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迷宮探索者の日常  作者: 飼育員B
第二章 秋季大規模討伐参加
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第16話 指名依頼

間がかなり空いてしまいました。

一度書かないでいると再開するのに最初から始めるのと同じくらいの労力がかかりますね。

 ファブリチウス邸を辞した後は特にこなさなければならない用事も無いので、後は宿に戻るだけだ。



 懇意にしている【花の妖精亭】は商店や工房が多数集まるマッケイブの東側区画にあるので、西側区画の外れにあるファブリチウス邸からだと町の直径の3分の2くらいの距離を歩くことになる。

 距離が多少あると言っても迷宮と違って周囲を警戒しつつ身を隠して歩く必要がないので進む速度は早い。陽が完全に落ちきってしまう前には目的地へとに辿り着くことができた。

 勝手知ったる他人の家とばかりに、食堂兼宿屋の客が出入りする正面口ではなく裏口から店へと入る。



「ただいま」

「おや! やーっと戻ってきたんだねこの子は。こんな時間までずっとどこをほっつき歩いてたんだかね。まあ良いさね、あんたにお客さんが来てるんだから、ちゃーんと手を洗ってから食堂の方に顔を出しなさい」

「お客さん?」

「お昼過ぎ頃からアンタのことをずーっと待っててくれてるんだよ。だから待たせたことはちゃんと謝っておくんだよ」

 わざわざ宿にまで自分を訪ねてくるような相手に心当たりは無いのだが一体誰だろうか。そう思いながら客席の方を覗いてみると、女将であるエイダの声ですでにこちらに気づいたのか、こちらを見ていた一人の女性と目が合った。

 そこに居たのは以前に一度だけパーティを組んで迷宮探索を行った事がある、秩序神の神官にして一流の戦士かつ治癒術の優れた使い手でもあるクレアだった。


 クレアはいつもの様に純白の神官衣を身につけて居るのだが、わざとやっているのかと聞きたくなるくらいに女性的な体の線があからさまになっていて、薄暗いランプの下でも輝くような金色の髪(ブロンド)をしている事もあって非常に目立っている。

 周囲に座る男たちがチラリチラリと向ける、本人たちは上手く隠しているつもりで実は色々と駄々漏れの不埒な視線を受けても全く気にした様子がない。

 ただでさえ女は男の視線に敏感だと聞いているし、戦士としての訓練も積んでいるクレアがまさか視線に気づいていないはずは無いと思うのだが。


 クレアと目礼を交わしてからいったん厨房へと引込み、手を洗う。人を待たせて何をやっているんだと言われてしまいそうだが、これには歴とした理由があるので許して欲しい。

 「手を洗え」はエイダの口癖なのだが、言いつけを守らないと彼女が覿面(てきめん)に不機嫌になる上に一切の料理が提供されなくなってしまうのだ。

 このルールは身内も客もなく適用されていて、店に入ってから手を洗わずに席に着いた奴には待てど暮らせど料理が来ない。トイレに行った後に手を洗わなくても同じことが起こる。

 エイダがどうやってそれを把握しているのかは知らないが、逆らっても無駄なことだけは分かっている。


 一度、ケンが前日から宿泊している部屋に荷物を置きに行く。服は元々目上の人間に会うための一張羅なのでこのままで構わないだろう。

 ケンがクレアの座っている席に近付いていくと、周囲の常連客達の視線がこちらに絡みついてくるのが鬱陶しい。

 羨ましそうな目でこちらを凝視する妻帯者、驚愕の表情を浮かべる髭親父、訳知り顔で頷く白髪の老人。最初の男だけは後で奥さんに告げ口でもしてやろうと考えつつ無表情を保つ。こちらが何か反応をしてやった所で全て野次馬どもを喜ばせるだけだ。


「お待ちしておりました、ケンイチロウ様」

 クレアが微笑みながらそう言った途端、周囲から感嘆か怨嗟か分からない呻き声が洩れる。

 無表情の時は冷ややかささえ感じさせる程の美人が微笑めばそういった反応が起こるのも理解できなくはないが、だからといってこちらを妬むのは筋違いもいいところなので止めて欲しい。

「随分と長い時間お待たせしてしまったようで、申し訳ありません」

「いいえ、約束もせずに押しかけてしまい、こちらこそ申し訳ありません」

 先ずは社交辞令から。

 この辺りの一般市民の場合は直截的な物言いの方が好まれるのだが、ジャパニーズサラリーマンとしての習慣が未だに抜けないケンにとって、社交辞令というのはあまり親しくない相手との会話の取っ掛かりであり潤滑油なのだ。


「それで、本日はどのようなご用件でしょうか」

「不躾なお願いではありますが、明日の朝から数時間ほどお時間を頂けないでしょうか」

「明日ですか。時間を取ることはできますが、何をすれば宜しいのでしょうか」

「教会がケンイチロウ様にお仕事を依頼をしたいそうなので、その打ち合せをさせて頂ければと」

「秩序神の教会から依頼ですか……私をご指名で?」

「ええ。先日私が教会を訪れた際に、ある技能を持った人材に心当たりが無いかと尋ねられまして。その条件にケンイチロウ様が当てはまるとお答えさせて頂きましたのでその関係かと」

 この世界に来てから教会関係者との接点などクレアと知り合いである事以外に思いつかないので、名指しで依頼が来るとしたらその線でまず間違いないだろう。

 そして、ある技能というのは偵察(スカウト)技能の事で十中八九間違いないだろうが、教会関係者がそんな技能を必要とする場面があまり思い浮かばない。

 ケンのスカウト技能は野外で生物や罠を探す方向に振り向けられているので町中で人の秘密を探ることについては専門外だし、人を導くべき教会関係者がまさか暗殺や謀略を行うはずがないなどという純粋無垢な事は考えていないが、そういった後ろ暗い事であれば内部の人間を使うだろう。


「然様ですか。……詳しい話を伺っても?」

「私も詳細については存じ上げておりません。明日、お会いになった時に直接お聞きになってくださいませ」

「全く、ですか? 貴女が知っている情報だけでもありがたいのですが」

「ある程度予想できる部分はありますが……あまり間違った事を申し上げて混乱させてしまっても困りますので」

「それでは無理に聞くのは止めておきます。依頼を請けるかどうか確約はしかねますが、お話を伺うくらいの事はさせていただきましょう」

 依頼の内容について一切情報が無いままの判断になるが、秩序神の教会が表立って出した依頼ならばそうそうおかしな事にはならないはずだ。

 クレアについてはまだ人物を把握しきれていないが、積極的に人を騙そうとするような人間ではないことぐらいは信じても良い。

「それで十分です。有難うございます、これでひとまず肩の荷を降ろせます」


「ところで、今日はわざわざこの事を伝えるためだけに私が帰ってくるのを待ってらっしゃったのでしょうか」

 クレアだって暇を持て余している訳ではないだろうし、面会の要望をするだけなら宿に言付けるな手紙でも渡すなりすれば十分だっただろう。

「いいえ、急なお話でしたので直接ケンイチロウ様にお願いしなければと思ったのは確かですが、貴方様がどういった人なのかを確かめておきたいという考えもございました。それが推薦者としての義務かと思いましたので」

 美女に微笑みを浮かべられながら「貴方のことを知りたい」と言われて断れる男は居ないだろう。最後の一言がなければ彼女が自分に惚れているのかとあたふたしていたところだ。

「わざわざクレアさんが興味を抱くほどの事もない、ただの小市民ですがね……何かお聞きになりたい事があるのであれば、できうる限りお答えしますが」

「それには及びません。半日ここで過ごさせて頂く間に色々と(・・・)教えて頂きましたので」

 意味ありげな視線の先に目をやると、そこにはそこには女将のエイダとその姪であるベティの姿があった。

 彼女たちを見つめるケンに対してエイダは愛嬌たっぷりのウィンクを、ベティは悪戯そうな表情で流し目をそれぞれ返してくる。


「その人が深く付き合っている相手を見れば、人となりは自ずと知れるものです。もしかすると本人と直接話をする以上に」

 付き合いの深さという点ではこの世界に来た直後に出会ってからずっと交流が続いていて、この世界の母親代わりであるエイダと妹みたいな存在であるベティ以上の人間は居ないのだが、何故だか酷い誤解を受けている予感がしてならない。

 付き合いのある人間だからと言って、酒に酔ってくだ巻いている周囲の助平親爺共から自分の人格を推し量られたとすれば不本意極まりないが、あの2人の主観で決まってしまうのも恐ろしい。

「そ、そんな物ですか……ちなみにどのような話を」

 何とかクレアの中の人物像の修正を図るべく果敢に切り込もうとしたのだが―――

「あら、乙女の秘密ですわよ」

「……そうですか」

 これ以上何をどう言えば良いのだろうか。



 夕刻の鐘が鳴る前からずっと待っていてくれていたクレアに対して礼儀として夕食のお誘いをしたのだが、まだ仲間たちとの夕食の時間に間に合うということであっさりと断られてしまった。しつこく誘う理由も度胸も無いので帰路につくクレアを店の入口まで見送る。

 ケンが誘いを断られた事で大喜びしている外野の一部にどうやって復讐するのが効率的かと考えながら、いつもの様に一人で食事を摂った。





 翌日、朝の鐘が鳴ってからゆっくりと身嗜みを整え、朝食をたっぷりと腹に収めた後に秩序神の神殿へと向かった。

 クレアに細かい時間を聞くのを忘れていたが、この世界でもご多分に漏れず修行者は朝早くから活動を始めるので、今からでも早過ぎるということはないだろう。

 秩序神は数ある宗教の中でも特に国家権力との距離が近いものの一つであるため、町の南側区画のほぼ中央に位置する巨大な行政府のすぐ隣に神殿が建てられている。


 正門から訪ねて門衛に名前と用件を伝えると、話は通っていたのかすぐに応接室へと案内された。政府のお偉方が訪れる事もあるからか家具は一見して高級そうな物が揃えられている。

 無名の探索者如きには過ぎた待遇に思えるが、何か理由があるのだろうか。

 一般人があまり見ることのない絵画や美術品に手を触れないようにしながら観察していると、程なく応接室の扉がノックされて2人の人物が姿を現した。

 1人は毎度のごとく神官衣姿のクレアで、もう1人が今回ケンを呼び出した当人なのだろう。


 その人物は30歳前後に見える怜悧そうな男で、クレアのような神官衣ではなく前世で見た軍服のようなものを着用している。秩序神の聖印(シンボルマーク)が左胸に入っていることからして、これも宗教服の一種なのだろう。

 恵まれた体躯とコンチネンタルにきっちりと整えられた髭形も相まって、宗教家ではなく軍人のようにしか見えない。


「呼び立ててしまって済まんな。俺はここで戦士長なんてものをやっているエセルバートだ」

 予想外の大物の登場だった。秩序神教会で戦士長と言えば神殿自体の総責任者である神殿長、副神殿長でもある祭祀長に次ぐ序列第3位である。

 マッケイブの町は国内で二番目の人口規模を持つだけはあって、各神殿の規模も相応に大きい。

 首都に置かれている中央神殿に次ぐ規模を持っていると思ってまず間違いがなく、そこのナンバー3ともなれば国内全体でもかなりの高位だろう。


「私はケンイチロウと申します。しがない探索者として日々の生計をどうにか立てております」

「いやいや、色々と噂は聞いているよ」

 エセルバートは若くしてその地位に上っただけはあり、何気ない所作の一つ一つからカリスマ性を感じられる。そして、アルバートやクレアとはまた違った底知れなさも。

 この世界にやってきてから祭事などの機会に幾人かの権力者を目にした事があったが、その誰とも違った雰囲気を漂わせている。

 目の前の男が漂わせている気配に当てられて思い出したのは、過去に一度だけ会ったことがある名前も知らない盗賊ギルドの幹部だった。つまり、この男相手に油断は禁物である。

「そう嫌うなよ。こっちはお前の事がひと目で気に入ったんだぜ? 俺は自分の役に立つ奴が大好きなんでな」

 握手を交わしながらそう囁かれたせいて複数の意味で背中が粟立つ。あまり味方になりたくは無い手合いだが、敵に回すのが恐ろしい人物とは彼のことを指すのだろう。

 少々離れた位置に立っていたクレアには聞こえていないのか特に反応はない。もしかしたらエセルバートがどういう人物か熟知していて、多少のことでは驚かなくなっているだけかもしれないが。



 緊張感漂う挨拶を終え、勧められるままに席に着く。

「さて、早速だが話を始めよう。先ず確認なんだが、クレア神官からどの程度事情を聞いている?」

 実質的に、教会に来いという話以外は何一つ聞いていない。

「こちらで何らかの依頼事があり、そこに私が推薦を受けたという話だけは伺いましたが」

「それは何も伝わってないって事だろうが……ガキの使いじゃねぇんだぞ」

「ダーナによれば私は隠し事をするのが致命的に下手、との事でしたので。私が知っている事は裏も表も全て明らかになっても宜しかったのであれば、昨日のうちに詳しくお話致しましたが」

「良いわけがないだろうが……」

 エセルバートに呆れたような表情を向けられても当のクレアは涼しい顔のままだ。彼女はケンが思っているよりもずっと大物なのかも知れない。


「過ぎた事はまあ良い。仕方がないから最初から順を追って説明する」

「その方がありがたいですね」

 まずは事情を聞かなければ依頼を請けるも何もない。

「前提としてだな、この町の騎士団が定期的に街道周辺の掃除を行っているのは知ってるだろ?」

「ええ」

 掃除と言っても文字通りのゴミ拾いではなく、町へと続く主要な街道周辺に出没する野犬を初めとする害獣類、及びゴブリンなどの敵性勢力の駆除である。稀に森の奥から出てくることがある魔獣や蛮族なども排除の対象に含まれる。

 王国第二の都市であり、国内一の魔石の産地であるマッケイブは隣国からも多数の商人が集まる商業の街でもあるため、通行の安全を確保するために格別の努力が払われている。


「それじゃ、騎士団の定期清掃に秩序神教会(ウチ)が協力していることについては?」

「いいえ、不勉強なもので」

「じゃあそこから説明するか―――」

 この世界には現在のところはまだと言うべきか、少なくとも現在において政教分離という概念は存在していない。だから、各神々の教会が自分たちの教義に関係の深い分野に影響力を行使することは当然の事と考えられている。

 教義の関係で政府、特に司法との距離が近い秩序神教会では、月に一度行われる街道周辺の害獣駆除の際に治癒術師(ヒーラー)を数名派遣する事で協力しているらしい。

 街道から離れた森の深い場所までは行かないので怪我人が出ることは殆ど無いのだが、政府との関係維持のためでもあるし持ちつ持たれつと言ったところだろう。


「普段はその程度で済ませられるんだが、春と秋の大規模討伐の時期はヒーラーだけではなく戦士団からも人を出すことになっている。もちろん、今回もだ」

 晩春のいわゆる春窮の頃と秋の収穫時期の後に来る冬のための準備期間は、野生動物が餌を求めて人間の活動領域に出没し易いとされる時期だ。

 農業を行って一年を過ごすための十分な作物を得られるようになり、魔術の利用も進んで保存技術が発達した現在において"春窮"は人間にとっては死語となったが、野生動物やゴブリンなどの小規模部族社会を営む存在にとっては未だ厳しい季節だ。

 森の中に食物が豊富にある秋よりも冬眠しそこなった熊などがうろつく初冬の方が実は危険なのだが、これについては収穫祭の前に出来る限り街道の安全を確保しておこうという意図があっての事だろう。

 この地方では真冬にはかなり雪深くなる事が多いので、冬になってからでは大規模な作戦が困難という事情もある。


「1分隊につき戦士が10名。ここにヒーラー1名と斥候(スカウト)1名を加えた編成を1中隊分、8分隊を毎回派遣している訳だが―――」

 ここまで説明されれば大凡の話は見えてくる。

「推察の通り何時も使ってたスカウトに引退やら大怪我やらで2名ほど欠員が出てしまってな。補充要員としてクレア神官の探索パーティの絡みで1名分はなんとか埋まったんだが、もう1人が出発1週間前の今になっても決まらんのだ」

「そこで私に白羽の矢が立ったと」

「その通り。金銭的な報酬は拘束時間の割に高くは無いがな、危険度も低いしウチと関係作っとけばそれなりに役に立つこともあるだろうよ」

 ケンとしてはエセルバートとあまり親しい関係を築きたいとは思わないのだが、一般的にみればそこまで悪い話でもないように思える。



「諾否を答える前に、幾つか質問をお許し頂きたいのですが」

「答えられる事ならな。答えられない事には答えんが」

「有名どころの探索者ギルドや冒険者ギルドに声をかければいくらでも人は集まると思いますが、どうして、わざわざ私個人に依頼を出すのでしょうか」

 一種の社会のはみ出し者(アウトサイダー)である探索者は権力に縛られる事を嫌う傾向にあるが、それでも探せばいくらでも協力しようという人間が見つかるだろう。

 成功した探索者の中には富豪と呼べるほどに財を成した者も居るし、溢れるほどの金を得た人間が次に望むものは古今東西変わらず名声や権力といった社会的な力だ。

「年寄り共が新参者を入れるなら保証人を立てろ、とか阿呆な事を言いやがるからな。何のメリットも無いのに、問題が起これば責任だけは被さってくる立場なんてわざわざなりたい奴が居るわけねえだろうに」

「なるほど、では仮に私がこの依頼を請けた場合……」

「そこに居るクレア神官が保証人になる訳だ」

 男二人に視線を向けられたクレアは、一つ頷いて柔らかく微笑む。

「ええ、私はケンイチロウ様を信じて(・・・)おりますので、何の問題もございませんわ」

 聖女のような表情でこちらを見つめる彼女から発せられているように感じる、問題を起こせば容赦しないという無言の圧力(プレッシャー)はきっとケンの気のせいに違いない。


 気を取り直してエセルバートとの質疑を続ける。

「今伺った話だとスカウトは全員臨時雇いのようですが、教会で育成はなさらないのですか? 信用という点ではこれ以上の物はないと思いますが」

「俺は何年も前からそう言ってるんだがな、頭の硬い老人どもが許可しやがらんのだよ。『誇り高い神の戦士たちに盗賊の真似事をさせるわけにはいかん』とかいう屁理屈でな」

 そういった半裏社会的な人間を一切利用しないというなら筋が通っているが、必要とあれば利用するのだからただの反対のための口実でしかない。

 各教会が抱える諜報部門について、活動実態はともかくとして存在していること自体は一般人にとって公然の秘密なのだが、その老人たちに問いかけたらどういう答えが返ってくるのだろうか。



 ひとまずケンに依頼が来た経緯について特に不自然な点はないように思える。

 何の地位も権力も持たない小物をわざわざ罠にかける意味も無いので最初からそれほど気にしていた訳でもないが、とりあえず疑ってかかるのは習性のようなものだ。

 クレア達に対しては多少の恩義もあることだし、せっかくの話なので依頼を請ける事を前提にしていくつか質問を投げかける。


「私は迷宮探索者であって野外での活動は専門外ですが、問題はないのでしょうか」

「ここの迷宮の中層に潜って、数日後に生きて帰ってこれるなら十分過ぎるだろうよ。それを駄目と言ってたら一人も集まらん」

 エセルバートにはケンが迷宮内でどういった活動をしているのかについて一切話していないはずだが、わざわざ調べたのだろうか。

「仮に私が依頼を請けるとした場合、どのような部隊に付く事になりますか」

「最後の枠だからな。第2小隊の第4分隊、大ベテランの分隊長以外は半分が初参加のヒヨッコで、担当も一番安全だと思われてる地域だな。正直に言ってスカウトが居なくても大して困らんはずの場所だ」

 危険が低いという言葉に偽りはないようだ。安全に金が稼げるとなれば逃す手はない。


「依頼を請けるにあたって一つ条件を付けさせて頂ければ、喜んで参加させて頂きましょう」

「期待に添えるかどうかは分からんが、とりあえず言ってみると良い」

「別に無理難題を言うつもりはありません。分隊の中で通用する権限が欲しいというだけです」

「ウチの信徒でも無い奴に命令権を与えるのは難しいんだが」


「いいえ、指揮権が欲しいのではありませんよ。分隊長の命令に対して抗弁する権限を持たせて欲しいだけです」

「スカウトの場合部隊の一員ではなく外部の協力者扱いだから、実際にどうなるかはともかくとして形式上は命令に服従する義務はないが、それでもか?」

 一時的とはいえ部隊の一員になるので隊長の命令に従って行動するのが当然と考えていたのだが、どうもそうではないらしい。

 教会の戦士団は軍隊と同じような組織構成を取っていても軍隊ではないからなのか、それともこの国の組織における常識なのかは分からない。

 命令に従って適切な行動を取るというのも一つの技能なので、そういった訓練を積んでいない探索者には無理だと最初から諦められているのかも知れない。


「ええ。危険な場所へわざわざ飛び込んで行くのを見ているだけというのは気分が悪いですし、そのせいで私の危険が増えるのも嫌ですから」

 それでもやはり正式な権限は確保しておくべきだろう。

 そうすれば、分隊長が救いようのない底抜けの馬鹿だったとしても最低限の安全確保にはなる。

「軍に所属した経験が有る訳でも無い探索者がよくそんな所に気が回るな。そこまで言うなら分かった、正式な命令書を出すのは難しいが全分隊長に口頭で通達を出そう。お前が行く24分隊長は話が分かる奴だからそれでなんとかなるだろう」

 要求通りとは行かなかったがこの辺が落とし所だろう。後は依頼そのものの契約で逃げ道を確保しておけばどうにかなる。

「では、それで手を打ちましょう」

「そうか。こっちとしても助かるよ」

 その後は任務範囲や拘束期間、報酬額、解除条項などを決めて契約を交わす。



「思ってた通り面白い奴だ。出来る限り良い関係が永く続くよう祈っているよ」

 別れ際にエセルバートからかけられた言葉には何も答えずに礼だけを返す。肯定するのも否定するのも恐ろしい。

 まあ、なるようになるだろう。

流石にクレアが空気過ぎたのでこんなかんじになりました。

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