第22話 激闘
村の北西側入口で両手剣を持ったホブゴブリンが村への侵入を果たした時、屋根の上に居たケンの目はもう一つの異変を捉えていた。
森の中から姿を現したホブゴブリンが悠々と村へと近付いて来る。
右耳が削げて頬にも大きな傷跡があるそのホブゴブリンには見覚えがある。おそらくはケンが洞窟からゴブリンを追跡した時に奴らの本拠地近くで遭遇したのと同じ個体だろう。
今は以前出遭った時のような上半身裸で投斧を担いだ姿ではなく、村の入口を攻めているホブゴブリンと同じように胸部などに分厚い鉄のプレートが付けられた鎖帷子を着て、巨大な頭部を持つ三日月斧を持っている。
そいつは誰にも邪魔されることなく村を囲む柵の前まで到達する、両手で三日月斧を構えて上段から振り下ろした。
木と斧がぶつかる大きな音が響く。たったの一振りで柵を構成している丸太の上から2本がまとめて弾け飛び、3本めの半ばまで刃が食い込んでいる。
丸太は1本あたり15センチメートル前後の太さがあったはずだが、それを2本まとめて砕くというのはどれほどの膂力を持てば成し得るのだろうか。
2度、3度とホブゴブリンが斧を振るうたびに柵が破壊されていく。柵の前まで来てから30秒とかけずに人間1人が余裕を持って通れるだけの穴が空けられていた。
巨大な斧を肩に担ぎ、少し前まで柵だった木の破片を踏み越えて村の中に入ってくる。
周囲の恐怖を煽るかのように殊更ゆっくりとした動きである。
侵入者の姿に気付いてどうにかして止めようと考えたのか、槍を手にした2人の男がホブゴブリンに向かって走って行った。
敵が手にしている巨大な斧にも臆した様子はなく、走る勢いをそのまま槍に乗せて2人同時に突きかかり―――次の瞬間には村の中から人間が2人消えて、死体が2つ増えていた。
三日月斧持ちのホブゴブリンは村人の攻撃を全く避けようとせず、むしろ槍を身体で受け止めるように前に踏み込みながら斧を薙いだのだ。
村人が突き出した槍のうち一本は分厚い胸甲弾かれて傷を与えられなかったが、もう一本はプレートに覆われていない腰のあたりに命中し、チェイン・メイルを貫いていた。彼にとって、その一撃はこれ以上のない会心の出来だっただろう。
しかし、ホブゴブリンは傷による影響を微塵も見せず斧を振るい、振るわれた巨大な斧は向かって右に立っていた男の胴を両断し、左の男の腹部に半ばまで食い込んで止まった。
槍を持った男の体が地面に倒れるのに合わせて、ホブゴブリンの体に刺さっていた槍の穂先がずるりと抜けていく。傷はかなり深いはずなのだが、全く気にした様子がない。
ホブゴブリンが斧を肩に担ぎ直して村の中央に向けて歩き始めようとしたところで、目を狙った長剣の鋭い突きを躱すために大きく飛び下がった。
その一撃の主はクレアだった。
彼女は距離が離れてしまったホブゴブリンに対する追加攻撃を諦め、立ち止まる。一瞬だけ足元に転がる2つの死体に目をやってから沈痛な表情を浮かべる。
クレアは村人達の死体と血痕を踏まないように気をつけながら前に数歩進み、ここから先は通さないという決意を示すように右手に持った剣を構える。
ホブゴブリンの方も彼女を脅威に感じたのか、今日初めてまともな構えを見せた。
詰まらさそうにしていた表情が一変し、獰猛な笑みを浮かべている。
「なぜ行った……!」
ケンが思わず小声で呟く。
治癒術を使えるクレアが前線に立ってしまっては、重傷者が出た時にどうにもならなくなってしまう。
クレアの剣技が一流なのはよく知っているが、前線に立つ人間なら他にいくらでもいる。しかし治癒ができる人材として、今のこの戦いの中で彼女は唯一無二なのだ。
(いや、落ち着け、冷静に考えろ―――)
村の中に侵入を果たしたホブゴブリンを放置するのは最悪だ。ただでさえ崩壊しかけている防衛線が完全に破れてしまう。
ホブゴブリンが村の中で好き勝手に行動すれば村人にどれだけ死人が出るか分からない。怪我は手遅れにならなければクレアが跡形もなく治せるが、死んでしまってはどうにもならない。
村側の戦力の中でホブゴブリンと互角以上に戦える可能性があるのはフランクリンとクレアの2人だけだ。戦士隊の他の人間ではもって数合、おそらくケンや村人では虫がたかるのと大差ない。
フランクリンが北西の入口前で両手剣持ちのホブゴブリンを相手にしている今、三日月斧持ちのホブゴブリンを食い止める事ができるのはクレアしか居ない。
従って、クレアがホブゴブリンと対峙するという彼女の選択は正しい。
ならばケンがこれからやるべきなのは、クレアを援護して三日月斧持ちのホブゴブリンを排除し、彼女が出来る限り早く村の中央で治癒術師としての役目に戻れるようにする事だ。
方針が決まれば後は動き始めるだけだ。
ケンが今立っている民家の屋根はクレアとホブゴブリンの戦いの場からは若干離れていて、間に建っている家のせいで死角になってしまう範囲が広い。
もっと距離が近く、援護が可能な場所を早急に確保する必要がある。
ホブゴブリンが作った柵の穴からこそこそと入ってこようとしていたゴブリンに弩で矢を撃ち込み、足元に置いていた自分の背嚢から特製火炎瓶を取り出して投げつける。
火炎瓶は柵の間でゴロゴロと転がるゴブリンの至近距離に落ちて砕け、炎を撒き散らす。自分の家に放火するような馬鹿な行為だが、何も手を打たずに放っておけば敵が次々と村に侵入してしまう。
覚悟を決めて炎の中を突っ切れば軽い火傷を負うくらいで通り抜けられてしまうが、少しだけでも躊躇させられればそれで良い。
必要な道具を素早く背嚢から取り出してから屋根の端から飛び降り、クレアの援護に最適な位置を求めて走り出した。
◆
腕を切り飛ばした隊員に対するホブゴブリンからの追い打ちの一撃を、間一髪で体を滑りこませたフランクリンが盾で受け止めた。
思っていた以上の強烈な一撃に盾を持つ左手の骨が軋む。
「グッ…!」
「ギャッハッ」
盾を持った左腕を体の外側に振って相手の体勢を崩し、右手に持ったロング・ソードを右から左に大きく薙ぎ払う。
最初からこんな大振りの斬撃が命中するとは思っていない。単なる牽制のための攻撃だ。
狙い通りにホブゴブリンは大きく横っ飛びをして距離を取り、両手剣を構えながら下卑た笑いを浮かべる。
肩から先を丸ごと斬り飛ばされた隊員はまだ生きてはいるが、負傷の衝撃と痛みのせいで意識が朦朧としているようだ。既に傷口からは大量の出血が始まっており、あまり長くは保ちそうにない。
クレアに出来る限り早く治療させたいが、今は自分自身も周りに居る他の奴らも動けない人間を安全な場所まで連れて行ってやれるだけの余裕が無い。
まずは目の前のホブゴブリンを何とかしなければ、どうにも身動きが取れなさそうだ。
「こいつは俺が相手をする! 貴様らはゴブリンを何とかしろ!」
年老いた体でホブゴブリン相手にどこまでやれるかは分からないが、他の奴らにやらせるよりはまだ勝算があるだろう。
左を前にして半身に立ち、左腕にベルトで固定した凧形盾を体に引き付けるようにして構える。右手の剣は盾で隠すようにして、切っ先を相手に向けて構える。
相手の防具が鉄板が取りつけられた胴と小手以外の部分は刺突に弱いチェイン・メイルである事を考えて、斬る事よりも突きを重視した形だ。
正面から真っ直ぐ飛びこんできたホブゴブリンの袈裟切りの一撃を、盾で受け止めるのではなく角度を調整して受け流す。反撃の突きは後ろに相手の脇腹を掠めるだけにとどまった。
「ゲゲグゥ……」
思い通りにならない苛立ちが手に取るように伝わってくる。数分前までは余裕ぶっていたくせに、存外気が短いようだ。
「そう怒るなよ。こういうのも経験だろ? 俺もあと10年若けりゃあ、力比べに付き合ってやったても良かったんだがな」
「ケッ」
それから似たような攻防がそこから何度も繰り返された。
勢いをつけて振り回されるホブゴブリンの両手剣の一撃をフランクリンが半歩だけ引いて避け、盾で受け流し、長剣で相手の剣の腹を叩く事で軌道を変え、ある時は鎧の表面を上手く滑らせる。
力の方向を逸らされて体勢を崩した所に突きを放ち、あるいは手首や首を狙って斬り付ける。
深手を負わせる事は出来ていないが、フランクリンの様々な技術を駆使した攻撃にホブゴブリンは対応しきれておらず、決着が付くのも時間の問題かのように思われた。
しかし、他人が見てそう思うほどには一方的な展開になっていない事を、他ならぬフランクリン自身が痛感していた。
これまでのところ"柔能く剛を制す"という言葉に相応しい展開になってはいるが、フランクリンが望んでそうしている訳ではない。
ホブゴブリンには力で大負け、速さでも負けとなれば、これまでの数十年で培ってきた技術と経験でどうにかするという選択肢しか選べないのだ。
人間であるフランクリンには見た目からゴブリンの歳の予測などしようもないが、目の前のホブゴブリンは恐らくはまだ若いのだろう。人間に換算すればまだ少年と言っても良いような年頃の可能性もある。
武器の扱いそのものはなかなかセンスが有るが、圧倒的に駆け引きの経験が足りていない。恐らく、自分と近い実力を持った相手とは今まで一度も戦った事がないのではないだろうか。
それほど経験に差があっても、フランクリンと互角以上に渡り合えてしまう身体能力が恐ろしい。
両手剣の一撃をまともには受け止めないように注意しているのに盾は既にガタがきているし、こちらが何とか攻撃をあしらう度に体の芯に重く疲労が蓄積されていっているのに、相手には全く疲労の色が見えない。
細かな傷はいくつか負わせているが致命傷には程遠く、動きに影響が出る程深い傷でもない。このままでは分が悪くなっていく一方だろう。
どうにかして展開を変えなければならないのは分かっているが、ホブゴブリンも力任せに振り回すだけに見えて存外隙がない。
「と言うかお前、俺のこと舐めてんだろ?」
どんなに武器を振る速度が早くても、軌道が丸見えの大振りではフランクリンに通用しないととっくに分かっているだろうに、意地になっているのかそれでも殺せると甘く見ているのか、ずっと同じような攻撃ばかりを繰り出している。
「キハハッ」
フランクリンの挑発に乗ったわけでもないだろうが、ホブゴブリンがこれまでとは別の動きを見せた。
遠間から振りかぶって突進してくるのではなく、半身に立って握った剣を腰の後ろに引いて切っ先をフランクリンの顔に向ける。
槍でも持っているような構えから素早く前に踏み込み、今回の戦闘で初めての突きを見せた。
鋭さはあるが、やはり狙っている場所が丸わかりの一撃を剣で弾く。
感触が異常に軽い。
フランクリンが異変に気付いた瞬間、一度弾かれた両手剣がくるりと軌道を変え、斜め下に払われた。
無理のある方向転換だったせいであまり力が入っていない一撃だったが、それでもホブゴブリンが持つ生来の腕力に物を言わせて強引に剣を振り切る。
前に出ていた左脚の太腿を骨に達するほど深く切り裂かれ、自分の体重を支えられなくなったフランクリンが尻もちを突いた。
「へっ、敵を舐めてたのは俺の方も、か」
ただ巨大な武器を力任せに振り回すことしかできない単純馬鹿かと思い込んでいたが、意外に細かい技術も使えたようだ。
「ギャッハハハハァッ」
勝利を確信したか、ホブゴブリンの表情が喜悦に歪む。
地面に座り込んだフランクリンから一旦距離を取り、フランクリンに背中を見せる程に振りかぶる。躱すことが出来ないフランクリンが受け止められないくらいに強力な一撃で確実に止めを刺すつもりなのだろう。
剛弓が引き絞られるようにしなったホブゴブリンの身体が引き放たれようとしたその時、ホブゴブリンの身体から剣が生えた。
呆然と自分の喉から突き出ているロング・ソードの刃を見て、信じられないと言いたげな表情でフランクリンの方を振り向く。
「最後まで油断するな、ってお師匠様から教わらなかったか?」
腕を振り抜いた姿勢のフランクリンを見ながらホブゴブリンがどうと倒れた。
フランクリンもこのまま気を失ってしまいたかったが、何とか意識を保つ。素早く左脚の防具を外し、剣帯に使っていた革紐で脚の付け根を強く縛って止血する。
それから片足でどうにか立ち上がり、腕を突き上げて勝利宣言を行う。
「大将は討ち取った! これより残敵掃討を開始する!」
仲間たちの歓声を聞きながら、今更襲ってきた痛みに顔を顰める。耐えられない痛みではないが、出来る限り早く治療してもらいたい所だ。
「20年ぶりぐらいに剣投げをしたが何とかなるもんだな……」
小声での呟きは誰にも届かなかった。
◆
ロング・ソードを持ったクレアとクレセント・アックスを持ったホブゴブリンが約4メートルの距離を置いて向かい合う。
慌てて駆けつけたせいで盾を広場に置き忘れてしまったが、この相手に限っては悪い意味で盾を持つ必要が無いので問題にはならない。
木の縁を金属で強化しただけの円形盾では、目の前の怪物の攻撃を1回も耐え切れないだろうし、仮に盾そのものは壊れなかったとしてもそれを持つクレアの腕が耐えられない。
当然、剣で受けることも不可能なので何とか全て躱しきるしか無いのだ。
重しにしかならない盾を持っているくらいなら少しでも身軽になっていた方が良い。
盾を持っていないから左手は空いているし、ロング・ソードの握り部分は両手でも扱えるように長めに作ってあるのだが、今は片手で構えている。
両手で扱った時の威力の高さと振りの早さよりも、片手で扱った時の攻撃できる範囲の広さを選択した結果である。
右手の剣を前に突き出した構えでクレアの側からジリジリと距離を縮めていく。
ホブゴブリン側は足に根でも生えたかのようにどっしりと構えて、自分から攻めてくる様子がない。
癒し手であるクレアがここにいる間にも村人や戦士達にどんどんと怪我人が増えているだろう。あまり時間をかけていては手遅れになってしまうと考えれば、彼女側から攻める必要がある。
しかし、焦りは禁物だ。迂闊に攻撃を仕掛けばすぐに彼女も先ほど亡くなった村人たちの後を追う事になってしまうだろう。
距離を詰めながら盛んに陽動をかけるが、敵は微動だにしない。目線でのフェイントも、踏み込みを装っても、武器を振りかぶって見せてもだ。
そうしている間にもどんどん彼女と敵の位置は近づいていき、ホブゴブリンからの攻撃がクレアまで届く距離になった。
ホブゴブリンが持つクレセント・アックスの全長は柄の先から三日月の刃の先端までは1.5メートル以上はある。一歩踏み込めば十分攻撃が届く距離までクレアが近付いても、まだ攻撃しようとはしない。
更に彼我の距離は短くなっていき、遂にクレアの攻撃が十分届く所まで来た。
クレアが攻撃を仕掛ける。
と、言っても全力を込めた一撃ではなく当たったとしても鎧の表面を撫でて終わるような軽い攻撃で、いつでも飛び下がれるように後ろ足に体重を残したままだ。
クレアがフェイントではなく本当の攻撃動作に入った刹那、同時にホブゴブリンが動いた。
それまでじっと立っていたのが嘘のような素早い動きで踏み込んだかと思うと、嵐のような風を斬る音を纏わせて巨大な斧が振るわれる。
地面に倒れ込むことで横薙ぎの一撃を躱し、そのままゴロゴロと転がって距離を取って追撃を受ける前に立ち上がる。無様な格好だが背に腹は代えられない。
今の交錯には幾つか収穫があった。
村人の命を奪った時もそうだったが、この怪物は基本的に相手の攻撃に対するカウンターとして斧の一撃を繰り出すようだ。
確かに、相手が避けられない隙を狙うという意味ではこれ以上はないが、常人には出てこない発想だ。肉を斬らせて骨を断つどころか身体全部を持っていけるだけの膂力と耐久力を備えているからこそ、成し得る戦略だろう。
ただ何も考えず相手の攻撃に合わせて自分も攻撃を出すのではなく、相手の虚実を見抜くだけの実力も備え、クレアの最初の突きを躱したように本当に危険な攻撃は避けられるのだから、あえてこういう戦い方を選んだのではないだろうか。
こうなるとクレアが取れる選択肢は限られる。
こういった相手の場合先手を取って急所への一撃というのが王道なのだろうが、扱う者が死んだからと言って一度動いた斧はすぐには止まらない。
敵は相打ちでも構わないのかもしれないが、クレアはそうではない。
「あまり時間はかけたくなかったのですが……仕方ありませんね」
元々痛覚が無いのか訓練によって耐えられるようになったのかは分からないが、多少の傷には動じないのでどれだけ有効かは分からないが、少しずつ傷を負わせて体力を削っていくしかないだろう。
こちらの10回攻撃を当てても、敵の攻撃が1回当たっただけでひっくり返されてしまうのではお世辞にも分が良いとは言えないのだが。
どっしりと構えるホブゴブリンを中心にして円を描くようにゆっくりと回る。
少しでも攻撃に有利な場所、回避に支障がでない方向を選んで攻撃を仕掛けていく。
数回、攻撃を当てることが出来たが思っていた以上に浅い怪我しかさせられない。巧妙な動きで打点をずらされていることと、相手が持つ巨大な斧への恐怖でクレアの腰が引けていることが原因だろう。
肉体的な疲労と精神的な疲労で全身にじっとりとした汗がにじむ。
この戦いが始まってから何度目の攻撃だっただろうか。仕掛けようとするクレアの気配を察知して、ホブゴブリンが彼女に対する警戒を一層高めた瞬間だった。
バシンという小さな音と共に飛来した太矢がホブゴブリンの左手首に刺さった。
完全に意識の外からの攻撃だったのだろう。自分の身体に突き刺さった物体を数瞬見つめ、思わずと言った感じで右手で矢を掴む。
おそらく矢を抜こうとしたのだろうが、それ程の大きな隙をクレアが見逃すはずがない。
クレアが両手で振るったロング・ソードがホブゴブリンの右手首を切り落とし、長いようで短かった戦いに勝負がついた。
◆
手首を切り落とされた三日月斧持ちのホブゴブリンはそれでも諦めなかった。左手一本だけで斧を振り回し、一矢報いんと荒れ狂っている。
しかし、両手で振っても当てられなかったのに、速度も威力も正確性も落ちた片手での攻撃が回避に専念するクレアに当たるはずがない。
痛みは感じていなくても左手首に刺さった矢が邪魔をしているのか動作がぎこちなく、攻撃の予備動作がかなり判りやすくなってしまっている。
攻撃の度に右手首からは大量の血が撒き散らされているので、如何に頑健な肉体を持つホブゴブリンでもそう永くはないだろう。
「何とかなったか……」
ケンの射撃は最大限の効果を発揮できたことに安堵する。
ケンも姿を見せて牽制しながらクロスボウを撃つというのも考えないではなかったが、2人以上で攻めかかられたホブゴブリンが先刻と同じ戦術を取るという保障はなかった。
今日はゴブリンの侵入を止めるために散々撃ったせいで矢の残りが乏しかったというのもあり、完全に気配を断ってここぞという瞬間に攻撃する事を選んでいた。
一点を狙撃するような射撃の腕を持っていないので、身体のどこかに当たって一瞬でも気を逸らせれば良いという考えで撃ったのだが、これも日頃の行いというやつだろうか。
少し前に入口の方から人間の歓声が聞こえてきたから、向こうでもフランクリンが勝利したのだろう。
村側にも大きな被害が出てしまい、本当に勝利したと言えるかどうかは分からないが、少しだけ喜んでもバチは当たるまい。
何だかどちらの戦いも大差が無かった気がして仕方がない。
どちらも重量級の両手持ち武器vs片手剣にしたのがまずかったんでしょうかね。
少しやりたい事が出来たので、キリの良い所で1回か2回(か3回)ほど休ませていただきます。
勝手ですがご了承ください。




