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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第二章 秋季大規模討伐参加
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第19話 襲撃

 ゴブリンによる村人の誘拐事件が発生した次の日の早朝、1人の村人が秩序神教会戦士団の野営地を訪れていた。

 瀕死の重傷を負っていたところをクレアの治癒術によって救われた樵のダグである。


 樵の朝は早い。この村の辺りは西側に山があるせいで日暮れが早く訪れるため、なおさら朝が早くなる。

 そして軍隊の朝も早い。正確には軍隊ではなく戦士団だが、実質的には同じものと言って良いだろう。

 夜明け直前の見張り番を除いた戦士たちは日の出の少し前に起き出して身支度を整え、日の出とともにテントを出て食事の支度を始めている。



「すいませーん! 俺……じゃない、ワシ、でも無くて、ワタクシはこの村で樵をやっているダグと言いますが、神官様に会わせてもらえないでしょうか!」

「少しお待ちください」

 ダグの呼びかけを聞いた隊員の1人がテントの中に入っていく。暫くしてテントから出てきたのは、神官のクレアではなく戦士隊の隊長であるフランクリンだった。


「おう、あんたか。ちゃんと動けるようになったみてえだな」

「は、はいっ! 神官様のお陰ですっかり元気になることができました。一言だけでも直接お礼を言わせて貰いたいと思って、ここに来ました」

 魔術によって傷は完治し、一晩眠ったことで体力も回復したようだ。目を覚ました後に彼の母親から事情を聞いたのだろう。


「ああ、嬢ちゃん……ウチの治癒術師(ヒーラー)は、夜の間は村長のとこで厄介になってるから今はいねえんだ。これから昨日の報告がてら村長の家に邪魔しに行こうと思ってたところだから、一緒に行くか」

「はい、そうします」

 戦士団が遠征をする際、村や町の中で夜を越す場合でも訓練と経費節減を兼ねて宿ではなくテントで寝泊まりすることになっている。

 1分隊10名あたり4人用のテントが3個割り当てられていて、9名の平隊員でそのうち2個を使用する。

 4人用のテント2個では全員入りきれないとだろうと言われるかも知れないが、町や村の中でも最低1人、外では三人一組が交代で警備に就く事になっているので計算上は足りる事になっている。

 残り1個のテントは隊長用で、隊によっては副分隊長扱いのベテラン隊員がそちらを使うことも有るようだ。

 大規模討伐遠征などで各分隊に1人ずつヒーラーが加わるような場合、討伐隊内部の序列ではヒーラーと分隊長は同格の扱いとされているので、隊長と同じテントを2人で使う規定となっている。

 女のヒーラーだろうと特別扱いはされていない。

 秩序神教会の中隊がまとめて行動していた最初の2日間は、他にも居た女性ヒーラーが集まって女専用のテントで寝泊まりするくらいの配慮はされていたのだが。


 昨晩ケンがゴブリンの追跡に出発した後、むさ苦しい男の中に若い女が1人だけというのを心配した村長の孫娘がわざわざクレアを誘いに来てくれたので、村長の家に泊まることになったそうだ。

 万が一隊員の誰かがクレアを襲おうと考えても、クレアの武術の腕はフランクリンに次ぐ僅差の2番手で、フランクリンとクレアの2人が組めば残りの9人をまとめてあしらえてしまうくらいの実力差があるので特に心配する必要もないのだが、そんな事は部外者からは想像も付かないだろう。

 ちなみに斥候役(スカウト)の扱いについては何一つ決められていない。この事実から、教会関係者からどれだけ軽視されているかを推し量ることが出来るだろう。



「おい小僧! お前も一緒に行って、村長に直接説明しろや」

 フランクリンが特にする事が無いので隊員たちの作業をぼんやりと眺めていたケンを呼ぶ。

「はい、お供いたします」

 昨晩、ゴブリンの巣を突き止めたケンが村に戻って来たのは、丁度日付が変わる真夜中ごろだった。

 まだ起きて待っていたフランクリンに対しては簡単に顛末を説明してある。報告後にそのまま隊長用の天幕の中で寝ることを許可されたので、有難くお世話になった。

 その気になれば野外で眠れない訳ではないが、迷宮内ならともかく野外では虫が大量に寄ってくるので屋根と壁が有る所で眠れるならそれに越したことはない。



 ケン、フランクリン、ダグの3人で村長宅へ向かった。狭い村なのですぐに到着する。

「すいません! 戦士団の者ですが、村長はご在宅でしょうか」

「はーい」

 ケンが扉の前で呼びかけると、すぐに村長の奥さんが家の中へと招き入れてくれた。村長夫人は小柄で柔和そうな雰囲気を持つ初老の女性である。

「おはようございます。早朝から押し掛けてしまい申し訳ありません」

「いいんですよ、お仕事ですものね。それに、私も年をとったせいか早くに目が覚めてしまうものだから、朝早いからって何にも苦じゃないのよ」


 夫人は、フランクリンの次に扉をくぐったダグの姿を見て嬉しそうに微笑む。

「ダグも一緒だったのね。元気になってよかったわ」

「はい……でも、ミーシャの奴が……」

「いい年した男が泣かないの。貴方はとても危ない所を救って頂けたのだからミーシャだって大丈夫、そう信じなさい。信じて、貴方の全力を尽くしなさい」

「はい……! ミーシャの事は、俺が必ず救ってみせます!」

「その意気よ。でも、無謀な事だけはしちゃダメよ」

 これが年の功と云うものだろうか。仮にケンが同じ事を言ったとしてもこうはなるまい。同年代のフランクリンでもまた別の結果になる気がするので、彼女の人徳がなせる業だろう。

 今はゴブリンに襲撃されるという小さな村では十年に一度あるかという非常事態の最中で、周囲が浮き立った状態ではなかなか泰然としたままではいられないものだ。

 昨日の広場で起きた狂騒も、彼女がその場に居れば起きなかったに違いない。


「それで、ダグはどうしてここに?」

「ええっと、こちらにいる神官様に一言お礼を、と」

「そうね。何かしてもらったんだったらお礼をするのは大切だわ。じゃあ、クレアちゃんを呼んでくるからここで待っていらしてね」

 ちゃん付けで呼ばれているとはクレアも一晩で随分馴染んだようだ。

 一度家の奥に向かった夫人は、すぐに神官衣姿のクレアと人数分のお茶を伴って応接室へと戻ってくる。

 ダグがクレアに感謝の言葉をかけているのを横目に見ながらお茶を飲む。ダグがクレアを見る目には感謝の念以外の感情が入っているような気がするが、深く追求はすまい。


「あの人もじきに出てくると思いますから、申し訳ないけどもう少しだけ待ってくださいね。ところで貴方達、もう朝食は済ませたのかしら?」

「いいえ、まだです」

「じゃあ、私達もこれからだから一緒に食べて行けば良いわ。今日も長い一日になりそうだから、うんと召し上がってくださいな」

 ケンが目線でフランクリンに確認すると肯定の頷きが返ってくる。

 行軍中に食べた隊員製の食事は正直に言って美味いとは言えない代物だったので、まともな料理が食べられるのは有り難い。

「では、厚かましいですがごちそうになっていきます」


 村長夫人、村長の息子嫁、孫娘、それに何故かクレアまでが加わって料理の配膳をしている最中に村長がやってきた。

 挨拶を済ませた後に早速ゴブリンの件について話があるのだと切りだすと、自警団長のジャクソンとも情報を共有しておいた方が良いと言う事になり、ダグが彼を呼びに向かう。

 朝食の準備が整い、さてこれから食べ始めようとなった頃合いで朝食前の自警団長が到着し、それならばと全員で食事を取りながら報告と意見交換をする事になった。

 今流行の朝食(ブレックファースト)会議(・ミーティング)と云うものだろうか。どこで流行っているかは知らないし、この世界にそういった概念があるかどうかも不明だが。



「朝早くから申し訳ない。だが、出来る限り早く方針を決めて動き始めるべきだと考えて、時間を取ってもらった」

 参加者は戦士団側がフランクリン、クレア、ケンの3人。村側は村長夫婦、自警団長、ダグの4人だ。

 クレアにお礼を言うという目的を果たし終えたダグは自宅へ戻ろうとしていたのだが、聞きたい事があるとケンが押し留めた。


「最初に、現在までに判明している情報を共有しよう。まずは小僧、お前からだ」

 目の前で湯気を立てている美味そうな食事は、ケン1人だけ暫くおあずけのようだ。

「はい。では昨晩の調査結果を報告させて頂きます。長くなりますのでどうぞ食事を召し上がりながらお聞きください」

「昨晩?! あの後森に入ったんですか?!」

「はい。時間が経てばどんどんと痕跡が消えていきますから」

「なんという……いや、話の腰を折って申し訳ない。どうぞ続けてください」

 普通はいくら知っている森でも夜には立ち入らないものらしいが、高性能な<暗視>ゴーグルを所持しているケンにとっては昼も夜も大差がないし、知らない森の中に入れないなどと言っているようでは中層探索者など勤まらない。


「まず、伐採所へと行き、そこに残っていた痕跡を追いました」

 昨晩の調査結果について順を追って説明していく。

 誰かにそうしろと言われた訳ではないが、聞く者になるべく予断を与えないようにするために出来る限り事実のみを話すように心がけている。

 全員が同じ方向を見ていると重要な事を見落としてしまう可能性が高くなるからだ。重要なのは問題の解決を目指して同じ方向に進むことであって、全員が同じような考えを持つ事ではない。

 だから、ケン自身の意見や推測を話す必要がある場合、必ず事前にその旨を表明するという規則(ルール)を自分の中で定めている。

 ケンも含めて人間は誰しも主観の中で生きているので客観的な事実だけを伝えるのは難しいが、こうすれば少しはマシになるだろう。


「昨日聞いた、過去にゴブリンが住み着いたことのある洞窟はあちらの方向で合っていますか」

「ええ、そのとおりです……まっすぐ向かった訳でもないのによく分かりますね」

 窓からケンが指さした方向を確認し、自警団長が関心したように頷く。

「そうか……ミーシャはあそこに……」

「いいえ。洞窟の中に人間が居るかどうかについては今のところ一切不明です」

「でも、アンタがゴブリンを追っていったらその洞窟に辿り着いたんだろ?! だったらそこにミーシャが捕まってなきゃおかしいだろうが?!」

 頭に血が上っているダグには希望的観測と事実の区別が付かなくなってしまっているようだ。目の前で恋人を誘拐されてしまったのだから、冷静になれなくても仕方がない部分もある。

「落ち着きなさい、ダグ。冷静にならなくては大丈夫なものもダメになってしまうわ」

「……はい、奥様。軽率でした」

 村長夫人が諌めてくれたおかげで、ダグは冷静さを取り戻してくれたようだ。この様子ならゴブリンの巣穴に単独で突っ込むような軽率な行動は取らないだろう。



「何度も言いますが、確認できている事実は"伐採所から始まる痕跡が川まで続いていてそこでいったん途切れた"ことと、"対岸で見つけた足跡が洞窟まで続いていて、昨晩の時点ではゴブリンが出入りしていた"という事だけです」

 川の向こう側で見つけた足跡がこっち側にあった足跡の続きであるという証拠は何もないし、痕跡が微かにしか残っていない場所もあったから追跡に失敗している可能性もある。

 そもそも、最初から何もかもが間違っている可能性だってゼロではないのだ。


「洞窟のゴブリンが誘拐犯の一味だろうがそうじゃなかろうが、どちらにせよ潰しておかなきゃならん事だけは確かだ」

「ええ、同感です」

「そうして頂けると村としても助かります。生臭い話で申し訳ありませんが、他所から人を呼ぶとなると少なくない金額を支払う必要がありますので」

 寿命が十数年ほどと短いゴブリンは妊娠期間3ヶ月で平均4匹の子供を生むなど繁殖力が強く、しかも2年もすれば性成熟して子供が作れるようになる。

 ある程度人口が増えると群れを2つに分け、一方が新天地目指して放浪を始める。

 直線距離でたかだか数キロしか離れていない場所に巣がある現状を考えると早ければ来年の春、遅くとも数年以内にゴブリンの群れが村まで到達するだろう。


「それで、代金代わりと言っちゃ何ですが、村の方々にもいくつか協力してもらいたい」

「もちろん出来る限りのお手伝いはさせて頂きます。何と言っても村のことですから」

「感謝しよう。具体的にはゴブリンの巣穴まで地理に詳しい案内を1人付けて欲しいってのと……これを街道近くにある司令部に届けて貰いたい」

 フランクリンが懐から取り出したのは聖印(シンボルマーク)が入った1つの封書だった。

「これは?」

「中には村の現況を記した手紙が入ってる。杞憂かも知れんが、それならそれで俺が頭を下げりゃ良いだけだしな。このナイフも一緒に持っていけば向こうにいる奴らに信用してもらえるだろう」

「なるほど……それじゃダグ、お前が届けに行ってくれるか」

 村長がダグの方にちらりと目をやった後、少し考えてから彼を指名する。村長もどう動くか不安なダグを一時的に村から遠ざけておきたいのだろう。

「なんで俺が? 手紙を届けるだけなら誰でもできるじゃねーか。それよりも、ゴブリンの巣穴までの案内を俺にさせてくれよ!」

「案内役なら狩人のジャッキーの方が適任だし、この村で一番体力があるのがお前だからだよ。それに、村の奴らが不安にならなくて済むように今はまだここで出た話は秘密にしておきたい」

 少々揉めたが、村長の説得によって最終的には不承不承ながらダグは配達人になることを了解した。



 ケンの報告がひと通り終わった後、次はダグから話を聞く。彼は今のところ村の誘拐犯を直接目にした唯一の人物だ。

「ミーシャが伐採所に来てこれから昼飯にしようっていう時、伐採所の入口にゴブリンが1匹だけ姿を見せたんだ。ミーシャを下がらせて斧を構えたところにゴブリンが突っ込んで来たから、全力でぶん殴って頭をかち割ってやったのさ!」

 左の掌を右拳でバチンと打つ。ダグくらいの腕力を持った人間が武器を全力で振れば、ゴブリンなどひとたまりもないだろう。

「そうしたら後ろから悲鳴が聞こえて、振り向こうとしたら後ろから腹を刺されたせいで倒れちまった。何とか振り向いたら3,4匹のゴブリンがミーシャを引き摺っていく所が見えて…そこまでで俺は気絶しちまった」

 1匹だけあからさまに姿を見せたゴブリンは囮だったのだろう。全くゴブリンらしくもない統制の取れた行動だと言える。


「目が覚めた時はもうミーシャの影も形も無かったよ。何とか村まで戻って……その後は知っての通り」

「どうして、わざわざダグと一緒に居た所を襲ったんでしょうか。ミーシャさんが伐採所に行くまでの道の途中で襲っていれば、恐らく犠牲を出さずに済んだと思いますが」

 事実、誘拐されたもう一方は畑に行く途中で襲われている。

 ミューシャが1人で行動しているうちに誘拐していれば事が露見するまでの時間を稼げただろうし、ゴブリンが犯人であると知られる事も無かっただろう。

「ああ……昨日はなんだかいつもよりだいぶ早い時間にミーシャが来てたんだ。だからじゃないかな……」

「なるほど。ゴブリン側の予定が狂ってしまった訳ですね」

 ダグが生き残ってしまったこともゴブリンにとっては誤算だったのだろう。


 ケンはここでやっと昨日からずっと抱いていた違和感の正体に気付く。

 誘拐犯の手際の良さと計画性の高さに比べ、洞窟にいたゴブリンが間抜け過ぎるのだ。

 誘拐犯側はなるべく行動を知られないように行動した上に、痕跡を消すために川の中を通るなんていう知能の高さを見せているのに、洞窟側はゴブリンとしてあまりに普通すぎる。

 巣穴の回りに大量の足跡が残っているし、巣穴の入口に見張りも置いてない鳴き声を抑える様子もなかった。別の群れと考えた方がしっくり来るのだ。

 しかし、全てが単なるケンの妄想なのでこの場では言わないでおく。後でフランクリンにだけ伝えておけば良い。


 その後、いくつかの情報交換と今後の予定を決めて会議は終了した。





 翌日の夜明け前。

 戦士隊の全員に案内役の狩人を加えた一行は、ゴブリンの巣穴になっている洞窟の近くに来ていた。

 昼間では食料の採取などのために巣の外にゴブリンが出て行ってしまうので、こんな時間から作戦開始することになったのだ。

 <持続光>の魔道具を幾つか使ったと言っても、森に慣れてない集団がはぐれずに行動するのは骨が折れたが、どうにか全員揃って目的地に到着することができた。


「んで、ここからどうすんだ?」

「燻します」

 洞窟の天井までは高さ2メートルもない。身長130センチ程度のゴブリンなら生活するのに十分な高さだろうが、人間の身長ではただ歩くだけで精一杯で戦闘のような激しい運動はできそうにない。

 人間が洞窟の中に入っていくのではなく、ゴブリンの方から出てくるように仕向けられないかと考えた結果が煙攻めだった。

「いや、そのために準備してきたんだしそりゃそうなんだけどよ、準備してる間に気づかれちまわねえのかって話だよ」

「別に気づかれても構わないでしょう。要はゴブリンが一匹残らず巣穴から出てくれば良いわけですからね」

 前回来た時と同じように入口周辺に見張りの姿は無い。この様子ならゴブリン共は洞窟の中で全員揃って高鼾だろう。

 故意に気付かれるような行動を取る必要はないが、仮に気付かれたところでやることは何も変わらない。

「中に攫われた女が居たらどうする?」

「毒を流す訳じゃありませんからね。多少の息苦しさは感じるでしょうが、短時間ですしそれだけでどうこうってのは無いでしょう」

「……まあ、そりゃそうなんだが」

 どちらかと言えば、煙で窒息死する危険よりも煙が上手く洞窟奥まで入っていかない事を心配すべきだろう。それならそれで煙が逃げないように布か何かで入口を覆ってしまえば良いだけの話だが。


 盾を持った隊員2人に護衛されながら、ケンが洞窟の入口から2メートルくらい入った場所で手早く煙攻めの仕込みを行う。

 村からわざわざ運んできた薪を三角錐になるように組み、その上から先ほど切ったばかりの生木を積むだけの簡単な物だ。

 悠長に火を起こしてはいられないので、勿体無いが特製の火炎瓶で一気に火を点ける。

 この世界ではガソリンや灯油の入手が不可能なので、高濃度のアルコールと粘着性の高い油を組み合わせて作成したものだ。

 まず使い捨ての<発火>の魔道具でアルコールに火を付け、粘性の高い油が目標に纏わり付きながら燃えるという極悪仕様だ。以前に実験した時は周囲に可燃物が一切ない状態で数分間燃え続けていた。

 着火を魔道具で行う部分が特製で、短時間で確実に火を点ける事ができるの上に安全性を高めることに成功している。その代わりコストがかなり上がってしまったが。



 ケンが準備を終える頃にはちょうど日の出の時刻になっていた。

 洞窟から出て周囲を見回すと、事前の指示通りに隊員たちが配置に付いている。

 洞窟の入口から30メートルの距離をとってぐるりと半円状に包囲する形だ。

 分隊員達のうち半分が長弓(ロング・ボウ)(クロスボウ)などの射撃武器を持ち、巣穴から慌てて飛び出してきたゴブリン目掛けて矢を撃ち込む。残りの半分は盾と剣を持ち、撃ち漏らしたゴブリンを押し止める役割を果たす。

 クレアも戦士として優れた力を持っているが、今回は完全に治癒術師(ヒーラー)の役割に徹するため包囲には加わっていない。狩人のジャッキーは包囲網の外側で周囲を警戒し、ケンも火を点け終えた後は同じ事を行う予定だ。

「では、着火します。3、2、1」

 ゼロの声と同時に火炎瓶を投げる。狙い過たず発煙装置に命中し、周囲に炎を撒き散らす。

 程なくして煙が立ち始め、全て奥へと吸い込まれていった。洞窟内のどこかに空気穴でも開いていて煙突効果でも発揮しているのだろうか。


 そのまま待つこと数分。

 だんだん洞窟の中が騒がしくなったかと思うと、泡を食ったゴブリンが次々に洞窟の中から飛び出し、矢に身体を射抜かれて倒れていく。

 何匹かには危うく包囲網を突破されそうになったが、結局は出てきたゴブリンを1匹も逃さず討ち取る事ができたようだ。

 後続が無くなって暫くしたところで火を消し、残党に注意を払いながら洞窟の中を探索する。

 突入前はかなり緊迫した様子だったが、結局洞窟の中には自力で逃げ出すことができない年寄りと赤ん坊のゴブリンが数匹転がっていただけだった。

 残酷なようだが全て止めを刺す。見逃してやったところで満足に動けないのでは生き延びられないし、生き延びた事で人間に害を為すだけだ。



「攫われた村人は見つからねえな。結局、こいつらは無関係だったって訳か」

 隊員たちがゴブリンの死体を始末している様子を横目に見ながら、フランクリンと今後について相談する。

「まだ完全に無関係と決まったわけではありませんが……」

 村がゴブリンに襲撃され、同時期にそれとは全く無関係の群れが村の近くに拠点を作っていたと考えるよりは、何らかの関係があると考えた方が自然ではある。

 しかし、現状は関係があると主張するための証拠が一切ない。


「じゃあ、こうするか。当初の計画で村に残るのは今日を含めてあと3日、その間小僧はここで洞窟周辺の監視に当たれ。俺の方は村の周辺で警備をしておく。3日間何も起きなければ今回の件は解決したって事にする。村の奴らには悪いが、俺の権限ではそれ以上どうにもならん」

 その辺りが落とし所だろうか。

 村を襲撃したゴブリンとここの群れの間に何らかの繋がりがあるのなら、その間に洞窟周辺で何らかの動きが見られるだろうし、村の方にまた襲撃があるかも知れないから全員が離れることは出来ない。

 仮に洞窟側でも村でも動きが無かった場合、これ以上打てる手はない。


 1人だけで何日も監視し続けるのは不可能なので、交代要員を付けてもらう。

 昼は戦士隊の隊員が監視し、夜の監視を<暗視>ゴーグルを持ったケンが担当する。洞窟の回りは見通しが良く、周囲には隠れる場所に事欠かないので誰か来ないか見ているだけなら誰でも出来る。

 <色彩変化>マントを被ってじっとしていればそうそう見つかることもない。





 交代で洞窟の監視を続け、このまま何も起こらなければ次の日には帰還となる監視3日目の昼、ようやくのことで動きがあった。

 さて、この先には何が待ち受けているだろうか。

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