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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第三章 過去よりの使者
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第24話 収穫祭開始前日

 予想外の事態がさんざん発生した秋季大規模討伐が終わり、マッケイブの町に帰って来てもそこで綺麗に幕切れとはならなかった。


 隊員から死者が出たことと派遣期間の延長があったことで、秩序神教会の内部では生贄探しやら何やらの足の引っ張り合いに忙しく、外敵からの村の防衛は本来は騎士団の管轄なのでそちらとの縄張り争いやら責任の押し付け合いで綱引きをしているそうだ。

 現場の責任者だった分隊長のフランクリンと並んで最も情報を持っていて、秩序神教会という後ろ盾があるフランクリンと違って何の後ろ盾も持たないケンは各所から呼びつけられて事情の説明を要求された。

 さっさと迷宮の中に逃げ込んでしまいたかったのだが、先手を打って迷宮管理局に通達を出されてしまったせいでそれも叶わなかった。管理が行き届いている<転移>門を使うのではなく素通しの入口から入るのだったと気付いてもそれは後の祭り。

 国家権力に対抗する術を持っていないケンは大人しく出頭要請に応えるしかなかった。


 各部署間の勢力争いの結果なのかは知らないが全く情報共有が為されておらず、同じ話を何度させられたか分からない。

 ただ事実を淡々と喋っているだけでも面倒なのに大抵はそれとなく証言内容を誘導しようとするし、中には露骨に偽証を要求してくる奴もいるのだから始末が悪い。既に正確な情報を持っている所がどれだけあるか分かっていないのだろうか。

 政府関係に教会関係にとこちらの事情も考えずひっきりなしに呼びつけられる事には閉口してしまう。長期化の様相を呈してきた3日目には、事態を打開するために秩序神教会のマッケイブ神殿で戦士長の地位にあるエセルバートに密かに接触を図った。

 彼自身も今回の件で忙しく動き回っているようだったので会うまでに暫く時間がかかると思ったのだが、朝一でクレアに渡りを付けたその日のうちに面会が実現した。


「よう、久しぶり……って程でもねえか。意外と早く2度目が来たな」

 面会場所として指定された街中にある何の変哲もない民家を訪れると、前回会った時のような軍服に近い教会の服ではなくやり手の商人のような服装をしたエセルバートがニヤニヤと笑っていた。

 どことなく疲れた感じにも見えるが、相変わらずきっちりと整えられた髭形が精悍な印象を与えている。

「お久しぶりです。2度目があるとは全く(・・)思っていませんでしたが、再びお会いできて光栄です」

 こっちは会いたくなかったのだと遠回しに伝えてみても目の前の男の余裕ぶりに変化はない。

「それで、今日はどんな要件だ? おかげさまでこっちも最近は忙しくてな。できれば手短に願いたいんだが」

「こちらの事情はご存知かと思いますが、いくつかお話(・・)ができないかと思いまして」

 目の前の男ならばこちらの状況をくどくど説明する必要もないだろうと考え、さっさと用事を伝える事にする。

 いつも余裕綽々の態度しか見せない男だが、忙しいという言葉は嘘ではないだろう。なにせ今回の大規模討伐部隊における神殿側の最高責任者は彼なのだから、敵対する者にとっては追い落とそうとする絶好の機会なのだ

「話ねえ。ここ数日は何故か俺とどうしても世間話(・・・)がしたいって奴が多いもんで、話し相手には困ってないんだがな」

「ええ。最近は私もここ数日でどういう訳か新しい知り合いが何人も増えましてね。その方々との世間話(・・・)の中で色々と興味深い話を伺うことができましたので、エセルバート殿も興味がお有りではないかと思ったのですが……ご迷惑だったでしょうか?」

「ほーう? 楽しませてくれるってんなら歓待せんといかんな。生憎と碌な準備もしていないんだが」

「いいえ、お気持ちだけで結構ですよ」

 エセルバートが一瞬だけ目にギラリとした光を浮かべ、すぐに軽薄そうな表情に戻る。

 気圧されたことに気付かれまいとなんとか無表情を保つが、目の前の男には丸分かりだっただろう。

「つまり、そういうこと(・・・・・・)で良いんだな?」

「はい。これから先も仲良くして頂ければ、と」

 ケン個人としては面倒臭い政治や権力闘争と言ったものにできれば一生関わらずに過ごしていたかったのだが、既に巻き込まれてしまったのでは致し方がない。無関係で居られないならせめて選べる中で一番長い物に巻かれた方が良い。

 ケンの知る限り目の前の男は一番長い腕を持っている上に目も耳もある。大規模討伐部隊に斥候(スカウト)として参加した時の依頼期間が延長された事による追加報酬と"迷惑料"の額を考えると気前も悪くない。

 少なくとも人の時間をさんざん拘束した上で報酬も支払わず、要求に応じた時の利益を提示するのではなく応じなかった時の不利益をチラつかせてくる輩よりはずっといい目を見せてくれるだろう。


「ところで、いつまでこういう話し方をしていれば宜しいのでしょうか。正直に言って面倒なのですが」

「うん? お前はこういうの好きそうだと思ってたんだが」

「いいえ、全く」

「そうか……それなら仕方ない。ここなら他所の所の耳は無いから安心しろ」

 どことなく残念そうな雰囲気だが、いつまでも面倒臭い茶番に付き合ってやるつもりはない。

「では、先にこちらからの条件を提示します。迷宮管理局にかけられている<転移>門使用禁止を解除させて頂きたい」

 地上入口ならば監視の目が無いも同然だからどうにか入れないこともないが、何時また<転移>門が使えるようになるのかが分からなくてはその場凌ぎにしかならない。少々時間がかかっても完全解決を目指した方が良いと考えた結果が今回の行動だ。

「誰が動いたかがバレても良いなら3,4日、そうじゃなければ2週間ってとこか」

「……どのみちその方面ではすぐに知れ渡る事ですから、早い方でお願いしましょう。いろいろと用事も有りますので。では、対価は今回の件で接触を取ってきた相手の全情報で宜しいですか?」

 頷くエセルバートに対し、自ら提示した条件の通りに全ての情報を残らず提示する。

 ゴブリン襲撃に係る情報を聞こうと接触してきた人間の名前、人相、風体から始まって面会場所と相手が強く興味を示した部分、暗示か明示かにかかわらず出された要求や恫喝内容などを全てだ。

 大抵の場合、ケンと直接会った相手は単なる使いっ走りだろうが、聞く人間が聞けば色々と推測できることもあるだろう。

 情報の提示にあたって虚偽や誤魔化し、情報の秘匿による嘘なども吐かなかった。どうせ目の前の男なら稚拙な嘘など見抜いてしまうだろうし、これから先は何をどうしたってエセルバートの一派と見做されてしまうのだから自派の長を全力で支えて勝たせるのが最善だ。


「―――以上です」

 エセルバートからの質疑を挟みつつ、全ての説明が終わるまでには一時間近くを要した。

 会話の途中で音も無くほとんど気配も感じさせない若いメイドが持ってきてくれた紅茶で喉を潤す。権力者が呑むだけあってかなり良い葉を使っているようだ。

「予想以上に面白い話だった。正直、最初見た時からそこそこ使えそうだとは思っていたが、まさかここまでとはな」

「お褒めに預かり恐縮です」

 耳聡いこの男にとってケンが話した内容の大半は既知だっただろうが、それでも余人を交えない密室での会話を全て知っている程の地獄耳ではないだろう。

 この喜びようを見るとかなり役に立つ情報が含まれていたのだろう。ケン自身には判らなくても、話した内容の中には聞く者が聞けば状況を一変させかねない情報が混じっていてもおかしくはない。

「では、お願いした件はくれぐれも宜しくお願いします」

「ああ、任せておけ。俺は役に立った奴にはちゃんと報いることに決めてるんでな」

 今後も役に立てという言外の要求なのか、役に立たなければ容赦なく切り捨てるという威圧かは分からないが、わざわざ言葉に出して言うのだから期待しておこう。

 支配下に入ったことを示すようにエセルバートに最敬礼を見せてからその場を辞した。


 エセルバートとの密会から2日の間はそれまでと同じように色々な立場の人間から呼びつけられたが、3日目になって急激に件数が減り、4日目にはとうとう1件のみになった。

 2日目の途中までは面会相手の態度が横柄極まりなかったが、遅い時間になるとむしろへりくだるような態度が見られるようになり、露骨に媚を売る奴まで出てきた。

 ケンのような組織の最下層に位置している人間を煽てても何の得もないのだが、耳が悪い組織は頭も悪いのだろう。

 4日目に連絡を受けてから迷宮管理局に確認しに行ってみたところ無事に<転移>門の使用禁止も解除されていたので、ようやく以前のような迷宮探索者としての日々を取り戻せたと安堵する。

 不可逆な変化がいくつもあるので全く変わらずと言えないのが哀しいが。




 気付けば、10月も中旬まで来ていた。

 翌日には【迷宮都市】マッケイブの町の収穫祭が始まる。

 世界四大迷宮の1つを中心にして自然発生し、全てが迷宮を中心に回っているこの町に一年を通して迷宮から産出される魔石以外になんの収穫物があるのかと問われれば、「特に何もない」というのが答えである。

 商売人が飯の種を増やすために収穫祭名目で勝手に祭りを始めたというのが起原のようだ。祭りは3日間続き、商業主義に塗れた様々な催事(イベント)が行われる。

 迷宮によって多くの人間と金が集まる場所だけあって祭りの規模がかなり大きい上に派手で、はるばる遠方から祭り見物のためにやってくる者も数多い。


 収穫祭を間近に控えたマッケイブの町は、今年も観光客やそれ目当ての商売人達を飲み込んで普段よりもかなり人口を増やしている。

 ここ数日の町はいつにも増してごった返し、あまり見かけたことのないような風体をした者たちや種族を見かけるようになっている。

 普段はがらんとしている広場では、地方で作られる工芸品や別の地域でのみ作られている果物や料理などを売る屋台が立ち並び、宙返りをする鳥人系や堅い木の実を丸ごと噛み砕く爬虫人系といった大道芸人がそこかしこで芸を披露している。

 ケンの感覚では全く大したことのないありきたりな種類の芸ばかりだが、普段のマッケイブには獣人系の人間ばかりしか見かけないので、物珍しさも手伝ってかなりの人だかりができていた。

 人魚族の女性(マーメイド)などは水が張られた大きなタライの中でのんびりとしているだけなのに、周囲は猿人族の男で黒山の人だかりだ。露出度が高い女など酒場にいけばいくらでも見放題なのに、何がそんなに男達を惹きつけるのだろうか。


 マッケイブに定住している人間のほぼ全てが獣人系なのは、ここレムリナス王国が猿人族の王を戴く国だから、という以外にも幾つか理由がある。

 観光以外でこの町に来る理由と言えば、まず間違いなく迷宮探索者になろうとしているか、それとも迷宮探索者相手の商売をしようとしているかのどちらかである。

 他には、行政府や教会関係の転勤者が少々いるくらいだ。

 マッケイブにある迷宮の上層部分は全て天井の低い洞窟状になっているので、鳥人系の飛行能力が全く活かせない。

 鳥人系は獣人系に比べて総じて非力な種族が多いので、飛べないという事はかなり不利になる要素だ。鳥人系の種族は風の流れが感じられない閉所を苦手とする者も多く、そのせいでますます足が遠のいていく。

 大鷲人族などの体格が良く、それに比例して高い腕力を持つ種族の場合は飛行できない環境でもかなりの活躍が見込めるが、それならば飛行に向いた環境の方がもっと活躍できるのが道理だ。

 ケン自身は詳しく知らないのだが、世界四大迷宮の残り3つの中には空を飛べなくては攻略が不可能と言われる迷宮があるらしいので、大迷宮に潜ろうと考える鳥人系は皆そちらに行くのだろう。

 防衛上の観点から町とその周囲の上空は許可を得ない飛行が禁止されているので、わざわざ商売をするために定住する鳥人系もいない。


 海に面した町ではなく近くに大きな湖なども無いから魚人系を全く見ないのは当然だが、爬虫人系も全くと言っていい程見かけない。

 硬い鱗と高い筋力を持つ蜥蜴人族の多くは優秀な戦士になれる、赤外線感知能力(ピット器官)を持つ蛇人族は真っ暗な迷宮上層で優秀な偵察者(スカウト)になれるはずだが、前の世界(地球)では亜寒帯に分類されるであろう地域で冬を過ごすのは辛いものがあるようだ。

 迷宮の中に入ってしまえば一年を通してほとんど同じ気温が保たれているが、別に迷宮は他の地域にもあるのだからわざわざマッケイブで暮らす必要もない。



 その日のケンは祭りを間近にして浮かれる通行人の間を縫って町の中を散策していた。

 祭りそのものにはあまり興味が無いのだが、人出を目当てに多数の商人が来るだけあって普段はあまり見かけないような品物が多数並ぶので、そういった物を見ているだけでも面白い。

 たまに掘り出し物がとんでもない安値で売られていたりするので運試しするのも良いだろう。

 財布の紐が緩くなった祭り客にどうにかしてガラクタを高値で売りつけようとする海千山千の商売人から良い物を安く買おうとするのは、砂漠の中で1本の針を探すようなものだが。


 ケンの目当てはやはり迷宮探索の役に立つ武器や道具類だ。

 探索者の町だけあって、武器屋や防具、魔道具を売りに出す露天も多い。

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、上等な武器が今だけこのお値段!」

「安いよ安いよお! これだけの品がこの値段なんだから買わなきゃバカだよ!」

「すみません、そこの方」

「これはかの名工ナガソーネが生涯でたった5本だけ打ち上げた剣のうちの一本だぁ!」

 そこそこの品も混じっているが、大半は名工が打ったとは名ばかりの偽物や粗悪品ばかりが並んでいる。

 もちろん、わざわざ偽物だと指摘してやったりはしない。こういった場所の売り物が偽物塗れなのは常識だし、物の良し悪しが見抜けない程度の目しか持っていないなら表通りに店を構えて真っ当に商売をしている所に行けば良い。

 安さに釣られて怪しげな店で買うなら、それは騙された方が悪いというのがここでの常識なのだ。


 もちろん店を出しているのはボッタクリ商人だけではなく、まだ資金がなくて自分の店が持てないだけの真っ当な商人も含まれている。

 無名の職人が自分が考案した物をどうにかして売り込もうと、慣れない様子で客の呼び込みをしていたりもする。

 そういった新商品の大半は箸にも棒にもかからないただの失敗作だが、失敗作でも中には改良をすれば使い物になるような品があったり、ごくごく稀にだがこういう所から世界の常識を変えてしまうような新発明が生まれてきたりもする。

「これはハンドルを回すだけで矢を次々と―――」

「―――使った後にそのまま鞘に納めるだけで、いつでも新品と同じ切れ味が―――」

「ちょっと! 貴方!」

「これは槍の先端に<爆裂火球>の魔道具を仕込んだ物で、敵を突くと同時に―――」

 魔道具と称する品物も数多く並んでいるが、大半が魔道具作成に使われる魔術文字のような模様を刻んだだけの偽物だ。

 本物の魔道具である事を示すために鑑定書が付けられている品もあるが、一度でも本物の鑑定書を見たことがあるなら一目見ただけで偽物の鑑定書と解るくらいに質が低い偽造品だった。


 どんどんと裏通り向かって進んでいくにつれて、そこにある店の種類も客層も変わっていく。

「旦那、ダンナ、良いのが入ったんだけど見ていかないかい?」

「この薬を目当ての女の飲み物にでもこっそり混ぜてやれば……な?」

「なんですのここは?! こんなことは許されませんわよ!! 貴方もこんな所に来るなんて何を考えているの!!」

 店先には効果があるのかどうかも分からない<治療>を始めとする高価な魔法薬や、禁制品である毒薬・麻薬の類が並べられている。

 麻痺毒や鎮痛剤として用いられる種類の麻薬は探索者が迷宮の中で使用する目的でのみ所持と販売が許されていて、そういったものは迷宮管理局から許可を得た商人の専売なのでこういった場所で売られているものは全て違法だと思っていい。

 こういった商売にはまず間違いなく盗賊ギルドが絡んでいて、この地域の官憲は鼻薬を嗅がされて見て見ぬふりを決め込んでいるのだろう。



 裏通りを通り抜け、別の大通りに入る。

 町を冷やかすのはこの辺にしておこうかと考えたところで、唐突に背後から袖を強く引かれた。

 どこへ行っても普段より人通りが多すぎるので、警戒するだけ無駄だと油断していたせいで完全に不意を突かれてしまった格好だ。


 慌てて振り向くと、そこにはケンの間近で眉を吊り上げて怒りを表している少女と、その後ろに怯えたような申し訳無さそうな表情の少女が立っていた。

「ちょっと貴方!! さっきからずっと呼んでいるのにどうして無視しているんですの!!」

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