第28話 戻らない日常
収穫祭が行われた3日間のうち、1日目はともかくとして残りの2日間はそれなり祭りを楽しむことができた。
少しだけ気になっていた「闘技大会に参加するクレアの友人」についてだが、それはやはりアルバートの事だった。
優勝の可能性もあるというケンの予想に反し、残念ながら彼は本戦トーナメントの2回戦で負けてしまったようだ。
だが、それでアルバートが評判を落とした訳ではない。
アルバートに勝った相手はこの町に駐屯する騎士団の副団長の職にある男で、今年に入ってから赴任してきたそうだ。
その剣の腕を直接見た団員の中では王国騎士最強の呼び声が高く、今年の闘技大会に出場することが明らかになってからは優勝候補の最右翼と見做されていた。
2回戦でアルバートに辛勝した副団長はその後は特に苦戦することなく勝ち進み、見事優勝の栄冠に輝いた。
組み合わせに恵まれていればアルバートの準優勝も夢では無かったと思われる。
そう思う人間はかなりの数存在したようで、実質的な準優勝者はアルバートだと主張する一派と実際の準優勝者の方が優れているとする一派が、口論の末に殴り合いの喧嘩を起こしたなんて話は1件や2件では無かったと聞いている。
何にせよアルバートの実力が衆目の認めるところとなったのは間違いなく、次回の闘技大会に参加したとすれば優勝候補の一角に挙げられるだろう。
残念ながら、アルバートに賭けて儲ける道は何処にもなかったようだ。
収穫祭が終わった翌日。
まだ収穫祭の余韻に浸っている旅行者や探索者によって普段よりも賑やかさを増したままのマッケイブだが、あと数日もすればいつも通りの様子を取り戻すだろう。
秋季大規模討伐に参加してからと言うもの波乱続きだったケンの状況もやっと落ち着きを取り戻し、以前のような迷宮探索者として特に変哲のない日々を過ごせるようになりそうで喜ばしい限りだ。
この間に起きたいくつかの不可逆な変化も、さすがに迷宮の中までは追って来ないだろう。
気付けば迷宮に入るのも約1ヶ月ぶりだった。
ケンが迷宮探索者として活動を始めてから5年と数ヶ月が経過しているが、これほど長い期間迷宮に入らずに過ごしたのは、今から4年程前に油断から大怪我をして以来の事である。
その時は傷口から太腿の骨が見えるほどの重傷だったが、蓄えの大半を吐き出して神殿で<治療>を受けたおかげで3週間程度で動くのに支障が無いくらいまで回復し、後遺症も残らずに済んだ。
その後数日間はリハビリに費やされ、再び迷宮で稼ぎを得られるようになった時には資金が底を突く寸前になっていた。
いや、【花の妖精亭】のエイダが宿代と食事代をツケにしてくれなければとっくに破産していただろう。
何もできないのに焦燥感ばかりが募っていくような状況は二度とごめんだと、それ以前にも増して安全を重視して慎重に行動するようになった結果、今のケンがある。
今回はその時と違って物理的に身動きが取れなかった訳ではないし、迷宮に入っていない間に何もしていなかった訳でもないが、迷宮探索の勘が鈍っているのではないかと不安で仕方がない。
幸いにもエセルバートから追加報酬をたっぷりと貰えたことで金銭的な余裕があるので、焦らずに勘を取り戻す事だけに専念できる。
探索者としての活動再開初日の今日は、<転移>門を使って上層と中層の間まで飛ぶのではなく地上入口から歩いて迷宮に入ろうと考えていた。
上層終盤は慣らし運転をするための場所としては難易度が高過ぎるし、すぐに出てきてしまうのでは<転移>門利用料がもったいないという吝嗇な考えも無いとは言わない。
入場税については最初から諦めている。
<転移>門を利用できるようになる前はいつもそうしていたように、朝の鐘に合わせて迷宮の中に入れるようにするために早朝の迷宮入口前広場で徴税官が来るのを待つ。
約3ヶ月ぶりのこの場所は懐かしさを感じるような、しかし新鮮さも感じるという不思議な場所だった。同じように広場で徴税官を待っている面々の中には見知った顔も少しだけあるが、大半は初めて見る顔ばかりである。
隅の方で一塊になっている、どこか初々しさを感じさせる若者数人は恐らく新人探索者だろう。
新人の割には勘所を押さえた装備を整えているように見えるので、ギルドに所属しているか何かの伝手で先輩探索者から指導を受けているのかも知れない。
若く、自信に満ち溢れている時はなかなか他人の言う事を素直に聞けないものだが、指導者の腕が良いのか彼らが優秀なのか。
やがて朝の鐘が鳴ると共に、徴税官がやって来た。
広場で今や遅しと待っていた探索者達が一斉に群がって行くのを、ケンは一歩引いた場所から眺める。
どうせ迷宮入口を囲う柵の中に入った後でパーティ全員が揃うのを待つ必要があるのだから、最初からパーティ毎に並んで入場した方が最終的には早く終わるのに、といつもの事ながら思う。
ふと、先程の新人探索者パーティがケンと同じように群衆から少し離れたところで待っているのに気付く。入口から一番遠い方に居たので出遅れただけかも知れないが、それでもこうやって行儀よく順番を待つ探索者は珍しい。
その行動に興味を引かれたので彼らを観察してみる。
彼らは5人パーティで、全員が十代そこそこの若い男だった。
最も大柄な1人が片手用戦斧と高さ1メートルはある大型の方形盾を持っている。2人が長剣と円形盾というよくある組み合わせで、他の1人は短槍を持ち、最後の1人は左腰に小型剣を下げ、右腰からは矢筒を下げていた。
大盾持ちを含めて全員が金属製の板も無い単なる革鎧を着けているが、金属鎧は高価な上に維持や修繕にかかる費用も革鎧に比べたら格段に高額なので、新人探索者としてはごく普通の事だ。
コツコツと金を貯め、喜び勇んで鎖帷子を購入したは良いが全く維持費の事を考えておらず、手入れ不十分で錆びつかせてしまって高額の修理費を取られたり、修理費が払えないせいで鍛冶屋から鎧を返してもらえず革鎧に逆戻り、なんて哀しい事も世の中では起こっている。
新人パーティの中で小型剣持ちの1人は他の4人に比べてかなり軽装な上に、ブーツの底に鋲ではなく消音と滑り止めを兼ねた毛皮を貼っているのでおそらく偵察者だろう。
背嚢も各人が自分の体型に合う物で、戦闘になった時にすぐに地面に落とせる構造になっている。明かり取りのランタンも5人で2つ用意しているという抜かり無さだ。
やがて徴税官の周囲から人が少なくなったので、ケンも入場税を支払って柵の中に入った。
これから、いつものようにその場にいる全てのパーティが"順路"を一団となって進んでいく。
今回は探索者歴10年を超える熟練パーティが先頭を切り、概ねパーティの実力が高いと思われる方から順に続々と迷宮の中に入っていく。
ケンと新人パーティが最後まで残った。大盾持ちがこちらの様子を窺っていたのでお先にどうぞと促してやると、彼らは全員がこちらに目礼をしてから先に進んでいった。
ここまで紳士的に振る舞う探索者はそうそうお目にかかれない。よほど育ちが良いのだろうか。
探索者達の一団は迷宮の順路を進んでいく。
ひとつ遊びを思いついたので、最後尾のケンは集団から数十メートルの距離を保って歩いている。
これだけ離れると最後尾の新人パーティが持つランタンの光もほとんど届かない。ケンが全身黒尽くめの装備をしている関係もあって、彼らからは全く視認できなくなっているはずだ。
出発から30分が経過した頃、新人パーティが狩場に行くために順路から外れて横道に入っていく。
そして、ケンも後を追って横道に入る。もちろん、前を進む新人パーティに見つからないように身を潜めながらだ。
パーティの独自の狩場情報が漏れるのを防いだり、同じ狩場を使う事による諍いの発生を防ぐという理由から別のパーティが横道に入った場合は同じ道は通らない、どうしても同じ道を通るならある程度時間を置くというのが探索者間の暗黙の了解だが、今回はあえてそれを破った。
新人パーティに自らの存在を察知されないようにしながら、彼らの行動を観察し続けるというのが今回の遊び内容だ。
迷宮の中に入る前は「1人で斃せるモンスターが見つかれば奇襲をかけ、そうでなければどうにかして逃げる」という、ケンにとってはいつも通りのやり方を繰り返して徐々に勘を取り戻していこうと考えていた。
しかし、ケンは以前から全く戦闘に重きを置いていないし、上層序盤で出るモンスターは洞窟コウモリと小鬼人しかいないので隠密行動の訓練にならない。
洞窟コウモリは少々動きが素早いだけで全く強くは無いし魔石の価値など無いも同然。ゴブリンの場合は魔石の価値はそこそこあるが、決まって集団で行動するのでケン1人で戦うには向いていない。
はぐれゴブリンを見つけるなり、ゴブリン4匹程度ならうまく奇襲をかければ無傷で全滅させる事も出来ないわけではないが、今回は別に小銭を稼ぎに来た訳ではない。
そんな風に考えていたところで何となく気になる新人パーティを見つけてしまい、なんとなしに"普通"の探索者はどういうやり方で迷宮内の探索を行うかが気になり始め、思いついたのが今回の遊びだ。
遊びと言っても一応は命懸けである。
新人パーティに見つけられた時にモンスターだと誤認されて攻撃される可能性があるし、こちらが人間であると気付かれたら気付かれたで探索者狩りを企んでいると思われて攻撃される可能性も無いとは言えない。
だが、そういった危険がある分だけ、頭の鈍いモンスターを相手に逃げ隠れするよりも、人間相手に隠密行動の訓練を積んだ方がよほど身になるだろう。
細心の注意を払いながら新人パーティを追跡する。
追跡を始めてから2時間の間に、彼らは2回ほど正面から来たゴブリンの集団との戦闘をこなしていた。
ケンは新人パーティとゴブリンの双方から発見されないように隠れて観戦していたが、彼らの戦いぶりは堂に入ったものだった。
ゴブリンと遭遇した際、先頭を往く大盾が通路の中央にでんと構えてその両脇を円形盾持ちが固める。槍持ちが大盾の斜め後ろに控え、スカウトはさらにその後ろに控える。
迷宮内の横道ではどんなに通路幅が広くても5メートル以下なので、盾を持った3人が前線に並んでしまえば敵が後ろに回り込むことはほぼ不可能になる。
ランタンの光が届く範囲に敵が入ってくると、まずはスカウトの牽制と攻撃を兼ねた投げ矢や投石から戦闘が始まる。投げ矢というものは本来、威力不足を補うために毒を塗って使用するものだが、敵の数が多くない上に毒も高価なのでゴブリン如きには使わないようだ。
それから後は大盾持ちが防御的に動いている間に、他のパーティメンバーが敵を順番に斃していくという手堅い戦い方である。
ゴブリン如きに何をまどろっこしい事をしているのだと馬鹿にする探索者も多いだろうが、こういった戦い方をした方が結果的に稼ぎが大きくなるものだ。
体力の消耗が少なければ戦闘後の休憩時間も短くて済み、長い時間を移動や探索に費やせる。怪我を負わなければ傷薬の消耗も無いし、怪我のせいで長期休養しなければならないという事態も避けられる。
まだパーティを組んで日が浅いせいか連携には多少のぎこちなさが感じられるが、それも早晩解消されるに違いない。
このまま順調に経験を積んでいければ、数カ月後には豚頭鬼人が湧く地域まで進めるようになるのではないだろうか。
1匹だけなら今の彼らでもなんとか斃せるとは思うが、上層序盤でもオークが複数で行動していることが絶対に無いとは言い切れないので、慎重を期すのであればまだまだ早すぎる。
ケンが心配しなくとも、彼らのパーティはなかなか慎重な質なのでじっくりと実力を蓄えてから進むだろうが。
その後も彼らは安定した立ち回りを見せながら次々とゴブリンを斃していった。新人にしては出来過ぎなくらいに優秀だ。
一つだけ難癖をつけるとすれば、後方への警戒が疎か過ぎると言う事だろうか。今まで一度も背後に潜む何者かの存在を疑う様子すら見せていない。
彼らが入った横道はここまでほとんど一本道だったし、身を潜めるという考えすら持っていないゴブリンならそう警戒していなくても簡単に存在を察知出来てしまうので、前方だけに意識が無いてしまうのも仕方がない事ではある。
今のケンのように何をするでもなく後を付いてくる馬鹿が居るなんて、普通なら想像しようとも思わない。
そして昼になり、途中の少し開けた場所で新人パーティの面々が和気藹々と昼食を摂るのを覗き見ながら、ケンも食事を摂る。暗闇の中で完全に独りきりで食事をする時は感じないのに、今は何故か寂しさを感じる。
昼食を終えた後、ほんの少し先に進んだところでモンスター部屋に行き当たった。
新人パーティのスカウトが部屋の偵察を行った結果、今回は中に入らずに帰ることに決めたらしい。
直接モンスター部屋の中を見ていないケンには彼らの判断が妥当なのか臆病風に吹かれただけなのか知るすべはないが、道中のゴブリンから得た魔石で十分黒字になっているから無理はしないのだろう。
彼らがこちらに向かって進み始める前にこっそりと引き返し、途中にあった分岐の先に身を隠す。10メートル程度で行き止まりになる盲腸のような分かれ道なので、彼らもわざわざ覗き込んだりはしないだろう。見つかってしまったらその時はその時だ。
何とか新人パーティの後ろに回り込む事に成功し、そのまま帰り道もずっと後を付けて迷宮出口まで戻ってきた。
自分たちが迷宮の中から出た直後にケンが出てきたので彼らは酷く驚いた様子だったが、彼らが特に何も言ってこなかったのでケンも何も言わない。
そもそも何か講釈を垂れるような立場でもない。
相変わらず礼儀正しい彼らは何も言わずとも道を譲ってくれたので、感謝を表す身振りを返しながらすれ違った。
そこで丁度夕の鐘が町の中に鳴り響いた。
ケンは特に寄り道をする事もなく、まっすぐ【花の妖精亭】へ帰る。
初めから今日中に迷宮から戻ると考えていたので、部屋はずっと取ったままである。
「ただいま」
「おかえりなさーい。今日は意外と早かったね」
「はいはいお帰り。すぐに夕飯にするんだろ? 部屋の掃除はしてあるから荷物を置いたらすぐに食堂で待ってなさいね。いつも通りちゃーんと手を洗うんだよ!」
いつものように裏口から店の中に入り、いったん二階の部屋まで行って荷物を下ろして防具を外す。今回は日帰りだった上に一度も戦闘をしていないのでさほど汚れは付いていない。
装備の手入れは後回しでも問題がないと判断し、部屋を出て食堂へと向かう。もちろん、エイダの言いつけ通り入念に手を洗ってからだ。
食堂に入ると、昨日までよりはずっとマシになっているがそれでも普段より3割増しで混雑していた。大半は近所の常連客で、何人かはそうではない顔も混じっている。
空席を探して食堂を見回すと、隅の方の席に1人で座っている女性が妙に気になった。
その女性はこの地方ではよくある茶色の髪に茶色の瞳を持っていて、特に人目を惹かない顔立ちである。
彼女に特に見覚えは無いのだが、その特徴の無さが特徴的な女性については覚えがある。
ケンは迷わずその女性が座る席に向かった。
「すいません、相席よろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。混んでますものね」
ケンが近付いても、話しかけても女性の態度には特に変わった様子がない。もう少し動揺するなり何なりの反応があると期待していたが、思っていたよりもずっと手強そうだ。
目の前で何食わぬ顔を見せている女性の本業が護衛と密偵のどちらなのかは分からないが、ここに来たのが偶然のはずがない。
「お会いするのは4日ぶりですね、ハンナさん。グレイスお嬢様はお元気ですか?」
このまま何事も無かったように食事をするか、食事をしながら探りを入れるか悩んだ結果、腹の探り合いをしても全く勝負になるとは思えないので正面から全力で当たる事に決めた。
女性―――ハンナの表情に微かな驚愕と動揺が浮かぶのを目にして内心でほくそ笑む。
「……よくお判りに成りましたね?」
「ええ、人の顔を覚えるのは得意なもので。貴女のような特徴的な方は一度見たら忘れられませんよ」
「あら、そうですか? 他人からそんな事を言われたのは生まれて初めてです」
何が嬉しかったのか、ハンナがニコニコと笑い始める。
その後はどちらも黙ったままで時間が過ぎていった。
ベティが料理を運んで来た時に「知り合い?」と問うてもハンナは何も言わずに微笑んで居るだけだったので、ケンが適当に誤魔化して追い返した。
沈黙に先に耐え切れなくなったのは、当然と言うか予想通りケンの方だった。
「その内に来るか、とは思っていましたが予想より早かったですね」
「蛇の道は蛇と言うでしょう? 初めから身を隠すつもりで生活していないなら、どちらにせよ時間の問題でしたね」
「恐らく、お嬢様が探している相手と私は別人だと思いますが」
「その辺については私からは何とも……今回の直接的な目標はケンイチロウさんを見つける事でしたから。私も、お嬢様の探している方を直接見た事があるわけではありませんし」
こちらの定宿をわざわざ訪れているのだから当然だが、やはり名前を知られているようだ。
どこまで調べが付いているかは分からないが、迷宮管理局や盗賊ギルドから入手できる情報は全て知られていると思っておく。
その辺りから入手できる情報は明らかになったところで別に困ることも無いので、特に気にする必要も無い。
目下の関心事はお嬢様がどう動くかについてだ。
「お嬢様……グレイスさんは私について何と?」
「うーん、どうしましょう。話していいか分かりませんし、良いとしてもお嬢様は自分の口から話したいはずなので、秘密にしておきます」
「お嬢様はこれからどうするつもりなんでしょうかね」
「それも秘密にしておきます。と、言いたいところですが、どうせすぐに分かる事なので教えて差し上げます。その代わり私の質問にも答えてくださいね?」
答えのある質問なら、とケンが言うとハンナはそれで良いと答えてから話を始める。
「お嬢様が直接、ご自身の目で真贋を確認するためにやって来ると思います。お嬢様は確信がおありのようでしたから、そう簡単には諦めないと思いますよ?」
「あのお嬢様が、直接……」
苦々しげな口調になってしまったのを察してか、ハンナが釘を刺してきた。何故か嬉しげだが、彼女の喜ぶツボが全く分からない。
「あ、先に言っておきますが逃げても無駄ですよ?」
どうせ【花の妖精亭】に入った瞬間から監視が付いているのだろう。
それよりも、悪事を働いた訳でも無いのでケンが逃げる必要は無いはずなのだが、ハンナの中でケンが逃げることが既定路線になっているのが気にかかる。
「じゃあ、約束通り私の質問です」
波乱が巻き起こる予感に頭を痛めたケンが黙り込んだことで話が終わったと判断したのか、今度は自分の番とばかりにハンナが話し始める。
「後学のために聞いておきたいんですけど、ケンイチロウさんがお嬢様の素性に気付けたのはどうしてでしょう?」
お嬢様の全身から「只者ではない」という雰囲気が溢れ出ていた気がしたが、あれでもそれなりに気を使っていたらしい。
「全体的な雰囲気が……と言いたいところですが、立ち居振る舞いと髪、そして服ですね」
「振る舞いと髪はだいたい分かりますが、服もですか? この辺りでごく一般的な服装になるように注意して選んだはずですが」
「ええ、服の形はそうでしたが生地と仕立が良すぎました。次からは仕立て服ではなく、身体に合う既製服でも購入することをお勧めします」
「なるほど。私も何となく町娘にしては垢抜けしすぎだと感じていましたが、生地と仕立てのせいだとは気付きませんでした。参考にさせてもらいますね」
身に染み付いた振る舞いは簡単には変えられないし、わざわざ顔や髪を汚くしろというのも気が引けるが、服についてはすぐにでも対処可能だろう。
これで質問は終わったと思ったが、まだハンナは何か話があるようだった。
「あの……できればもう1つ質問を」
「はい?」
「私の事をさっき『特徴的』って言ってましたけど、どのへんが『特徴的』ですか?」
目の前で期待を込めた目でこちらを見つめてくる女性を相手に「特徴が無いのが特徴」と言うのは許されるか、許されざるか。
それが問題だ。




