈する事は必ずしも人質の安全を意味しない。一度誰かからの脅迫に屈して要求を呑めば、それ以降も延々と理不尽な要求を呑まされ続ける事になりかねないからだ。
救い出せるならば何とか救い出し、救い出せないなら断腸の思いで見捨てて、報復した後にエイダ達の前から姿を消しただろう。
今回は未遂に終わったらしいが、今後はどうにかして対策を立てねばなるまい。
「推進派は"犬"のトコが筆頭だよ。あいつらは何とかして秩序神教会に喰い込みたがってたからな。"穴熊"はアンタに好意的だったし、"鼠"もアンタには逆効果だって知ってたから必死で止めたんだぜ? だけどこの機に乗じてギルド内での縄張り拡大したいって奴の方が多くてなあ」
目の前の男が語る内容のどこまでが真実かは分からないし、そういう計画が実際にあったとしても目の前の男が必ずしも味方とは限らない。
敵対する派閥を抑えるために自派に肩入れしろとか、工作資金を寄越せなどと言うのは詐欺の常套手段である。
「ほんで、俺っちの奮闘空しく誘拐計画の実行まで秒読みとなった時、ウチ以外にアンタの事を嗅ぎ廻ってる奴が居るって情報が飛び込んできた訳だ。飛び込ませたのは俺っちだけどな」
「それがグレイス―――リサ・ウェッバーって事か」
「ご名答」
ここでやっと話が繋がった。その時には既にリサの情報を集めるために動き出していたという事だろう。
「そしたら、そのリサって女の正体が王国東部随一の大商人の娘だって事はすぐに判った。辣腕で、表向きはともかくとして実権を握ってるのがその娘の方だって事もな。アンタの事をどうして嗅ぎ廻ってるかについて泡を食って確かめてる間に、何が目的か解らないがリサ・ウェッバー子飼いの密偵が複数人で宿の監視を始めたもんだから、これは手を出しかねると判断されて計画が一時中止になったのよ」
"鼠"の頭領の言う事を全てそのまま信じるなら、リサのお蔭で【花の妖精亭】が危機から救われたようだ。
全ての行動はケンを逃さず正体を探るためだと思われるので、こうなったのは偶然に偶然が重なっただけだろうが。
「それからその女がアンタと同じ宿に乗り込んで、間髪入れずにアンタがその女の情報を集めろと言いに来たもんだから、これは罠か偶然かって事でもう大混乱よ。あの女が今回の計画についてどこまで知ってたかが分からんし、アンタには全部バレてる可能性もある。今すぐどうしてもやらなくちゃならない事でもなかったから大勢は静観する方向に傾いてたが、推進派の一部は強行する積もりだったようだ。アンタがあの女と協力して報復に動けば身の破滅だからな」
リサがどこまで知っているかについては直接本人に聞いてみないと判らないが、ケンはここで話を聞かされるまで何も知らなかった。
結果的に盗賊ギルドが疑心暗鬼になって勝手に躓いて内部分裂しただけだが、よくもまあケンの側に都合よく転がったものである。
最近はケン自身が不幸に塗れていたので、不憫に思った幸運神リュシェンナがバランスを取ってくれたのだろうか。
「で、強行してアンタをどうにか抑え込もうとする奴、計画をバラしてアンタに取り入ろうとする奴、この機に乗じて敵対派閥を潰そうとする奴が入り乱れててんやわんやしてるところで、今度はアンタが大魔導師の弟子だったって事が判明したからもうどうしようもないわなぁ」
「耳が早いな」
間違いなく受付嬢が騒いだせいで情報が漏れたのだろうが、ケン自身が事情を知ってからまだ半日しか経っていない。
もしかして魔術師ギルドの中にも手勢を潜り込ませて居るのだろうか。
「あんなに人目がある場所で騒いでれば、そりゃあそうなるだろ。人気受付嬢が誰とも知れない男に求婚したとなりゃあ、その相手について調べようって考える奴なんていくらでもいる」
「人気なのか……?」
「人気なんだよなぁ……」
受付嬢をやっているだけあって外見だけは結構な美人だったが、アイリスはごく短時間接しただけで解ってしまうくらいの奇人である。
ケンが解っているくらいだから、魔術師ギルドの構成員には広く知れ渡っていると考えて間違いないだろう。「あんなのでもか?」
「あんなのでもだ」
「世の中何がどうなってるか解らんな」
「俺っちも全く同感だぜ……」
「まあ、それはそれとして、だ」
衝撃的な事実を聞いて思わず突っ込みを入れてしまったが、奇人のファンが何人居ようがどうでも良い事だ。
「アンタが大魔導師の弟子になったと判った事で、もうどうにも手出しができなくなった。あの爺さんは30年ぐらい前に、お気に入りの孫弟子を食い物にしようとした奴らを1人で完膚なきまでに叩き潰した前科持ちだからな」
「そんな事をしてたのか……」
「ああ。当時を知ってる奴はみんなブルッちまってなあ。だから俺がアンタに対して弁解するために来ざるを得なかったのよ。アンタの性格なら他人経由でバレるより、自分から先にバラした方が被害が少ないって俺っちが言ったもんだからよう」
「信用出来ないな」
「俺がここで話した内容は誓って事実だぜ?! 後からどれだけ調べてもらっても構わねえ!」
ケンがボソリと漏らした一言で、"鼠"の頭領の顔色が覿面に変わった。
虎の威を借る狐のようで少々情けない気分だが、贅沢を言っていられる状況ではない。
「それで、あんたらのお家騒動を全部俺に暴露して、どうして欲しいんだ?」
「そう、それだ。誘拐に関しては幸いにも計画があっただけで実害は一切出していなかった。だから、今後盗賊ギルドが【花の妖精亭】を全面的に庇護するという事で手を打って欲しいって申し出に来た訳よ」
今回は全て未遂に終わったようだが、今後も無事でいられる保障がない。
ケンが【花の妖精亭】を利用し続ける限り今回のような事が数限りなく起こるだろうし、ケンがエイダとベティから離れたとしても巻き込まれないという保障がない。
「その話を受け入れたとして、"鼠"のメリットは?」
「アンタとの戦争が俺っちのお蔭で回避できたっていう実績ができるし、上手くすれば推進派だった奴らを潰して伸し上がれる。前々からあの脳なし共は気に入らなかったからな。黒鎚サマサマだぜぇ」
目の前の男は一貫して利己的な分、逆に信用できる。
ケンに利用価値がある内は裏切りの心配をしなくて済むだろう。
それに目の前の男は、最近知り合った一癖二癖どころではきかない癖の強すぎる奴らに比べれば随分とマシだ。ケンの個人的な感想としてはダニエルの次くらいには親近感が湧く。
「……分かった。だが、次はないぞ」
「アンタならそう言ってくれると思ってたぜ。本気でアンタが話の分かる奴で良かったわ……世の中には損得勘定ができねえ奴とか物差しが狂ってる奴が居るからな……特に権力者にはそういう奴が多すぎなんだよなぁ……」
本当に褒められているのか微妙なところだが、別に褒められたくてやっている訳ではないので構わない。自分が一番良いと信じた道を進んでいくだけだ。
「ここからは盗賊ギルドとしての話じゃなくて、俺っち個人としての提案なんだが……」
「話を聞くだけは聞いておこう」
「どこまで協力するかは後々決めるとして、とりあえずウチと協力関係って事にしておかねえか? そうすればウチでは今回みたいな話は二度と起きねえだろうし、他の盗賊ギルドからの勧誘に手間を取られる事も無くなると思うぜ?」
本音を言えばどこの盗賊ギルドとの協力も御免被るのだが、もうそれは叶わない願いだ。
ならば多少は気心の知れた所と組んでおいた方がマシである。
「……分かった。ただし、積極的な協力には期待しないでくれ」
「マジか?! 物分かりが良すぎて逆に不気味だぜ……」
「別に他と組んでも良いんだぞ」
「いやいやいやいや待ってくれよ。ウチと組むのが一番得だぜ? この町で俺っち以上に情報に詳しい奴なんて居ねーんだから」
「例えば?」
「これはアンタの反応が良くなかった時の釣餌として用意しておいたモンなんだけどな。俺っち以外はまだ計画を立ててる本人達しか知らねえはずの情報だぜ?」
「勿体つけずにさっさと言え」
「リサ・ウェッバー誘拐計画だ」




